ユヴァル・ノア・ハラリのレビュー一覧
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文庫本が出たので再読しました。サピエンス全史に比べると、妙に説明が長くわかり辛いと思っていたのですが、考えてみれば過去の歴史の場合の説明とまだ起こっていない未来についての説明ではその困難さが大きく違うのは当たり前です。未来のことは誰もわからないので、未来予測はほとんど当たることはありません。
でもこの本の秀逸なところは、サピエンスの行く末についてその根源的な方向性について語っているところです。きっとハラリは、この本を書くために、「サピエンス全史」を書いたんじゃないかと思うのです。
というのも、現在我々は自由主義という経済体制と民主主義という政治体制の下で生活をしていますが、それぞれの体制が予定している個人というのは、森羅万象についてきちんとその意味を理解できて適正な判断ができるという個人です。ところが現代人は森羅万象どころかどんな社会を目指すべきだとか、何が正義であるかはもちろんのこと自分自身についても全く理解できていません。
そして科学的には「生き物はアルゴリズムである」そして「生命はデータ処理である」という前提に立てば、サピエンスより高度な知能を持ち、圧倒的に優れたデータ処理のできるアルゴリズムにその判断を委ねる事になることは当然のことなのだと言えます。
考えてみれば私たちが今後目指すことは、健康、幸福、長生きなのですが、これを実現するために我々は多くのデータをアルゴリズムに供給する事になり、そして誰もそのアルゴリズムを理解できないままそのアルゴリズムの判断を尊重するようになっていくのは当然だと言えます。
その行き着くところは新しい神への従属かもしれません。
現代人はこの事を理解しておく必要があります。 -
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(上下巻まとめて)
サピエンス全史で、ヒトは物語を創造しこれを基盤に大勢が協力することができたから他の動物の上に君臨できた、という著者の考え方のベースはだいたいつかめていたので、スムーズに読み始めた。
「全史」の上に積み重ねるようにして展開する未来予測。知能と意識を分けて考え、生命はアルゴリズムか?と問う。私たちが普段考えている「感情」が脳の働きから来ることを考え、自由意思はあるのか?と問題提起。欲望や選択という行為は自由だ、と考えたいが、その欲望自体が遺伝子コードを反映していると解釈しないと、ダーウィン流の”自然選択”の出番がなくなる、と説明する。なるほど、だとすれば、生命はアルゴリズムだ、というテーゼに限りなく近づいていく。
人間至上主義からデータ至上主義へ、という流れを合わせて考え、このアルゴリズムの外部化というか、データ共有を重視する主義、世界の分析はなかなか面白かった。自分しか読まない従来の日記に意味はなく、経験は共有されなければ無価値だ、と。旅先で珍しいものを見た時、自分はどう感じるか?と問うのではなく、この経験を大量のデータフローにつなげることが重要。データ至上主義の世界では、データフローを妨げることが最大の罪になる。死とは、情報が流れない状態だ。
ああ、これはすでに我々が住んでいる世界の話だと改めて気づかされ、本書の未来予測がより説得力を持つ。 -
Posted by ブクログ
何万年・何十万年前には、今の人類=ホモ・サピエンス以外にも、ホモ・エレクトス、ホモ・デニソワ、ホモ・フローレシスエンシス、ホモ・ネンデルターレンシスたちが存在して、生息していた。
火の使用は人類と他の動物を隔てる最初の大きな溝になった。
この力はいつどこで使うか選べるから、無数の仕事に利用することができた。
さらに重要なのは、肉体的な限界が関係ないってことだ。
火打ち石があれば、女性1人でも数時間で森を丸ごと焼き払うことだってできる。
火を手なずけたのは先触れだった。これが原子爆弾に到る最初の重要な一歩だったんだ・・・
7万年ぐらい前、サピエンスは急激に世界中に広がっていった。
でもアフリカを出たときには、ユーラシア大陸のいたるところに別種のそれらのヒトたちはどうなったのか。
交配説
ヨーロッパ~中東ではネアンデルタール人と、東アジアではその地域のエレクトスと交配した。
