あらすじ
腕は確かだが、無愛想で一風変わった中年の町医者、勝呂。彼には、大学病院時代の忌わしい過去があった。第二次大戦時、戦慄的な非人道的行為を犯した日本人。その罪責を根源的に問う、不朽の名作。
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名作だった。
戦時中、捕虜となった白人を生体解剖するという、倫理的問題を真正面から描いた作品。
実際の事件を基にしている。
どうせ死ぬ命なら、実験で多くの人の役に立てるほうが良いとして行われた行為に対し、勝呂医師は深い葛藤を抱く。
一方、戸田医師は自分には心がないのかと良心の呵責を求めて実験に参加するが、恐怖も罪悪感も湧かない自分に気づき、諦めにも似た無感情な境地に至る。
時代背景や環境の影響が、人の倫理観をどれほど左右するのかを考えさせられる。
著者の遠藤周作はクリスチャンであり、キリスト教には明確な倫理規範があるが、日本人にはそうした指針が乏しいため、流されやすいのではないかと彼は考えていたらしい。
重く暗い題材ながら、深く考えさせられる価値のある作品だった。
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第二次世界大戦中の1945年に、福岡県福岡市の九州帝国大学(現九州大学)医学部の解剖実習室で、アメリカ軍捕虜8人に生体解剖(被験者が生存状態での解剖)が施術された事件を元に書かれた小説。解剖実験に疑問を抱く勝呂、逆に全く疑問も良心の呵責もない戸田という2人の研究生を軸に話が進む。
戦時中の人体実験が、731部隊以外にも国内で行われていた事実にまず驚いた。
異常な状況下において正常であろうとする者、自分が異常であると認識しつつも正常にはなれないジレンマに苦しむ者、異常であることに気付いてすらいない者、様々な人間の心模様が交錯する。戦後80年の節目に読めて良かった。
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現在から過去の回想に入り、それぞれの人物の手記、最後は戸田から教えてもらったあの詩で締めくくられる。この構造が非常におもしろかった。
全体的に陰鬱な、そして人の生命の重みについて考えさせられる。そして、何かと冒頭の語り手「私」と回想での勝呂が「平凡が一番、幸福」と似たようなことを言っているところが印象に残っている。
(また、勝呂に対して「しばたたきながら」という表現が多用されている点が少し気になった。)
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戦争文学の面白さが詰まった作品
共テ演習とか二次国語で扱われる小説の中でも戦争文学は群を抜いて自分を引き込むものがある。日本史選択で戦争へ向かっていく日本をマクロ的な視点でしか勉強していないせいでミクロ的な視点でその時代に生きる人々の生活文化を知ることは難しいが、戦争文学はそれを媒介してくれる。
この作品は実際の事件を取り扱っている。勝呂は冒頭では面白みもない貧しい町医者として描かれているが、医学生時代を中心に書いた物語の中盤以降では自分にとって彼が人情深い人物に映った。
彼の心を変えたのが生体解剖事件に関与したことであることは確実。
遠藤周作について。
名前しか知らないが、本をほとんど読まない自分にとって名前がわかるということは明らかに有名人。
読んでいて引き込まれるというより、臨場感が素晴らしいし、あちらこちらに心情とか時代を理解する手助けになる描写が散りばめらている。
中でも自分の中でも唸ったものが一つ。
海の波の描写。
戦時中の大学病院で研鑽を積んでいくにつれて、彼の中にある医学の在り方が変わっていく。戦争も形勢が悪くなっていく。医学部内の対立も深まっていく。それにつれて海の波は押し寄せるように感じる。
Surge という英単語がもっとも説明がきくだろうか。
医学部に進学する人、人と接する仕事をする人には、人を世話をすることとはどういうことかを捉え直す良い機会になると思うので手に取って読んでみるべき。
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治療や解剖の様子が妙にリアルに書かれていて、読んでいる此方まで体が痛くなってきた。
解剖に参加した人間が単なる異常者というわけでもなく、放心状態で促されるままの人、自分の立ち位置のために心を押し殺した人など、日本人の特質が垣間見えるように書かれていた。
自分の行為に良心を見つけようとする姿は本当におどろおどろしい…
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戦時中、捕虜の米兵を使って人体実験を行うという物語。
