藤原辰史のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読書録「トラクターの世界史」5
著者 藤原辰史
出版 中公新書
p81より引用
“ 欧米のように、段階を踏んで機械化が
進んだわけではなく、そもそも馬さえ十分
に行きわたっていなかったロシアでは、農業
機械の使用に不慣れであるばかりか、迷信
も根深い。運転手や修理を含む「パッケー
ジ」として農業技術体系を移転しないかぎ
り、トラクターだけでは援助の意味をなさ
ない。”
目次より抜粋引用
“トラクターとは何か
農機具メーカーの逆襲
二つの世界大戦下のトラクター
市場の飽和と巨大化
機械化・反機械化論争”
農業史を専門とする著者による、トラクタ
が登場してからの人類の歴史について記し
た一冊。
トラクターの発明から普及に伴う影響に
ついて、当時の写真とともに解説されてい
ます。
上記の引用は、ロシアへのトラクターの
導入について書かれた項での一節。
何も下準備のないところに、突然便利な物事
が入ってきても、戸惑うものなのかもしれ
ません。
こういう状況を逆手に取って、商売の上手い
人たちは、道具を安く売って普及させて、
それを使わざるを得なくしておいてから、
その道具周辺の使い方やらなんやらを小出し
に売り続けているような気がします。
トラクターという田や畑にしか関係がな
さそうな機械が、二度の世界大戦に大きな
関わりを持っていたと、この書を読んで初
めて知りました。
戦車からトラクターの順番ではなく、履帯
トラクターから戦車が開発されたというの
が意外でした。便利な科学技術が発展する
のは、軍事技術の応用という風に思い込ん
でいましたので。
まあでも、食料生産というのは軍備の一種
でもあるでしょうから、既存技術の並行利用
であったとも思えます。
歴史が前に進むには、多くの要素が入り
乱れて関係している事を再確認出来る一冊。
全体に色々な物語が散りばめられていて
面白いのですが、一番面白いのは、p114で
紹介されている、マレーナ・レヴィツカ著
『ウクライナ語版トラクター小史』の邦訳。
誰ですか、翻訳したのは。
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Posted by ブクログ
人新世の「資本論」の斎藤幸平、「永続敗戦論」の白井聡、岸本聡子杉並区長ら
そうそうたるメンバーが自治を語る、コモンを語る、自律を語る。
正直難易度が高く、頭に入らないものもあった。
一番理解しやすかったのは藤原辰史さんの農業の自治。
古来人間は集って狩猟、農業を営んでいた。そこに自治があった。
種の保管、水の確保、料理。
最小単位の集団で、自分たちで取り決めをし、少しでも全体の収穫を大きくしようとした。
ここに国が絡むと、年貢を納めることになるが、これを金銭で納めるようにすれば
商売の考えが生まれ、余剰金で新しいものが買える。そこにも自治ができる。
などなど、人類の歴史に根付いた自治の話は分かりやすかった。
岸本杉並区長も、区長が一人で考えるのでなく、区民の声が区政を動かす、
その流れをどう作るか。実験を進めてほしい。
・・と考えていくと、今の国政が自治とは程遠いことがよくわかる。
国民の声を聴かず、省庁、大企業の思惑だけで多額の税金が動き、
ものの見事にムダ金になる。
前明石市長泉氏の成功の真逆をしている国。
日本に相対的貧困者が15%もいる、というのは明らかにおかしい。
やれ五輪だ外苑再開発だ大阪万博だと無意味な金、一部に利権が流れる金の使い方
をする前に、能登半島支援もあれば、貧困層への対応があるだろう。
少子化を問題視しながら、若者や子を持つ家庭に手を差し伸べない。
大学に稼げと言い、奨学金という名の借金を学生に負わせる。
あ、自治と話がずれてきた。
いいたいのは、世襲議員と偏差値エリート官僚には、市民の声を聴く気がない、
ということ。
そんな奴らに国を任せてはいけない。
というか、国の単位がでかすぎるのだ。
今こそ道州制だ。
まさに地方自治体だ。
・・・自治体もろくな職員がいない、という説もあるが、市民が見ている。
距離が近い。空気が伝わる。
国には外交と防衛だけやってもらって、それ以外の金の使い方は各道州に任せれば
よい。
逆にそうしないと東京一極集中がますます進み、地方が死ぬ。
地方が死ぬ、ということは文化が死ぬ、ということだ。
美味しいものも食べられなくなる。それでいいのか。
