村岡花子のレビュー一覧
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中原淳一さんのイラストが添えられたエッセイ。若い世代向けに書かれたものですが、そうでない年代にも新たな発見があるのではないでしょうか。
その一つが「たのしい」という言葉について。
「たのしい」は、「たのし」は(手押し)、思い切って手を伸ばした形。前へ前へと推し進む形。つまり、たのしいというのは、ただおもしろおかしくふざけ廻ることではなくて、ほんとうは思い切り手を伸ばして力をふるうこと。
これは初めて知りました。「旅行や連休が楽しくて、なかなかやる気になれない」と思ったことは多々あります。「たのしかった」からこそ、手を伸ばして、やるべき事を一所懸命する。心がけていこうと思います。 -
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ネタバレ「ありがたいことにわたしたちは知りあいを選びますからね。親戚の方はそのまま受けとるよりしかたがないし、そのなかに法をおかした者でもいなければありがたいぐらいのものですよ。」
くそうけ
レスリーの気持ちが結構分かってしまう。子供のこととかリアルできついなあ。自分のことならまだいいけど子供のことはさらにきついと思う。
幸せかどうかって、一般的な経済状況がどうかということよりも、相対する人に優しい気持ちを抱けるかどうかに集約されるよな
心が豊かかどうか
人の幸せや状況を自分と比べて妬まないこと
私は心が貧しく、人の幸せやわりあい裕福で愛情のある家庭で育った人を妬んでしまう
根に染み付いた性分だから治らない
でも、今からの自分に自信を持てるかどうかは、自分自身で変えられるもののはず
「外側はわたしがつれていったとき見なさればいいし、内側はあの人をおつくりになった神しかわかりませんよ。」
それ本当にそう
肝に銘じたい
「神の御手にまかせる」という言い方で節度を保つのはいいなあ、上品だなあ
日本人の神に値するものは周囲の人、集団だもんね〜
最後まで読んだ感想は、深み増してきたな〜って感じ -
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「アン」はだい、大好きである。
特に一冊目の「赤毛のアン」は繰り返し読んで、いつも新鮮な感動を幾つになってもうけるのである。
ところが、同じ作家の「ジェーン」を知ってしまった。
全く違うキャラクター。
アンが天性の明るさの牧歌的なら、ジェーンは沈着冷静な性格むしろ暗め。
想像力あふれている女の子というところはモンゴメリだが、おおげさだったアンにくらべてひっそりと想像をふくらましているたちのジェーン。
孤児だったアン、母に引き取られているが、別居している父がいるジェーン。
同じ11歳の女の子の運命は天と地ほども違っている。
読むべく時期に来て読んだというのか、私はジェーンのキャラクターに惹かれてしまった。
登場人物群が牧歌的というのは変わらない。
11歳の女の子といえども住む家を選び、家のしつらえを考えコーディネイトし、家事をきりもりし、料理もする。それをプリンスエドワード島の自然の中でする喜びを味わう。加えてジェーンの心の成長記。
もうどうしても共感してしまいますね。
はじめはカナダのトロントが舞台であるが、やっぱりプリンスエドワード島を牧歌的に歌い上げるのはさすがモンゴメリ女史。
最後の盛り上がりがちょっとあっさりしすぎているかなと思うが、子供の時に読んだのならこれでいいのだろう。 -
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『可愛いエミリー』と『エミリーはのぼる』とのエミリーブック三部作の完結編。モンゴメリの作品をほとんど訳した村岡花子最後の翻訳書と解説にて知る。
このエミリーブック三部作を読み終わって思いがけなく味わってしまったことは、野心と執念。「アン」シリーズのほのぼのとしたところからは想像出来ない。
書くことに憑かれたひとが苦闘といえるまでに書きつくしているさまに驚嘆した。また出版社に送って評価されるまでの執念がなんてすごいんだろう。そのエネルギーは幼くして孤児となったモンゴメリの自活したいという思いからだろうと察するが。
もちろんこの三部作はモンゴメリのモンゴメリたるロマンチックな物語が展開している。でも自伝要素の部分にあまりに強いものがあるので、ロマンスをぶち壊しているとまでいいたくないが、それなら「アン」式ロマンチックな部分がなかったほうがよかったような。
しかし、「アン」の作者を知り、カナダの小さな島の女性が自立を目指し苦闘する姿は、いつの時代の女性も大変なことと伝える、と同時に勇気をも与えると思うけど。 -
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「赤毛のアン」より作者の面影が色濃いということで読んだ。
やはりヒロインは孤児の10~12歳の少女。アンのように派手な底抜けに明るいのではないけれど、想像力にとみ詩や物語好き。古ノートにいつも何かを書きつけているその様子がほほえましく、作家のめばえがうかがえる。モンゴメリ自身がそうであったのだろうと。
前半のエピソードは、「アン」のあのエピソードがこのエピソードと比較想像できて興味深く読める。だが「アン」のほうが構成の卓抜、人物表現の魅力、意外な展開で多くの人を惹きつけたのだなーと思うところもある。「エミリー」もフィクションだから事実をふくらまして書かれているが、こちらを素材と思わせる落ち着きがある。
後半の章はとてもいい。想像することと書くことが好きな少女が、いかにして作家志望になっていくかということが、真摯に描いてあって感動する。
26、27章は12歳の少女に36歳の男性の出会いはちょっと妖しいものを感じるが、(といってもモンゴメリたるゆえん牧歌的であるけど)文学好きの少女がはじめて文学的に手ごたえのある人に巡り会い心の成長をとげる。「エミリーはのぼる」「エミリーの求めるもの」に続くという余韻が残るのだから。
そして28章からの「可愛いエミリー」という題名に似つかわしくない、あっと思う展開。
ところどころの今はやりのファンタジー的要素、ミステリ要素もあって楽しませる。やっぱりつぼを心得ている、ルーシー・モード・モンゴメリ、ほほえましくかつまじめに読んだ。 -
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戦後新しい時代が幕開けた意気揚々とする日本が垣間見れた。
物がなく皆等しく貧しいところに、突然革命的と言える男女平等、平和主義の憲法が定められ、日本は貧しいながらも希望に満ち溢れていたのだろう。
月日が過ぎ、それが当たり前の日本に生きる怠惰な私には、この教育が素直すぎて、まぶしすぎて。
そら、理想ではあるけれども〜世の中そんな綺麗事だけでは〜と感じ。
なんとも平和ボケしてしまった。ご先祖様が泣いておられるわ!と数時間改心致しました。
それほど、キラキラと少女たちが希望に満ちて、これを読む姿が想像されます。
目指すとこは皆同じな、ある意味貧しくとも心豊かな時代だったのかもしれません。
ただ、また数十年経てば、今この2021年を心豊かな面白い時代だったと子孫に感じてもらえるような日本に生きたいなぁと思った。