遠藤周作のレビュー一覧
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戦前に灘中に通っていた父と、大病院で癌患者を担う息子。戦争と医局の力関係という、それぞれ大きな力の元、一人の女性によって人生が交わっていく。
医療系で真面目な方の遠藤周作であるが、かなり読みやすい部類だと思われる。戦時中の灘中(今の高校)で、平目という同級生と出会い、成績不良で挫折し、戦争によって引き裂かれる。一方で、医者の上下関係によって、正しい治療法を見誤っていく。
戦争の話は、かなり端折って軽く描かれている分、医局の異常さという部分が重くのしかかる文章となっているものの、難しい文章ではないため、理解しやすいだろう。展開としては、最後に大きくカタルシスがあるわけでもないので、最後の部分は余計に感じた。
遠藤周作自身の私小説の部分が大きいだろうし、それぞれのパートで主人公を書き分けるために苦労したのはわかるのだが、「小津」と「鋭一」という姓名でのかき分けは、正直なところ引っかかった。 -
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☆☆☆2020年3月☆☆☆
江戸時代初期、まだ大坂の陣は終わっていない頃。
徳川氏の天下が確定しつつあった頃の物語。
東北から、宣教師とともにメキシコへ、ヨーロッパへと旅した「侍」と、宣教師を中心とした物語。
「侍」=長谷倉のモデルは、明らかに支倉常長だろう。
異国との通商を求めるという親書を携え、メキシコへ、スペインへ、イタリアへ、苦難の旅。
「宣教師」=ベラスコはポーロ会という宗派の宣教師で、日本にキリスト教を広めたいという強い思い、そして自分が出世したいという秘めた野望を持っている。
長谷倉らは、使命を果たすため、やむなくキリスト教に改宗。これが帰国後彼らにとって悲惨な結果となってしまう。つらく悲しい物語だ。特に若者の西が可哀そうに感じる。異国の珍しいものに心から感動していた、好奇心の強い若武者。
「日本人は利に聡く、利用できるものなら何でも使用しようとする」ような記述が所々にあったが
これは筆者の想いだろうか? これは日本人のいい面でもあり、悪い面でもあるだろう。
ベラスコは、最終的に自ら日本に赴き殉教する事になる。「信仰」のために何故そこまで?というのは、私たちにはわかりにくい。 -
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ネタバレ20年も前に書かれた本ではあるが、その姿勢は現代のターミナルケアに通ずる部分も多い。以下、自分の印象に残ったこと、気づき。
・最期に自分を支えるのは、やはり精神だ。先立たれた大切な人に会える、だとか苦しんでいることを理解してあげることが一番いい。
・延命処置の是非。尊厳死はどうなのか?天寿を全うしているなら、尊厳死でもいいのか?
・ACPは、死に直面したときに初めてスタートする。在宅医の先生の訪問診療について行った時の経験を思い出した。
・安楽死は可哀想だから死なせてあげるという家族のエゴが入っている。尊厳死はその人が死に方を選べる。しかし自殺はダメ。天寿を全うしてないから。
・痛みも生きている証だという考え方。
・結局考え方は人それぞれだから、万人に使える万能のターミナルケアなどない。
・「痛み」ってなんなんだ?心の痛み、神経が痛み刺激を受信している。痛みは薬剤以外でも和らげることができる。誰か共感してくれる人や元気になりたいモチベーションがあれば、痛みとも上手に付き合えるのではないか。
・宗教は意外と大切かも。
・臨死体験をした人は皆、暖かい光に包まれて、自分の身体を俯瞰してみることができたらしい。かつて愛した故人に会えた人もいたのだとか。死後の世界はあるのだと信じても良いかもしれない。禅宗的には、解脱にあたるようだ。
・生活と人生は違う。生活:他者に残すかたみ、人生:自分の素顔。老年において本当の顔をまじまじとみる時がきたのだ。
・天国と地獄。悪いことをしたら、全員地獄に行くのか?死ぬ間際に心から悪いことをしたと思えば神は天国に連れて行くのか?一方殺された人々は、あの人々をお許しくださいと言えるのか?自分の身に降りかかった理不尽を恨みはしないのか? -
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遠藤周作先生による恋愛というか男女のあれやこれやに関するエッセイ
前半はまぁ大体納得できる
「情熱」と「愛」の違いとは?