・・・この本の趣旨、斎藤氏の趣旨から反れたかもしれないが、
私の問題意識だ。
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Posted by ブクログ
■感想
この作品も、目の前にあるものに対して、多くの人が関わっている、それは、今生きている人だけではなく、多くの歴史も、関わっているということを伝える作品でした。
食べる行為に対して、より広いイメージを持っていると、より幸せになれるだろうな〜と感じました。
そうですね、「いただきます」を、しっかりやろう!と、今年の目標が一つできました。毎度、レベルの低い目標ですが(笑)
34、35ページは、なかなかよかったです。
だけど、、、微生物も食べているという表現が、小さい子が読むと、よくないイメージを持つ子もいるだろうなと、、、感じる作品でもありました。
とてもイメージしやすいイラストが、とてもリアルでした。
■内容
食べることって、とっても賑やかなことなんだ。という言葉から始まります。そして、食べることについて考えていきます。
食べる行為は、とても忙しいこと。
歯や舌やあごだけじゃなくて、目や耳も鼻も大忙し。
食べることとは、さっきまで生きてきたものたちが集まって一緒にくりひろげる賑やかなお祭り。
たくさんのふしぎシリーズの中でも、文字が多い作品でした。 -
Posted by ブクログ
参考文献の引用の丁寧な書き方、最初に本全体の概要、
流れを説明し、章ごとに深掘りしていき、
きちんとそれまでを振り返りまとめて終わり、という本の構成が好みで、読んでいて満たされました。
自分語りや、表立った感情論はなく、根拠として事実関係の引用を用いて自分の意見の方向性を述べるところが読みやすかったです。
給食の恩恵は受けてきたけれど、その当時は子供だったため、どれほどの苦労や思いがあってのものか露知らず。年齢的には、今度は親になって給食に関わる段階でしょうがいまだその機会はないため給食はテレビで報道される異物混入の報ぐらいでしかほぼ触れることがなくなっていました。「おいしい給食」というドラマに出会い、面白く楽しんで見ていましたが、そんな風に楽しむだけで、取り立てて真剣に、真面目に大事な問題として給食に思いを馳せるという概念がなく、この本に触れて初めて、給食の歴史、政府、保護者や栄養教諭の活動などを見て、多くの人の尽力で成り立っているんだなと感心しました。
この本に出会わなければ、知ることもなかったです。
この本を手に取ったのは「ゼロからの資本論」に引用されており、興味を持ったからです。
効率化、コストカットなど、利便追求をしてしまうと大事なものを見落としてどんどん味も温度もなくなっていくんだなとしみじみ思わされました。
生きる上で欠かせない身近な「食」に関わることだからその危機感がわかりやすかった気がします。
資本主義に飲み込まれ振り回される世の中で、効率優先ではない体制がまだ残っていること、それが給食だということ、盲点というのか灯台下暗しというのか。
失われず残っていってほしいし残していかなくてはならない。
給食に対して絶対にブレてはならないこと、貧困児童のスティグマとならない。はい。
この視点、心に刻んで生きたいです。 -
Posted by ブクログ
とても良かった。日本で生まれ育った日本人は、学校で給食を経験しているはずである。もちろん海外にも同様の制度はあるが、本書では日本で給食が始まった理由、進化の過程、さまざまな葛藤、今後の課題と給食の持つ役割が論理的に書かれており、興味深く学ばせてもらった。本書を読めば日本の給食の成り立ちから意義からすべてがわかる。
日本の給食は江戸時代終盤ごろ始まったとされるが、その意義は常に貧困家庭の子どもの救済にあった。その過程で常に、助けを受ける子どもが恥をかかないように、との細心の配慮がされてきた。
戦後はGHQが給食の復活を強く推し進めたことも初めて知った。もちろん、アメリカの意図としては、日本の子どもたちの健全な発育以外にもアメリカ製の食材を売りたいという下心があったわけだが、結果として子どもたちが救われた側面もあったようだ。
給食職員(今は給食教諭と呼ぶらしい)の人たちや、母たちの働きかけで制度や法律がどう変わっていったのかも知る意義がある。
小学校時代の給食を思い出しながら読んだ。本書で出てくる、脱脂粉乳やクジラ肉やソフト麺は経験したことがない。中学と高校は弁当だったが、当時働いていた母の負担を考えると、給食があったらよかったと思った。