斎藤幸平のレビュー一覧
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暗黒社会主義は「暗黒」といいながら希望の「光」を感じるから面白い。カーティス・ヤービンの暗黒啓蒙への対抗馬として考えるなら、日本を変えられるのは、どちらかというと暗黒社会主義だろう。憲法を解釈で捻じ曲げ、忖度が蔓延るこの国を根本から良くしようと思ったら、それこそプロ独&評議会で決定されたトップによる強いリーダーシップが必要だ。ただしトップの暴走を抑制するためにアンタッチャブルな審判組織も忘れてはならない。一方、本書の論旨でもある気候変動対策を考えた国家の仕組みという意味では、暗黒社会主義では足りない。なぜなら国際ルールを守らず暴力や威圧を使って国際問題を捻じ曲げる国が存在しているのも事実だからだ。あえてそこの課題も含めて本書に追従するならば、暗黒社会主義連邦という新しい国際社会の枠組みもソリューションとして加えたい。
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ネタバレ『血肉となる読書』というタイトルに、私は強く心を惹かれた。単に知識を蓄えるための「読む」行為を超えて、本の内容を自分の一部とし、人生を形作る「血肉」とすること。それは、私が読書に求める究極の形であるからだ。
本書は、NHK「100分de名著」の講師陣である安田登、小川公代、齋藤幸平といった豪華な顔ぶれによって執筆されている。それぞれの専門分野の視点から、読書の深い意味や力、そして人生に与える影響について、多角的な考察が展開されている。
「いい本だった」で終わらせない。その力強いメッセージは、私の心に深く響いた。単なる情報の消費としての読書ではなく、本の内容を自分事として捉え、自らの思考や行動に反映させることの重要性を説いている。それは、本を通じて自己を深く見つめ、新たな自分を発見するプロセスでもある。
読書とは、単なる娯楽ではない。それは、未知の世界への扉を開き、多様な価値観に触れ、自己を成長させるための貴重な機会である。本書を読んだことで、私は改めて読書の持つ計り知れない可能性を感じ、今後も本と真摯に向き合っていきたいという思いを強くした。
読書は、私の人生を豊かにし、彩りを与えてくれるかけがえのない存在である。『血肉となる読書』は、そのことを再確認させてくれる、素晴らしい一冊である。
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エミリーと坊ちゃんさんの本棚から
「利用可能な化石燃料が減少していることだけが、私たちの直面している限界ではない。実際、それは最重要問題ですらない。石油がなくなる前に、地球がなくなってしまうのだから」(環境活動家ビル・マッキベン)
わいの第二の故郷パリが今えらいことになってますね
連日の40度超えで日射病の死亡者数もどえらいことになってます
パリはもともと冷涼な気候であったのと、建物の外観の問題から室外機が置けないということでクーラーを設置している家庭がほとんどないんですってね
で、みんなあのきったないセーヌ川に飛び込むというね
まぁ命を守るためですからね
あと室外機がないタイプのクーラーもバカ売れしてるみたいですな
あ、それからなぜか日本の報道機関はパリばっかり報道するんだが、当然ヨーロッパ全体がそうなんです
もちろん日本も
つまり世界全体ってことですな
ヤバいね
マジ地球ヤバい
で、そんなヤバい気候危機の原因て資本主義なんじゃねーの?資本主義がある限り気候危機はなくならねんじゃねーの?ってところから、資本主義をぶっ潰して、それに代わる新しいシステムを晩期マルクスの思想を再定義することで考え出すというのが本書です
う〜ん
う〜ん
う〜ん
無理じゃね?
いや、資本主義をぶっ潰すっていうのはね
資本主義を牛耳る世界の1%の超富裕層との闘いなんよ
斎藤幸平さん曰く「1%VS99%」の闘い
なんか勝てそうな気がぜんぜんしないんよな〜
でもでもこの本を読むとちょっと光も見えなくもないんよ
地球が滅ぶ前になんとかしないと!
