遠藤周作のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ悲しみの歌
著者:遠藤周作
発行:1981年6月25日
新潮文庫
初出:週刊新潮1976年1月1日号~9月2日号『死なない方法』
書籍化:1977年1月、新潮社
遠藤周作の初期の代表作といえば、戦争中、九州大学でアメリカ兵捕虜を殺した生体実験という犯罪を描いた小説『海と毒薬』。その続編と考えられる作品。『海と毒薬』では、若い助手時代に生体実験を手伝った医師・勝呂が、企業村のような殺伐とした郊外都市で開業している変わり者の開業医という設定だったが、この小説では舞台を新宿にしている。勝呂は、戦犯のその後を追う新聞記者の折戸から取材を受ける。自分はもう裁判も受けたし、あの時は断れなかったんだ、書きたければ書けと開き直る。
甘やかされて育った学生山崎らは、遊んでばかりで単位が取れない。教授の矢野のところに頼みに行くが、けんもほろろに拒否される。山崎は矢野に娘がいることを知り、口説き始める。そして、矢野が夜に変装して若い格好をし、若い女の子と遊んでいる秘密を知り、それを娘にもバラす。娘は山崎と付き合い、妊娠してしまう。
日本に住み着いてそんなに長くないフランス人のガストンは、新宿の飲食店で残り物を集める。心優し彼は、病気で寝ている芋売りのナベさんを心配し、それを食べさせている。そして、ナベさんを勝呂医院に連れて行く。どうやら末期癌のようだった。ガストンは不慣れなアルバイトを掛け持ちし、医療費やナベさんの孫へのプレゼントを買おうとする。
折戸は九州へ行ったついでにH大学病院へ行き、勝呂の過去について調べる。その時に乗った飛行機のCAと東京で再会し、結婚を前提に付き合いはじめる。戦犯のいまを扱った記事は頗る評判がよく、局長賞を受賞して記者としての自分の将来に期待をしはじめる。
矢野は娘の妊娠を知り、勝呂医院に行かせて堕胎させようとする。偽名を使い、くれぐれも大学教授矢野の娘がふしだらなことをしたということがバレないように、と注意しつつ。堕胎すれば誰にも分からない、なにもなかったように嫁に行ける、と。勝呂は、助手時代に生体実験を手伝ったのは自分の選択だったが、とても断れる状況になかったから、したのだと言う。堕胎しにくる女性に対しても、一度は断るが事情を説明され、強引にいわれるとしてしまう。多くの命を奪ったことが心に積み重なってはいくが・・・
折戸の記事により、勝呂医院は患者が遠のく。看護婦も辞めていく。もう成り立たない。それでも構わない、と勝呂はいう。
折戸は局長賞を受賞し、自信満々になったが、プロポーズを断られる。怒りを表す。こんなに将来有望な新聞記者のなにが不満なんだ、仕返しに今度会っても無視してやる!
祭りの日、勝呂は入院していた芋売り老人に、苦痛から解放してくれと頼まれ、安楽死をさせる。その秘密を知った不良大学生、そして、折戸。
勝呂は祭りの終わったH神社(花園?)で縊死する。
70年代の新宿は、あらゆる〝人種〟が集まるまちであり、何が正解か分からない、結論なき混沌と自由がある。
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山崎:文学部学生、遊び人の不良学生、身勝手
林:同上
和田:同上
古沢:同上
矢野:文学部教授、62歳
矢野ハナ子:その娘、森進一ファン、山崎の子を妊娠し堕胎、野口の甥と見合い
君島:主任教授
浅田ミミ:ゴーゴー酒場に中年男と来る若い女子、中年男にメシをたかる、自分の稼ぎは全て貯金、店を持ちたいモデル
ガストン・ボナパルト:心優しい外国人、フランス人、食べ物を集めている、ナベさんの友達、おかま帽(御釜帽子)
ナベさん:芋売り老人、末期がん
キミ子:ナベさんの孫
内田:ガス工事の監督
折戸徹夫:新聞記者(日日タイムズ)、
野口:九州H市の支局、東京で折戸と同期だった
