ユヴァル・ノア・ハラリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
上下巻を読み通して、頭の中がいろんな方向に持っていかれました。評価を付けるような本では有りませんが「こういった考えを持っている人もいるんだー」のレベルで読み切れたのでokかなぁと。
自分の中で納得していた常識に疑問を抱いたり、偶然だと思っていたものが、長い年月をかけて必然のように積み上がってきたことに妙に納得したり。
地球上に生命体が誕生し、ホモ・サピエンスへと進化する過程から始まり、どう生きるのか、どう暮らしていくのかを、その日その日で考えていたものが、月単位、年単位へと変わっていき、知恵を持ち、個人から家族、集団、村、国へと広がっていく。暮らしが豊かになり、発展して、宗教が生まれ、統治者が生まれる。その先で戦争や侵略が起きる。今生きている我々の世紀はこのループの中に存在している。
核については特に考えさせられましたね。人類は、自分たちの営みを終わらせるレベルのものを作ってしまったんです。そして、戦後何十年経った今もなお、「国を守るため」という理由で持ち続けている。もちろん簡単な話じゃないのはわかるけれど、結局、今この時代に生きている自分たちも、すごく危ういバランスの上に立っているだけなんだなと思いました。今の時代も宇宙年数で言ってしまえば、ほんの刹那。
ざっくりですが、面白い著書でした。ただ、読後に残ったのは「知識が増えた」という感覚ではなく、自分の中で静かに消化しながら、この世界とどう向き合って、自分の人生をどう生きていくのかを考え続ける感覚でした。時間をかけて読んでいただきたい、深みのある本です。 -
Posted by ブクログ
個人的メモ
人類は約7万年前の「認知革命」で、架空の概念を共有できるようになった。
“神話”や“物語”を信じられるから、大人数で協力できるようになった。
サピエンスは狩猟採集時代のほうが、実は健康で自由だった可能性がある。
「農業革命は人類史最大の詐欺」=種全体は増えたが、個人は楽になっていない。
小麦や米を人間が育てたというより、人間が小麦に利用されたという視点。
帝国・宗教・貨幣は、すべて“共通の虚構”によって成り立っている。
お金は「最も普遍的な信頼システム」として機能している。
ハンムラビ法典やアメリカ独立宣言なども、“客観的真実”ではなく共有された価値観。
人類は多様な文化を持ちながらも、歴史を通して徐々に統一へ向かっている。
戦争や征服は悲惨だが、その過程で文化や経済圏が広がっていった側面もある。
宗教は秩序を作る力を持つ一方、人々を縛る力にもなった。
上巻全体を通して、「常識と思っているものの多くは、みんなで信じている幻想」というテーマが一貫している。 -
Posted by ブクログ
僕たちの遠い遠い祖先、ホモ・サピエンス。その歴史の全貌を知れる本。
個人的に面白かったのは農業革命のパートで、狩猟から農耕への移行は、進化的観点では成功だが、当時を生きた個人の幸福度という観点ではまったく成功じゃなかった、という話。
長い歴史で見れば、農耕によって人類は数を増やし、複製・進化に成功した。でもそれには膨大な時間がかかった。その瞬間を生きる人々にとって農耕とは、栄養が偏り、天候リスクも高く、貧困をもたらすものだった。
印象的な一節を引用。
"私は栄養失調で死んでいくけれど、2000年後には、人々はたっぷり食料があって、空調の効いた大きな家で暮らすだろうから、私の苦しみは価値ある犠牲だ"
皮肉的で、悲しい。
関連して、こんな言葉も。
"私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ。"
農耕の開始によって"小麦"という種は莫大に数を増やした。では人類と小麦、いったいどちらが主なのだろうか。
他にも、言語・化学・貨幣など、人類史上の大きなイベントを軸に語られる我々の歴史。少し長いけれど、その分満足度の高い一冊です。 -
Posted by ブクログ
前半はスラスラと読めたが、後半は時間がかかってしまった。本書というよりは自分に原因があったかも。
全体に、歴史を紐解きながら近現代を定義し直していて、これは売れるわけだとなった。
第1章
・人間は「飢餓、疫病、戦争」がずっと至上課題だったが、科学や経済の発展により克服しつつある。もちろん継続的な尽力が必要ではあるが、それによりよくなるということ自体がこれまででは考えられなかったこのであり、もはやこれらの課題は人災になりつつある。
・次に取り組むことになる方向は「不死、至福」また、その道中で手に入れる数々の「神性」になるだろう。道具の発展だけでなく、心と身体をアップグレードさせ、道具との一体化が進むと思われる。異なる種類の「心」が生まれるとするのであれば、それによってどのような発展に進んでいくのか予測は困難を極める。