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ネタバレ「100分de名著」のプロデューサー秋満吉彦さんをナビゲーターとして3人の知識人の読書との関わりを通して、血肉となる本の読み方を伝えてくれる。
本とともに生き、仕事としている方の経験談はとても深かった。秋満さんの補助線も広がりを感じた。
斉藤幸平さんの章は、ご本人の話を聞いたり著書を読んでいるためか特に驚きはなく淡々と読んだ。
小川公代さんの章では、ゴシック小説から見出す弱い立場の人たちの存在からケアの倫理に繋がっていくことに興味を持った。ゴシック小説家に女性が多いことは知らなかったし、ネガティヴケイパビリティを物語が養ってくれる、という点は納得。小川さんは無意識についても語っていたが、死が近い母親への語りに尽力する姿に感動した。これってミルトンエリクソンの無意識に語りかけるやつだよね?と浮かぶ。
本の読み方として柱リーディングを推奨。長い時間かけて一冊をじっくり読むことで、長期的なスパンで自分を育て、生きていく上で必要な「体力」をつけることができるとのこと。実践したくなる。
能楽師の安田登さんの章では、古典から吸収する力に圧倒される。
AIによってシンギュラリティが起きる未来。これと同じくらいの特異点を過去にあったかどうか考えてみるとそれは「文字の発明」ではないかと。
古典を読み解く術が複数紹介されている。漢字が中国から入ってきたとき、その概念が日本にあるものには「訓」を付けたわけだが、「死」には訓がない。ということは日本には死の概念がなかったのではないか。「問う」とはどういうことか考えると、「訪う」や「弔う」と同じく、自ら働きかけ何かの行為をすることである。故に答えのある問いは「問い」ではないと主張する。
古典は原語で読むべき、解釈が変わってしまうことがある。新約聖書の「悔い改めよ」は古代ギリシャの方言では「考えを180度変えなさい」という意味になる。など具体的な古典の面白がり方を伝えてくれる。「タウマゼイン」に出会える読書をしてほしい。「タウマゼイン」とは「wonder」「驚き」という意味。プラトン曰く「哲学の唯一の始まり」である、と。
最後にこの一冊を通して印象に残ったこと。
能にはシテとワキという役割がある。シテは何か問題を抱えている幽霊、ワキはシテの問題を解決するために、直接的には尋ねず、間接的に語らせる場を作る。シテが問題を語り昇華できたときに成仏できる。これが「弔う」である。
これって、小川さんの章で言っていた、死が近い母親に語りを通じて心を癒すことに繋がっているのではないか?と思った。直接的ではなく間接的に無意識に向けて語るという相手への思いやりが大切なのかもしれない…と。
直接的な読書のノウハウというよりは、読みたい本が増えた感覚が心地よく、読みたい意欲が高まった一冊だった。 -
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気候崩壊によって世界は欠乏経済に突入した。その不安がテクノファシズムを生み、選民思想が広がっている。不安の悪循環を逆回転させ、全体主義にならない計画経済を提案する。
なるほど、と思いつつ真に理解していない自分がいる。分かるけど無理なのでは?これって徐々にできてることでは?と色々浮かぶ。大きな思想転換はできないかもしれないけれどテクノ資本主義とバランスを取る世界になればよいなと浅はかに感じた。
印象に残った所は、「独裁」という言葉について。
今と過去ではニュアンスが異なるということ。今の「独裁」のイメージは「主権」だが、過去は「委任」だった。マルクスのプロレタリアート独裁について、「これは真に自由で民主的な社会を構築するための過渡期体制であり、その先に対立のないコミュニズムを理想としていたのだ」と。マルクスに対する批判を言葉の意味から丁寧に説明してくれる点は哲学者的で興味深かった。
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100分de名著が本を紹介する番組であり、そのプロデューサーが、さらに一歩進めて「血肉となる読書」について、番組に出演した3人の講師に、自身の本との出会い方や血肉化の過程を紐解いた本です。
もともとEテレの100分de名著は大好きな番組で、3人の講師の方々が出演した番組も見ていたこともあり、こういう思いで本を紹介して下さっていたのだなぁ…と思いながら読んでいました。
プロデューサーの方が終わりにで、本を読むことが、戦争を防ぐために遠回りでも一番確実な方法だと信じています、という言葉が響きました。
知識や情報を得るための読書から自分へのメッセージとして自分ならどう考えるかという視点を教えられたり、自分は常々気になる言葉や文章に出会うと、メモやコメントを書きながら読むため進みが遅いのですが、励ましももらえた本でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「資本主義の限界」を、環境問題の観点から整理し直した本。
便利になっているはずなのに、なぜ人は豊かさを実感しにくいのか。なぜ経済成長を続けるほど環境破壊が進んでしまうのか――そうした問いを、「人新世」という概念を通して説明していた。
