佐藤優のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「わかりやすく解説」するニュースよりよほど分かりやすく歴史の襞に分け入っていると思う。
p. 60 ウクライナ東部のルハンスク州、ドネツク州の住民を擁護し、非軍事化するーープーチンは、こうした名分を掲げて侵攻に踏み切った。しかしこれは今回の侵攻での「戦争目的」に過ぎません。ここに至る経過は長くて複雑です。(中略)
ソビエト連邦は解体を余儀なくされ、それに伴ってNATOに対抗してソ連、東ドイツ、ポーランドなどが結成したワルシャワ条約機構も解体されました。このとき、西側陣営は「国際社会の脅威はこれで消え去った」と勝利に酔いしれ、ワルシャワ条約機構が消滅した地域にNATOを拡大していきます。(中略)
この時ロシアは、バルト三国には拡大するな、これが“レッドライン”だと抗いました。にもかかわらず、2004年には第五次拡大に乗り出し、問題のバルト三国に加え、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアの計7ヵ国を取り込んでしまった。(中略)NATOは東へ東へと進んでいきました。冷戦の勝者はまことに鈍感だったと言わざるを得ませんでした。
加えてロシアがあれほど抗ったバルト三国へもNATOを拡大したことで、アメリカにはロシアが唱える“レッドライン”も強く押せばいくらでも変わると言う成功体験が刻み込まれてしまったわけです。
p. 68 何がプーチンに(2008年のジョージア)軍事侵攻を決断させたのか。“8月の砲声”があがる4ヵ月前、ルーマニアのブカレストでNATO首脳会議が開かれました。その首脳宣言は「NATOはウクライナとジョージアがNATOの一員になりたいと言う希望を歓迎する。我々今日両国が将来的にNATOの一員になることに同意する」と述べています。NATOの正式な決議では無いものの、ウクライナとジョージアをNATOに向かい入れると言う基本的な方向が示された。これはプーチンの虎の尾を踏むきわめて危うい振る舞いでした。(中略)
この宣言はいくつもの危うさを内蔵していました。まずウクライナとジョージアをNATOに迎え入れると宣言は述べていますが、単なる希望の表明に過ぎない。NATOに加盟するには、厳格な条件と手続きが必要で、両国はその条件を必ずしも満たしていません。国内に紛争や領土問題を抱えていれば加盟できない。アメリカもそんな事は百も承知だったのですが、対ロ外交で何か実績を残しておきたいと考え、加盟を実現する確かな見通しもなく、そのための外交努力もしないまま、宣言に盛り込んでしまった。実体なき“言の葉外交”の悪しき事例です。超大国の外交としては、これだけはしてはいけないと言う典型です。
はたして、プーチンの激烈な怒りを招くことになってしまった。NATOがウクライナを呑み込んでさらに東に迫ってくる。これはロシア存亡の危機であり、もはや我慢の限界だと。そして言葉通り、ジョージアが先制攻撃を仕掛けてきたのに乗じて、国境のトンネルを通って、武力侵攻に出たのでした。(中略)
アメリカ外交には、相手国の内在的な論理に鈍感な荒っぽい遺伝形質がありときにそれが噴出してしまう。ロシア側があれほど反対したバルト三国もNATOに組み入れられ、最後の緩衝地帯とみなすウクライナとジョージアにも手をつけようとしている。ロシアは柔らかい脇腹にドスを突きつけられたと受け取ったのでしょう。ドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領は、そうした機微に少しく通じていましたので、はっきりと異を唱えたのですが、アメリカ側の強いい姿勢に押し切られてしまいます。(中略)
あそこが、現代史の岐かれでした。ジョージアにあがった“8月の砲声”こそ、今のウクライナの戦争をまさしく先取りしていたと見るべきでしょう。
p. 104 ウクライナは、ソ連が崩壊した後の1991年12月28日に、独立国家となり、ロシアとも西側諸国ともバランスを取る中立政策を標榜して出発しました。しかし、実際にはその時々の政権は、ロシア寄りになったり、EUに軸足を置いたりと、揺れ動いてきた。
