西川美和のレビュー一覧
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物語全体を覆うのは、決して明るいとは言えない、けれどどこか洗練された静かな空気感。悲劇をいたずらに煽るのではなく、淡々と、しかし鋭く人間の空虚さを描き出すその筆致は、不思議と「スマート」で、大人のおしゃれな小説という印象を受けた。
この物語の主人公・衣笠幸夫と、事故で妻を亡くしたもう一人の男・陽一。二人はどちらも「未完成な大人」だと感じた。
特に幸夫の姿には、ある種の痛々しさと普遍的な弱さを見る。彼は幼い頃から斜に構え、他者との距離感を測りすぎて、本来経験すべきはずの泥臭い人間関係を避けてきたのではないか。その足りない部分を、ずっと妻のナツコに補ってもらっていた。夫婦というよりは、自分の欠落を埋めるためのパーツとして彼女を必要としていたようにさえ見える。
彼らは長い間、お互いに変化も成長もせず、ただその「未完成な関係」を維持し続けていた。
しかし、ナツコが死に、孤独になった幸夫は、陽一とその子供たちとの交流を通じて、初めて「他人と深く関わること」を学んでいく。それは、ただ誰かに依存することではない。自分のために時間を使うのではなく、相手のために自分の手と心を動かすこと。
幸夫という天秤は、ナツコという重しを失ったことで、かえって自らの足で立ち、バランスを取る術を学び始めたのだと思う。ようやく「人をおもいやる」という成熟のステップを踏み出した彼を見て、これは単なる喪失の物語ではなく、長い時間をかけた再生の物語なのだと気づかされた。
「人は、いつからでもやり直せる。ただし、それは他者と正しく向き合うことからしか始まらない」
この作品は、斜に構えて生きることが「スマート」だと思っていたかつての自分、あるいは現在進行形で誰かに何かを補ってもらっている未完成な大人たちに、静かな問いかけを投げかけてくる。
読み終えて、心がふっと軽くなるような、あるいは自分の日々の歩みを振り返りたくなるような、そんな豊かな読書体験だった。 -
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妻を突然なくした人が、立ち直っていく様。なんか映画化されてたなぁ、予告編見たなぁと思った。主演はもっくんだったらしい。だけど映画監督も作者だった。驚いた。この本は直木賞の候補作品にもされたらしい。意味がわからない。多才な人??
衣笠幸生は作家で、ペンネームは津村啓。妻の夏子が旅行に行っているときに、愛人の千尋をうちにあげていた。そのに山梨県警から電話があり、妻の乗ったツアーバスが事故に遭ったことを知る。妻は美容師だった。
中学の同級生と出かけていた。妻の親友も死んでしまった。夫の陽一と子供達を残して。幸生は陽一の子供達の面倒をみることにする。だがたった2日でもう帰りたくなる。 -
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ネタバレシニカルで偏屈な幸夫くんの喪失との向き合い方があまりにも人間らしくて、大宮家の鍋パーティーで鏑木先生が気に食わなくて爆発してしまうあたりとかもう見てられなくて。だからこそ読み手が前のめりになってしまう。喪失を経験したすべての人が、その人間らしさに共感して苦しくなって一緒に生きていくための糧を培う。
帯にもあった「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない。」そして「色んな人との出会いや共生は、喪失を癒し、用事を増やし、新たな希望や、再生への力を与えてくれる。喪失の克服はしかし、多忙や、笑いのうちには決して完遂されない。」のフレーズはこの小説の真髄だなあとおもう。
「妻(きみ)へ」の章を、わたしが失った弟の誕生日に読めたことはなんらかの縁だと思って、自分へのメッセージとして受け取りたいと思う。
本当に読んで良かったな。
幸せな夫、と書くゆきおくんの名前も、ある意味皮肉である意味真実で、この作品によく合っている。
以下各所からー
夏子にとっては「ファーの感触が好きなコート」が幸夫くん
視点では「赤いダウンジャケット」なのは、2人のすれ違いを表現しているのかな。
軽薄なようで鋭くて賢い愛人が語る、「いちばん良くないことが、いちばん良くないタイミングで起るような最悪の不幸」の描写、皮肉で苦しかったな。
警察の人の言葉
「深く愛するものを失うことと、もう確かな愛を感じなくなったものを失うのとでは、悲しみの度合いは比較にならないが、後者の嵌る失意の沼の深さもまた計り知れない。」
夏子とゆきを亡くしてからの、幸夫くんの日記、そして陽一の長距離運転の狭間の時間、どちらも対極的なようでそれぞれの苦しみ方が現実味強すぎて涙が止まらない。
陽一の「子供がいるから頑張れます!」じゃなくて、「子供がいるから生きるのが怖い」なの本当に苦しいな。でも私は幸夫くんの、当事者意識を持てず、同じお墓に入っていったら冷めた目で見られそうだって感じてしまうような「罪悪感」の辛さをなんとなく理解できる。 -