交替説
それらの種はまじりあうことなく、ネアンデルタール人が絶滅した(つまり皆殺しにされた)
交替説が正しければ、人種間の差異がないに等しいことになる。
しかし交配説が正しいとすれば、アフリカ人とヨーロッパ人とアジア人の間には、何十万年も前からの遺伝的な差異が存在する可能性がある。
2010年、ネアンデルタール人の骨からDNAを抽出することに成功。
現代のヨーロッパ人とアジア人のDNAのうち、2%はネアンデルタール人に由来することがわかった。割合としてはかなり低くても、間違いなく混じっている。
さらに現代のメラネシア人と、オーストラリアのアボリジニの場合、最高で6%のDNAがデニソワ人に由来していた。
だから、交替説と交配説のどちらとも言えない。
サピエンスは寛容ではない。現代でも、肌の色が違うとか言葉や宗教が違うというささいな理由で、別の集団を皆殺しにしたりしている。
大昔も寛容だったとは思えない。
サピエンスがネアンデルタール人と遭遇したとき、史上初にして最大規模の民族浄化作戦が始まったのかもしれない。
この3万年間、ホモ・サピエンスはずっとヒトの唯一の主だった。だからそれ以外の可能性は考えることすら難しい。同種の親戚がいないんだから、どうしても自分たち造化の頂点だと考えたくなる。動物界の他の動物たちとの間には、越えがたい断絶があるからね。
でもネアンデルタール人が生き残っていたら、人間は別格だとは考えにくかったんじゃないかな。サピエンスの先祖ネアンデルタール人をなかったことにしたのはそのせいだろう。無視するには似すぎているし、受け入れるには違いすぎたんだ。
フローレス島の小柄なヒトは5万年ほど前に消えた。ホモ・ルゾネシスはルソンから姿を消した。
昔の人類はチンパンジー たちにそっくりだった。
残念ながら今の人類も残念なぐらいチンパンジー たちに似ている。個人でも家族でも。
本当に違うのは大勢で協力できるって言うところ。
身体的な面では サピエンスの道具作りの能力は3万年前から大して変わってない。
だけど、大勢の他者と協力する能力は、劇的に向上してる。
7万年くらい前に 獲得した言語能力のコミュニケーション能力のおかげだ。
社会的に協力し合うことが生存と繁栄の鍵。
陰口をきくのは良くないことだし、意地悪な行動だけど、実は大人数で協力するのには必要不可欠。
言語能力を獲得したサピエンスは何時間も噂話ができるようになった。誰が信用できるかという確かな情報があれば、群れの規模を拡大できる。それでサピエンスはより緊密で高度な協力関係を築けるようになった。
現在でも人間のコミュニケーションのほとんどは 噂話。
人はごく自然に噂話を始めるからね。言語はそもそもそのために発達してきたんじゃないかと思うぐらい。
悪いことをすると人に噂されるから、噂は社会規範を強化したり、集団の結束を保つのに役立つんだ。
150人以上の相手と本当に親しく付き合うことはできない。150人はマジックナンバー、限界点。
サピエンスが世界を支配してるのは、自分で生み出した虚構を信じるなんて、そんな動物が他にいないから。みんなが同じ虚構を信じていれば同じ規則に従うことができる。
みんながその話を信じればみんなが同じ法や規則に従うから、全然知らない相手でも協力し合える。サピエンスだけが何百万人もの協力ができる。
法体系の根っこにあるのは法律にまつわる共通の神話。弁護士は見ず知らず 同士 協力しあって 赤の他人を弁護するまる。これは法や政治や人権やついでに報酬としてもらう現金の価値を信じているから。
未開部族はありもしない政令を信じることで社会秩序を保ってるって聞くと人はすぐに納得する。なのに、現在の社会体制もまったく同じだってことに気づかない。
現在の企業は昔の部族とそんなに違わない。起業家や法律家はいわば強力な呪術師。
7万年ほど前に登場した認知能力。これは認知革命。
言葉を紡いで想像上の現実を生み出す能力のおかげで人間は大勢の他人と協力してやっていける。
200万年前遺伝的変異によってホモエレクトという新種の人が生まれた。と同時に新しい石器が登場して今ではそれがこの種のエレクトスの目印になっている。
それ以上の遺伝的変異が起こらないうちは 接近 もほとんど変化がなかった…なんと200万年近く も!