「信じる」とはどういうことか?
「嫉妬」とはなにか?
愛とは信じる事
「裏切られた」「女は信用できない」という言葉は、まず「信じる」ありきということ
心に残った部分
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現代において女とたくさん寝ることは易しい。
青春の論理としてむつかしい行為を選ばねばならぬ。むつかしい行為とはなにか。それはこの地上でたった一人の女を選び、その女を愛するように努力 することである。ひとりの女を選んだならば、それを生涯、棄てぬことである。これはやさしいことではない。やさしいことではないから、青春にいる諸君は やってみるべきではないか。
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今ならなおさらこの難しさがわかる
生涯を共にする伴侶を選ぶという行為
そしてそれを実践する難しさ
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情熱が冷めたその後に、どれだけ相手を慈しむことができるか
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この言葉も身にしみてよくわかる
今読んだからこそ感じるものですね
ただ、後半の男女の違いに関しては現在の価値観とはかけ離れているのではなかろうか?
とは言え、夫婦喧嘩のルールというか、子供を巻き添えにしないとかってところはそうだよね
両親の醜い争いを嫌悪する子になるか、「いい加減にやめなよ」と仲裁の言葉を投げかける子になるかも両親の喧嘩の内容次第
あと、解説が江國香織だったのが思いがけない幸運だったな -
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遠藤周作、高校生以来久々に読んで、あれ、こんな読みやすい人だったのか。と思う。
なんとなく親しみにくいイメージだったけど、まず、文体が読みやすい。
今回は、イスラエル旅行に合わせて、イスラエルを舞台にした小説ということで読み始めた。
なんせ、宗教をしっかり勉強したことなく、キリスト教とは、ユダヤ教とは、というか宗教だけじゃなくて、イスラエルの建国ってどういうこと?から、よく分かっていなかった私にとって、なんとなくキリスト教と、イスラエルの理解が進む、良本でした。
特にキリスト教について、遠藤周作なりの、私なりの、理解ができて、なんとなくキリスト教に納得がいった。
奇跡を起こさないキリスト、ただただ人に寄り添い愛を説くだけのキリスト、ユダヤ教の戒律やら豪華なシナゴークを要らないというキリストを思う気持ちは、理解できる。
あぁなりたい、あぁあるべきだ、という、哲学に近いものなんだろう、となんとなく理解できた。
(奇跡を起こさない、ただただ人のためを考えて生きるとてつもなく優しくて弱い、珍しすぎる人、として、人々が崇める気持ちは理解できる。奇跡を起こさない、人、歳でのキリストであることがポイント)
続けて、イスラエルについて、あの地域の問題について、そして宗教について、とっつきやすい小説や映画から理解を進めたい。 -
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--概要--
・「イエスが死後どのようにキリスト(救世主)として認められていったか」というテーマ。『イエスの生涯』に続く著書とのこと(私はこちらは未読)。
・巻末の高橋たか子氏の解説にあるように、「イエスという人が実際にいた、そして十字架上で死んだ、ということがあった、それを素材として創作された話が新約聖書なのだという見方」で書かれている。ペトロ、ヤコブ等の弟子や宣教師ポーロなどの視点で、彼らがどのような体験・思いから書簡(=今日の新約聖書)を書いたのかが様々な資料の研究の上に述べられている。
・イエスの死、迫害、分派、弟子や伝道師の殉教、ユダヤ戦争での多くの信徒の死といった苦境の中で、「神がなぜ沈黙しているのか」「キリストはなぜ再臨しないのか」という解き難い謎が浮かび上がった。脱落する者もいたが、残った信徒たちはこれらの謎から信仰の意味を掴もうと悩み、もがき、苦しみ、それらの苦しみが信仰のエネルギイにもなっていった。
