遠藤周作のレビュー一覧
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新潮文庫の解説で遠藤周作の中のいわゆる軽小説と書かれてるけど、この言葉が気に入らない。別に軽くないし。どうせなら青春小説と書いてほしかった。
さらに言えば新潮文庫の裏表紙のあらすじは結末をドーンと書き過ぎじゃないかしら。
まず物語が亡くなった母の手紙から始まるというところが好きです。
冒頭の泰子とトシの高校時代が無邪気で楽しそうで明るい未来が待っているという感じ。砂の城を築き上げている途中といったところですね。初めて読んだのが高校の時だったから2人の楽しそうな姿が目に浮かびました。
それなのに泰子とトシは全く真逆の道に進んでいくことになるわけで。
トシの気持ちは分かる気がするんです。泰子って完璧すぎる。こんな人が隣にいたら劣等感の塊になりそうなのに、トシはそればっかじゃなくて、ちゃんと泰子のことを親友だと思っている。
でもやっぱり泰子より…って思うのは当然だと思うんです。その方向性が世間や泰子の思うような“美しいもの、善いもの”ではなかっただけ。
泰子の言ってることは正論なんだと分っていながらも引きずられていくトシのことを、泰子は理解できないだろうなぁ。
西に関しても、容赦なく泰子さえも殺すと言ったとき、あれは泰子じゃなくてあたしもショックでした。砂の城が崩れたのはトシと西よりむしろ泰子だったのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
せるさんのレビューから、何やら面白そうな小説。秋頃にでも読みたいなぁ。
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読んだ読んだ、秋頃といわず冬まで掛かって読んだ!笑
遠藤周作さんの小説を初めて読んだと思うのだけれど、なんというかじわじわと真綿で首を絞められるような文章だったりユーモア系の「なんじゃそりゃ!」ていうのもあったりで色々楽しみながら読めました。
個人的にもうだめだ、となったのは「ジプシーの呪」と「鉛色の朝」でした。必要以上に想像してしまうのと心霊関係無くじわじわくる描写で息が詰まる感じがして、この2話以降を読むまでに少し間があいたり。
でも最後のニセ学生でなんだか「たはは...」とおもしろ可笑しい気持ちになったり、とても面白かったです。ごちそうさまでした! -
Posted by ブクログ
ネタバレ「沈黙」に続く遠藤周作のキリスト教&長崎テーマの読書。
作品自体は「沈黙」のほうが素晴らしい出来のように感じたけれど、キクという女の一生を通して、信仰や愛について描かれているだけに、より感じるものは多かった。
キクの激しくも哀しい一生にはもちろん胸を打たれたんだけれど、伊藤とプチジャンの海辺での対話が圧巻。(むしろエピローグの津和野での懺悔が蛇足に感じた。勝手な感想だけど。)
神は本藤よりも伊藤を愛すると。本藤のような人に神は必要ないのだというような。
そうなのか…。本藤はすごく頑張ってるからこその成功なのにな、神様がその頑張りを見守ってくれて、幸運を与えてくれないと、割にあわなくない?なんて最初は思ったけれど、筆者の描く神はそうではないのね。救済を与えるのではなく、傍にあって苦しみをともにしてくださる。それならダメ人間ほど神に愛されるってこと?それって不公平じゃない?いやいやでも、人間は完璧じゃないんだから、本藤のような人だって弱くずるく醜い部分があるわけで、そこにおいては神がともにあって…。っていうかそもそも不公平って発想自体がおかしいような。でも…。
「沈黙」に続いて、考えれば考えるほど、神という存在の意味が、大きく変わってくる読書。 -
Posted by ブクログ
新興住宅街に住み、特に周囲に宗教を持つ人がいなかった私には、神様を信じるという感覚はとうしても呑み込めないものでした。
それには、小学生のときに起きた地下鉄サリン事件で受けた「宗教」のイメージも手伝っているのかもしれません。
それぞれの神様はその人にとっては強烈に正しくて、疑問を差し挟む余地はないのだろうと。何となく、触れてはいけないような気がして距離をとっていました。
だから、この本のタイトルには心惹かれるものがありました。
この本ではキリスト教を信じる著者が、信仰について率直に語っています。
本当に神様なんて信じているのか?なぜ日本人なのに仏教ではないのか?など、質問を設定し、それに答えていきます。
とくにおもしろかったのが、
・100パーセントの信仰はない。90パーセント疑い、10パーセントの希望。
・母親がすでにキリスト教徒だった。すでに環境が整っていたという意味では、恋愛結婚というよりは許嫁との結婚のようなもの。
・聖書はキリストの弟子たちが、弱虫から強虫になる過程が楽しい。
など、著者自身も迷いながら、掴み取ってきた感覚が新鮮でした。
あくまでこの本は信仰を持つ人のひとつのケースではありますが、
神様を信じるということが、そんなに離れた対岸にあるものではないのかなという感買うを持ちました。 -
Posted by ブクログ
第三章『爾もまた』について
ものすごいリアルで、designerの太刀川さんがおっしゃっていた「具体的且つ主体的なストーリーの共有」という話を思い出した。
主人公の田中は非常に悲観的且つ内省的で、自己肯定の難しさを非常に感じた。そこにポイントを置くという事は私もそうだからなんだろうけどw
遠藤周作も留学で苦労したって言ってたし、いちいち田中と遠藤周作を比較してしまう。
主人公の設定をものすごいコンプレックスを持ち、妻以外と関係を持ったことのない、気の小さい不器用な「田中」が「サド」を研究テーマにしたところ、本人もそれを思案しているようにしたところが非常に面白かった。
また、サドについてはあくまで研究対象であり、一切「本人」として登場しないのにサドに感情移入してしまった。遠藤周作の凄さを感じる。
田中のような悲観的な人間が物事を楽観視することって可能なのだろうかと思った。