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雑誌連載をまとめたもので、同じ文字数のコラムが続き、とても読みやすい。肩の力を抜いて読めるが、ウィットに富んだ歯切れいい文章の中に、筆者の聡明で透明な眼差しを感じる。バランスよく地頭のいい方なのがよくわかり、お人柄も素敵だなぁと思った。特に印象的だったタイトル。男子校の膝上の友とのまぶしい青春を描いた「あおばのみち」、籠の鳥のようなゆきちゃんの解答すり替え工作を疑う「ゆきのしわざ」、認知症の伯母の大人っぽさについて書いた「ついのふうけい」、差別表現に緩かった過去への思慕を断ち切る「ぼくらのキャンバス」、敵ながらあっぱれのホークスのホスピタリティに感じ入った「みるはたのし」、おじいちゃんがムカデになったかもしれない「うらぼん」、性的な場面の撮影について語った「からだとこころ」、役所広司さんについて書いた「てんしのうた」。内容がコロナ前後に渡るので、目次に2018〜2023の年表が付いているのもありがたかった。
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ネタバレ前作も素晴らしかったですが、こちらもやはり、紛れもなく素晴らしいですね。前作が、映画で言うと「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」の時期のエッセイだとしたら、こっちは「永い言い訳」の時期のエッセイ。
「あの映画を撮っていた時、西川さんはこんなことを考えていたのか!」という思いが感じられますし、映画に関しての裏話的な話も沢山聞けますし、ましてや西川さんご自身の「映画とは、なんなんだろうなあ?」という様々な気持ちを垣間見ることができる。うーむ。まさに、映画人としての西川美和に興味があるかたなら、抜群に楽しめると思います。で、ワタクシは、映画人・西川美和に途轍もなく興味がある。ということは、ハッキリ言って最高の一冊ですなあ、って感じ。
メインエッセイ記事ともいうべき「映画にまつわるxについて」は、一コラムごとの文章量が、前作よりも増えている気がします。多分、ですが。増えてなかったらゴメンです、ワタクシの勘違いです。で、ま、増えてる分、読みごたえもガッツリ増し。
それにしてもホンマに、西川さんは、自分の気持ちを誰かに伝えることが、映像で伝えるにしろ文章で伝えるにしろ、なんでこんなに見事に的確に上手いのかしら。西川さんの映像は、文章は、ホンマのホンマに「腑に落ちる」んですよね。「ああ。わかる。わかります。あなたの気持ち、間違いなく、僕は、わかります(と勝手に思った気持ちです)」とね、感じさせてくれるんだよなあ~。
個人的には「永い言い訳」の主演である、モックン、こと、本木雅弘さんと西川監督とのメールのやりとりが、爆笑モノでした。モックン、、、凄い。色々な意味で、凄すぎるよ。いやあ。モックン、、、ホンマに凄いぞ。 -
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ネタバレベラボーに面白いです。こりゃ凄い。こりゃお見事です。
西川美和、という人は、自分の思っていること、考えていることを、自分以外の他人に伝えることが、めちゃくちゃ上手いなあ、ってね、思いました。
映画監督としては、自分の思いを、映像情報として他者に伝えることが、ベラボーに上手い。
小説家、エッセイストとしては、文字情報として他者に伝えることが、ベラボーに上手い。
ということなのかな?と思うのですが、うーむ。なにしろ「わたしはこう思っています」ということを、これほどに見事に他者に伝えることができるものなのかね?と、驚嘆。つまるところ、西川美和さんは、コミュニケーション能力が途轍もなく高い人なのだろうなあ、と、思います。なんか、対人関係はめちゃ苦手そうな自分の書き方をしておられる場面は多々ありますが、「自分の思いをつたえる」というコミュニケーション能力は、ホンマに高いと思う。それがすなわち「共感力」ってことなんじゃないのかね?とかね、思う次第ですね。
西川さん、結構「それを意見の俎上に乗せるのは、そうとうヤバい話題ではないのかね?」って事も、臆せずに、語りますよね。その勇気は、尊敬します。あたりさわりの無い事を言っておいてお茶を濁す、とか、しない。そもそも、その話題に触れないければ、なんも波風立てないで終わるからそれで良いことなのに、でも西川さんは、その話題に、触れる。その勇気。うむ。尊敬します。もう、素直に、尊敬します。
あと「ゆれる」という映画を本当に本当に心の底から愛している自分にとっては、その「ゆれる」のプロダクション・ノーツが読めただけでも、この本読んだ甲斐あった!って感動。「夢のあとさき」と名付けられた、この一章。本当に素敵です。「映画」というものの本当に抗いがたい悪魔的な天使的な魅力を、これでもか!と語っている西川さんの姿が最高です。「ゆれる」は、ホンマになあ、、、途轍もない映画だよなあ、、、「映画は、一人で作るより、人と作った方がいい」というさりげない一言が、これはもうマジで映画の本質を言い当てまくっていて感涙。
