遠藤周作のレビュー一覧

  • 海と毒薬

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    戦時中、実際にあったことをモデルにした、病院を舞台にしたストーリー。
    この頃の日本もなかなかに残酷なことをしていたことは知っているので、驚きはしなかったけれど、人は時代と環境が揃えばこんな感覚でいられるものなのかなと、今もどこかの国では同じようなことをできてしまう人たちが存在するのだと思うと、やはり背中が寒くなる。
    あまりこうした小説は読まないのだけれど、とても読みやすかった。

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    2026年05月03日
  • 悲しみの歌(新潮文庫)

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    ネタバレ

    正義感に燃える記者と、キャビアアテンダントと、元同僚
    戦時中捕虜で人体実験をした医者と、癌に苦しむ貧乏ないも売りの老人と、よるまで働く孫
    死と老いに怯え若者に変装する虚栄心に塗れた大学教授と、受動的で追従するだけの母親、父親に不信感と反感を抱きグレた娘
    落単を社会と学校のせいにし、退廃的に生活する大学生の2人
    体を餌になんぱ待ちをして食事を奢ってもらい嘘をつき逃げる を繰り返す倹約家の少女
    他人の悲しみに不幸を感じ他人の喜びに幸福を感じる日本語のたどたどしい臆病なフランス人

    の群像劇で送られていく
    最初はセリフが多く、コミカルな会話が主軸となっていて、前回の「白い人・黄色い人」に見られたような緻密で比喩に富んだ文章とは打って変わっていて拍子抜けした
    しかしそんな僕の慢心を引っぱたいて、後半にかけてどんどん遠藤周作作品で見られる善悪の問いかけと善への不信感と罪悪感 そして霧雨や笛や背中に比喩されるように淡々とわびしく進んでいく医者と老人とガストン(フランス人)の人生
    一気に引き込まれてしまった
    特に、癌の苦痛に苦しむ老人と、自分の厭世的な感情とを共感させた医師が、絶対的な正義ガストンとキリストに象徴される天からの囁きと葛藤しているシーンに、何も気にせず幸せと出生に保証された正義をむさぼる祭りをたのしんでいる群衆 太鼓の音が対比されてさらにはガストンが老人と老人の孫の笑顔を見る為に、プロレス的なことをしている個人的な戦い
    ここが記憶に残っている


    社会的正義のためにメディアは個人の事情を考慮せずに記号的に断罪することで、自らの利益と社会の思想潮流のために犠牲にする
    深掘りしてみればそれは立場に強制された、もしくは法律という単純化された善悪の基準では測れない倫理的な行為なのかもしれないのに、だ
    今のところ、遠藤周作は善にたいする罪悪感や劣等感を抱える主人公と、キリスト教者もしくはその象徴である損得勘定を抜いた善人とを対比させているきがする
    そして後半は面白かったが、若者2人となんぱ待ちの少女と大学教授の家族は正直蛇足な気もする
    この凡庸な市民を描いているからこそ、医者の合理的で内省的なところや、ガストンのキリスト教の象徴とも言える非合理で絶対的な善人性や、侘しい老人の安楽死が引き立つのかもしれないが

    「もし個人をさばけるものがいるとしたら、それは神だけだろうな」
    これは外在化して個人の武器となった正義を批判していると思った
    本来正義とは内面規範であるべきで、自己利益のために検討不足の主張を振りかざして誰かに危害を加えるべきでは無いと


    海と毒薬先に読むべきだったのか…これからよむ

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    2026年04月30日
  • P+D BOOKS 天使

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     収録されている11の短編は、玉石混淆の気はあるものの、概ね面白かった。殊に、作者幼少期の中国大連での体験を基にした、最後の2編は、作者の原風景を描いた佳作である。

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    2026年04月27日
  • 海と毒薬(新潮文庫)

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    人は聡明で他者を思いやれる生き物であるのと同時に、残忍で自分勝手に振る舞い、流される脆い本質も持っているのかもしれないと感じた。