ウクライナのヤジロベーといわれる現象ですね。
p. 110 ウクライナ語しか認められなくなれば、ウクライナ語で書類を書けない人は公務員の資格を失います。(中略)公用語をどうするかという問題は、言語的た属性によるポスト争いの性格を帯びるんです。
p. 115 ロシアの命運を握る軍需拠点をウクライナに置いたのは、フルシチョフがクリミアを渡したのと同様、よもやウクライナが分離・独立し、ロシアに楯突く存在になるなど、想像すらしていなかったからです。(フルシチョフは1954年に融和政策の一環としてクリミアを贈与した)
p. 132 ウクライナ側がわざとポーランド国境近くにミサイルを撃ち、ロシアの仕業にしてNATO軍に出動させる。(中略)もちろん、現場ではエビデンスのある話ではありません。ただ、直後から「ロシア犯人節」を主張し、いまだにその姿勢を変えていない。その事実は、もしかするとそういうことをしかねないと言う状況証拠にはなる。ウクライナの現状を考えると、今後、そうした現代の盧溝橋事件みたいな事態が起きる可能性は想定しておくべきです。(中略)「盧溝橋型」で始まった戦争が、核を誘発する危険性を孕んでいる。その怖さと言うものを、リアルに認識する必要があると思います。
p. 144 [ヴァルダイ会議のプーチン大統領の発言]ソ連の崩壊は、地政学的な力のバランスも破壊しました。欧米は商社の気分になり、自分たちの意思、文化、利益のみが存在する1極的な世界秩序を宣言しました。(中略)私たちは、第二次世界大戦後、おそらく最も危険で予測不可能な、しかし、 重要な10年を前にして、歴史の分岐点に立っているのです。欧米は単独で人類を支配することはできないが、必死にそうしようとしており、世界のほとんどの国々はもはや我慢の限界に達しているのです。これが新時代の大きな矛盾です。このような状態は、世界的な紛争、あるいは紛争の連鎖をはらんでおり、西側諸国を含む人類にとって脅威となるものです。この矛盾を建設的に解消することが、今日の主要な歴史的課題です。
→戦争の当事者とは思えない、実に冷静な分析です。
p. 151 彼が口にする通り、「世界秩序全体の地殻変動」が起こりつつある。「民主主義を投げ捨て、無謀な戦争に走ったロシアは、孤立を深めている」といった見方で凝り固まっていると、戦争の霧が晴れたとき、地政学的に以前とは全く異なる景色が広がっているのに、西側世界は愕然とすることになるかもしれません。(国連の特別総会による決議で、「国境を越えて主権国家に踏み切ったこと、その領土を強制的に併合したことを非難する。決議案では賛成が圧倒的だったが、人権理事会からの排除、賠償金の支払いと言う議案に関しては、決議は成立したものの、賛成票は過半数に達することができなかった。(中略)「反西側」のエネルギーは、想像以上に底堅いことが読み取れます。プーチン大統領はウクライナ侵攻が初の記者会見で「ロシアは世界から孤立するつもりもないし、ロシアを孤立させることも不可能だ」と語った。決して強がりではなかった。)
p. 160 「我々は究極的に勝利して、世界は我々の価値観によって統治される」という理念で貫かれていたという点で、アメリカの自由民主主義も、ソ連の共産主義も非常によく似ていた。(中略)プーチンが立脚するのは、そうした普遍主義的な考えではなく、ロシアにはロシアの歴史発展がある、中国には中国の歴史発展があるのだと。
p. 162 クリミア半島の南端の要衝、セヴァストポリ軍港を西側陣営に奪還されて、黒海へ出られなくなったとしても、中国やインドとうまくやっていけば十分生きていける。21世紀の今日、不凍港としての戦力的な価値は大きく減じているーー実に表層的な見方です。プーチンはそんな選択を決してよしとしないはずです。セヴァストポリがウクライナの実行支配下に入れば、それは1991年の地点に戻るのではない。18世紀後半のロシア全盛期に皇帝エカチェリーナ2世の時代に領有した土地のすべてを喪うことを意味します。ロシアの兵士たちがで上がった領土を失うのであり、後から手に入れた土地を譲り渡すのとは意味合いが異なります。(中略)
