遠藤周作のレビュー一覧
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著者自身がモデルと思われる人物が登場する短編小説や、エッセイに近いスタイルで書かれた文章など、8編が収録されています。
本書のタイトルにもなっている「母なるもの」は、明治以降も正統なカトリックの教義にしたがうことなく、日本的に変質してしまった信仰を保ちつづけたかくれキリシタンの里を訪ねるという内容の文章です。「小さな町にて」もこれとかさなるテーマをあつかった内容で、「日本人はどの宗教にも母親の姿を求める」という著者自身の考えが提示されています。また「巡礼」は、やはり著者自身を思わせる小説家の矢代が、イェルサレムの地で合理的な立場からキリスト教について語る神学者の西尾の話に納得できずにいるすがたがえがかれています。
「学生」は、戦後まもなくフランスに留学することになった、著者自身がモデルと思われる主人公が登場します。天正遣欧使節としてヨーロッパに派遣された四人の少年たちと自分たちを引きくらべつつ、その体験が語られています。 -
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マリア・テレジアの末娘であるマリー・アントワネットは、フランスの皇太子妃としてオーストリアからやってきます。夫であるルイ16世は、ひとが好いだけで彼女の心を動かすことはありません。しかも彼女は、国王ルイ15世の寵愛を受けるデュ・バリーとの対立を引き起こしてしまいます。
パン屋での過酷な労働から逃げ出してパリに出てきたマルグリットという少女は、売春宿に身を置いて働くことになります。女主人である「兎のおばさん」は彼女の世話をしてくれますが、指名手配を受けているマルキ・ド・サドの逃亡を助けたことで逮捕されてしまいます。マルグリットは、生まれながらにして自分とはまったく異なる境遇にあり、すべてを手にしていると思われたマリー・アントワネットに対して、激しい憎しみをいだくようになります。
世間は、フランス革命へ向けてしだいに騒がしさを増していますが、心に空虚をかかえるマリー・アントワネットは、ぜいたくな暮らしぶりをあらためようとしません。そんななか、彼女に取り入ろうとして失敗したカリオストロは、マリー・アントワネットにそっくりの横顔をしているマルグリットに目をつけ、彼女を利用してマリーへの復讐をおこなうことを計画します。
マリー・アントワネットという歴史上の人物を中心に置きながら、マルグリットという対照的な立場に置かれた少女が、サドをはじめとするさまざまな人物たちのあいだを動くことでストーリーを関連づけており、歴史を知らなくてもたのしんで読むことができる内容になっています。 -
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高校の同級生である、早良泰子と水谷トシという二人の女性の青春をえがいた作品です。
泰子は16歳の誕生日に、死んだ母から彼女にあてて書かれた手紙を、父親から受けとります。そこには、泰子とおなじ少女時代の母が、恩智勝之という男性とひそかな交流をつづけており、しかし戦争によって二人の運命が別れてしまったことがつづられていました。その後泰子は、母の夢を追いかけるように、得意の英語を生かしてCAとなる道に進みます。
他方トシは、星野という男を追って神戸にわたり、信用金庫で働くことになります。星野は定職に就かずギャンブルが好きというだらしのない男ですが、彼に泣きつかれるとトシはついお金をあたえてしまうことになります。そんな彼女自身の暗い生活も、好きな男のために生きるという意義を彼女に感じさせ、その泥沼のなかに彼女は落ち込んでいくことになります。
対照的な二人の女性の生きかたをたどるというストーリーですが、キャラクター造形がくっきりとしていて、エンターテインメント性の強い内容になっています。 -
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どもりのために消極的な性格の福本一平は、ことばで語りあう必要のない動物との触れあいに、心のやすらぎを感じていました。彼は、小学校時代の音楽教師の示唆を受けて、ニホンザルの生態を研究する道をえらびます。彼は日本猿研究所に所属し、志明山でニホンザルの餌付けを試みていましたが、志明山の土地が観光業者の手にわたったことで、ホテルの開発が着手されてしまいます。さらに研究所の所長が交代したことで、人づきあいの苦手な一平は苦しい立場に追いやられ、職を辞して比良山で研究をつづける道をえらびます。
