あらすじ
敬虔なクリスチャンにして、『沈黙』ほか、文学史に残る数々の名作を遺した遠藤周作。そのもうひとつの顔は、大仏の掌で「アア、コリャコリャ」と踊る酔っ払いに親愛の情を感じ、「お前にはマメ狸が憑いとる」と占い師のご託宣を受けて落ち込み、庭のアヒルとにらみあう、かわいらしくも可笑しい「狐狸庵先生」であった。含羞とエスプリがにじむ、極上のユーモアに満ちた狐狸庵のエッセイの真骨頂。
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遠藤周作というと、文学作品を多く読んでいたので、エッセイは新鮮で、くすくす笑わせられた。
終始、いたずら好きでお茶目な作家さんという感じで、今まで私が知らなかった一面を見ることができた気がする。
「ぐうたら社会学」というタイトルだけれど、読み進める中でグサッと胸に刺さる言葉も多々あった。
中でも、作者が語っていた、人と人のつながりの笑いが自然で大切だということ。これからの時代に大切になってくると語っていたのは印象的。50年たった今は昔以上につながりが希薄になっているゆえ、このことは大切にしたいと切に感じた。
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遠藤周作2冊目。
やっぱりこの人文章上手いですね。
なんというかリズムが良い、というか。
と思いながら読んでたらその点ご自身で言及してました。
『笑いというのは間でしょう、テンポでしょう、句読点の置き方でしょ。
文章でいえば』
『オレのぐうたらものなんてのも内容はなんにもおかしくないんだよ。
句読点の置き方ですよ。これはずいぶん苦労してんだよ。
少しここらで、いばらしてくれよ。なあ、いいだろ。』
そう、これだ。句読点。これが本当にすばらしい。
特に最後の酔談なんてもうね、最高です。
こんな文章、書けるようになりたいなあ。
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すさまじいイタズラの数々が告白されている「電話魔罪状録」「いたずら・哲学以前」
イタズラではないけれど、笑ってしまう「あわてもの実録」どれも本当に純文学のあの遠藤周作氏が書いたとは思えないユーモア?が詰まっていました。
最後の「酔談」は興味深い話が目白押し。考え方などが、語られていました。個人的には「しろうと批評」が好き。
そして女性には耳がいたい話。「主婦と生活」に載せられていた話は女性なら誰でも耳が痛くなる話でした。自分はこうはならないようにしようと肝に銘じました。
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遠藤周作のユーモアエッセイ集。あの真面目な純文学作家と同一人物なんて
信じられないくらい面白い。ユーモアのセンスが完成している。
「異邦人との珍問答」「性と死と愛」面白かった。書かれた時代背景も見えて興味深い。
MVP:なし
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伊坂幸太郎さんが遠藤周作さんが好きだ
と何かで言っていたことを思い出し、まずエッセイから購入
伊坂さんが好き=フェミニスト的?と思っていましたが
全然違っていました
別に女性蔑視という印象も言葉ほどは受けませんでしたけど…
何か色々と書かれていましたが、あまり根深く女性への
恨み辛みがある人ではない印象を受けました
わりと湿度が低いような感じがしたので
そして伊坂さんが好きな作家さんらしく俯瞰的な視点で
ものを見られているのが印象的でした
なんだか軽くてさくさくした文章なのに
結構中身があったりするのが面白かったです
Posted by ブクログ
書かれている内容から、現在との世代の隔たりを感じるのがなんだかおもしろい。
ふざけているようで、知性というか、見識の広さを感じるのが、今のエッセイとは違うところだなぁとも思う。
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ぐうたら社会学
著者:遠藤周作
発行:2011年5月25日
集英社文庫
以前の刊行:1979年10月、集英社文庫
初出:
『週刊文春』1965年2月22日-5月10日連載
『東京新聞』1966年1月9日-3月20日連載
『主婦と生活』1966年1月-12月連載
『主婦の友』1970年5月、1971年4月、1964年4月
『文藝春秋』1958年7月
『漫画読本』1965年3月、1957年1月
『北日本新聞』1970年1月8日夕刊
『週刊読書人』1959年7月20日
『毎日新聞』1967年7月1日夕刊
『サンケイ新聞』1976年3月22日-4月26日連載(『酔談』)