ロシアの国土は切り刻まれ、さらに西側の侵食を許すことになるかもしれない。そうなると、究極の発想(核戦争)が頭をもたげてもおかしくはないでしょう。彼は、「ロシアがない世界は存在する意味がない」と公言していますから。(プーチンのマッドマン的要素。イランや北朝鮮、かつての大日本帝国に近い「個人の命は有限だけれども、悠久の大義で生きれば永遠に生きるのだ」「我々の発展が担保されず、アメリカ的な原理に叩き潰されるならば、白人支配に抗って存在した民族がいたという跡が歴史に刻まれればいい」)
p. 156 歴史に残るような大きなことをする人間には、結構独身の人間が多いんです。哲学者で言えば、デカルトライプニッツカントもそうです。政治家で言えばヒトラーも自殺する直前までは独り身でした。
ある意味で、自らの事業が私生活から切り離されている。顧みるべき私生活がないと言ったほうがいいかもしれません。プーチンは2013年に離婚し家族を切り捨ててしまいました。だから私生活で後ろ髪を引かれるものがない。こういう人は極端な思考に走りやすいという考察があります。プーチンの場合は、ロシア国家の運命と自分の運命を一体化し、その思想がどんどん煮詰まっているように見えます。特に離婚して独り身になってから、すごく煮詰まっている。言い方を変えると、独りロシアの理念を追求するあまり、思想がどんどん観念化し、哲学者のようになっていくわけです。(中略)そういう人の怖さはやっぱりあるんです。その意味で心温まる家族の存在というのはすごく大切です。皮膚感覚として守るべきものがあると考えている人と、そういう存在と全く切り離されている人は、大いに異なります。(中略)
プーチンは、クレムリンでも、ソチの公邸でも、いつも一人ぼっちです。
確かにそれじゃあ、どんどんに詰まってもおかしくはありませんね。
ウクライナ戦争の一方の最高指揮官は、私生活で支えてくれる家族を持たず、孤独な環境で決断を下さなければならない思索者なのです。“プーチンの戦争”を考える時、無視できないファクターだと思います。
p. 190 習近平は「互いの核心的利益に関わる問題では強く支え合っていきたい」と述べていました。プーチンはここが勝負どころと踏んだのでしょう。「我々は『一つの中国』と言う原則を厳守する」と応じ、習近平の心臓を鷲掴みにしてみせたのでした。
「一つの中国」の原則を支持するではなく、厳守すると言ったのですから、プーチンの政治感覚がどれほど研ぎ澄まされているか、分かろうというものです。
p. 233 プーチン大統領は「ロシアの核心的な利益を冒されたときには、核の使用もありうる」と述べている。(「核心的利益」とは、p. 175によるとモスクワやサンクトペテルブルク、ロシアの核戦略の基地のほか、クリミア半島の要衝セヴァストポリ。プーチンにとって、ここを失うのはロシアの魂を失うに等しい) -
Posted by ブクログ
世界史の概説本ではなく、現代の情勢を眺めるために過去の歴史を学ぶ必要性を訴えた本。筆者の主張は世界の歴史をアナロジカル(類似的)に見ることが重要ということ。それによればグローバル主義の行きついた現在は、アメリカの覇権が揺らぎ新たに台頭した国々が力をむき出しにする新帝国主義時代と言え、第一次世界大戦前夜と似たような空気感と評せるとのこと。確かにこの考察は面白いと思った。また、近代ナショナリズムは自然発生的なものではなく、上からの作用もありつつ、集団に共通する過去の物語が見いだされることで形成されるという論説の紹介や、原罪を持つキリスト教と違い、イスラム教は神を信じたとたんにすべてが正当化されるというのも興味深かった。
個々の現状評価には個人的には多少疑問を持つところもあるし、困難を回避するためにプレモダン(形而上学的価値と言っても良いか)を強調するところもどうかなと思わなくもないが、現状とこれからを考えていくのに刺激になる一冊だと思う。 -
Posted by ブクログ
4巻通じての感想。