--感想--
・「Aという説がある。しかし、Bかもしれない。いずれにせよ、確かなのはC。」というような論調が多く、少し読みにくさを感じた(後半では慣れた)。
・私自身は聖書の記述を事実と捉える立場のクリスチャンであるが、その分聖書の記述を「そういうもの」と固定的に捉えてしまい、各書簡の著者が神とどのように向き合っていたかをあまり意識できていなかったと、この本から気付かされた。その観点を持って改めて聖書に向き合ってみたい。
・信徒を苦しめた「謎」については現在も同じことが言えると思う。戦争や犯罪、また自然的な災害や事故などについて「神がいるならば、なぜこのようなことが起こるのか」と言われたら答えられない自分がいる。次のフレーズに共感したため、諦めずに考えていきたい。
「ひとつの宗教はそれが組織化されるだけでなく、神についての謎をすべて解くような神学が作られた途端、つまり外形にも内面にもこの人生と世界について疑問と謎がなくなった瞬間、衰弱と腐敗の坂道を転がっていくのである。」(p.264) -
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イケメン南条、デブサ野呂、美人な戸田京子の三角関係のお話
遠藤周作が本人の役で出てきて、若者から請われてトンデモな恋愛指南(唐辛子作戦とかヤキモチ作戦とか)をしてたりする
こんな設定は現代のラノベに通じるものもあるし、前半は男女の機微を知らない若者をからかい半分にいじる周作先生のキャラがユーモラスに感じる
でも、中盤から描かれてあるのは運命に翻弄される若者たちの姿
何というか、もっとどうにかならなかったのかなぁと思わざるを得ない
南条はまぁ一般的な感覚を持っているのであろう
時として軽率だけども、若者ゆえのこらえ性のなさと見ればまぁ許せなくもない
ただ、その行為が後にどんな結末をもたらすかを微塵も考えなかったのかという憤りも同時に感じるけどね
戸田京子は当時の倫理観からしたらまぁ真っ当な判断をしたのかもしれないけど
最後の選択に関してはなぁ…
結局は自分本位だし、その前の選択のミスにより自分の後の道を狭めた自業自得とも言える姿が哀れ
本気で一途なら世間体なんか考えずに一人でという選択をすべき、そして一回決めたことならそれをやり遂げるべきだと思うよ
ま、そのときの心理状況からそんな冷静な判断はできないというのもよくわかるけどね
そして問題は野呂くん
現代は野呂くんみたいな子が増えてるのではなかろうか
自分の気持ちよりも好きな相手の事を第一に考える姿勢は好感が持てる
ただ第三者的にはそう見えるだけで、当事者同士からしたら全く共感は得られないだろうけどね
多分、野呂くんが結婚しなければ死ななかったのではないかと思う
この中で一番のエゴイストは野呂くん
表向きは相手のための自己犠牲に見えるかもしれないけど、自分の欲望に一番忠実に行動してるよね
世間的には善良に見えるのかもしれない
ただ、その善良さは醜い人を傷つける事にもなる
この「善良さ」の使い方は江國香織もやってる
「きらきらひかる」の睦月とか「間宮兄弟」の明信とか
だからこそ一番共感するのは野呂くんなんだよなぁ
そんな善良な人になってみたいものだ -
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◯青春小説、と帯にはあり、解説にも軽小説・青春小説とあるが、個人的な感想としては、別段軽小説でも青春小説とも感じなかった。(解説の文芸評論家は片手間で書いたのだろうか、それともこれが世間的な評価なのだろうか。)
◯「善なるもの、美しいもの」(自分が信じるなすべきことなのか、)を追い求めるも、時代や環境の波に飲まれ、脆くも崩れ去る砂の城としての人間の「エゴ」が描かれており、そういった重厚なテーマを、掲載雑誌テーマと、その読者層に伝わるように書いていると思う。
◯もしも軽小説・青春小説と読めるのであれば、表面的な感想であるが、むしろ著者の技術の賜物である。
◯ただし、その根底に流れるテーマは、「軽」でも「青春」でもない。著者の他の小説にも引けを取らない、私の好きな遠藤周作そのものであった。