第2・3章
・人間の特別性はどこ? 大規模な社会的協力。ただ、協調するのは容易ではない。(平民の方が数で圧倒していても、革命はなかなか起こらない)
第4章
・宗教と科学は思ったより近く、宗教と霊的なものは意外と隔たりがある。宗教は秩序(→倫理)、科学は力を求めていて、本質的に真理に興味があるわけではない。霊的なものこそ真理を追究する旅になる。
科学だけでは社会秩序は維持できず、何かしらのイデオロギー(宗教)によって成り立っている。 -
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情報に触れる機会が増えたのに、むしろ世界が分かりにくくなっている——そんな違和感を持つ人に、この本は強く響きます。
『NEXUS 情報の人類史 上』でハラリは、情報は「正しさ」を伝えるものではなく、「人と人を結びつけるもの」だと捉え直します。特に印象的だったのは、人類の発展は正しい情報を得たからではなく、「同じ物語を信じて協力できた」結果だという点です。宗教や国家、通貨もまた、共有された“物語”によって成り立っていると考えると、現実の見え方が大きく変わります。
さらに考えさせられたのは、「自分で選んでいる」という感覚すら、その物語の中で作られている可能性です。私たちは自由に判断しているつもりでも、実際には社会や他者が作った枠組みの中で選ばされている。この視点を持つと、情報の影響力の大きさにハッとさせられます。
また、「真実」よりも「つながりやすさ」が選ばれてきた歴史にも驚かされました。人をまとめる力がある情報は、必ずしも正確である必要はない。この構造は、SNS時代の今にもそのまま重なります。
後半では、「真実」と「秩序」の関係にも踏み込みます。間違いを正す仕組みは真理に近づく一方で、社会の安定を揺るがすこともある。だからこそ、体制によっては自己修正を避けてきたという指摘は非常に示唆的でした。
読み終えると、「人は何でつながり、社会は何で動くのか」、そして「自分は本当に自分で選んでいるのか」を考えずにはいられません。AIが台頭する今、その前提を問い直すための一冊です。 -
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上巻は、情報という観点から、人類の歴史を俯瞰していて、新たな視点を得られた点もあり、興味深く読みました。
官僚制がどのような経緯で発生したのか、これまで深く考えたこともなかったので、何かと批判されることが多い官僚制ですが、きちんと社会に果たしている機能を知った上で、批判をすべきであると、自分を省みた次第です。
秦の始皇帝が目指したこと・実施したこと(漫画「キングダム」ではここまで描かれないだろうなと思いつつ)、旧ソ連の体制など、大まかな知識はあっても、知らないことも多く、諸々考えされられました。
下巻は、仕事でも活用を検討しているAIがテーマなので、どんな視点を得られるのか、とても読むのが楽しみです。 -
Posted by ブクログ
AIは人間と同じ思考パターンをしない、ということをどれだけの人間が理解しているだろう? AIは、人間が共通意識として持っているルールの中に囚われない。人間の「常識」破りの計算が可能で、まさにエイリアン・インテリジェンスという言葉が相応しい別次元の存在。
ペーパークリップの話やFacebookのアルゴリズムがミャンマーで引き起こした問題は、AIを使う側の能力が試された出来事だと思った。人間が想像可能な範囲にとどまる曖昧な指示は、AIを通してまったく予想していなかった結果を招く危険性がある。もはやAIに指示する前に、その指示内容をAIにダブルチェックしてもらったほうがいいかもしれない。でもそのダブルチェックを行うAIに対しても、人間界のルールと倫理と秩序とは何なのかを事前に明文化しておく必要がある。AIは人間ではないから、人間の常識が通用しない。AIに指示をする側は、それを念頭に置いておかなければいけない。
本書を読んで驚いたのが、AIが採用しているデータ自体がそもそも偏見に満ちているケースもあるということ。例えば白人寄りの内容の場合、それを元に弾き出されたAIの結論は公平性を欠く。となると裁判や政治や戦争の判断をAIに委ねるのは非常にまずい。判断材料として参考にするのは一つの手段としてアリだが、自ら調べて裏をとることは必須だろう。この一手間を怠るのは人間の怠慢だと思う。それができない人はAIを使うべきではない。
ハラリ氏の言うとおり、AIは新聞やメディアとはまったく異なる新しい存在である。我々使い手側の技量によって、最高の相棒にも最悪の存在にもなり得る。AIを手放しで称賛するのではなく、うまく人間界に適合する扱い方を熟考して、賢く付き合っていかないといけないと思った。 -