    戦争という異常事態が"日常"になり、人の「死」が背景になった時、誰でも"そちら側"に堕ちていく可能性はあるのだろうなと。

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    2026年04月02日
  • 人生には何ひとつ無駄なものはない

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    やや宗教色がある部分はあるものの…
    生きていくためのヒントが分かりやすく書かれていた。
    困ったときや、心に刻んでおきたいお気に入りフレーズを何度も読み返したい。

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    2026年03月29日
  • ぐうたら社会学

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    ネタバレ

    ぐうたら社会学

    著者:遠藤周作
    発行:2011年5月25日
    集英社文庫
    以前の刊行:1979年10月、集英社文庫
    初出:
    『週刊文春』1965年2月22日-5月10日連載
    『東京新聞』1966年1月9日-3月20日連載
    『主婦と生活』1966年1月-12月連載
    『主婦の友』1970年5月、1971年4月、1964年4月
    『文藝春秋』1958年7月
    『漫画読本』1965年3月、1957年1月
    『北日本新聞』1970年1月8日夕刊
    『週刊読書人』1959年7月20日
    『毎日新聞』1967年7月1日夕刊
    『サンケイ新聞』1976年3月22日-4月26日連載(『酔談』)
    *遠藤周作が同じ東京都町田市に住む慶大助教授(仏文学)高山鉄男氏、漫画家秋竜山氏を相手に、同市内お酒席で弁じた酔談を文化部でまとめた連載。

    「ぐうたら社会学」のタイトルを知っている人は多いし、部分的に読んだ、接した人も多いはず。それほど有名で売れたエッセイだけれど、まとめて改めて読んでみれば、よくこんなのが出版できたなあという内容。60年代に書かれたものが中心なので、男尊女卑、差別的な内容も当たり前だったのかもしれないけれど、この文庫は2011年に再刊行されているわけだから、大丈夫なの?と心配になる。今なら大批判、大炎上になるようなエッセイだった。

    遠藤周作は体制側に近い作家だとの認識だったので、僕は若い頃にほとんど読まなかったけれど、今はなんとなく読んでいる。体制側で、かつバリバリ右でないからこそ、緊張感なく読み流せる感じ。本書については、とりわけ「主婦と生活」あたりの連載がすごい。当時は専業主婦が多かった時代であり、女は出過ぎないこと、それでいて実際は亭主をコントロールする内助の功が一番という風潮があったに違いない。あとは、わざと女性を見下して挑発しているのかもしれない。

    男性と違い、女同士に友情というものが果たして成立しえるのか疑問。理由は、女は男と違って自分一人では、どうにもできぬ存在だからである。女は結局、自分で自分の運命をつくることができない。いつも自分の運命を他に依存している、親や恋人や夫や子供によって自分の運命が変化する。いわばヤドカリ。
    *こんなふうに分析していたりする。

    男尊女卑的な内容は他にも山ほどあるので、書き出すとこちらの精神状態が持たないため、このあたりで。

    遠藤周作のエッセイを読んでいると、同じ話題がちょくちょく出てくる。ネタが同じだが、書きぶりは少し違う。でも、これは事実だと明言しつつ、そこが異なっていては信用できないよ、というものもある。例えば、こんな話。

    一つは川奈ホテルのロビー。
    あるお嬢さんがテレビを見ていた。一人の外人が葉巻をふかしつつ横に、ソファに腰かけた。テレビではニュース、韓国の兵隊たちが、朴大統領の前で分列行進をやっている。兵士たちのあとを、女子学生たちが一段となって進む。お嬢さんは外人に沈黙しているのは非礼だと思い、何か話しけねばと思うが英語が出ない。
    「ガール・スカウト」彼女は画面の女子学生を指さしてニタニタ笑う。
    「オー・イエス」と外人。
    「ボス」と朴大統領のことをいうお嬢さん。大統領の英語を忘れていた。そして、ニヤニヤ笑い。
    「あなた、バカか」と外人。
    もう一つは海べりのホテル。
    川奈ホテルと同じような状況がある。だが、今回は「中国のメーデーのニュース」としている。
    「ガールズ・ガールズ」
    「オー・イエス」と同じような会話が続き・・・
    壇上の毛主席の姿がうつり・・・
    「ボス」
    「あんた、バカか」
    どちらも本当にあった、実話だとしている。

