恩田陸のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ファンタジー要素が土台ではあるが、主人公が共感できる感覚や志向を持っていて、それらが散りばめられているおかげで、物語を重みを持ったリアル感じられる。恩田陸さんの思想や社会、人間への印象を、物語を通じて感じられる。
後半にかけて、理瀬が狂っていく表現が堰を切ったように流れ出てきて、こちらも追い詰められるような恐怖感があった。
最後謎が少しずつ明らかにされるというよりかは、急に教えてもらえたような感じだったのが少し拍子抜けだった。
一つの物語として完全すぎて、理瀬の不安定な部分が作る世界観に惹かれたから、記憶を取り戻した理瀬の続編はもはや読みたくないまである。
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Posted by ブクログ
演劇のもつ構造への興味で書いたのが本作で、演劇をやる人間への興味で書いたのが後の「チョコレートコスモス」なんだろうなと思いました。
本来上演を目的とされる「戯曲」において、(本文にもあるように)セリフはただの「結果」。
俳優の行動にこそ本質があるので、言葉を使って1から10まで説明する「中庭の出来事」という戯曲は、「戯曲」てして読むととても珍しいです。
言い換えれば、戯曲部分がとても小説的です。
逆に、小説部分は余白が多く、読み手の解釈が求められます。それは、俳優が台本を読解する作業にも似て、とても戯曲的です。
展開として、どこからどこまでが演劇で〜というのももちろん面白いのですが、 -
Posted by ブクログ
これは「鎮魂」の物語だ。
だがそもそも鎮魂とは誰のためのものなのか?という話でもある。
物語に限らず製作物とは、そこに誕生させた時点で、それ以上のものではなくなる。その意味で、あらゆる可能性を持っていた状態から有限のものに成り下がると言えるのではないか。誕生させた時点で無限にあった可能性と未来を放棄したこととなるからだ。
となれば、これは一種の喪失なのではないか。
自らにあった無限の可能性を切り売るのが製作活動…と捉えるならば、この物語は有限である存在としての自分を受け入れるための(無限の私を死なせたことへの)喪の作業、正に「鎮魂」の物語と言えるのではないだろうか…。
「私」にとってはあ