浦川:現在、折戸の東京での同僚記者
勝呂:大学病院で生体解剖、新宿で開業医
戸田:かつて勝呂と同じ研究所にいた医師
伊藤テル:生体実験時の看護婦、H大学病院に残り外来事務
森田敏江:生体実験時の看護婦、既に辞めている
浅井助手:生体実験時の助手
大場看護婦長:生体実験時の看護婦長
上田看護婦:生体実験時の看護婦
本藤貴和子:スチュワーデス、矢野ハナ子とは高校の同級生だと後で分かる、
江田:ハナ子の洋裁学校の友達
今井:刑事
菊池貞夫:野口の甥、貿易会社勤務、ハナ子と見合い
近藤:牧師、貞夫の父親の友人、貞夫の大学時代の保証人 -
Posted by ブクログ
中年に入り、自分よりも親が先に逝くのだろうと思うけど、考えるのを避けられなくなってきた『死』について。
『老いる』すら(しばらくはいいか…忙しいし)と深く考えずに、『命の結末と向き合う』ことを先延ばしにしているのは、わたしもそう生きているなと思いました。
準備して置かなければ、いざその時にやってしまうかもしれない…それは、特に先輩の文豪たちをみてきた小説家の心に深く残ったことでしょう。
狐狸庵先生はクリスチャンですが、仏教にも造詣が深くて、キリスト教至高!みたいなところが好き。
しかし、キリスト教の「運命は神に委ね、罪は神に判断してもらい、人はそれを粛々と受け入れる」というのは相容れないです。
八百万の神みたいに、人間のことなんて考えていない高次元の存在…のほうがしっくりくる。
神が人間を理解して、合わせたり助けたりしてくれるなんて…神は誰も理解しない・理解されない存在なのです(過激派)
長崎の、遠藤周作文学館で買いました。
100周年記念カバーをもらったので付けています。 -
Posted by ブクログ
あらすじを見て、読んでみたいと思った作品。
テーマは興味深いのだが、「導入」「起承転結」「終わり方」「題名」がそれぞれ別の方向を向いているような、長編なのにチグハグさを感じた一冊で、
一つ一つのものはとても興味を持てるのに、全てを線で繋げられていないような不安定さを感じた。
しかし遠藤周作自身が伝えようと思ったテーマはしっかりと書かれており、読み進めることで考えさせる本だったと思う。
チグハグさを感じたが、それは逆にいえば全てを集中して記憶するように読まなくても楽しめるということなので、病院内のことが多く明るくはない内容だが興味がある人は手に取ってもらいたい一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ深い河
著者:遠藤周作
発行:2021年5月20日
講談社文庫(新装版)
1996年6月刊行の講談社文庫を改訂
初出:1993年6月、講談社より刊行
あるエッセイが読みたくて、ついでに数冊まとめて買った遠藤周作の古本も、これが最後の1冊。若い頃になんとも思わなかった作家が、妙に心に優しい。書いてあることは結構きびしく、人間の弱さや自己矛盾などをついているが、どうしてかそれが優しく響いてくる。文法的にはあまり正しい日本語とは言いづらいけど、とても読みやすく気持ちがよくなる文章にも惹きつけられる。人柄だろうか、文体だろうか。
解説によると、深い河は、著者が病気を抱えながら必死で書いた小説だとのこと。93年に発表され、96年に没している。
これも宗教的な小説である。代表作の一つ。表の主人公は磯辺樹という男性で、妻を癌で喪うところから始まる。最期を看取るしかないなか、病院ボランティアとして世話になった成瀬美津子と出会う。そして、彼女とはインドへのツアーで偶然再会する。磯辺は、いまわの際の妻に、生まれ変わるから探し出してねと言われた。ある研究所に問い合わせ、日本人の生まれ変わりかもしれない少女を探してもらう。この子かもしれない、という情報を得て、インドのある村へ行くのが目的だった。