認知革命以後のサピエンスは行動をパッと切り替えることができて、遺伝子や環境の変化がなくても次の世代に行動を伝えることができた。
サピエンスは数十人の集団で狩りをすることを学んだ。複数の集団がまとまって数百人になることもある。
認知革命以前 サピエンスは動物の一種でしかなかった。世界に属していたから、政治学の理論で理解することはできる。
しかし、認知革命以後のサピエンスは架空の物語 を次々に発明していき、奇妙な行動様式をいくつも生み出して今でいう「文化」を築きはじめた。
狩猟採集民は定住していませんでした。毎月どころか毎日移動することもあります。所持品は全て 担いで運んでいたわけです。引っ越し業者や荷車はもちろん駄獣すら存在しませんから。ですから 必要最低限でやっていくしかなかったんです。
つまり、宗教的情緒的社会的な活動にはほとんど 道具を使っていなかったと結論してよいのでしょうか。
現在は生きるのに必要な知識の大半を人は無自覚に他人に頼ってる。でもその他人の方だって自分の狭い専門分野のことしか知らない。集合的に見れば現代社会の知識量は石器時代の共同体を大きく凌駕しています。でも個人のレベルで言ったら歴史上一番知識や技能が豊かなのは昔の狩猟採集民なんです。
正直に言って、20世紀は史上最悪の戦争と民族条項から行われた時代だが、その20世紀ですら人間の暴力によって殺された人間はたった5%。
動物界が産んだ歴史上最悪の殺人犯。
猫が車が走ってくるのを見るとよく突っ立ったまま動かなくなる。あれはバカだからではなく車 という危険に適応する時間がなかったから。 -
Posted by ブクログ
ネタバレいくつかの主題ごとに作者が設定したテーマをもとに考えを述べていく本書。最初に書かれている通り、その後読者がどう考えるのか、を期待して描かれている。
『サピエンス全史』では過去を、『ホモ・デウス』では未来を、本作では現在を描いている。
テクノロジー面の難題。テクノロジーが発展することにより、労働がAIに取って代わられるようになる。これはグローバリゼーションに伴い国際的な問題になりかねない。また、テクノロジーの発展が種の選別に繋がるかも知れず、それのキーワードとなるのは情報である。
労働に当てられていた時間を余暇などに当てられ、生活費などを気にしないで生きていける世の中になって欲しいと思ってしまう。が、実際には余暇を持てる人と労働者という形で越えることのできない壁ができてしまい、これが世代として脈々と連なってしまうのではないだろうか。
政治面での難題
世界はグローバルな実在的脅威を生み出すことによってテクノロジーが全てを変えてしまった。つまり、核戦争と気候変動と技術的破壊といった共通の脅威に対し協力して立ち向かわなければならないにもかかわらず、それが出来ていない。それは、危険が迫らない限り危機と思えない人間達だからである。という。今の現状として一つとして解決できそうな合意に達しているものがない以上、未来は暗いのかもしれない。移民の問題は、問題点が整理されて今まで他で見たり聞いていた議論が少しわかった気がした。
希望と絶望
テロを起こす人たちの意義を述べたのちに、それが起こる原因ともなった戦争や宗教について述べた章。最後の世俗主義については理解が深まった。世俗主義が覇権をとってほしいと思うが、一部の一神教の人たちには、一神教がゆえの寛容のなさがあるため、難しいことなのだろう。
真実
ホモ・サピエンスは虚構を作り出すことにより、他の動物たちよりも上位の存在になり得た。その過程で群れをなることとなり、その範囲内でのルールとして道徳などが生まれた。が、グローバルになりすぎた現代では、道徳の基準が昔のままで良いのだろうか。また、SFの示す世界観が今後の道標になるのであろうか。
最後の方や未来への展望で『ホモ・デウス』のようなアルゴリズムに支配されている我々というようなかんじでリンクしているのも良かった。 -
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・自由民主主義や自由貿易は完璧な制度ではないが、最善の制度ではあるというのが21世紀の答えになっているが、果たして今後もそうだろうか。データ社会となり、頭のいいAIが理論上最適解を導ける社会が到来したとき、無知の人間に等しく投票させる自由民主主義は好ましいのか。最も納得感のある制度であることは間違いないが、正しい解を導けるかは分からない。
・チャンスを掴む人間というのはチャンスを掴む準備をしていた人間であり、何もしていない人間は、どんなに社会が機械化、AI化したとしても、棚ぼた的な成功はつかめない。今後の世の中というのは、より格差が生じる社会となる。 -