戸田のキャラクターというか考え方が非常に自分自身に重なって刺さりました。その瞬間・瞬間には罪の意識を強烈に感じるけども、ふとしたきっかけでコロッと忘れる。ほんとにあるある過ぎて自身の性格を言語化されたみたいでした。
また、ドイツ人の看護婦さんがよかれと思って洗濯したりクッキーを配っている行いが鼻つまみものにされてるのも日本だなぁと思いました。
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重い内容、暗い話で終始どんよりした雰囲気の小説だと感じた。人間の汚い内面が色々見えて共感出来たり出来なかったり…。
思っていたよりも分かりやすくて読みやすかった。勝呂と戸田の対比が面白いし、上田の醜いところなんかは多少なりとも共感出来る人も多いんじゃないかと感じた。
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面白いと思った。導入から本編に入る所は頁を捲る手が止まらなかった。170頁ほどで、2時間半ほどで読み終えれるのに対しての満足感、読み応えを確り感じることが出来た名作。第二章が特に良かった。分かりやすいもので例えるとすると夏目漱石のこころと通じるような、日本人らしい後ろめたさのある心情を上手く掬いとっているように感じた。欧米人である女性と、日本人である女性の対比、誰しもが感じた事がありそうで頭の奥に閉まっている浅ましい考え、これを真正面から描けることの出来る作家は少ない、内容が内容なだけに現代人には"ヤバい"で済まされそうな作品ではあるものの、実際に合った事件が元、という作品背景を描いた筆者の確かな覚悟を知った上で読むとさらに良い。遠藤周作は侮れないと感じた
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実際にどのように死体解剖が行われていったかではなく、参加していた一人一人の心情を描写するで読者でも有り得るのではないかと問題を提起するスタイルがとても面白くて新鮮だった。
1番印象的だったのが戸田の過去で、死体解剖のような大きな出来事ではなくても、日常生活の中で責任感や良心が欠けているときが信仰の不在から起きているということを痛感した。
深い河もそうだったけど、本当に人の痛い部分に目を向けて言語化するのがうますぎる。
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生体解剖実験に携わった人たちの話。
罪への向き合い方、命そのものについて深く考えさせられた。自分の罪を責める人の苦しい心情が伝わってきて読んでいて苦しくなることもあったけれどいい学びになったと感じた。また読みたい
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勝呂は一番欲しかった普通の生活を得ることが出来なかった。特に言及はないが戸田も所謂、普通の生活は出来なかったのではないかと思う。どういう状況であれ、後の歴史が証明してくれることを信じて不本意なことはしないように生きたい。
看護長と上田の対比については幻想を持つこととニヒリズムに支配されることは現実を見てないという点で同じだと思う。何事も距離感が大事。
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日本人の精神性を追求する」といった解説もあるけれど、罪の意識や良心は国籍や宗教に規定されるだろうか。むしろ先天的な資質の影響が、環境や教育など後天的な影響より大きいと感じる。時代や国境を越えて読み継がれているのも納得の一冊。
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人は、信仰を持たないと罪の意識も持てないのだろうか。
信仰の有無とは違う、という感覚は覚えるけれど、それならばどうやって裁きを受け入れるのだろう。反省して罪を償おうと思えるのだろう。
“信仰”で捉えるのも二元論的なのかなぁ。
無理…と押し潰されてしまう勝呂も、良心の呵責を期待して果たせなかった戸田も、両方とも読んでいる自分から距離はありませんでした。
上田看護婦すら、わからなくもない…という存在。
特にこの3人の心情がひしひしと生々しく伝わってきます。
そして、終わらない空襲と敗戦の予感の、疲労と諦念があれば、わたしも容易に傾いていきそうという怖さがあります。
加えて、F県在住なので、移転前の九大箱崎キャンパスにあったコールタールで塗られた校舎を見かけ、空襲避け本当にやってたんだ…と思ったり(今は撤去済)、
