遠藤周作のレビュー一覧
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ネタバレ本編の主人公・サチ子は第一部の主人公キクの遠い親戚(祖母のいとこがキク)。
舞台は第二次世界大戦ごろの長崎。やはり切支丹が題材。
正直作者が取り込みたいエッセンスを全部一つの小説に入れ込むタイプの小説は好きではない。今回で言うと原爆、学徒出陣、特攻、アウシュビッツという要素がそれに当たり、山崎豊子の二つの祖国を読んだときにも同じような感想を持ったことがある。
一方で作者は人間の弱さ、強さ、汚さ、美しさ等あらゆる側面を捉えているため、惹き込まれる。
色々詰め込み過ぎかなと思う一方、色んな人が色んな立場で現実に向き合ったんだなと思わせる1冊でした。 -
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ネタバレ人は、信仰を持たないと罪の意識も持てないのだろうか。
信仰の有無とは違う、という感覚は覚えるけれど、それならばどうやって裁きを受け入れるのだろう。反省して罪を償おうと思えるのだろう。
“信仰”で捉えるのも二元論的なのかなぁ。
無理…と押し潰されてしまう勝呂も、良心の呵責を期待して果たせなかった戸田も、両方とも読んでいる自分から距離はありませんでした。
上田看護婦すら、わからなくもない…という存在。
特にこの3人の心情がひしひしと生々しく伝わってきます。
そして、終わらない空襲と敗戦の予感の、疲労と諦念があれば、わたしも容易に傾いていきそうという怖さがあります。
加えて、F県在住なので、移転前の九大箱崎キャンパスにあったコールタールで塗られた校舎を見かけ、空襲避け本当にやってたんだ…と思ったり(今は撤去済)、
母方の大叔父がこの時の九大に通っていましたので(文系学部だったので学徒勤労動員で長崎にいたそうです。8/9にも)、
勝呂や戸田が眺めていたあの海も街も身近に感じられます。
生体解剖を「これは正義だ。神もお赦しになる」と言われたら、信仰を持つ人はどうするのだろう、と思いました。
善悪の判断の軸を信仰に置くのもなんだか……日本人は無宗教と思ってしまうほど信仰(神道、仏教、アニミズム)が体に染み込んでるだけだと思いますし。
違う形の苦悩を抱える人間ドラマが面白いけれど、信仰がないから罪の意識が〜について色々考えさせられてしまう作品でした。
再読だったけれど、何度でも読めます。
映画も観よう。若い頃はナヨナヨしてた記憶がある(『もう頬杖はつかない』参照)奥田瑛二さんが勝呂、若い頃はたぶん観たことない渡辺謙さんが戸田かぁ。 -
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「革命」という言葉の持つ高揚感や疼きを、じゃあ実際どうなのって史実ベースで語ると常軌を逸している。身体の奥底から湧き上がる、滾ってくる激情が、正義だの平等だの権利だのお題目を無視て破壊衝動のみを連れてくる。理性的な生き物がただの獣に戻る。「民衆」という、数のみが頼みの存在は、しかし一度でもその武器を振るうと、制御が効かなくなり暴徒と化す。
エネルギー。それはしかしもしかすると、今の時代に求められている力なのかもしれない。
マリー・アントワネットが悲しいだとかというよりも、フランス革命がいかにありえないことだったのかが伝わってきた。
「ありえない」なんて事はありえない -
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遠藤周作が語る、宗教とは、神とは、信仰とは、の話し。
いちおう対談形式になってはいるが、質問者の質問はほとんど意味をなしておらず、雑で安易な質問ばかりしている印象でした。(架空の対談かもしれないが)
おそらく初心者や無神論者に対する配慮として、簡単で専門的ではない質問にしているのだと思いますが、もう少し質の高い質問や議論があっても良かったかなと思いました。
ただ、序盤は世俗的で浅めの思想で始まりますが、中盤から終盤にかけて少しずつ深くなっていく思考の流れが良かったです。
本人も言っているとおり、2世信者として、意味もあまりわからずに幼少期に受洗しているので、西洋人に近い、生活に根付いた信仰が逆に新鮮でした。
キリスト教関係者が遠藤周作の著書を非難したり、「遠藤は本物のキリスト者ではない」というのも聞いた事があり、それも分かる気がしますが、現代人には共感しやすいのではないかと思いました。
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この本を読んで安心した。
「超然」。キリスト教に限らず、宗教やスピリチュアル的なものに感じること。理解を阻むもの、受け入れがたい何かがある。理解を超えてしまっている。理解しようと努めるというよりも、そういうものであるというふうに落とし込む方がいいのかもしれない。この本を読む前まではそう思っていた。