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ネタバレ読みやすい本ですのでほとんどすべての世代の人たちが読むことが出来ます。
一応は人間達は全体としては、この地球上の生命の中では大変な強者であり、それだからかこそ現在まで生き残ってきている。
«〖私たちの祖先が、今ある世界を作り上げてきた。未来の世界がどんなものになるかを決めることが出来るのは私たちだ。
この世界を今のようにしたのは人間です。そして人間は、この世界を変えることができます。もしも世界に何かひどいことがあると思えるなら、もしかしたらあなた自身の力で、もっと良いものに変えることが出来るかもしれません。〗»
インドネシアフローレス島の滅びた小型の人類
小型の人とネアンデルタール人とでデニソワ人の他にも、大昔にはたくさんの種類の人類が地球上で暮らしていた。
しかし私たちの祖先は「ホモ・サピエンス」ラテン語で「賢いヒト」という意味。
人間達のことを危険な生き物に見えなかったため、警戒されずに簡単に滅ぼされてしまった。
誰も気づかないような小さな変化でも、時間がすぎるにつれてつみかさなると、大きい変化になる。……小さな変化しか起きないから、……やっぱり変化には気づかない。でも時間がたつにつれ、小さい変化がつみかさなって、とても大きい変化になる。
クジラ保護の話は反捕鯨で、日本にとって悪いことなのではないのかと思いました。
人間は世界じゅうで一番危険な動物。
私たちの祖先はそのすべてを、人類だけが持つ能力を用いてなしとげた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレジャレド・ダイアモンド氏、ユヴァル・ノア・ハラリ氏、リンダ・グラットン、ニック・ボストロム氏、ダニエル・コーン氏、ウィリアム・J・ペリー氏、ジョーン・C・ウィリアムズ氏、ネル・アーヴィン・ペインター氏の世界の識者8名の方への大野和基さんのインタビュー編です。
8名の方々のインタビューからはとても思うことや共感することがありました。
本書を制作されたPHP新書を始めとする方々、インタビューアーの大野和基さんは、観点がとても素晴らしいです。
本書のテーマに共感せざるをえない日本人が大勢いるはずの内容です。
ただしとても残念なことですが、日本人の問題点は、本書の内容を受け止めていくべき存在の多くの日本人たちは、この本を手にとることがなさそうなことですが。
◆受け止めなくてはいけない、覚悟をしなくてはいけない一貫しているテーマとメッセージは、「“世界中で明らかに格差が進んできて、未来を生きていくためには格差が明らかに存在していることを自覚して、覚悟して、現在や未来に向けて行動して生きていくしかないのだ”」ということです。
世界中で評判の高いイスラエルの、ユヴァル・ノア・ハラリさん
“近い将来「役立たず階級」が大量発生する“と断言されています。
目の前にあるものが現実なのか虚構なのかを区別し、その上で虚構の奴隷になるな、虚構を利用して利益を上げよ、虚構が我々のために機能するようにしなければならないと、述べられています。
両者を区別するベストな方法は、「対象とするものが、苦痛を味わうだろうか」と考えることです。
近代になって科学技術が発展したのは、「わからないものはわからない。だから研究を続けるのだ」ということ。
ストーリーを正当化し、守るために、戦争が生まれる
現代は新しい技術が発展したことで、現実と虚構の区別をつけることが、さらに難しくなった。
人類は今、石器時代の何千倍のパワーを手に入れました。しかし何千倍も幸福になっているわけではありません。人類はパワーを獲得することにはたけていますが、パワーを幸福に転換する方法はわかっていません。
『サピエンス全史』でわたしが最も指摘したかったのは、まさにこの問題なのです。
経済や社会が変化するスピードが加速し、あまりに多くのことが、あまりに早く、あまりに同時に起きているのか正確に把握できなくなる。20年先、30年先がどうなっているのか、状況を誰も予測できていない。
実はこれは、人類の歴史上、初めてのことです。
有権者は、世界を支配するルールは自分たちを無視していると感じている。実際、そのとおりなのです。
将来の人類の説得あるビジョンを示せている人は皆無。政治家も有権者も置き去りにしたまま、テクノロジーだけが劇的に変化を遂げ、人々の生活や国政をも変えているのが現状です。
いまの変化はテクノロジーの結果であり、これまで何度もテクノロジーは歴史を動かしてきた。