母方の大叔父がこの時の九大に通っていましたので(文系学部だったので学徒勤労動員で長崎にいたそうです。8/9にも)、
勝呂や戸田が眺めていたあの海も街も身近に感じられます。
生体解剖を「これは正義だ。神もお赦しになる」と言われたら、信仰を持つ人はどうするのだろう、と思いました。
善悪の判断の軸を信仰に置くのもなんだか……日本人は無宗教と思ってしまうほど信仰(神道、仏教、アニミズム)が体に染み込んでるだけだと思いますし。
違う形の苦悩を抱える人間ドラマが面白いけれど、信仰がないから罪の意識が〜について色々考えさせられてしまう作品でした。
再読だったけれど、何度でも読めます。
映画も観よう。若い頃はナヨナヨしてた記憶がある(『もう頬杖はつかない』参照)奥田瑛二さんが勝呂、若い頃はたぶん観たことない渡辺謙さんが戸田かぁ。
Posted by ブクログ
某大学の某捕虜解剖事件を元にした小説
淡々と進む グロテスクな要素はあまりない
あらすじで物語全部解説しちゃってるじゃん! って思ったら全然違ったしあらすじはガチであらすじだった
勝呂の読み方が全く覚えられなくて、出てくるたびに読み方を調べていた バカ
「これ、俺じゃん......(自分が常々考えていることが、近しい形で出てきたという意味)」と思いながら読んでました
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戦時中の異様な環境と異常な振る舞いが生々しい。時代の大きな流れにただ飲まれるだけの絶望感の中に、立ち止まって孤立する主人公に自分もなれるだろうかと考えさせられる。
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人は誰かから罰せられるから罪があるのか、罪が先か罰が先か。
良心の有無に限らず、誰しも罪を犯す可能性はあると言う事だ。どれだけ良心の呵責に苛まれようとも、結局犯した罪の重さは一緒。
罪を犯してしまうのは環境のせいではなく、各々の選択の結果である。
Posted by ブクログ
尊敬する人が遠藤周作さんの本がお好きとのことで読んでみました。
戦争時の生体解剖に関わった人の話。
実際に起こった事件から、少し内容等変えて書かれているそうですが(解説で知りました)
本当に起こっているかのような表現に、ドキドキハラハラしながら読みました。
途中良心が痛みすぎてしんどくてなかなか読み進められないところがありましたが、勝呂さん、戸田さんそれぞれの心境がよく書かれていて、私は勝呂さんの方にとても感情移入しましたが、戸田さんのような人も中にはいるのだなぁと思いました。
勝呂さんもこのようなご経験があったから、冒頭のような生活をしていたのか…などと後でつながりました。
戦争時の心理状態では人命を尊重することが薄れてしまうのかな、と戦争を経験したことがないですが思いました。
Posted by ブクログ
・あらすじ
終戦直後の日本、東京。
私は気胸治療を受けるために勝呂という陰気で無愛想な町医者の元を訪れる。
治療は的確だが、どこかその「手」に冷たさと不気味さを感じるその医者は、戦中の大学病院で起こった生体解剖事件に関わっていた。
3章仕立てで2、3章はその生体解剖事件に関わった勝呂、看護婦の上田ノブ、医局生の戸田それぞれの思惑、過去、悔恨などが綴られる。
・感想
実際に起こった事件(相川事件)をもとに書かれた作品。
現代では到底倫理的に受け入れられない言動が多々出てくる…けどこれがこの「時代」だったんだろうな。
生命倫理、医療倫理…人の命が軽すぎた時代、簡単に失われる時代にあって「倫理」なんてあったもんじゃないだろうけど。
人が簡単に死んで、助けられない命が多すぎる日々に苦悩していた勝呂に、この事件は医学的実験という名目で能動的に「自分が人を殺す」という立場に追い込む。
結局、勝呂は手術室では何もできず目をつぶって現実を否定していたのみで、止めることもできず拒否して退出もできず中途半端に罪を背負う形になった気がした。
登場人物のなかでこの事件が「転機」となったのは勝呂のみ。
他の2人は特に何とも思ってなさそうというか、戸田は「己の他人への無関心さ」を改めて自覚するんだけど、上田はただ強烈な嫉妬心と場違いな優越感でしかこの出来事をとらえてない感じがして1番嫌悪感抱いた。
戸田に関しては人間なんて大体こんなもんだろうと思ってるから特段何とも思わず「普通の人間だな」という感想を持った。
「人間の良心なんて考えよう一つで、どうにも変わるもんやわ」という人間への過度な期待や理想が詰められてない現実的なセリフ。
「倫理」を調べると「善悪、正邪の判断において普遍的な基準」と書かれているけど人間なんかに「普遍的な基準」なんて持てるもんなんだろうか?
