魚豊のレビュー一覧
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ネタバレまじでグロい。えげつないほどリアルな才能の問題を描いてる。情熱、それを冷笑する視点、だけど諦めきれない生々しい人間らしさ。才能のあり方が全然綺麗じゃないしなんか変に冷めてたり変に熱があったりするところがまた人間らしい。メンタリティと才能が合致しないと生きていくことがハードレベルになるんだなと思うと才能があることが呪いになる可能性ありと感じて複雑。でもやっぱ才能あるやつの贅沢な悩み事ではあるけどね。
映画見たけど全然違うね。そりゃ原作好きはキレるわ。まじでどこもかしこも尺のために改悪されてるもん。まあ自分はほぼ初見だったからおもろかったけど。
まだ出てきてないけど世界を舐めろってセリフは自分 -
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まず最初に言いたい!
巻末の『佳作』が、ただただ面白い笑
おまけと思わずに読んで欲しいです。
さて、『ひゃくえむ。』についての感想。
「何のために走るのか?」
「なぜ走るのか?」
聞き方が違うだけの同じ問いだと思ってたけど、
この作品を読んでたら、
質が違う問いのように思えてきました。
「なぜ走るのか?」のほうが、
より個人的で利己的でわがまま…
要するに、『熱い』
あらゆる熱中に対する
「なぜそれをするの?」の問いには、
さしたる答えなんてないのかも。
「分からない。でも好きだから。」
「なぜ好きなの?」の問いにも、
答えはないのかも。
それを好きになることが、
生まれた時から必然だ -
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時代は、1400年初めの頃。紀元前300年代にアリストテレスが終わらない「等速円運動の原理」に基づいて天動説を確立し、それを紀元2世紀にプトレマイオスが火星の逆行の矛盾を補完した。天文学は、暦を作る上で重要であった。紀元前45年にユリウス暦が確立した。1年間を365.25日として閏年を決めて、1年とした。実際は1年間は365.242日で、1000年越えると10日以上のズレが起こる。1582年にグレゴリオ暦に改定された。遠洋航海にとっても不可欠で、占星術にも必要だった。天動説では説明できないことがあった。ピャスト伯はそれを解明しようとした。
ヨレンタと知り合い、ピャスト伯のおかげで、教会の -
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バデーニは、「惑星の中心は太陽である。軌道は真円である。惑星は一定の速度で運行する。」ということに、不具合があることを感じる。そして、そのことの質問を掲示板に貼り出した。
それを半日もしない間に、解答した少女ヨレンタがいた。
女が学問をすることが許されなかった。ピャスト伯の講義にも参加できず、講義室の地下で聞いていたのだった。そして論文を書くが認めてくれない。自分の名前で出せないのだ。ヨレンタは絶望していた。
そして、ヨレンタは、バデーニとオクジーに会うのだった。
そのバデーニとオクジーの疑問を解決するには、一番資料を持っているピャスト伯に合わせるのだった。ピャスト伯は、プトレマ -
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主人公が、12歳の大学に進学する神童ラファウだと思ったら、第1集で亡くなってしまった。主人公が亡くなるなんてと思っていたが、主人公は「地動説」なんですね。
第2集は、第1集の10年後。ラファウの残した資料の石箱をオクジーとグラスが見つける。オクジーは、そこから三つの穴が空いたネックレスを受け取ることに。
どうも、第2集から主役はオクジーという代闘士になったようだ。ちょっと性格は暗く、下層民で、文字も読めない。とにかく、謝れば済むと思っている。オクジーは、天国に救いを求めている。それに対してポジティブな性格のグラスが先輩。グラスに「絶対の信頼がおける『希望』を見つけた」とオクジーに告げ -
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最初の方は、共感性羞恥心で読むのが苦しかったけど読み進めると面白くて止まらなくなり、一日で一気読みした作品。
論理的思考力を強みとしている主人公だが、論理的プロセスを踏んでいない思考をしていることが特徴的。
事象に対する結論にいたるまでのステップが、かなり恣意的に自分に都合が良く組み立てられている。自分も同じことよくやっているなぁと反省する反面で、そういった不都合な選択を思考しないということは幸福に直結するのではないかと思った。
世の中の不都合な現実から目を背けるために、自分にとって都合の良い陰謀論を崇拝する。それは宗教に救済を求めている人間と似通ったプロセスだと思う。
もちろん神の存在 -