21世紀の問題は常にグローバル。今後数十年の間に、人類は3つの大きな脅威に直面します。核戦争のリスク、地球温暖化(気候変動)、テクノロジーによる破壊
戦争に直結する2つの大きな要素は宗教とテクノロジー。
普及した大きな背景は『武力』。植民地支配の時代にはそれがエスカレートしました。
実際に歴史の流れを変えルノは、誰もが考えもしない何百万人もの人々の努力。
ジャガイモや小麦のような新しい食料、農産物の普及の方が大戦よりも歴史を変えたのです。
われわれはいかなる時代と比べても、暴力によって命を落とす確率の低下している平和な時代を生きている。戦争や犯罪による1年間の死者数は60万人~70万人、ところが交通事故の死者数は130万人、肥満とそれに関連する疾患による死者数は300万人。
人間の愚かさを警戒していく。
人間の愚かさは常に内面に潜み、いつそれが燃え上がって愚かな行為をするかわかりません。
平均的なアメリカ人は、テロによって死ぬよりも、マクドナルドのハンバーガーを食べすぎて死ぬ確率の方が高いのです。テロとの戦いにコストをかけるより、バランスが取れた食事に投資したほうが自分のためです。
AIは過去のテクノロジーと違い、新たな仕事が出現することが本当に起こるかわかりません。 『役立たず階級』が大量発生する。
AIが代替できない『第三の能力』がまだわかっていない。存在するのかどうかすら不明。
人間には基本的に肉体的能力と認知能力の2つの能力があります。
新たな仕事ができても、何十億人という人の仕事がなくなり、経済的価値がなくなり、それにより政治力もなくなる。
大学でも、将来の労働市場のために、今なにを教えるべきスキルかわからない。
子どもたちに教えているほとんどのことは、彼らが40才になる頃には役に立たないでしょう。
ベーシックインカムでは、仕事がなくなったとき、彼らに何らかの人生の意味を提供し、与えなくてはいけません。
人類がまもなく経験する『次の革命』―消えない専門職はごく一部。
21世紀の人類は、『狩猟民族』に学べ
『人間には生涯を通じて、どんどん自分を変えていく能力が必要』、しかし必要なことはわかっていても、具体的な方策は現時点では見えにくい。
狩猟民族から2つの重要なことを学べる。
一つは、自分たちの願望に会うように環境を変えるのではなく、自分自身を環境に適合させること。
狩猟民族は自分たちは絶えず環境を変えられない世界で生きてきた。現代人よりもはるかに柔軟性や適応力がある。これこそがわれわれが学びたいスキル。
もう一つは、自分の身体や五感に対して、鋭敏であること。狩猟民族は生き延びるために、目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅ぐこと、すべてに関して研ぎ澄ました感覚が必要。
現代人は、生き抜く力が低下している。自分の五感に注意を払う能力を失っている。
われわれができる唯一のことは、異なる可能性を描いてどの可能性が実際に実現するかを予測すること。危険な可能性を含めて、なにか好ましくない可能性が考えられれば、それについて対処することもできます。
予測する意味とは、起こる可能性があるけれど、ある危険性を感じるなら、今すぐ何とかしてください、ということです。
危険な可能性が現実になることを避けるために、恐怖を感じるなら、行動を起こすのは一人一人の役割、準備をするのは今、ということ。
これからの長寿社会人生100年時代生き方は教育仕事引退という三ステージの人生だけではなくマルチステージの人生が到来する。複数のステージが存在する人生。年齢を重ねてからの学び直しが重要になる。
個人レベルだけではなく企業や国家も考え方を変えなくては大きな壁にぶつかるだろう。
真に人生を豊かに生きるためにはどうすればいいか、という点を私は伝えたかったのです。
引退ステージのためにお金を蓄積することも大事です。
お金や物などの有形資産と、それ以上に健康や仲間変化への対応力といった無形資産が重要です。
寿命が伸びるとお金を蓄積するより、より長く働くための資産を蓄積する必要があります。それこそが生産性資産、活力資産、変身資産からなる無形資産です。
重要なのが余暇の時間を意味するレクリエーションではなく、リクリエーション(再創造)に時間を使うことです。 余暇の時間は引退後だけではなく.人生のあらゆるステージに細切りにやってきます。その時間を学ぶ時間として使うべきです。
学習法について5分で学べることを、週末に学べること、2~3ヶ月のサバティカル(研究休暇)で学べることを整理し、それぞれについて計画を組み立てるべきだと考えています。
重要なのは人生の最期ではなく、人生の途中にそうした時間を入れることです。