Posted by ブクログ
「しぬことがきまっても、殺す権利はだれにもありませんよ」と言うヒルダさんの良心が信仰によって導かれているのに対し、手術の当事者は医学の進歩を建前とすることで自身の良心をねじ曲げ、残虐行為に及んだ。
この違いは信仰神の有無なのだろうか。結局我々は、神の教えが無ければ都合良く良心の書き換えを行い、道徳に背いた行為に及ぶのだろうか。
作品を通して、多神教である日本での幼少期における道徳教育は何よりも大切なのではないかと思った。自身のこれからの良心が相手の立場になって考えることに基づくものでありたいと強く思う。
Posted by ブクログ
☆4.2
なんとなくで手に取った本だったけど、こんなに心に残る時間になるとは思っていなかった。
どんな年齢の時に読んだとしても、必ず読んで良かったと思うことだろう。
続編があるとは知らなかったので、その続編『悲しみの歌』もきっと読もう。
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ドキュメントとして読むべきか、創作として読むべきか。結局のところ時代背景なのかなとも思う。結局みんな死ぬから命が軽い。命を奪うことに罪の意識がない。ましてや米兵。なのに、病院内の権力争いには固執していたり、男女のいろんな執着心も持っている。どうせみんな死ぬと思うのに、執着だけはあるんだ。自分はこの先も生きていくんだとも思っているあたり、よくわからないけど人間って感じ。
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もう一回読もうと思うけど、文章の作り方が面白い。
「私」視点だったのが色んな人の手記になっていって…
統一されてるのは戦争の時代の仄暗い、常に死と隣り合わせの暗くて冷たい雰囲気。
上田看護婦の腹の底からのドス黒い怒りや憎しみや悲しみに、僅かながら共感してしまうところがあった。
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戦時中に九州で行われた捕虜に対する人体実験。
それに関わった人たちの、心情変化がメインテーマと感じた。
病院で死なないのなら市街地の空襲で死ぬ
大陸で人を何人も殺めた
そんな、死が日常にある時代。
自分の努力では何ともならないことだらけだった時代。
それでも医師が死を前提とした人体実験をするということは異常。
読者の感情を揺さぶるのではなく、何かを投げかけるような文章。
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オーディブルで聴いた。
戦時中の病院で、アメリカ人捕虜を生体実験をして殺してしまう医者と看護師の話。
最後がよく理解できないまま終わってしまった。
Posted by ブクログ
全体的に流れている作風が、
乾いた感じ。
何にも心を動かさないキャラクターも
いて、なんともいえない空気感が漂う。
この当時にこんな作風で
書かれている遠藤周作先生に
感銘です。
Posted by ブクログ
戸田と勝呂が対比され、戸田の他の人と比べて欠損している感情が浮き彫りになるがその2人の行為に対する考えがどうであれそのした行為にはなにも異なる部分はない。今後戸田はその罪をどう意味付けて生きていくのか。
Posted by ブクログ
出だしの文章から海と毒薬はどう関係してくるのだろうと疑問に思った。
言葉通りの「海」と「毒薬」というものが直接的に作品に出てくる訳ではなく
話中において戦争が蔓延る海という世界で人間の為す罪や罰を毒薬として表しているのだと読み終えてから知るのである。
目の前で人が殺されようとしているところを
自分は手を加えていないから悪くないと、何もしていないのだとこれから起こることに自身だけ目を背ける勝呂の心情こそが人間の罪や罰、つまり毒薬になり得るのだと私は感じた
勝呂は何もしていないのだ
何も
目の前で捕虜が解剖されるというのに
何もしなかったのである
何もしていないから悪いのでは無い
何もしなかったのが悪いのだ、と私は考える
自分の行動を正当化しようとする勝呂こそ
戦争で死んでいく人間が沢山いる中で
研究に回され解剖される捕虜をただみているだけだった勝呂こそ
広い海に落とされた数滴の毒薬なのだ。