遠藤周作のレビュー一覧
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ネタバレ・あらすじ
終戦直後の日本、東京。
私は気胸治療を受けるために勝呂という陰気で無愛想な町医者の元を訪れる。
治療は的確だが、どこかその「手」に冷たさと不気味さを感じるその医者は、戦中の大学病院で起こった生体解剖事件に関わっていた。
3章仕立てで2、3章はその生体解剖事件に関わった勝呂、看護婦の上田ノブ、医局生の戸田それぞれの思惑、過去、悔恨などが綴られる。
・感想
実際に起こった事件(相川事件)をもとに書かれた作品。
現代では到底倫理的に受け入れられない言動が多々出てくる…けどこれがこの「時代」だったんだろうな。
生命倫理、医療倫理…人の命が軽すぎた時代、簡単に失われる時代にあって「倫理」 -
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遠藤周作先生の初期のエッセイ。
冒頭はこの本が書かれた当時の
プレイ・ボーイとはどういう者か、
それとドン・ファンそしてカサノバの違いについて。
どれも、女性を誘惑する者であるが、
遠藤先生はどれも情熱はあるかもしれないが
愛を知らなかったと。
私も結婚して10年以上たつので
多くの人と同様に倦怠である。
既に情熱はない。
しかし、遠藤先生の言葉を借りるなら
《二人が忍耐して、倦怠期や病気や失業や子供の入学、子供の卒業、その他もろもろの日常と人生の悲しみと悦びとを一緒にしながら(どこの他人が君とこれほど君の人生を共にしてくれるかね)二人の連帯を努力して続けていこうとするのが「愛」というのだ -
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私と戸田の巡礼の記録と、2000年前のイエスを取り巻く群像の一人ひとりの物語が交互に語られ、一度その人の人生を横切ったからには「永遠の同伴者」として共にいる惨めで貧しいイエス像を描き出す。
神は清らかで威厳があり高く尊いもの、という一般的なイメージに対して、今回も遠藤周作が描くのは、無力で惨めで汚らしく、ぼろ切れのように棄てられるイエス。戸田が語るように、奇跡を期待する民衆に対して何もできず、その無力さに愛想を尽かされて皆に棄てられるのだが、一度関わった人は誰も彼を忘れられない=イエスは誰も見棄てない。
弱くてずるい修道士のねずみはナチスの収容所で最後まで弱いまま、ただ最も歳若だった少年に自分 -
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倫理についての捉え方、命の価値や正義は、その時代に応じて大きく変わる。
10年程前のアメリカでは、半数以上の人が、日本への原爆投下は正しかったと言った。だが、今では7割の人が、原爆投下は不必要であったと答えた。
テロは神風と呼ばれ、特攻はテロと同列に語られることもでてきた。
私たちは戦争のない国に生まれ、道徳というものを学んだから、この九大の事件を酷い話だと感じるが、例えば今、自国で戦争が始まったとして、敵国の捕虜が人体実験に使われようとしていると知ったとき、そのことに対し声を上げることは出来るのだろうか。同胞の仇を前にして、倫理を貫けるか。自分が勝呂の立場に立ったとき、恐れることは、人命を軽 -
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ネタバレあなたにとっての「良心」とはなにか。
生体解剖がどれほどいけないことだったのか、私には分からない。
ましてや戦時中で捕虜を生きたまま解剖するとは!という声が出版当時は聞こえてきそうだが、現代のわたしがこの本を読んだとしても、そのような感想は出てこなかった。
現在でも病理解剖と言うのも行われているし。
生きたまま行うのはうわ、っと思ったが麻酔はかけられていたし、描写であったようにどうせ捕虜として戦争で死ぬならば今後の生きる人のためになるならいいんではないか?っという様なことに納得してしまう自分が嫌になった。
なにか、自分が正しいと心を律するために誤魔化すような能力だけ秀でてしまい本当に考えな