人間関係は無形資産の中で最も重要な要素です。社会学では社会関係資本と呼ばれています。社会関係資本を持つものは人脈が人脈を生み、スキルがスキルを生む、そして人生の新たなステージを切り開くことができる。この流れは昔から変わりません。
社会関係資本の多寡が健康状況を作用する事も以前から分かっていました。活力資産(肉体的、精神的な健康や幸福状態を保つこと)にも該当する話ですが、良い人間関係を持ってる人は健康に過ごせます。
年齢差別は日本の悪い一面です。ただでさえ日本には高齢者が多いのですから、35歳以上は転職できないなどの、年齢差別をしている場合ではありません。現在の高齢者は昔の高齢者に比べてずっと健康的で活力があります。少なくとも72歳までは問題なく働けると思います。
よく言われることですが、今の六十歳は、昔の四十歳と同じぐらいの健康状態を保っています。
ライフシフトの内容は人生の目的と、人生の意味の組み合わせでもあります。同時に積極的な選択の組み合わせでもあります。
人生100年時代で、避けてはいけないテーマとして、過去と比べてすべてが変わった世界で、ひとつだけ変わっていないことは、女性が子供を産める年齢である、ということです。
これは人生100年時代を考える上で興味深くいささか心配なことです。子供を産める年齢という問題は、多くの緊張や不安を生み出しています。
日本のような歴史上かって前例のなかった超少子高齢化国家では、60代以上の人達に生産的な活動をするよう奨励しなければなりません。そして企業も国もそれをサポートする必要があります。人々が六十歳で働くのやめ、なおかつ出生率が下がれば、待っているのは明白なカタストロフィ(破局)です。
脱出する方法は60代以上の人が働けるようにする、そして女性が働けるようにすることしかありません。この二つは日本で十分に活用されていない資産です。
日本では女性という類まれな資産が十分に活用されていません。多くの聡明な日本人女性達が。これは日本にとって明らかな損失です。
過去を懐かしんでいる場合ではありません。過去を見るより、現実を見なければなりません。
しかしマスメディアや政治家は、人々の目を現実から背けさせ、論点をずらしたりしています。このやり方はひどいです。
真実をありのままに伝えることは、大人と大人の関係を構築する、一番の道だと考えています。
自分が労働市場で通用する人材でなければなりません。そこで自分のキャリアを常に考え、新しい知識やスキルを獲得することが求められるのです。
人生100年時代に企業や国家のリーダーに求めるものはないしに国民の生活の現実を認めることです。そして彼らをサポートする施策を実行しなければ何ません。 定年退職制度の廃止は急務です。これほど時代にそぐわない仕組みがありません。
その上で生涯学習に重点をおくべきです。教育は何も子供たちのためだけに使われるべきものではありません。大人向けの教育プログラムを国を挙げて構築すべきです。
人生100年時代への対応は遠い道のりです。だからこそ私は本を書き、インタビューを受け、様々な形で声を届けようとしているんです。企業や国家を人生100年時代に向けて作り変える志あるリーダーが出現することを期待しています。
ニックボストロム氏
宇宙資源の賦存量とは、宇宙にに膨大な資源の貯蔵があることです。 もし将来成熟したテクノロジーを開発すれば、莫大な量の物質やエネルギーを人類が利用できるかもしれない。基本的なテクノロジー上の能力は物理の法則と合致しています。その膨大な量に比べれば、今われわれが持つ資源はパンくずのようなものです。
もし我々が時期尚早に地球を破壊した場合現在持っている資源のみならず宇宙資源の賦存量という無限の可能性も失うことになります。人類の存在論的リスク、滅亡リスクと関係している問題なのです。
テクノロジーが早く開発されるか、遅れて開発されるかという重要な問いもあります。
例えば破壊的なテクノロジー X とそれに対して保護的なてくれる Y があるとします。 XとY どちらが先に開発されるかで、テクノロジーを制御できるかが変わってきます。
AI が一つの特定の会社や国に対してではなく、人類すべての恩恵になるように使われるように、重要なアクターがより協力的な環境を作るためには先立って何ができるのか、こうしたことを考えていくのです。
ダニエルコーン氏
テクノロジーこそ格差を生み出す根源になっているのです。人口の半分が新しいテクノロジーをもたらす恩恵にあずかれないの場合を考えてみてください。それだけで経済成長率は半分になります。