大量生産・大量消費によって生活は便利になった一方で、人間は常に競争や効率化に追われ、環境負荷も限界に近づいている。その構造自体に、現代資本主義の問題がある。
一方で、後半の「脱成長コミュニズム」については、正直まだ理想論にも感じた。国家規模・グローバル規模で本当に実現可能なのか、自分の中ではまだイメージし切れていない。
ただ、
* 消費や競争だけが豊かさなのか
* 本当に必要なものは何か
* 成長を前提としない社会は成立し得るのか
を疑問提起していることに意味がある。
また、資本主義だけでは格差や環境問題に対応できないからこそ、社会福祉のような仕組みが必要になっている。
とはいえ、現実には資本を持つ側がより有利になりやすい構造があるのも事実。r > g のように、資本収益率が経済成長率を上回る限り、資本を持つ人ほどさらに有利になる。
今後、我々はどのような社会構造を目指すべきなのか。その問いを考える上で、非常に重要な一冊。 -
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「資本主義」がどういう仕組みなのか。どうして生み出されたのか。
完璧なシステムではないにも関わらず、他の「〜主義」になぜ移行できないのか。
様々な疑問があって、それなりに関連の書籍を読んでいるが、本当に難しい。
もちろん本丸のマルクスを読み込めばよいのかもしれないが、私のレベルでは理解するのは無理だろう。
そんな軟弱な気持ちのため、様々な解説本を読んでは、ほんの少しずつ理解を深めていくつもりだ。
資本主義の仕組みとは、誰かが意図的に作り込んだものではない。
大航海時代や産業革命を経て、当時の社会情勢の変化に伴い、金融の仕組みが整ってきて、徐々に構築されたと言ってよいと思う。
そういう意味では、自然発生的に出来たシステムということになるのだが、資本主義自体が完全完璧というシステムではないのは承知の通りだ。
その非常に特殊で、ある種の矛盾を抱えたシステムであることは昔から理解されており、それをどうにか補正しようと、コントロールしようと試みてきた人類の歴史がある。
人類は未だ資本主義以上に優れたシステムを生み出せていない。
現代でも資本主義のマイナス面を理解しつつ、何とか上手に使いこなそうと試行錯誤している最中である。
資本主義やお金の考え方が、今後どう変化していくのかは、非常に興味深い。
ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)や、ユニバーサル・ハイ・インカム(UHI)の議論もされている中で、未来がどうなるのか。
今後も自然な流れで変化していく可能性もあるが、その状況に「我々人類がどう備えるか」という議論も必要だ。
これらを考えていくためには、やはり現状の資本主義を正しく理解することが大事だと思う。
本書を読み進める中で私が印象に残ったのは、「富」と「価値」の決定的な違いの部分。
我々は、お金(価値)が増えることが「豊か(富)」になることだと思い込んでしまっている。
しかし、マルクスの資本論はここを明確に分けて考えている。
「富(Wealth)」は、 空気、水、森、そして人々の技能や知識といった、人間が豊かに生きるために必要なものそのものとされている。
一方で、「価値(Value)」とは、 市場で交換される時に付けられる「値段」を指している。
つまり「価値とはただの値付けでしかない」と言い放っている訳であるが、これはよくよく考えてみると、深い意味を持っている話だ。
資本主義が目指しているのは、この「価値」を増やすことでしかない。
我々は世のため人のために、「価値を増やしている」と思い込んでいるが、実はただ「値段を高めているだけでしかない」ということなのだ。
つまりは「ただの幻想」と言っても過言ではない。
そして恐ろしいことに、「価値」を増やすために「富」が破壊されているという現実があるというのだ。
夢から覚めるような感覚だが、確かにこう言われてみれば、その通りと思えてくる。
我々は「価値」の本質を、本当の意味で理解できていなかった。
そこにマルクスが、明確に鋭く切り込んでくる訳なのだ。
これは、例え話の方が分かりやすい。
例えば、誰でも自由に飲める湧き水に「価値」を付けることを考えてみる。
湧き水そのものには大きな価値がありそうだが、それは明らかに「富」ではあるが「価値」ではない。
しかし、その場所を囲い込み、私有化して、人々が自由に使えないようにしたらどうなるか。
そして「もしその湧き水を飲みたければ金を払え」としたら、どうなるか。
今までは自然の中にあった普通の湧き水に対して、希少性を作り出すことで、初めてそこに「価値」が生まれる。
つまり、資本主義は人々の共有財産であった「富」を奪い、あえて欠乏を作り出すことで「価値」を生み出している。
この「価値を大きくするために、わざと不便にする」という構造を知ったとき、今までの物の見方が変わってくる。
私たちが日々必死に働いて生み出している「価値」の裏側で、本来そこにあったはずの「豊かな富」が失われているという現実。
我々はこのことを、もっと自覚するべきだ。