ま、映画監督・西川美和に、心を撃ちぬかれまくっている自分にとっては、聖典みたいな本ですね。珠玉の言葉が並んでいます。手元に大事においておいて、一生、ことあるごとに読み返したい。そんな素敵な、素晴らしすぎる一冊です。いや最高ですよコレ。 -
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ネタバレめちゃくちゃ面白いです。西川美和、やはり凄すぎる。超一流の映画監督であり、超一流の小説家であり、まさか。エッセイストとしても超一流だったのか。驚愕である。この人、ホンマにとんでもねえなあ。
スポーツ雑誌「Nunber」での連載エッセイをまとめたものでして、2015年6月25日号~2018年9月21日号までの記事が載っています。
ちなみにこの連載は、2020年の8月で、終了している模様でして。ネット情報ですが。ホンマか?そうなのか?それは誠に残念である、、、勿体ない。是非とも、この本に収録されたまでの後に発表され続けていたエッセイも、一冊の本に纏めてほしいなあ~。文藝春秋さん、マジでお願いします。絶対買いますんで。
タイトルの「遠きにありて」という言葉に込められた意味は、なんだろう?ちなみに本の表紙の写真は、広島市民球場の写真。
「遠きにありて」の言葉から連想されるのは、個人的には、室生犀星の詩の「小景異情(その二)」ですね。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」のあの出だし。あの詩、やっぱ超好きなんですよねえ、、、普段は東京で暮らす西川さんが、故郷の広島と広島カープの事を、「遠くにありて」想っている、って気持ちを込めたんだろうなあ。
あとは、普段は映画監督という「スポーツからは遠く離れた場所」にいる立場の西川さんが、その遠く離れた場所からスポーツに関してエッセイを書く。という自分の立場を、このタイトルに込めたんかしらん?とも思いました。
色んな解釈ができる、良いタイトルだと思います。
ちなみに西川さんは、現在、ガンガンの熱狂的な広島カープのファンらしく。どのエッセイも秀逸すぎますが、やっぱ広島カープに関してのエッセイには、グッと心つかまされる。その熱量に。その愛情に。その敬愛っぷりに。
そんなこれほどまでの熱狂的なカープファンの西川さんが、故郷広島に住んできた若かりし自分は、アンチカープの立場だった、というのは、なんとも興味深い。地元では暑苦しすぎて嫌だったカープという存在が、西川さんが上京して暮らすうちに、その身近過ぎる存在から遠く離れた後に、逆に好きになってしまうという気持ちがね、なんだかね、うーむ、、、いいなあ、、、とかね、勝手に思っちゃったんですよねえ。
ま、なにしろ、見事な言葉選びが、見事な文章が、綺羅星のごとくに並んでいます。西川さんの、スポーツに対する眼差し。世の中に対する眼差し。つまるところ、それが何しろ素晴らしい、という感じなんですよね。「こういう風に物事を眺める」という姿が、本当になあ、、、見事なんだよなあ、、、
「あなたの考え方に私はとても納得できます」という、共感なんだよなあ、、、結局は。「パクっただろ」というエッセイの中に「人間は創造性や独自性以前に共感性の生き物であるからだ。」という一文がありますが、もう誠に至言。人間の数多あるであろう真理の一面を、これ以上なく的確に喝破した名言だと思います。
あと、西川さんの文章って、なんというか、、、気っ風が良い。体育会系。スコーン!としている。そして「敢えてこういう言いかたしますよ」みたいなヤンチャさもある気がする。敢えて波風立てる言い方するよ、みたいな。偽悪的、とも言いえてしまうような。そんな感じの文章、文体が、またこう、エラく気持ちがいいんだよなあ。
やっぱ、西川美和、という存在そのものが抜群に魅力的なんだよな。というね。自分にとっては、それはもう、間違いのない事実です。超おおげさに言いますと、西川美和と一緒にこの時代をリアルタイムで生きられることは、ちょっと抜群に僥倖ですね。 -
Posted by ブクログ
このサイトで著者を見ると勘違いする人もいると思うが、これは、おつまみについていろんな作家さんが書いたアンソロジーである。
どれも私にぴったりで、最後まで楽しく読めたし、つまみの参考にもなった。
あまり手の込んだものつまみは出てこず、なかにはコンビニつまみランキングなるものもあり、かなり参考になった。また、各作家さんの酒との距離感、そして、つまみのポジションが明確で、スッキリ読める。
人それぞれ、酒とつまみの位置付けは様々だが、押し付けがましくなく、自分の日常を赤裸々(?)に語っているのが最高。
さらに、一編ずつが短いのもポイント。
ネックは、つまみを食べたくなり、酒を飲みたくなることだけです〰️