一方、成瀬美津子については、第三章でその大学時代が紹介される。彼女は男子学友にけしかけられ、ジュリアン・グリーンの小説「モイラ」よろしく、一人の純真で真面目な学生をもてあそぶ。大津というその男子学生は、神父志望だが、心優しく、宗教的にも原理主義的ではなく柔軟な考えを持つ。それが優柔不断のようにも映る。大津は真面目に結婚まで考えるが、見事にふられる。卒業後、美津子は一度結婚をするが、なぜか新婚旅行先のフランスで夫と別行動をして大津に会いに行く。さらには、離婚後、また大津が気になり、今、(キリスト教の)神父をしているというヒンズー教徒の国であるインドへと向かう。
出だしは磯辺が主人公かと思うが、実は裏主人公が成瀬美津子と大津となり、そこに、磯辺が妻の生まれ変わりかもしれない少女を探しに行ったり、ツアー参加者である童話作家の沼田や、ビルマで兵士として死にかけたところを助けてくれた戦友のことを思う木口など、それぞれに事情を抱える人物たちが、それぞれ思う行動をしたり、といった物語を展開させる。
それぞれの人生には深い河がある、その流れの向こうに何があるかは分からないが、過去の多くの過ちを知ることにより、自分が何を欲しているかがわかったような気になった美津子。彼女はインドで大津に再会するが、優しく真面目な大津は、キリスト教の神父でありながら冷遇され、その中でヒンズー教徒たちの死体を運ぶボランティアなどをして、救いを実践している。そして、ツアー参加者である一人の青年(カメラマン志望)が襲われそうになった際、それを助けようとして自分が大けがをしてしまい、最後には危篤へと陥るのだった。
遠藤周作の小説を、さらに追加で探して買おうと決心した。
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<一章 磯辺の場合>
磯辺樹(おさむ):
啓子:妻、癌で余命3ヶ月
田中:主任看護婦
成瀬美津子:病院ボランティア、関西出身、金持ちの娘、学生時代はモイラと呼ばれた
姪:ワシントン在住
夫:ジョージ・タウン大学の医師
マ・ティン・アウン・ミヨ:ビルマに住む日本人が前世?の女子
ジョーン・オシス:ヴァージニア大学医学部
<二章 説明会>
江波:添乗員
沼田:ツアー参加者、野鳥好き
木口:ツアー参加者、寺で法要したい
小久保:ツアー参加者、ヒンズー教の神について質問
*インド旅行の説明会会場で、成瀬美津子と磯辺樹は再会した
<三章 美津子の場合>
大津:大学時代に弄んだ相手、祖父が政界の有力者だった
近藤:大学時代の学友、男子、大津をからかえと提案
田辺:大学時代の学友、男子、
ベル:哲学科の先生、神父だが坐禅を組んでいる
*ジュリアン・グリーンの小説「モイラ」の女主人公がモイラ。自分の家に下宿した清教徒の学生ジョセフを面白半分に誘惑した
矢野:卒業後に結婚した相手
*ノーベル賞作家フランソワ・モウリヤック著「テレーズ・デスケルウ」のテレーズと自分を重ねる美津子。夫ベルナールは悪い夫ではないが、テレーズはそばにいると疲れた
大学時代、近藤や田辺にけしかけられ、真面目な学生大津をからかってやろうと美津子は大津に接近した。そして、自分の部屋に連れ込む。セックスはさせなかったが、体をもてあそばせた。大津はその気になり、結婚を考えるが振られる。
卒業後は、まじめなエリートの矢野と結婚した美津子だが、新婚旅行のパリで2人はそれぞれ好きな行動をすることにした。美津子はリヨンに行き、神父になるべく神学校に通う大津と再会する。神から引き離そうとしたが、失敗に終わり、大津は再び神のもとにいたのであった。
それから4年後、美津子は離婚した(6章で明かされる)。
<四章 沼田の場合>
沼田:童話作家、幼少期は大連
三條夫妻:デリー行きの飛行機の後ろ席、新婚旅行、夫はカメラマン志望、妻は金持ちの娘でヨーロッパ行きを主張していたのでインドは不満
李:沼田家の大連でのボーイ、クビに(石炭盗む?)