*遠藤周作が同じ東京都町田市に住む慶大助教授(仏文学)高山鉄男氏、漫画家秋竜山氏を相手に、同市内お酒席で弁じた酔談を文化部でまとめた連載。
「ぐうたら社会学」のタイトルを知っている人は多いし、部分的に読んだ、接した人も多いはず。それほど有名で売れたエッセイだけれど、まとめて改めて読んでみれば、よくこんなのが出版できたなあという内容。60年代に書かれたものが中心なので、男尊女卑、差別的な内容も当たり前だったのかもしれないけれど、この文庫は2011年に再刊行されているわけだから、大丈夫なの?と心配になる。今なら大批判、大炎上になるようなエッセイだった。
遠藤周作は体制側に近い作家だとの認識だったので、僕は若い頃にほとんど読まなかったけれど、今はなんとなく読んでいる。体制側で、かつバリバリ右でないからこそ、緊張感なく読み流せる感じ。本書については、とりわけ「主婦と生活」あたりの連載がすごい。当時は専業主婦が多かった時代であり、女は出過ぎないこと、それでいて実際は亭主をコントロールする内助の功が一番という風潮があったに違いない。あとは、わざと女性を見下して挑発しているのかもしれない。
男性と違い、女同士に友情というものが果たして成立しえるのか疑問。理由は、女は男と違って自分一人では、どうにもできぬ存在だからである。女は結局、自分で自分の運命をつくることができない。いつも自分の運命を他に依存している、親や恋人や夫や子供によって自分の運命が変化する。いわばヤドカリ。
*こんなふうに分析していたりする。
男尊女卑的な内容は他にも山ほどあるので、書き出すとこちらの精神状態が持たないため、このあたりで。
遠藤周作のエッセイを読んでいると、同じ話題がちょくちょく出てくる。ネタが同じだが、書きぶりは少し違う。でも、これは事実だと明言しつつ、そこが異なっていては信用できないよ、というものもある。例えば、こんな話。
一つは川奈ホテルのロビー。
あるお嬢さんがテレビを見ていた。一人の外人が葉巻をふかしつつ横に、ソファに腰かけた。テレビではニュース、韓国の兵隊たちが、朴大統領の前で分列行進をやっている。兵士たちのあとを、女子学生たちが一段となって進む。お嬢さんは外人に沈黙しているのは非礼だと思い、何か話しけねばと思うが英語が出ない。
「ガール・スカウト」彼女は画面の女子学生を指さしてニタニタ笑う。
「オー・イエス」と外人。
「ボス」と朴大統領のことをいうお嬢さん。大統領の英語を忘れていた。そして、ニヤニヤ笑い。
「あなた、バカか」と外人。
もう一つは海べりのホテル。
川奈ホテルと同じような状況がある。だが、今回は「中国のメーデーのニュース」としている。
「ガールズ・ガールズ」
「オー・イエス」と同じような会話が続き・・・
壇上の毛主席の姿がうつり・・・
「ボス」
「あんた、バカか」
どちらも本当にあった、実話だとしている。
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梅崎春生翁の庵には奇妙な犬がいた。迷い込んで梅崎家で飼われていたが、不思議なことに、火、木、土になると姿を消す。ある日、梅崎がその行方を捜すと、100メートルほど離れた邸で、あたかもその家の飼い犬のごとく尾をふり吠えていた。この犬は二軒の家をかけもちして忠勤を励んでいた。
なんせ、第三(枚目)の新人だからな。第一次戦後はというのは、二枚目だから、天下国家を論じる。こっちは頭の悪い三枚目だから、天下のことはよくわからんわけだ。
カトリックで修道院などにこもっている人たちは、世のため人のため、何もしとらんように見えるけど、なぜ、そういう存在が認められるかというと、とにかくその人たちは快楽を犠牲にしている。キリスト教には、そういう人たちが、おれたちの身代わりになって、そういうところに閉じこもってくれているという考えがある。社会副詞的なことをしなくても、自分の身に辛さを与えて、祈っていることが、われわれのためになると思う。
寄席で怪談聞いて、なにが怖いか、といったら「そのときー」(と声を落として、しばらく黙って)という、この間でしょう、空白でしょ、こわいのは。ユーモア小説と恐怖小説の翻訳がダメだというのは、この間がないからなんだな。オレのぐうたらものなんてのも内容はなんにもおかしくないんだよ。句読点の置き方ですよ。これはずいぶん苦労してんだよ。少しここらで、いばらしてくれよ。
三浦朱門が昔、右に行ったら偽善者、左に行ったら偽悪者、そこの間のすれすれのむつかしい線を歩くのが小説やでえ、とおれに話してくれたことがあったけど、自らの心に照れくささが無く、平気でいられるということ、これは大説家やな。
Posted by ブクログ
狐狸庵先生のエッセイは昔は大好きだった気がするのだが、今読み返してみると、それほど面白いものではないなぁ。まあ、「手軽な批評」は『酔談』の中でも厳に戒められているところなので、控えておこう。