一方、小学校時代から一平と幼なじみの中原朋子は、志明山の開発を進める業者に勤務する夫のもとに嫁いでいました。彼女は、志明山の開発に反対しているのが一平であることを知り、彼の研究に対する真摯な態度にひそかな感銘をおぼえていました。しかし、彼女の夫の藤沢が飛行機事故によって命を落とし、彼女は夫の上司である加納からの求婚を受けます。
自分の望むものはかならず手に入れようとする加納のアプローチを拒むことができず、ついに朋子は加納との結婚を承諾しますが、不器用でありながらも一途にニホンザルを守ろうとする一平のすがたに、朋子は心のなかで声援を送ります。
ドラマティックな構成の作品で、信仰をめぐる著者独自のテーマが追求されている作品群とは異なる印象ですが、単純にたのしんで読むことのできる内容でした。 -
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短編二編を収録しています。
「白い人」は、第二次世界大戦中に、フランス人でありながら、ナチス・ドイツに協力してレジスタンスの取り締まりをおこなった青年の手記というかたちの作品です。斜視だった彼は、自分以上に醜い容貌であった神学生のジャック・モンジュが、みずからの不遇な運命を、神に対する信仰にすり替えていることに反発をいだきます。そして、ジャックがたいせつに思っているマリー・テレーズをもてあそぶことで、サディスティックな歓びをあじわいます。
「黄色い人」は、宝塚の仁川の教会で牧師を務めていながら、キミコという女性を愛するという、信仰の道にはずれた行為によって教会を離れることになったピエール・デュランと、彼のもとをおとずれた千葉という青年の物語です。罪の意識に囚われながらも、自分の身に万が一のことがあればキミコが苦しむにちがいないという思いから、憶病な振る舞いにおよんでしまうデュランと、日本という地に生まれたことで、そうした過酷な罪の意識をもつことのない千葉の心境が対比的にえがかれています。
その後の著者がくり返し取り組むことになる、キリスト教の信仰にまつわる問題が、やや武骨なスタイルではありながらも明瞭なかたちで示されています。 -
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56歳の石井菊次は、娘の純子や会社の部下たちに「けじめ」を説く、戦前世代の頑固一徹な性格の男です。彼は、新商品の香水の開発に力を注いでいましたが、社内の何者かがライヴァル会社に新商品の情報を漏らしたことが明らかになり、さらに社内の権力闘争に巻き込まれて、しだいに嫌気がさしてくるようになります。
スタイリストの仕事をしている純子は、実業家の宗という男からプロポーズを受けます。彼には妻子がありましたが、すでに別居状態になり、まもなく離婚して純子といっしょになりたいというのです。純子は彼の思いにこたえる決意をしますが、そのことを知った菊次は怒り、純子は家を飛び出して一人暮らしをはじめます。
宗の妻は、学生時代の菊次が淡い恋心をいだいていた、山内節子という女性の娘でした。彼女は安西という男と結婚し、菊次と彼の友人の大橋の二人の恋は実らぬままに終わりましたが、思いもかけず菊次は節子と再会し、しかも彼の知らないうちに進行していた複雑な人間関係に嘆息します。
戦中世代の父と戦後世代の娘の葛藤というテーマをえがいた小説です。登場人物の心理はやや紋切り型ではあるものの、たのしんで読むことができました。 -
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進駐軍として日本にやってきたロバート・オノラは、ミツという日本人女性とのあいだに子どもをもうけますが、朝鮮戦争後にアメリカへもどります。彼は約二十年ぶりに日本にやってきて、ミツとその子どものゆくえを追いかけます。
一方、浪人生の石井信也は、東大合格をめざして勉強に励んでいました。しかし、友人の近藤が受験をやめてアメリカで画家をめざす決意をしたことに心を揺さぶられ、二度目の不合格となります。父親の豊次が彼にかけていた期待の重さに苦しんでいた信也は家を出て、スナックで働きはじめます。そんな彼に、宇田という男をリーダーとする組織が目をつけ、彼を壮大な犯罪計画に巻き込んでいきます。
信也の姉で出版社に勤務する真里子は、新劇の俳優である本多公介の自宅を仕事で訪れます。妻に先立たれ、母親と一人息子と三人で暮らしていた彼は、真里子に惹かれるようになり、彼女にプロポーズします。彼女は本多に心を許すようになりますが、お見合いで知りあった河合という平凡な男の妻としての人生をえらびます。