現代社会に成長が必要なのは、社会的出世の道が開けていると、すべての人に感じさせることが重要だからです。出世街道を歩む能力をすべての人に提供しているという感覚を与えなければならないからです。
20世紀においてこれほど早く頑張って経済大国になったのは日本だけです。他に例がありません。
ジョ-ンCウィリアムズ氏
多くのブルーカラーのアメリカ人はプロフェッショナルになりたいとは思っていません。彼らはありのままの自分で生きていたい。既に独自のカルチャーの中で心地よく暮らしており、それを名誉にすら感じている。わざわざ知らないカルチャー飛び込みたいとは思わないのです。
ワーキングクラスとプロフェッショナルの生活は文化的にかなり異なっています。プロフェッショナルの生活は個人の業績、功績、自己開発に、かなり重点をおいており、すべての分野で先端にいきたいと思っている。一方、中間層も安定と自己鍛錬にかなりの精神的な重点を置いています。 この安定というのがとくに大事に考えれていて、彼らの生活を精神的に支えているのです。
彼らが強い憤りを感じているのは、少し成功するための地歩する失い貧困に向かって滑り落ちているからです。
最初から夢が単に夢2にすぎないことを知ったら、残るのは絶望、そして怒りだっかもしれません。
心の奥底で自分達が現在の地位を手に入れたのはワーキングクラスより頭がいいからと思ってることです。こうしたプロフェッショナルの思い込みこそがワーキングクラスから尊厳を奪う理由になっています。尊厳も奪われた男性ほど危険なものはありません。女性は尊厳を奪われることに慣れているのでもう少し柔軟性があります。
社会的階級が民主主義を変えるー今や世界が気づき始めた。
私が「ホワイトワーキングクラスという人々」という本を出すまで、社会的不平等を研究してる人達も、誰も関心を示さなかった。
ネルアービンペインター氏
2016年から白人の間に「自分たちが犠牲者である」という意識が広まっています。 特に共和党の支持者では大半の人が「自分達は差別されている」と思っている。
自分たちが当然受けるべき尊敬を受けておらず、不当に扱われているーという感覚を持っている。アメリカ社会の大きくて深い分断の溝がここに存在する。 -
Posted by ブクログ
ネタバレおもしろかった。
ニュースで気になっていたりしたとことについて、著者なりの整理をつけて解説してくれて、そうそう!そうなの!ってうなづいたり、もやもやしていた出来事への解説がすごく丁寧で気持ちが晴れた。
すごくありがたい。この本を読んだ人たちと話したい。
以下引用———————
ブレグジットに関してのリチャードドーキンス)
一般大衆は、判断に必要とされる経済学と政治学の予備知識を欠いていたからだ。「アインシュタインが代数学的な処理をきちんとこなしていたかどうかを全国的な投票を行なって決めたり、パイロットがどの滑走路に着陸するかを乗客に投票させたりするようなものだ(3)」 ところが是非はともかく、選挙や国民投票は、私たちがどう考えるかを問うものではない。どう感じるかを問うものなのだ。
今日すでに私たちは、誰一人よく理解していない巨大なデータ処理システム内部のごく小さなチップと化しつつある。-略- 山のようなメールに返信するのに忙し過ぎるから。
私たちがロボットを恐れるべきなのは、ロボットがおそらくつねに主人に従順で、けっして反抗しないからなのだ。
アルゴリズムは、あなたが女性だから、あるいはアフリカ系アメリカ人だから差別するのではなく、あなたがあなただから差別する。あなたが持っている、何か特定の点が、そのアルゴリズムには気に入らないのだ。それが何か、あなたにはわからないし、仮にわかったとしても、他の人々と団結して抗議することはできない。それと完全に同じ偏見に苦しんでいる人は誰もいないからだ。
政治家たちは自分には選択権があるという幻想を抱いているが、本当に重要な決定は、メニューの選択肢を決める経済の専門家や銀行家や実業家によって、ずっと以前にすでに下されている。二〇年ほどのうちに、政治家はAIが用意したメニューから選ぶようになっているかもしれない。
スイスにいるいとこと話すのは、かつてないほど簡単になったが、朝の食卓で配偶者と話すのは難しくなった。
今日の文化差別主義者は従来の人種差別主義者よりも寛容かもしれない。「他の人々」が私たちの文化を採用しさえすれば、対等の人間として受け容れる、というわけだ。その一方で、同化するようにという、はるかに強い圧力を「他の人々」にかける結果や、もし同化できなければ彼らに対して、はるかに厳しい批判を浴びせるという結果にもなりうる。
