藤原辰史のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトルのとおり、トラクターの誕生から、世界各地での発展の仕方などを通じて、現在の様相まで、一本の線で歴史的にとらえられるように書かれています。さすがに1冊で書ききれる容量ではないので、全部という形ではありませんが、トラクターという普段触れることのなかった世界を、歴史的に知ることができて面白く読ませていただきました。
農業をするうえで、土を耕すという作業が大きな比重を占めているということ、それを克服するためのトラクターという機械と改良という人類の戦い、それに対する旧来の人々との闘い。そして最後に、トラクターは人類の夢に向かって着実にそれを実現してきましたが、それで良かったのかという投げかけもされており、考えさせられます。豊かになった一方で失ったものもあるという、他でも見られるジレンマがトラクターを通じて改めて感じられました。
あとがきで、著者が本書にあたっての取材がどれだけ楽しまれていたのかが書かれていて、ここが私にとってはハイライトでした。 -
Posted by ブクログ
主として農用のトラクター史。かつては蒸気機関を積んだトラクターも存在したが,内燃機関が採用されたことで20世紀に爆発的に普及した。
トラクターと戦車が双生児とも言えること,トラクターと共産主義の関係など,とても興味深い。
トラクターの語源が牽引で,attractとも同根であることから,「さまざまな人間を魅惑してきた」p.4という洒落っ気も好感度高い。
日本のトラクター密度が世界一だというのは,なるほど納得。農地千㌶あたりの乗用型トラクターの台数は,日本は二位のオーストリアを3倍以上引き離して386台とダントツ一位(2000年)。アメリカの40倍近いトラクター密度だとか。
農地面積が狭く集約的な日本農業の特徴が現れている。
長い人類史において,19世紀まで一貫して畜力・人力でやってきた耕耘という重労働。それを20世紀のトラクターは肩代わりしていくのだが,その経緯が東西で対照的すぎてすごい。
アメリカをはじめとする自由主義国家では,自立した農家が新技術に警戒しつつ,家族ぐるみで大事に育ててきた家畜を徐々にトラクターで置き換えていくのに対し,ソ連や中国などの社会主義国家では上からの強制により農業集団化が進められ,トラクター投入を見越して役畜を屠殺したところトラクターが来なかったり故障で動かなかったり。どちらが人間的であったかというのがよく現れていると思う。
「農業は大規模化して効率よく機械化すべし」という合理的であるはずの考え方が,自己目的化して社会を混乱に陥れたという事実。そしてそれを隠蔽する情報統制とプロパガンダが政策の見直しを阻み,同じ失敗を繰り返す。これが構造的な問題であることに気付いても独裁者への諫言には多大なリスクを伴う。まさに暗黒…。
トラクター発祥のアメリカでも新奇なものに対する反発,旧来の習慣への愛着は大きかった。
本書では一例としてスタインベック『怒りの葡萄』の一節を引用しているが,本当に強烈な表現だ→“鋳物工場で勃起した十二の彎曲した鉄の陰茎、歯車によって起こされたオルガスム、規則正しく強姦し、情熱もなしに強姦を続けていく”p.65(大橋健三郎訳) -
Posted by ブクログ
食べることは当たり前じゃないんだよな、本来。
京大教授である著者と10代の少年少女たちの、食を巡る哲学的なディスカッション。会話の書き起こし形式なので、読みながら参加している気分になれます。
食べるという行為はどこからどこまでか。口に入れてから?のみこむまで?それとも胃に入るまで?排泄するまで?そんなふうに対話は「食べる」という幹からあらゆる方向へ枝葉を伸ばしていき、子どもと大人という垣根も取っ払われ、議論が盛り上がっていく様にワクワクします。
人間は本来そのままでは食べられないものも、火を使ったり、道具で刻んだり潰したり、混ぜたり成形したりして食べることができます。これはより効率的に栄養補給ができるという実利にプラスして「文化」を生み出します。
「文化」は本能を満たしたり、生命を維持する、それ以上の余剰の部分のことなんではないか?と思えてきます。これは「食べる」以外にも言えることで、芸術・美術は、宗教的なアイコンからはずれた役割を持ち始めて、より一般的・大衆的になって、今わたしたちは美術館でいつでも鑑賞することができます。そうか、そうなると文化=大衆化とも言えるかも、なんて私もひとりディスカッションをしながら楽しく読みました。
人間は一本の管、食べ物が通るチューブのようなものと例えられますが、人間が受精卵から細胞分裂を経ていく際に、実は肛門が先にできてその後反対側に口ができるというのを初めて理解して(というか理科の授業でとっくに習ってるだろ)新鮮な驚きがありました。これが何かを人間の生命の根源的ななにかを示唆してるかも、とワクワクしました。人間という生き物の主体は肛門か!?なんて。