三人の登場人物を中心とするストーリーが、相互にからみあいながらひとつに収斂していく構成になっており、エンターテインメント性の強い作品です。文庫本で700頁を超えるヴォリュームですが、あっという間に読むことができました。 -
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太平洋戦争中の、捕虜の生体解剖というテーマ設定に惹かれて手に取りました。戦争の残酷な面を明らかにする作品かと思っていたのですが、それよりも「人間の良心」の在り方について語られる作品でした。
解説の夏川草介氏も書いていましたが、「キリスト教という生活規範」がない日本において、確固たる良心/善悪の判断基準がない日本人のモラルのあり様を問う作品です。
例えば、生体解剖に誘われた外科医勝呂(すぐろ)が、それに参加するべきか、断るべきか懊悩する場面では、悩みつつも彼は結果的に参加してしまうのですが、ここでは「参加してしまった」ことが問題なのではなく、「明確な決断もつかないまま、なんとなく」参加したことが致命的なのである。
一方で、何となく「難解だ」という印象がある点については、「生体解剖という『絶対的な悪』に対してすら、明確な判断基準を持ちえない日本人」という構図があって初めて成立する作品であることが原因と解説では分析されています。「戦争中に捕らえた兵隊を生体解剖する」という行為がどれほどの悪であるのかが分からなくなっている(=戦争による様々な「死」のなかに埋没している)と指摘されています。
医療小説や戦争小説としてまとめて紹介してよい本かどうか迷う作品ですが、倫理問題(良心の在り方)を考える作品としては、解説部分も含めて読んで欲しいと思います。 -
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太平洋戦争の時、実際に九州の大学で起こったアメリカ捕虜への生体解剖…そんなショッキングな事件を題材にした小説。
「どうせ死ぬんだから、今後の医療のための死ならむしろ有益」という派の医師達や戸田。一方「人を殺す医療はあっていいものか」的な生体実験に懐疑で戸惑いがあった勝呂。
今だと誰しも正論でおかしいと抗議できるはずだけど、当時のような戦時下だと正常な判断はできるものなのか…?私も麻痺して、やるしかない、と思ってたかもしれない…そう思ったら自分にこわくなった
てかそもそもこの事件もフィクションだ、と思いたかった。海水は代用血液として使えるのか、肺は片方取っても死なないのか、生きた捕虜を使った人体実験…
まずそんなことが本当に日本人によって起こされてた事実が一番ショック…
数年くらい時間置いて再読する -
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週刊新潮に連載した「周作恐怖譚」を1959(昭和34)年に単行本として刊行した『蜘蛛——周作恐怖譚』に4編を加え、1970(昭和45)年、『遠藤周作怪奇小説集』と題して出版されたもの(を、『怪奇小説集』と更に改題して1973年に講談社文庫で出したもの)。
中学生の頃私は北杜夫のユーモア・エッセイが好きで、その流れでついでにちょこっと読んでみたのが確か『遠藤周作ユーモア小説集』だった。これの巻末にオマケとして一編だけ怪談が入っていて、これがやたらに怖く、ショッキングだった。このとき味わった恐怖感の味が、ずっと記憶に残っている。私がホラー小説を好んで読むようになったのはずっと先、特にここ数年のことだ。
中学生にトラウマを与えた遠藤周作の「怪奇小説集」が一昨年角川文庫でリバイバル出版されたようで、先日書店で見つけて早速買ってみた。
・・・・・・が、全体としては玉石混淆である。というか、これら全作品をすべて「怪奇小説」とか「恐怖譚」と呼ぶのは無理がある。ただの「ややサスペンスフルな短編」や、ギャフンとオチの付くユーモア(というか、意地の悪い)短編も入っている。「怪奇小説集」と題された本を積極的に手に取った読者に対しては絶対に読ませるべきでないようなものもあった。
それでも、本書の最初の方の数編はけっこう怖く、特に「蜘蛛」など、ちょっと卓越したホラー小説である。
「週刊新潮」に連載された「周作恐怖譚」は、ふつうにフィクションの態で始まる小説よりも、筆者遠藤周作がエッセイ風に語り出す「実話系」が多く、この手のもののハシリであろう。
もっとも、小説家が書く小説だから、フィクションも混ざっているのだろうと思う。どこまでが事実なのかは誰にも分からないだろうが、楽しんで読めればそれでよい、という主旨と受け取るべきだ。
そうやって前半の「怪奇」「恐怖」を楽しんだ読者は、後半は気持ちを入れ替えて読まなければならない。