遠藤周作のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
・読んだ動機は、自由主義を考えるにあたり、古典的自由主義が発生した時代背景を感じてみたかったこと。
・特権階級の優雅さと平民の苦しさはある程度表現されていたので、概ね満足。この格差が不満を募らせる、革命の要因になったことが伝わってきた。
・古典的自由主義は、特権階級による圧政からの自由であることが具体的にイメージ出来た。
・革命後の平民の狂暴さと残忍さがよく描かれていた。
・一般的に革命を起こしたあとの混乱をどう治めるかは、革命前に考えておかなければいけないが、革命が考えている以上の自体に発展するために上手く行かないという構図が見えた。
・マリーアントワネットの死までが描かれているが、フランス革命という点ではまだ先が長い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレやはりというか、暗く不気味な物語であった。現代の『私』の旅行記・回想と、イエスの生涯の一部が交互に語られていくが、何せよどちらも暗い。
物心ついたときからキリスト教徒に「させられていた」主人公が、棄ててしまった信仰の原点を求めにエルサレムへ。だが、イエスの影など跡形もなく、曖昧な聖書の記述にそって決められた、イエスを記念する場所。
民衆から見放され、ゴルゴダの丘へと至るイエスの姿は、後に西洋世界の、ひいては世界全体の歴史に大きな影響を与えることになったキリスト教のいう『神の子』のイメージからはあまりにもかけ離れている。とにかくみすぼらしい。
そして、『私』の回想の中でたびたび登場する『ねずみ』。これもキリスト教徒でありながら姑息な人間で、最終的にはホロコーストの犠牲となってしまう。
なぜ『私』が信仰を棄ててしまったか。戦時中の狂信的全体主義の中で、信仰を続けることが困難であったか。自ら選んで信仰したわけではないからか。はたまた、『ねずみ』がいたからか・・・。
本書を読んでいると、ここまで多くの人間が、なぜキリスト教を信仰しているか、よくわからなくなってくる。全ての人間から見放されてしまったイエス、キリスト教徒でありながら、犠牲となってしまった『ねずみ』。宗教は私たちを幸福にするのか、不幸にするのか、筆者からその根源的な問いを投げかけられている気がする。それは現代においても変わっていない。
本書に存在する一縷の望みといえば、イエスが最期に残した言葉くらいのものだろうか。