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ネタバレ一言要約:AIは子供。躾けるのは大人の責任。以下、主なとこ。: アルゴリズムはキュレーションを自ら行う。アルゴリズムが自らフェイクニュースや陰謀論を創作。コンピュータは情報ネットワークの新しいメンバー。注意を引くことから親密さの捏造へ。全世界で監視カメラは10億台以上。多くの都市で100台/平方キロ以上。情報は真実を発見するためでなく秩序を生み出すために使われる。エンゲージメントによるアラインメント問題=神話の問題。コンピュータ間現実は神聖さのような共同主観的現実と似ている。赤ん坊のAIは人間の新生児と同じくアクセス可能なデータの中にパターンを見出して学習。トレーニングで習ったデータはアルゴリズムに染み付く。テクノロジーを賢く使うことを学ぶには時間がかかり犠牲も大きい。産業革命から帝国主義など。1人の人間が理解できる範囲をはるかに超えるテクノロジー。偽造人間を禁止すべき。権力が人間からAIへ。民主社会は規制が必要。フェイクニュースなどで話し合いが成立しなくなると、ポピュリズムがつけ込み民主主義を弱体化させる。全体主義は完全な監視システムを構築できるがアルゴリズムに支配権を奪われる。シリコンのカーテンによる分断。情報は真実を表すものではなく人々を繋げるもの。真実よりも秩序。データ植民地主義。AIは不誤謬なんかじゃない。自己修正メカニズムが肝。
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なかなか難しい内容。上巻は高尚過ぎてお手上げだったが、下巻は自分の専門分野のコンピュータ関連の具体例多く、面白い内容が多かった。
AIをアーティフィシャルインテリジェンス(人工知能)ではなく、エイリアンインテリジェンス(人間のものとは異質の知能)と考えた方が良いほど、AIの判断による人類の破壊の危険性に言及されており、恐ろしかった。
特に具体的にコンピュータコミュニケーションがどの様な流れで人間の想定とは全く異なる事が起こるのか説明されており、可能性として普通にあり得る世界と分かったのが、とても恐ろしかった。
自分や子供が生きている間にどれだけ世界が変わるか、恐れても仕方が無いが、この本の想定を認識した上で、少しでも変化に対応できればと思う。 -
Posted by ブクログ
アルゴリズムによって決断される物事は決して偏見や感情を含まない公平性が極めて高いものであると思う。ただ正しさは暴力にもなりうる。一個人の幸せという観点から考えると文句の言う余地がないということは私達自身を守る言い訳を失うことを意味する。例えば過去の階級制社会を見てみる。農民などの人々は今の時代よりも幸福度が高かったと言われている。階級制社会によって理不尽にもどれだけの努力を重ねたとしても自分たちは貴族になれないというのに。
そこで人々を守ったのは言い訳であると思う。「しょうがない」と思わせられること、そしていまいる自分を否定しないですむこと、それが彼らから焦燥感や不足感を取り除くことにつながったと思う。
本著が述べているように今後アルゴリズムからの評価に依存すればするほど真っ白なほどに「正しい」評価システムが構築される。アルゴリズムは単一性の誤謬にとらわれることなくどんな指標でも正しく評できるようになるだろう。これは評価対象が物事の場合においては問題はないように思える。しかしこと評価対象が人間になったとき格差、差別、それによる民族浄化に繋がる。人々が全員言い訳の聞かない社会的信用システムに支配されたときそれは監視社会つまりアルゴリズムによる統治が行われるようになりどんな人間でも価値があるなどといった考えは否定されかねない。数値化され、それが可視化された世界において人々は本当に幸せに暮らせるんだろうか。私達人類は倫理的に誤りだらけの残虐な少数の人間ではなく、正しさを武器にしたコンピューターにより人権侵害をされる危機に瀕しているという事実を考えさせられた -
Posted by ブクログ
◯ コンピューターはもし力を委ねられたら、現に惨事を招くだろう。なぜなら、コンピューターは可謬だからだ。(147p)
◯ 民主主義の存続にとって、ある程度の非効率性は利点であってバグではない。(161p)
◯ 私たちは話し合いができるかぎり、共有できる物語を見つけて互いに近しくなることができるだろう。(251p)
★上巻で魔女狩りやクラーク狩りの歴史を学んだのは、AIがそれを引き起こす可能性を理解するためだった。
★AIは偏見を持つし、間違う。目標達成のために有機体では考えられない手段を持ち得る。AIに権限を与えてはいけない。人類はグローバルに協力し、AIを規制する機関を設立しなくてはならない。