    ********

    梅崎春生翁の庵には奇妙な犬がいた。迷い込んで梅崎家で飼われていたが、不思議なことに、火、木、土になると姿を消す。ある日、梅崎がその行方を捜すと、100メートルほど離れた邸で、あたかもその家の飼い犬のごとく尾をふり吠えていた。この犬は二軒の家をかけもちして忠勤を励んでいた。

    なんせ、第三(枚目)の新人だからな。第一次戦後はというのは、二枚目だから、天下国家を論じる。こっちは頭の悪い三枚目だから、天下のことはよくわからんわけだ。

    カトリックで修道院などにこもっている人たちは、世のため人のため、何もしとらんように見えるけど、なぜ、そういう存在が認められるかというと、とにかくその人たちは快楽を犠牲にしている。キリスト教には、そういう人たちが、おれたちの身代わりになって、そういうところに閉じこもってくれているという考えがある。社会副詞的なことをしなくても、自分の身に辛さを与えて、祈っていることが、われわれのためになると思う。

    寄席で怪談聞いて、なにが怖いか、といったら「そのときー」(と声を落として、しばらく黙って)という、この間でしょう、空白でしょ、こわいのは。ユーモア小説と恐怖小説の翻訳がダメだというのは、この間がないからなんだな。オレのぐうたらものなんてのも内容はなんにもおかしくないんだよ。句読点の置き方ですよ。これはずいぶん苦労してんだよ。少しここらで、いばらしてくれよ。

    三浦朱門が昔、右に行ったら偽善者、左に行ったら偽悪者、そこの間のすれすれのむつかしい線を歩くのが小説やでえ、とおれに話してくれたことがあったけど、自らの心に照れくささが無く、平気でいられるということ、これは大説家やな。

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    2026年02月10日
  • 深い河 新装版

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    愛とはということを、ひとりのみすぼらしい青年の行動と本当の愛を知らない女、妻を亡くした男、戦時中の自分を許せないという男など、色々な人生を生きてきた人たちの側から考える小説

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    2026年02月02日
  • 白い人 黄色い人

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    ネタバレ

    白い人・黄色い人

    著者:遠藤周作
    発行:1996年4月10日
    講談社文庫
    初出:
    『アデンまで』(三田文学1954年11月)
    『学生』(近代文学1955年5月号)
    『白い人』(近代文学1955年5月号、6月号)
    『黄色い人』(群像1955年11月号)
    『白い人・黄色い人』単行本(講談社1955年12月刊行)
    *本書は1971年12月刊講談社文庫『白い人・黄色い人 ほか二編』を底本に、1975年6月新潮社刊『遠藤周作文学全集』第1巻を参照。

    書名は「白い人・黄色い人」だが、内容は『白い人』『黄色い人』『アデンまで』『学生』の独立した短編小説から成る。『白い人』は、著者が32歳の時(1955年)に芥川賞を受賞した作品。いずれも遠藤周作初期作。肌の色による違い、主に自意識。さらには、白人が本音のところではどう思っているのだろうという疑心暗鬼も描かれる。

    『白い人』は、随分と鯱張って書いている感じがする。こんなにまでいろいろと頑張って書かねばならないのか。頑張り過ぎて本質を見失ってしまわないのか。そう感じてしまった。芥川賞の関門を超えることが大切だからかもしれない。でも、正直、この一編は面白くなかった。

    『白い人』が、フランスを舞台に、斜視や〝兎口〟が登場し、今でいうルッキズムにもつながる、見た目による差別意識、劣等感などをテーマの一つにすえて、フランス人の父、ドイツ人の母を持つ主人公が、ゲシュタポの手先となって抵抗勢力(マキ)を捕まえ、すなわち同胞のフランス人を裏切る形になり、白人による白人への拷問を行うという、白人的残酷さを描く物語。キリスト教的な宗教観が絡む。