「食べる」。生命を維持するために栄養を得ること。生き物にとって至極シンプルかつ最重要な行為ですが、死生観、経済、文化、栄養学、社会のあり方、風土、文学など万物とアクセスできてしまう。こんなに全てを包括できてしまうほど、生き物にとって根源的で、生きることから切り離すことができない行為なんだなあ。そしてそれら万物すべてが集約されたその一点、例えばそれは目の前で湯気を立てている白ごはん、またはエビフライ、もしくは焼き豚、はたまたコーンフレーク、etc…をいただいている。その一口は無限の何かしらとアクセスしている。そう思えるだけで、食べることはけして当たり前じゃないと思えてきます。
食品加工場があるのは当たり前じゃないし、海の向こうの外国産の食品が近所のスーパーで買えるのも、もちろん国内の農家さんの作ったものも、当たり前ではありません。もし人類が進化しなかったら、知能が発達しなかったら、火をおこさなかったら、石器や土器を生み出さなかったら、農耕を発明しなかったら、都市を作らなかったら、産業革命が起きなかったら、、、野生動物と同じように狩猟採集でナマの食べ物を食べていたのですから。そもそもこの世に農耕が生まれたとき、「これは農業として商売になるな」と人類は思わなかったはず。「飢えなくて済む!」て思ったはずです。農業が仕事になったのも、けして当たり前ではないのです。
この本を読んでいて、思い出した光景があります。小学校の頃、移動販売をしていた母が車で私を迎えに来て、そのまま私と一緒に母の顧客の職場に商売に行ったのですが、そこは屠畜場だったのです。獣のにおい立ち込めた工場の白い壁を背景に、サンドバックのように吊るされた大きい牛の枝肉。幼心に少なからずショッキングな光景でしたが、今となっては貴重な体験だったと思います。母グッジョブ!と感謝しています。
この本はなにか答えを用意してくれている本ではありません。むしろ「疑問の種を植えとくから、自分なりに育ててみてよ」と宿題を出されますが、権威的でなく親しみを感じます。「この担任の先生、嫌いじゃないな」って感じです(笑)。あとがきにて、勉強することは普段のあなたの生活と地続きなことなんだよ、食に限らず音楽などの趣味や、性や恋愛も学問として学ぶことができるんだよ、と綴られた著者の熱烈なメッセージもグッと来ました。 -
Posted by ブクログ
「世界史」「人類の歴史を変えた」となると大仰だな、といった印象だが、内容的にはまちがいではない。
トラクターの歴史から、世界諸国でどのように供給されひとびとに受け入れられてきたか、もしくは拒絶されてきたか、などが書かれている。
私自身はトラクターとは無縁である。親族に建設機械メーカーの人間はいるが、その程度。なので、当然ながら知らないことばかりが載っており、興味深かった。
最初期のトラクターは、労働からの解放もアピールされていたそうである。それまでは男の作業であったが女でも耕すことができる、ということで女性解放的な意味合いさえあったという。しかしそれも、ソ連はいいとしても中国ではうまくいかなかった、など国によるちがいはある。
そのようなディティールも足早ながら描かれており、丁寧な著作。 -
Posted by ブクログ
コロナ後の世界というのはわたし自身にとっても明確にいろいろな意味でそれまでと変わりました。
わたし自身は50代半ばですがワクチン接種は拒否しています。
コロナウイルス自体に関しましては、日本人にとってはもともと大騒ぎをするほど大して問題ではなかったのですが、健康な人達までもがコロナワクチン注射を受けてしまうことによって、ワクチン注射を打った人たちの体内で悪いウイルス・菌が増殖をしてしまい、その悪いウイルス・菌を周り・周囲や日本中にばらまいてしまうことになるという説を信じています。
そしてコロナ以前にはわたし自身では、「何とかコツコツと学び続けてさえいけば、生きていく道はあるのではないのかな」「学び続けてさえいくことが出来たならば、道は開けるのではないのかな」とぼんやりと考えていて、毎日平均6〜8時間くらいはなにかしらの学習をし続けていたのですが、今は自分なんかがいくら何かやっていっても格差、階級とかがどんどんと開いていって固定化していき、何も希望ややる気がでないような心境です。
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
まえがき
第1章 人間とは生命とは
養老孟司
福岡伸一
角幡唯介
五味太郎
第2章 歴史と国家
ユヴァル・ノア・ハラリ
情報を得て自発的に動くことのできる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間にくらべて危機にうまく対処できます。
ジャレド・ダイアモンド
イアン・ブレマー
大澤真幸
藤原辰史
長期戦に備えよ―歴史が伝えること
中島岳志
藻谷浩介
山本太郎
伊藤隆敏
第3章 社会を問う
ブレイディみかこ
斎藤環
東畑開人
磯野真穂
荻上チキ
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
第4章 暮らしと文化という希望
横尾忠則
坂本龍一
柚月麻子
あとがき