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Posted by ブクログ
94歳の父と、87歳の母を抱えて暮らす主人公、トモアキと妻の蕗子。
主人公が小説家であり、仕事場が家であるという点で、他の要介護者を抱える家庭とはすこし環境が違う。
この主人公は、両親と「スープの冷めない距離」というには遠いがそれほど離れていない距離で暮らしている。そして、週に一度は顔を出していた。
介護が本格的に必要になってからも、通院など自らがやり、「妻にすべて背負わせたくない」と考えているところもある。
サラリーマンであれば、通院の付き添いも難しいだろう。
こういう点においても、介護は女性の仕事とされるのが「当然」であるというのが伺える。
主人公はそれを知っていて、自分は「そういう考え」を否定しながらも、心の奥でかすめてしまうその思いに抗えない。
妻には心から感謝している、けれど自分は古いから口に出していえない、と思う。これは、だいたいの男性にもあてはまるんじゃないかな、と感じた。けれど、実際に介護を代わってやることができない。
印象的なのは、主人公が離婚を切り出す場面。
「俺の嫁だからやらなくちゃいけないんだ、そうだろう」
離婚すれば、介護しなくてすむと言う主人公に
「おばあちゃまのオムツあなたが取り替えなさいよ」
と、一言だけ妻が言う。
介護を「嫁」という立場だからやらなくちゃいけないんだ、と考える主人公。
対して、現実的に「介護が要るひとを介護するのは当然だ」と思う蕗子。
ここで蕗子が欲しかったのは「離婚」じゃなく、「感謝」だったのではないだろうか。そこが主人公にはわからなかった。
いつもすまないな。
ありがとう。
そのすこしみせる気持ちだけで、いい。
蕗子の身に置き換えて、実感してほしかっただけだ。
離婚、が妻のためとするなんて、それこそ卑怯でてひどい、と感じたが、実際にそうする夫婦は少なくないんだろう。
わたしの両親も50代にはいった。
自分の身にかかることとして、この本はとても怖い。そして、わたしも立ち向かわなければならないんだ、とつよく思った。
逃げられないこの「黄落」と。
Posted by ブクログ
訃報を知り、過去(2007年12月17日)の読書メモ
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12月も終わりだというのに、ことしはやっと銀杏が黄葉して散っている。さすが陽に映えるさまは美しいけれど、落ち葉のかさこそ鳴るはもの悲しい。
『黄落』の書き出しの「こんにちでは六十五歳以上を老人というから、わたしはまだ老人の部類ではないが、還暦を間近にしてちかごろ、駅の階段で時折つまずく。」という主人公が「老親老後」をおくるもの悲しさは身にしみる。
私小説かとまごうフィクションは、高齢社会突入現代の普遍性が散りばめられている。主人公といっしょに「どうしたらいいんだろう」と途方に暮れる。
30年くらい前有吉佐和子の『恍惚の人』がベストセラーになった時は、わたしも若いゆえ遠いことのように思っていられた。
介護保険が充実していろいろなサービスを受けられるようになっても、この『黄落』で持ち上がるような当惑や苦労が減るわけではない。
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