遠藤周作のレビュー一覧
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ネタバレラストは突然終わる感じ。
戦時中の大きな流れや心が破滅に向かう抗えない状態をタイトルの海に例えた感じなのかな。
アメリカ捕虜を人体実験に参加した勝呂は
現在もその罪の狭間で揺れている状態。
けど、本人も今またやれと言われたらアレをやってしまうだろうと。
人体実験といえばナチスドイツのイメージだったから
日本人のこれは信じられなかった。
まさか生きたまま…あんなことこんなこと…
本当に罪と断絶できるのかなー。
もうその時の環境に置かれないと、誰も何も答えは出せないよ。
その場にいたら、私もねー…
なんで参加したの?断れなかったの?
っていうのは今だから感じれる正常な感情。
続編の『 -
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講談社文庫版のネーミングを踏襲するなら「第三怪奇小説集」となるのか。ストレートな実体験怪談である「恐怖の窓」なども混じってはいるが、ジャンル小説としての、ホラーや怪談に属する作品はほとんどない。文学よりと言えばいいか、あらすじなどを造ってみると分かるが、筋を追っても、お話のコアが少しも見えないようなものばかりである。だからといって、恐くないかと言えば、得体の知れないオチが付く「枯れた枝」などかなり恐い。一方、鬱屈や閉塞感が、まるで中年男性に固有の呪いであるかのような書きぶりには時代を感じる。個人的ベストは吉行淳之介を思わせる「何でもない話」。関係ないが、本作も含めて、最近よく見かける文豪ミステ
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ネタバレ童話で読みやすかった。青いお城はりぼんに掲載されていたもので、そう言われると一生懸命頑張る女の子と見た目はチンパンジーに似ているけど、破天荒だけど優しく心に悲しみを持っている男の子が、一緒に困難に立ち向かっていく姿は少女漫画の王道な気がする。(脳内はガラスの仮面の様な絵柄で再生)
稔と仔犬は最後のシーンでえっここで終わり?というかんじで、最後に稔がどうするかは読者の想像に委ねられる方式だった。キリスト教の精神を描かれてあって、何とは説明はしていないけど、ひとつひとつの景色や稔の心情が細かく描かれていてすごく情景を思い浮かべてやすかった。 -
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シラノ•ド•ベルジュラック、パロディ
イヤな奴、あまりに碧い空、その前日
四十歳の男、影法師、母なるもの
巡礼、犀鳥、夫婦の一日
授賞式の夜、天国のいねむり男
「シラノ•ド•ベルジュラック」
「文学とは結局、修辞学(レトリック)だ」と、言い切ることの、裏に含まれた深い絶望に触れる。
いかに美しく飾ろうと、生きることは恥や醜さと無縁ではいられない。
いや、だからこそ、美しく在ろうとするのか、見出そうとするのか。それもまた、分かる気がする。
「イヤな奴」「母なるもの」「巡礼」
自分の内にある、汚れを憎む気持ち、一方で汚れに惹かれる気持ち。
そもそも、汚れていると見なすことの傲慢。
信仰という世 -
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再読だがすっかり忘れてる。昭和34年に朝日新聞連載とあるからリアルタイムでも読んでいるはず。軽快なノリの小説で当時の風俗を楽しめる。いや私などものすごく郷愁を感じてしまった。
『おバカさん』ことガストン・ボナパルトは『わたしが・棄てた・女』の主人公森田ミツの男性版。すなわち悲しいほどお人よしで純粋、バカみたいな不思議な人。
彼がフランスから日本にふらりと来て、しでかす椿事にまきこまれる隆盛と巴絵の兄妹はごく普通だから、その落差をまず楽しめばいい。
あまりにもドタバタ劇を繰り広げてしまうガストン、なんで日本に来たのだろう?それもこの物語のポイント、作者の意図のひとつ。
ガストンと絡まる殺 -
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「夫婦の一日」
「放っておくと、あんたの御主人に十一月には大きな不幸が来ますよ」
インチキ占い師の出鱈目な預言に妻はだまされた。妻は吉方のお水と砂をとりに鳥取に行きたいと言う。夫婦共にキリスト教信者である。作家である夫は大いに悩み、最後に神父に相談した。
「君がその迷信を信じていない以上、行こうが行くまいが、君には問題ないだろ。むしろ奥さんの気持ちがそれですむなら、行くことで解決したまえよ」
神父様のこのアドバイスで夫は葛藤しながらも心に変化が訪れる。
宗教が絡むので複雑になるのかもしれないが、正しくなければ共感しづらい男性とは違う女性の立場から言わせていただくと、
⁇と思いながら -
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男性の強引さに押し込められ、悔しさと諦めを胸に前を向く女性の生き方は、女性にとって幸せなのだろうか。
「彼女の生き方」として現在もあるであろうこういった生き方は、「そういう男らしさを彼女らは望んでいる」と男性が信じ込む根拠になるのだろうか。
強引さを求めてるというのは現在でも言えるのだろうか。AVのように「男性の夢」に過ぎないということはないだろうか。気になる。
書かれた時代もあるだろうし、戦争を乗り越え安寧を求めた朋子を書いているためというのもあるだろうけど、この「男性の夢」を肯定、再生産するような読み方はこの本の試みたことに反すると思う。
『沈黙』のように、人々の生き方を考えさせるよう -
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あとがきで、「キリスト教とは関係のない形で死についてを語ろうとしました」と書いてあるが、キリスト教とめちゃめちゃ関係ある思考回路で書いてるなという印象
以下読書メモ
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・「遠藤君、君はまだ若いからそんなこと考えたことないだろうけど、若い時は若さで生きて行ける、壮年まではまだ社会が大事にしてくれる、老年になって不要になった時、どう美しく生きるかということを今から考えておかなきゃいかんよ」by東大仏文学者渡辺一夫
・私は、生活必ずしも人生ではない、と考えています。生活は私の考えでは自分の心の奥底にあるもの、自分の人生の核になっているものを無視、軽視していなければなかな -
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『夫婦の一日』★1
占いを信じて必死になる妻がその行動一つで知らない人のように思える話。陳腐な設定に陳腐な行動や心情。何もなく終わった。つまらない。印象に残らない。
短編なので仕方ないと思うけど別人のように見える前の妻の描写があまりないので「私」が感じている感情(憤りとか怖さとか)を読者があまり共有できないのではないかと思う。平たく言うともともとそういう人だったのでは?何をいまさらという感じ。こういうテーマは時代とともに陳腐化してしまうように思う。具体的には2chや小町、増田なんかでよくみかける話。「私」の妻への対応についても妻を理解することを放棄しているようにみえてあまり共感できない。もとも