小四の5月、母親に連れられ帰国。犬のクロを置いてくる。両親離婚。クロは人との会話を教えてくれた犬だった(人と人、人と犬)。
結婚し、童話作家として活躍。小禽屋が犀鳥というアフリカの珍しい鳥をプレゼントしてくれた。暫くは家族も珍しがったが、途中で飽きられ、面倒は自分で見ろと言われる。
昔、治療した結核が悪化して長期入院。犀鳥は返すことに。寂しい思い、クロを思い出す。妻がその変わり駕籠に入った九官鳥を持ってきてくれた。人のように「は、は、は」と声を出す。肋膜の手術中に屋上に置きっぱなしにして死なせてしまう妻。
<五章 木口の場合>
木口:ビルマで飢えとマラリアの地獄体験
塚田:戦友、餓死寸前の木口を救ってくれた
大橋:軍医
南川:上等兵、手榴弾で自決
牟田口:無謀な作戦を命じたビルマ日本軍の司令官
ガストン:戦後に塚田が入院した病院でボランティア(食事を運ぶなど)、外国語学校で仕事をしている
デリー行きの機上、添乗員江波の隣席には参加者の木口。ビルマのジャングルで壮絶な戦争を経験している。
飢えとマラリアで次々と死ぬ日本兵。木口も「死の街道」で行き倒れとなり、覚悟を決めたが、戦友の塚田が残ってくれて、行き倒れた兵士の飯盒にわずかばかり残された米を与えてくれた。それと、牛が死んでいたが焼いたから大丈夫だと肉を食わせてくれた。肉はあまりに臭くて吐き出したが、食べないと死ぬぞと塚田は怒った。食べられなかった。なんとか隊に連れ戻してくれた。
戦後、木口は子供が食べ物のことで不満を漏らすと異常なまでの怒りで折檻。自営業でなんとか生活する中、地下鉄駅で塚田と偶然再会する。戦後は九州にある妻の実家に行き、国鉄で仕事をし、今日は東京に出張だという。2人でしこたま飲んだ。塚田の飲み方は相当だった。
何年かして、塚田から東京で仕事がないかと言ってきた。マンション管理人の仕事を世話した。塚田夫婦は恐縮した。何年かして、塚田が吐血して入院した。肝臓がやられていた。病院で酒を止めるように説得する木口。やめないと死ぬぞ!と。しかし、どうしても酒を止められない理由があると見た。やがて、誰にも言わないその理由を塚田は明かした。
ビルマにおいて、木口になけなしの食料を与えた塚田は、自分自身もひもじくなり、出会った日本兵に食べ物はないかと聞くと、10円でトカゲ肉があるといわれてお金を渡した。見ると、それはトカゲ肉ではなく、南川上等兵の死体の一部だとわかった。家族宛の便箋に包まれていたから。彼は手榴弾で自決したのだった。しかし、あまりに飢えていたのでそれを食べ、木口にも与えたが食べなかった。
復員し、便箋を渡して家族に謝った。子供が南川そっくりの目で塚田を見ていた。それを忘れるために酒を呷り続けていたのだった。
そのことを聞いたボランティアのガストンは、数年前にアンデス山脈で起きたアルゼンチンの飛行機事故の話をした。一人はいつも酒を飲み、その日も酔っ払っていた。墜落し、生きのびた彼は、残り少ない他の人にこういった。俺が死んだら俺の肉を食べて生きのびてくれ。それで生きのびた2人。しかし、救出後にはその酔っ払いの家族から感謝されたという。迷惑ばかりかけたあの人が、人の役に立てたときっと喜んでいるはず、と。
<六章 河のほとりの町>
ラジニ・プラニル:カムロージ村にいる前世が日本人という少女
三條夫婦は、バスで移動中にも、ヨーロッパに行けば良かったというような発言を繰り返した。夫(青年)はカメラマン志望。
バスはヴィーラーナスィへと到着。ガンジス川で沐浴をする場所は何カ所もあるが、代表的なのはこのまちだった。
磯辺は転生など本気で信じてはいない。しかし、彼の耳の奥の奥には妻の最後の譫言が聞こえていた。「わたくし‥‥必ず‥‥生まれかわるから、この世界の何処かに。探して‥‥わたくしを見つけて‥‥約束よ、約束よ」
江波は三條夫婦に説明する。沐浴は禊ぎ(身の汚れと罪の汚れの浄化)と同時に、輪廻転生からの解脱を願う行為でもある、と。
ヴァージニア大学医学部のジョーン・オアシスからの2通目の手紙を持参。以前に知らせたマ・ティン・アウン・ミヨという少女以外にも、2ヶ月前に北インドのカムロージ村(ヴァーラーナスィ近く)で日本人として前世を生きたという少女の話が報告された、という内容。ただし、彼女がこの告白を兄姉にしたのは4歳の時であり、我々が前世記憶者の条件に入れている3歳までの年齢は過ぎている。名前はラジニ・プニラル。
*リヨンに大津を訪ねてから4年後、美津子は離婚