この両者の組合せに拒否感を覚える人もいるのだろうが、なかなか面白かった。
特に、戦後左派(第4巻は戦前だが)の潮流を大まかに掴むことができると言う点で良かった。更に詳しい本を読む際の取っ掛かりとしても良いだろう。対談形式で進むのでスピード感を持って読み進めることができる。
途中途中で、左派の運動の方法論が現代でも手を替え品を替えで登場していることにも気づいた。読んでいた時が都知事選真っ只中の時期だったので尚更。
全編通して、敗戦という日本史上の一大転換点のみならず、戦後においても現代の平成生まれの世代とこの時代を生きてきた人の間では思想に対する目線がだいぶ違うという事実に気付かされた。そのこと自体には良い面もあれば悪い面もある。社会主義や資本主義の言葉尻だけ捉え、不毛な議論に邁進するのが良いのかと問われれば首肯し難いが、だからと言って大学の場が思想に名を借りた凄惨な暴力の場になることにも賛同はできない。
衰退の途上にいる左派の思想自体を消してはならない、しかし思想が時に凄惨な暴力すら是認する歴史もまた学ばねばならない、という両者の主張はその通りだと感じる。
一点気になったのは、両者が元々社会党系の団体にいたこともあり、どちらかというと社会党に甘め、共産党に厳しめの評論をしていること(特に第2巻・第3巻)。ただ、これは両人がその時代を生きてきた手前、仕方のないことだろう。本人たちもその自覚をし、その点についても述べている。4巻ものの大編だが、先述した通りこの手の本の中では相当読み易いのでおすすめ。
-
Posted by ブクログ
筆者の教養の深さに驚きつつも、話が飛ぶのについていけず、パラパラと飛ばし読み。
・地政 長く変わらない要素を見る
①地理 陸 海 山 資源 気候
②宗教 宗教史 イスラム教 vs ユダヤ教
③人種 モンゴロイド、コーカソイド、ネグロイド
・マッキンダー:ヨーロッパ沿岸地帯である東ヨーロッパを制するものが北のハートランド(ロシア)を制する=世界を制する
・アラビア半島を制するものは、北のハートランドと南ハートランド(ロシア)をも押さえる可能性
・国際情勢で障害になっているところは「山」
・山の周辺地域を巨大な帝国が制圧して、自らの影響下に入れることは難しい
・トラブルは山から生じる
・北氷洋(北極海)が通れるようになったのでマッキンダーの説は軌道修正必要
・ドラマ「MI-5]サウジアラビア公館占拠
・本「不思議なキリスト教」
・エマニュエル・トッド「シャルリとは誰か」
・日本の潜水艦技術が優れている。川崎重工と三菱重工で1年おきに作る
・常に戦争を起こさないと生き残れないような地理的要因を持つ国家がある=ドイツ
・プロテスタンティズムが強くなりすぎると、強迫観念に囚われて行動が極端になる。きまじめで禁欲的な生活。ドイツ人は異常に働くが生活は質素。殺風景な機能美をドイツ人は素晴らしいと思っている。
-
Posted by ブクログ
読むか迷っていたのだが、佐藤優の「はじめに」を3行読んだところで、これは面白そうだな、と悟る。
おおよそ3時間で読めます。
10代のの頃に読み漁った北原みのりを久々に見かけて買った本。2016年刊行とのことで、ある程度古いのだが、状況はそう変わってはいない。
慰安婦問題から現在の性風俗の、状況や語られ方についての対談。
矯風会、矢嶋楫子、広岡浅子、市川房枝のことが語られているものを、何か読みたいなと思った。坂本龍馬みたいに、もっと、エンタメになっていても良いのに、ってことでもあるよな。
——————
その恐怖と屈辱感。この屈辱感を味わわされることが、そもそも差別の正体だなって。
——————
ボスニアヘルツェゴビナの被害者と、日本軍慰安婦の女性の痛みに、10代の女性が「これは私のことだ」と共感できる社会ってなんでしょう。女の子にとっては戦時中なんですよ。
——————
買う、買わないと言うことがこれほど日常化されていたら、私なんかはそれが自分とは違う世界の話だとは到底思えないんですよね。自分がこの社会で、性を売らされる1歩手前のところにいて、見えているのに見ないふりをしているような感覚がある。
——————