今日、主な経済的資産は、小麦畑や金鉱ではなく、油田でさえもなく、技術的な知識や組織の知識から成る。そして、知識は戦争ではどうしても征服できない。
苦しみに対する理解を深めさえすればいい。ある行動が自分あるいは他者に無用の苦しみを引き起こすことが理解できれば、その行動を自然と慎むようになる。
人間の決定のほとんどが、合理的な分析ではなく情動的な反応と経験則による近道に基づいており、私たちの情動や経験則は石器時代の暮らしに対処するのには向いていたかもしれないものの、シリコン時代には痛ましいほど不適切であることは、行動経済学者や進化心理学者によって証明済みだ。
権力はブラックホール
権力の中心にとどまれば、世界をはなはだしく歪んだ形でしか見られない。だが、思い切って周辺部に行けば、稀少な時間をあまりに多く浪費することになる。
瞑想の章
怒りとは何か、知りたいだろうか? それならば、腹が立っているときに体の中で起こって消えていく感覚をただ観察すればいい。
自分の苦しみの最も深い源泉は自分自身の心のパターンにあるということだった。何かを望み、それが実現しなかったとき、私の心は苦しみを生み出すことで反応する。苦しみは外の世界の客観的な状況ではない。それは、私自身の心によって生み出された精神的な反応だ。これを学ぶことが、さらなる苦しみを生み出すのをやめるための最初のステップとなる。 -
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ー 人間は、事実や数値や方程式ではなく物語の形で物事を考える。 そして、その物語は単純であればあるほど良い。どんな人も集団も国家も、独自の物語や神話を持っている。だが二〇世紀には、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、モスクワのグローバルなエリート層が、過去をそっくり説明するとともに全世界の将来を予測するという触れ込みの、三つの壮大な物語を考え出した。 ファシズムの物語と、共産主義の物語と、自由主義の物語だ。
ファシズムの物語は、異なる国家間の闘争として歴史を説明し、他のあらゆる人間の集団を力ずくで征服する一つの集団によって支配される世界を思い描いた。 共産主義の物語は、異なる階級間の闘争として歴史を説明し、たとえ自由を犠牲にしても平等を確保する、中央集権化された社会制度によって、あらゆる集団が統一される世界を思い描いた。自由主義の物語は、自由と圧政との闘争として歴史を説明し 、あらゆる人が自由に平和的に協力し、たとえ平等はある程度犠牲にしても中央の統制を最小限にとどめる世界を思い描いた。 ー
単純化して言ってしまえば、人間は物語の中で生きている。物語りの単位は個人から始まり、家族、共同体、部族、民族、宗教、国家、人類、地球、宇宙、、、大小問わない。その物語りの中で生きている自分をその物語を通じてしか認識できないか、その物語りの外から認識できるか、その違いが重要。
物語りの外から世界を眺める事により、この世界の真実が見えてくる。その真実から、本来の我々のなすべき事を考えられるかどうか、その事によって、世界が救われるかどうかの明暗が分かれる。
それが、この21のLessonsの本質だと思う。 -
Posted by ブクログ
イラストがオシャレで可愛い。いかにして人種差別/男女差別が作られてきたか、社会的な構造に影響してきたかという部分を理論的に説明している。なんとなく学校や本でのざっくりとした歴史的人種差別(ジム・クロウ法やアパルトヘイト撤廃のくだり)については学んできたつもり、だった。実際は何十年ものの時間と共に偏見、経済的な負の連鎖、そしてそれを正当化する人々と文言が奴隷解放後も何百年も尾を引く結果を形作っていたのだ。
人種差別はいけない。多くの人がこれに賛同するはずだが、その"中身"をしっかり学ぶかそうでないかでその重みはずっしりとのしかかってくる。 -
Posted by ブクログ
2021年12月に読んだため、少し状況が変わってきてはいたが(こき下ろされているトランプ政権が終わっているなど)、ハラリ氏の明晰な世界分析が冴え渡る書籍だった。
感染状況よりも、その非常事態の中で緊急的に執られる措置の多くがコロナ後も効力を発揮し続けるであろうことに警鐘を鳴らす。テクノロジーと独裁が結び付くことで、かつてなかったレベルの監視社会が実現してしまうと。
そして、人類が種としてコロナに打ち勝つことは疑う余地がないとしつつ、これを、人類の強力と信頼の機会とするのか、グローバルな協力体制を築けず安定した未来に向けた体制を構築できなかった敗北の歴史の契機とするのかは、非常事態を生きる今の我々の決断と賢明さにかかっているという。