西川美和のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
妻を失ってから始まる
あまりに不器用な「愛」の学び_
読み終わった後…
深く長い溜息をつかずにはいられない…
そんな心の奥底を揺さぶられる物語でした
長年連れ添った妻を
突然の事故で亡くした人気作家の幸夫
けれど、彼がその時いたのは不倫相手の部屋…
涙を流せないまま、世間に対して「夫」を
演じ続けなければならない
幸夫の滑稽さと空虚さが
あまりにもリアルで
読み進めるのが苦しいほどでした…
物語が動き出すのは、同じ事故で母親を亡くした
遺族のトラック運転手・陽一とその子供たちに出会ってから…
幸夫が「妻を亡くした他人」の家庭に深く関わり
慣れない育児や家事に奮闘する姿は
皮肉にも彼がこれまでの結婚生活で
切り捨ててきた「生活」そのものでした
自分を守るための「言い訳」ばかりを
積み重ねてきた幸夫が
子供たちの純粋な眼差しや
陽一の剥き出しの悲しみに触れ
少しずつ「愛すること」の本質に
気づいていきます
西川美和さんの綴る文章は
人間のズルさや弱さを一寸の
妥協もなく描いていて…
でもその先には どんなに壊れた関係であっても
人はそこから新しく歩き出せるのだという
静かな肯定感に満ちていました -
Posted by ブクログ
誰かの死は、基本的に何も生み出さないものだと思っていた。
けれど、この作品では、主人公が成長していく姿がとても新鮮で印象的だった。
私はこれまで、「子どもがほしい」と強く思ったことはあまりない。
もちろん、子どもを可愛いと感じる気持ちはあるけれど、子育てをするよりも、自分の経験にお金や時間を使いたいという考えに近かった。
そんな中で、思いがけず子どもと関わることになり、本当の愛を知っていく主人公の姿に、どこか羨ましさを感じた。
子どもは大人にとって、新たな価値観や成長をもたらしてくれる、かけがえのない存在なのだと気づかされた。
文体が今まで触れてきたものと少し違って読むのにすごく時間がかかった。でも、本とあわせて映画も見て、新しい価値観を得られた気がする。嬉しい。 -
Posted by ブクログ
西川美和さんの映画も小説も大好き。
エッセイは、肩の力が抜けていて、少し物足りない笑
でも、西川さんの人となりがよくわかって身近に感じられるから、それもよし。
役所広司は見る映画のたびに、すごい役者だなぁとどんどん好きになるのだが、西川さんの語るエピソードで、やっぱり、このひとは感性も知性もものすごいのだと再認識。
「そんな役所さんがある時、他の人の映画を観て、鋭い言葉を漏らされたことがある。
『人間はもっと芝居がうまいのでは?』
その映画の中で、登場人物たちはおのおのが感情を露わにして、スリリングな衝突を繰り返していた。俳優たちの芝居は皆申し分なく達者にも見えた。けれど、役者さんに言われてみれば、確かに実際の人間は日常の中で本心をあらわにすることなど滅多になく、なるべく物事を丸く収めようと取り繕い、愛想良くし、家族に、同僚に、公共の場で、絶えず芝居を打っているものだ。ストーリーを面白くするために、映画の登場人物はしばしば過剰な言動をし、過ちを犯させられるが、現実なら、彼らは何が何でも抗うはずだ。人生を台無しにすまいと努め、相手の機嫌を損ねまいと懸命に利己的な衝動を抑え込む。つまり、『芝居』を打っているわけだ。」
恐るべし役所広司。ヴィム・ヴェンダースがメロメロになるのも頷ける。
それから、キャンプファイヤーの小学校教員モッちゃん。こういう人って、重宝されて、一定のファンがいるものだ。子どもって、そういう大人の言いなりなんだよね。違和感を大事にして大人になる子が多いことを祈る。 -
Posted by ブクログ
得も言えない満足があった 生殺与奪の権利 舌鋒鋭いクールガイ 柔らかくも同意見 作り物ならではの甘い泣かせどころを木っ端微塵に粉砕する 自分の事を一顧だにせずに他の誰かとくっついたり 気軽に関わりを保てる関係性は年々収斂されていった 組の為に滅私奉公を誓う 分厚い鉄扉の横には配膳口が有り 駈け込み訴え 「侮辱」と読むのも浅慮なのかもしれないが 人間の中に巣食うどうにもならないものばかり探っている気がする 日本橋の上に被さった首都高速道路が 江戸・東京のアイデンティティの臍をぶっ潰したようなあの珍妙なふう自体 清濁合わせ呑む東京の緩い懐に その尋常ならざるカタストロフに明らかに興奮していた 参加者達はどっぷり日が暮れる迄体を酷使しなければ自らの「奉仕欲」を満たせなかったし 本当はその間何とも誰とも戦ってはいない 裁ち鋏 昭和天皇もマッカーサーも呪いまくる 「同感だよ。宣言は、勝手にするものでしょ。『関白宣言』。解除と言われたって、知った事かよという話。『令』という責任を伴う言葉を敢えて使わず、受け手の問題にすり替えてるんですよ」 この巧妙なレトリックによって日本語のルールが壊され、それをぬるりと受け入れていく事に、気味の悪さを感じている。 体裁を繕っているようにしか思わないのです