「わたしは人を真に愛することはできぬ。一度も、誰をも愛したことがない。そういう人間がどうしてこの世に事故の存在を主張しうるのだろうか」美津子がボランティアをはじめたのは、そんな彼女の倒錯した気分からだった。愛が燃え尽きたのではなく、愛の火種のない女。男と女の愛欲の真似事だけは何度もやったが、火種に本当の炎がついたためしはなかった。(201P)
美津子は病院のボランティアに参加した。愛の乾いた自分だからこそ、愛のまねごとをやってみる自虐的な気分になったのである。(209P)
美津子はリヨンの大津に出した手紙の返事により、彼がリヨンで一度は神父の道を閉ざされたものの、南仏で職を得て首の皮一枚でつながっていることを知り、その後の手紙ではイスラエルで神父をしていることを知る。さらに、年に一度の大学の同窓会で、彼がインドで神父をしていることを知る。沐浴をやっているまちだという。その代表的な場所がヴィーラーナスィだということも知り、やってきた。
<七章 女神>
磯辺は銀座のイタリア料理店オーナーと火遊びの経験。幼女が中学生で反発していたころ。
江波はいう「ヒンズー教徒は死体を焼いたところに木を植える」。
沼田はいう「吉野の桜はすべてが墓標だった」。
江波「1857年にインド人が英国に反乱を起こした際、アラーハーバードの森の樹々は絞首台の代わりに使われてインド人を吊るした」。
江波は4年間、インドに留学していた。夫に捨てられ苦労して自分を育てた母と、インドの女神チャームンダーとを重ね合わせる。
<八章 失いしものを求めて>
クミコ・ハウス
えくぼのある丸顔の女性:街で出会った結婚式に招待されていた日本人女性
木口が熱を出して寝こむ。看病のため、美津子は一人残る。ガンジス河へ行った人たちによると、死体を火葬場へ運ぶ日本人神父がいたという。神父だけど、ヒンズー教徒の服装をしていたという。きっと大津だと美津子は思った。
翌日、沼田と出かける。ヴィーラーナスィの教会へ行ったが、大津などという人物はいないという。ただし、日本人が経営するクミコ・ハウスの存在を知る。沼田が電話をすると、大津はいかがわしいところに行くと会えるという。
<九章 河>
磯辺は生まれ変わりがいるという村を訪ねたが、本人(少女)には会えなかった。一家はヴィーラーナスィに引っ越したという。しかし、住所が分からない。
翌日の(1984年)10月31日
インディラ・ガンジー首相、暗殺。
磯辺は前日に行った占師のところに行き、生まれ変わり少女の住所を聞いた。そこを訪ねたが、うまく会えない。しかし、老人にラジニという少女はいないかと行くと、ラ・ジ・ニとものあり気に答えた。
沼田と美津子は、売春をしているところに。大津は来るが、いつ来るかは不明という。帰りがけ、声をかけられた。大津だった。ついに再会できた。彼はもう教会にはいない、ヒンズー教徒のアーシュラム(道場のようなところ)に拾われたという。しかし、改宗したわけではく、キリスト教の神父をしていると堪えた。
沼田は九官鳥を買いたいという。
<十章 大津の場合>
大津と美津子はホテルの庭園で話をした。ヒンズー教徒は年をとると家を子にゆずり、放浪主業の旅に出る。サードゥーと呼ぶ。大津はそのサードゥーに拾ってもらえたという。ガンジス河で死のうとした貧しい人たちが行き倒れていると、その死体を運んだりする。
磯辺はラジニに会えなかった。そんな名前の人はたくさんいる。やっぱり占い師にだまされた。分かってはいたが。酒を買い、飲んだくれながら歩く。
<十一章 まことに彼は我々の病を負い>
「私はヒンズー教徒として本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。なぜならそれらは不完全な人間によって我々に伝えられてきたからだ」
(マハートマ・ガンジー)
<十二章 転生>
沼田と美津子はバスで出かける。アメリカ人30人と乗り合わして会話する。
沼田は小鳥屋で九官鳥を買い、それをサンクチュアリで解き放つ。
2月の雪の日、沼田の三度目の手術が行われた。癒着した肋膜の出血で心電図の線が波うたなくなりかけた時、まるで身代わりのように九官鳥は死んでくれた。
<十三章 彼は醜く威厳もなく>
三條は、相変わらずガンジス河での撮影を狙っている。死体は絶対に撮ってはいけないと江波に言われている。しかし、まだ諦めない。この日も、死体運びをしていた大津に注意されるが、言い方が優しいのでなめてかかる。