それでは、この状況をどうすれば打開できるのか。
本書で説いているのは「コモン(共有財産)の再生」だという。
コモンとは、前述の「富」のことで、具体的には、水や電気、教育、医療、知識といった、我々が生きていく上で必要不可欠なものだ。
これらを市場の論理(価値)に任せるのではなく、我々自らが主体的に管理する方向に持っていけないだろうか。
今の社会は、あまりにも多くのものが「商品」になり過ぎている。
かつてはご近所同士の助け合いで成立していたことが、今ではサービスとして「購入」するものになっている。
本来は分かち合えるはずの知識が、知的財産権という名の壁に守られ、高価なものになってしまっている。
すべてを市場に委ねるのではなく、自分たちの手に取り戻せないだろうか。
「独立自尊」の精神を持ちつつも、依存し合うのではなく、自立した個人が協力し合うことができないだろうか。
このコモンの考え方は、これからのAI時代を生き抜くための、大きなヒントになると感じている。
なぜなら、AIとロボットが全ての仕事を代替する中で、「人間はどう生きていくべきか?」が、益々問われていくからだ。
そして、そもそもAI自体が、コモンにならなければいけないものだからだ。
ある強大な組織が、優れたAIを囲い込んだら、どうなるのか。
そのことを想像してみれば、「コモン(共有財産)の再生」の意味が見えてくる。
我々は「経済は成長し続けなければならない」と信じ込まされている。
しかし、地球という有限の器の中で、無限に成長し続けることなど、物理的に不可能なはずなのだ。
マルクスは150年以上も前に、資本主義が地球の資源を使い果たし、人間と自然の代謝を破壊することを予見していた。
今の気候変動や環境破壊は、まさにその予言が現実のものとなっている姿だと言える。
著者は、これからの生き方として「脱成長」を提唱している。
これは、ただ単に貧しくなるということではない。
「もっともっと」という強迫観念から距離を置き、今すでに存在している豊かさをどう分かち合うのか、という視点への転換だ。
効率やスピードばかりを追い求めるのではなく、手触り感のある生活や人間関係を大切にする。 こうした「精神的な豊かさ」こそが、これからの成熟した社会に求められているものなのだと思う。
本書を読んで、自分の仕事の「目的」を問い直す必要性を感じている。
私が担っている仕事は、人々の「富」を増やしているだろうか。
単に「価値」を増殖させるための歯車になっていないだろうか。
AIにはできない、人間に残された最後の役割を追い求めなければいけない。
自分の周囲の小さなところから、「市場の論理ではない豊かさ」を見つける必要がある。
そんなことを考えながら、これからの人生を歩んでいきたいと思っている。
(2025/12/23月) -
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100分de名著で講師を務めた3人の専門家たちが、
本を人生に役立てるための読み方、『血肉となる読書』を紹介している本です。
経済思想家の斎藤幸平、上智大学教授でケアについての著作が有名な小川公代、能楽師の安田登。
私は小川公代は馴染みがあるので共感できる部分が多いと感じました。一方、能楽師の安田登に関しては全く予備知識がなく、語られる内容が新鮮で…その上ご本人の軌跡がなんとおもしろいことか!驚きを持って楽しく読みました。古典は難しくて全く読めない私ですが、これを機にチャレンジしてみたいと思います。
読んだ内容をすぐ忘れてしまう人、なかなか読み進められない…など何かしら読み方に迷いがある人におすすめ。そんなのはないという人でも、それぞれの専門家の語りは、もうそれだけでおもしろいのでおすすめです。
100分de名著のプロデューサーであり、この本の編者でもある秋満吉彦の噛み砕いた解説(解説というよりは、研究者の内容を受けてさらに自身のエピソードや裏話を語る)がまたわかりやすくておもしろい。
たくさん刺激をもらえる一冊でした。 -
Posted by ブクログ
今の時代は先の見えない激動の時代、戦前と雰囲気が似ているとも言われているそうだ。
100年前の名著には、そんな時代を生き抜いてきた人類の知恵や経験がつまっていて、未知の危機に向き合うための“時代を超えた真理”を受け取ることができるのだという。
「読書とは、自分とは異なる他者の思考パターン、深層心理、喜びや苦しみを少し分けてもらう行為」
特に印象に残ったのは、1度読んで理解できるものは、実は自分の思考の枠の内側にある“予定調和”にすぎない、という話。
むしろ、違和感のある表現や理解できない価値観を、“異物”として飲み込み、持ち続けること。その蓄積が、後から自分の見える景色を変える可能性がある。
古典や名著と呼ばれる本で、未読のものはまだまだ沢山ある。
教養のため?後の作品に大きな影響を与えているから?何となく読まなきゃという感覚だけはあったが、取っ付きにくさを感じていた。
けれど、人々がずっと考え続けてきた、簡単には割り切れないテーマだからこそ読み継がれてきたもの。取っ付きにくくて当たり前だと腑に落ちた。
引っかかりながらも、“違和感のある一文を大切にする”ことを意識して読んでみたい。