本来ならば、こんな長期連載になる様な話ではない。
あらすじ解説は数行で済む。
15世紀中世、天動説が唯一の真理とされ、地動説を称える者は火あぶり含む凡ゆる迫害を受けていた時代において、それでも「地球は動いている」ということを証明しようとした者たちの列伝である。
第1集に於いて、既に「自分の生命よりも大切なことは何か」という、本作の大きなテーマは出尽くしている様に見える。そのあとにはよくある英雄物語にに変化する。と、私は予想していた。命を賭して守った「論文」を巡って、異端審問官たちと渡り合うバトルマンガになるのか?‥‥ところが、1度までか2度も、彼らの遺した「論文」は、歴史の中に埋もれる。ヒーローは勝利しない。
これはホントに天動説対地動説、つまり「地」の物語なのか?描かれるのは「血」にまみれた世界だ。
これは地動説の物語を借りた、戦前の共産主義者対特高のメタファーなのか?確かにノヴァクの執拗な異端追求そして拷問は、かつての特高を思い起こす。ただ、それが第7集にもなる様な大長編になるとも思えない。
そもそも第1集で作られた「論文」が、決定的な文章だとは思えない。形を変えて、次から次へと復元され、最後は全く違う文章になる。第5集に於いて復元されるのは「理論」ではなかった。「感動」だった。そしてこの巻に於いて更に重要なことが語られる。
「この世に何かを残して
全く知らない他者に投げるのは
私にとってなんら無意味で無価値だ。
しかし、不思議なもので、それを無価値だと
判断しない領域もあるようだ。例えば‥‥
歴史がそうらしい。」(86p)
「この世を変えるのに
必要なものは知です」(169p)
私たちは知っている。
やがて歴史は、天動説から地動説へと
「知」が、
コペルニクス的転回を遂げる。
15世紀初めから始まった物語は、第五集で10年後、第6集で更に25年後に飛躍する。
それでも「たった」35年しか経っていない。
しかし、コペルニクスが論文を書くのは16世紀の初めなのである。更に言えばガリレオが裁判にかけられるのは17世紀の初めだ。ともかく「歴史の転回」まであと半世紀以上ある。
C教(キリスト教?)とかP王国(神聖ローマ帝国?)とか、架空の言葉が使われているのは、当時異端審問でこんな酷い拷問は存在しないという説があるからだろう。そうかもしれない。そうでないかもしれない。マンガの視覚的効果を狙っているだけなのかもしれない。それは歴史が後に決めることなのかもしれない。
さて、第6集7集の15世紀中頃のお話について一言のみ。
この頃、何故かC教正統派は弱体化しているらしい。代わりに台頭しているのはC教H派(ルター派?)。なおかつ、爆薬と羅針盤が既に開発されて、もう一つ作られたばかりの「活版印刷」によって、5集から生き残ったヨレンタたちはH派に「感動」つまり『地球の運動について』の本の「情報の解禁」を始めようとしているらしい。
話はかなり広がっているが、
「信念とは何か」「信仰とは何か」が語られる。
もはや、地動説の根拠たる「科学とは何か」は
後方に追いやられる。
1〜7集一気読み。次回、最終集?
2022「このマンガがすごい」オトコ編第2位。
2021「マンガ大賞」第2位。2022年第5位。
結末は未だわからないが、大河物語風の作品で、最後をハッピーエンドで終わらせないとしたら「進撃の巨人」以来、21世紀のトレンドのひとつを踏襲しているのかもしれない。
「世界は残酷」だけではない。
「世界はフェイクニュースだらけ」。
という若者の世界観を反映しているのかも。