大津は、どんな宗教を信仰している人にも、玉ねぎは存在すると主張し、ヨーロッパのキリスト教会からは批判される。暗殺されたマハートマ・ガンジーも似たように宗教的寛容さがあり、それが反発された面があった。
美津子は、結局は自分が大津のことが気になるのは何故だろうと考えた。大学時代に、単にからかうだけの相手だったのに、どうして最後まで存在が気になるのか。
ガンジス河では、三條が襲われそうになっている。ガンジー暗殺で苛立っているヒンズー教徒たちが、彼の撮影行為に怒ったのであろう。そこに、汚い格好をした男がとめに入る。今度は彼が襲われる。大けがをする。救う美津子。救急車へ。
帰国前、美津子は大津が危篤になっていることを知る。病院に入って、1時間後に急変したという。 -
Posted by ブクログ
『海と毒薬』の続編です。
NSFMさんのレビューがきっかけでこの本を知り、ヒボさんに応援されながらこの本を読みました。お二人ともありがとうございました。
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戦後の日本の暗い部分にすっぽりと収まってひっそりと暮らす勝呂。戦犯として罪を償った後も医師を続けている彼は、フランス人のガストンから、ある老人の診察を頼まれます。癌の苦しみから老人を救うために勝呂が選択したことを、新聞記者の折戸は彼の過去と同様に追い詰めます。折戸の正義感は一種の暴力のようなものに感じることがありました。
「断ろうと思えば、断れたんだが······」という勝呂の言葉から、昔のこととして開き直って、今も医師を続けていると受け止めた折戸。「人生を単純に割りきっている青年」に「人が誰かを救う」ことが本当にできるかどうかを伝えることは無理だと思う勝呂。
正義を振りかざすことが、本当の正義なのか。罪を償って、更に罪を背負って生きていくことは赦されないことなのか。考えるうちに、時代と環境が起こしたあの事件が重くのしかかってきました。罪と罰について、熟考させられる読書になりました。
この二人の他にも、ろくでもない学生達の考え方や、裏表の激しい大学教授の外面の良さ、その大学教授の娘のなげやりな行動などが多くのページで書かれていました。罰せられない正義ではない行動と、罰せられた正義ではない行動についての違いは、人の死を操ったことだと思いますが、何か釈然としないものを感じました。それと共に、正義を振りかざすだけの人は、他人からいつのまにか壁が作られていることにも気づかないということに、哀れみを感じました。
この本のなかで唯一の救いのような人物は、フランス人のガストンでした。不自由な日本語で懸命に純粋な気持ちで人を助けようとします。誰かの笑顔が見られればそれでいいという生き方。最後まで勝呂にも寄り添った彼の「ふぁーい」という返事が、頭のなかに響きました。
勝呂があの事件の後にやってきた医師としての行動は、正しいことではないこともありますが、患者にとっては救いになった部分もあったはずだと思いました。そんな彼の最後の行動は、彼自身の救いになったのかもしれませんが、悲しんでくれる人がいたことに気づいて踏みとどまってほしかったと思いました。(この考え方は読者の私の独りよがりな考え方ですが···。)
読後、人を救うことと人を裁くことについては、どんな時代になっても考えていくべき問題だと思いました。遠藤周作が伝えたかったことは、考えて欲しいということだったのかもしれません。
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Posted by ブクログ
ネタバレ吃りのあるニホンザル研究者の話。
主人公一平は吃りのため弱気な性格。昔から動物に心惹かれ、恩師の言葉もあり、動物の研究者となる。
小学校からの幼馴染朋子に恋をするも、大学進学してから縁遠くなっていた。
ニホンザル研究者として猿の餌付けに従事するも、ホテル建設問題や新しく来た研究所長との関係悪化により退所。
その後別の山で研究を進めるも、以前の研究所でホテルを建設した加納専務の邪魔が入る。加納の秘書は朋子であった。
朋子は専務の部下である夫がいたが、途中で夫が飛行機事故により死亡。朋子と一平、加納との三角関係や、汚れた人間の世界と自然に生きる猿たちの世界が描かれる。
今回はキリストには触れられないが、途中長崎が出てくるあたり遠藤周作らしさを感じる。
いわゆる小説らしい展開(幼馴染との再会や朋子の夫の事故死)はあまり好きではないが、まったく興味のないテーマではありながら楽しめた。