遠藤周作の描くイエスを読む。そうしたイメージからは程遠い悩む一人の人間がそこにはいた。人々から期待され、担がれても、自分という存在以上になれないと悩む一人の人間であった。
弟子たちだってそうだ。一枚岩では決してない。今自分が信じているこのイエスを信じなくなることで、自分を自分たらしめている拠り所がなくなるから、くらいの感覚でしかない。イエスに心酔していた敬虔な信者たちでは決してない人々だということ。
イエスも所詮は人の子である。信心深くなき不心得者の言葉としてご容赦を。そうした前提に立つことで、逆にイエスについて、キリスト教について、理解に努めようと思い始めた。 -
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遠藤周作の最晩年の作品らしい。ブックオクで目に留まり購入。情報無しになにげに読み始めたら止まらなかった。こちらは一気読み。
インド観光ツアーに参加する人々の過去や事情から、生きる意味、神を信じるとは?転生などの深いテーマが描かれる。
後半には混沌としたインドの空気が文字から溢れ、目の前に紅茶色の荘厳なガンジス河の風景が広がってくるから圧巻である。
聖なる大河に安らぎを求めて集まるヒンズー教徒達。心と身体を洗い清める者、死して流されるために河を目指して歩み続ける老人。遺体や遺灰を流す横で同時に沐浴が行われる。生と死に境目は無く、祈りが存在するのみ。
キリスト教もヒンズー教も仏教も境目は無い。全ての教徒のために存在している深い河がガンジス河だと著される。クリスチャンの遠藤周作が最終的に至った境地がここにあるのかもしれない。
芥川龍之介の「奉教人の死」に引き続き、手に取った本作は偶然にもまたまたキリスト教小説。意図した訳では無いが、日本人の中のキリスト教観を知る上で良い機会となった。
私自身はお正月には初詣、お彼岸には御先祖様のお墓参りをし、クリスマスにはケーキを食べるという典型的な日本人。何かを心から信じるという信仰心が羨ましく思えて、インドに行きたくなった。 -
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ネタバレ「イエスの生涯」の続編のような本で、イエスの死から原始キリスト教団の成り立ちを使徒言行録を元にしつつ想像し書いている。原始キリスト教団についてはあまり本も読んでいないのではっきりとは言えないが、「イエスの生涯」よりはかなり現実的・学術的なラインに近づいている気がする。しかしここでもパウロやペトロ、ヤコブが神の沈黙のもとにみじめに死んだ、という想像に基づいた仮定が原始キリスト教団の試練として肝の部分になっており、またもやこのみじめさ、無力さという遠藤周作特有のテーマが大きく張り出してきている。
サウロは啓示を受ける前から律法に対し疑念があったはずで、だからこそステファノを激しく憎んだのではないか、という部分はなるほどと思った。パウロとエルサレムのユダヤ人信徒たち(ヘブライオイ?)の長く続く対立の様子の描写もおおよそ納得のいくものだった。もうちょっと勉強してからまた読みたいかも。 -
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遠藤周作の「こわい話」を集めた短編集。怖いと言ってもどストレートに幽霊が出てくるものはほとんどなく、好井まさおさん言うところの「ナニソレ」話が多いのだけど、サブタイトルにもなっている「恐怖の窓」をはじめ、めちゃくちゃ怖いと言うわけでもないけど記憶の隅に残ってしまうようなじっとりした話が多くて良かった。
あと、「戦中派」という人たちがいたことが衝撃だった。簡単に言えば「戦時中の方がよかった」という人たちだと思うんだけど、まあ確かにそういう人もいたかもな…と思わされた。「平和(仮)」の世の中では自分を保てなくなってた人、結構いるのでは。
私が子供の頃は、祖父をはじめ戦争に行った人たちが5-60代だったので、そのへんに昔人を殺した人や戦争で人が死ぬのを見ていた人がたくさんいたのだと思うと、すごい時代だったなと思う。 -
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ホラー小説と思って読むと少し物足りないかも。
遠藤周作の作品と思って読むべし。
じんわりと漂う陰鬱な雰囲気、よくないことが起こりそうな気配を描かせたら右に出るものなし。
細々とした情景描写ではなく、場面を伝える必要最低限の描写を淡々と入れてくる。
心理もつらつら描いてるわけでもないのに、なんとも言えない「やな気持ち」が心に滲んでくるのはなぜだろう。こう言うところが遠藤周作は本当に上手いと思う。
あと病院の使い方、描き方が本当に上手い。遠藤周作の病院は怖い。
「初年兵」、「鉛色の朝」はそう言った遠藤周作の良さがよく出ている。
「初年兵」の語り手の「ちょっと狡くて、でも悪いとまではいかない」人間を描くうまさ。
好きだった話は上の2つに加えて、「月光の男」。実際の事件をモチーフにしているだけあって、ぞくっとしたものがあった。