ふつうに、フロイトきもい、バタイユこわい、ヘーゲルひどいってなりますよ。 -
Posted by ブクログ
この本を読むと、日本の報道がいかに足りないか? を感じて心が痛みます。
世界の価値観が多様化して、世界の中心が明らかに動きつつある現在、日本は過去の成功体験に自惚れて、もはや崖っぷちどころか奈落に落ちてしまっているのに、それを未だ認識できていなようなズレを感じます。
もっとグローバル化された報道の必要性を痛く感じます。
池上さんは最近イスラム世界が今後に及ぼす影響の大きさに言及される事が多く感じます。
その根拠もこの本である程度理解できますし、地上波や新聞等では知りえない情報を知ることができると思います。
この本から自分は、日本において世界の動きは自分から取りにいかないと得られない、、と感じます。
「日本の報道は足りない、核心部分の議論や検証が足りていない」
これからの自分の姿勢に影響を与えてくれるジャーナリストのお二人に感謝です。 -
Posted by ブクログ
英知を求める身としてこのタイトルを冠する佐藤優の本は読まないわけにはいかない、と手に取った。
佐藤優氏は時事と、その読み解きのために読んだ(読んでいる)本を結び合わせて新書の形で本を出すことが多いため、時を経て読むと答え合わせをするようにも読める。ただし時事理解のアナロジーとして紹介される本は多くが古典なので時代が経ても参考になることに変わりはない。その点で学ぶ点は多く、賞味期限切れのような印象は受けなかった。
本書の時代背景ではまだ東日本大震災と福島原発事故が収束しきらず、民主党が政権を取っていて橋本府知事が持てはやされていた。そして中国はまだ拡大途中で、イランの動向に注視する時期であった。
その後と言えば自民党が政権奪回し、トランプショックがあり、ブレグジットがあり、コロナ禍、東京オリンピック、安倍首相暗殺事件、ロシア-ウクライナ戦争、イスラエル-ガザ戦争が起きている。10年そこらでこれだけのビッグニュースが起き続けている。
新・帝国主義のフレームワークはこの過去12年を経てもまだリアルタイムの情勢を把握するのに有効だ。資本主義や新自由主義の暴走・拡大に対抗する術なり思考法なりも然り。ということは逆説的に、この12年間、本書が出版され重要な知恵が目の前にあったのに、状況を覆すだけのパワーにはなり得なかったとも受け取れる。
本を読む人口は、本書では佐藤優氏の肌感覚で人口の5%程度と述べられているが、実際の統計では日本では継続して約半数の人が月に1冊以上を読んでいることが分かっている。
5%程度なのは、月に10冊近く読むかなりの読書家である。
小中高生は大学生・社会人より多くの割合本を読む。そして読む量も多い。しかし大半が小説である。
本書では小説を読むことも重要であると薦めている。私としてもそれは非常に同感。ただし、当然娯楽小説だけでは不充分で、やはり古典なり哲学書なり、なんなら技術書や実用書も併せて読むべきだと思う。
日本人の平均読書量は長年横ばいだ。となると、どれだけ啓蒙しようと今後も読書量は大きくは変わらないと想定できる。
となれば、社会を変えるパワーは読書人層による影響度にかかってくる。
本を多く読む各層のエリートが、ストーリーを語り、読まない層を動かすほどの影響を及ぼす必要があるのだろう。
読む力はあくまでベースである。その上で、実行に活かさねばならない。
これは仕事はもちろん、他者との関係性であったり、生きるための指針であったり、そういった日常の言動に対して活かすということでもある。
自分の日常の言動、所作に反映させてこそ草の根の変革は始まるし、その集積が国を潤させる。
最近読んだ本からの影響で今自分は「美意識」のような、再現可能な論理とは異なる、情緒や直観的な部分に再度目を向けている。
これは本書でいうところの、同朋意識を持つ、中間団体を守る、どう死ぬかを考える、各人目の前の仕事に励むといった通底するメッセージにも重なってくる。
多層的・複合的な目線での日本人としてのアイデンティティを持ち、美意識、倫理感、道徳心を持ち、アクションを重ねるというベクトルを、大事にしていきたい。