    『黄色い人』は、黄色い人の国である日本を舞台に、白い人である神父たちに対する日本人の様子を描く。老神父が日本人女性と出来てしまう。しかも、年齢差がある非常に若い女性が相手。神父を追放される。彼から洗礼を受けたりした日本人信者が、彼の悪口を言う。劣等感を持ちながらも、逆に白人に対して差別意識があるのではないかという点がテーマになってくる。『白い人』よりもこの一編の方が面白かった。

    『アデンまで』は、白人とアジア系(黄色人)に加えて、アフリカ系(黒人)も要素として入ってくる。

    『学生』は、労働者たちが裕福な家に育った若者に対する偏見を持つ話。エイジズムにも通じる話。階級意識の壁もテーマ。

    ************

    【白い人】

    1955年7月に芥川賞を受賞した作品。

    私:斜視の少年、父はフランス人、母はドイツ人
    イボンヌ:女中
    マデニエ:大学入学試験資格試験(バカロレア)のための哲学級の生徒についたリヨン大学哲学科の先生

    マリー・テレーズ:リヨン大学(法科大学)学生
    モニック:金髪、リヨン大学(法科大学)学生、マリーの学友
    ジャック・モンジュ:フルビエールの神学生、法科大学には聴講に来ている、マリーの従兄、マリーは両親を亡くしこの家で暮らしている、兎口

    マキ:抗独運動者
    アレクサンドル・ルーヴィッヒ:リヨン・松の実町にある拷問のための館にいる兵士、チェコスロバキア人
    アンドリ・キャバンヌ:同じ館にいる兵士、白い顔

    マキやその味方を裁き、拷問し、虐待した「松の実町」事件。





    【黄色い人】

    千葉ミノル:主人公、日本人、医学部生、肺病
    ブロウ神父:西宮で特高警察に連れて行かれる、白人、仁川の天主守教会
    ピエール・デュラン:元神父、日本人女性(キミコ)と不倫な関係を持ち追放された、白人、老人、死亡。「堂本、斎藤夫人、鮎子」(終油の塗油)「石田、アヤ子、島村夫人、石井夫人」(洗礼)
    アヤ子:伝道婦兼聖母幼稚園保母
    ウッサン神父:デュランが昭和12年9月に訪ねた神父
    タミ:デュランが雇っていた家政婦の婆さん

    糸子:仁川村の従妹、聖母女学院学生、2年前にミノルと関係
    佐伯:天主守教会で神父の侍者をミノルとともにした、糸子の婚約者だった

    甲東園に叔父の病院があり、手伝うことに。
     
    【アデンまで】

    肌の色の違いによる、差別意識、被差別意識(劣等感?)の話。
    フランス留学から日本に戻るチバは、マルセイユから船に乗る前日、付き合っていたマギイ(フランス人)と最後の一夜を過ごした。彼女とは、同じ下宿に住んでいて、付き合った。初めて結ばれた夜、鏡に映った黄色い自分が白人のマギイに比べて醜いと感じた。マギイはそのような差別的なことは言わない。だが、隣室であるマギイの部屋を訪ねて来るフランス人の友達は、日本人の悪口を言う。中国で大虐殺をするなど野蛮だと。マギイは庇う。しかし、チバ自身は野蛮だと思っている。

    リヨンにマギイと行った。現地にいる彼女の男友達を訪ねる。多くの白人がいて、とくに黄色い肌に対してとやかく言わないが、チバは自分を卑下している面がある。

    帰りの船、四頭室は、チバと黒人女性だけだったが、彼女は病気だった。チバは船員に彼女のことを言うが、ほったらかされている。病室に収容すると他の客達がいやがるからのようだった。やっと医師が来たが、対応はいい加減だった。やがて、彼女は死んだ。

    マルキストであっても、解決できない肌の色・・・

    ******

    チバ:主人公、日本人
    マギイ:白人、同じ下宿、女性、千葉と付き合うことになった
    デデ:リヨンにいるマギイの男友達


     
    【学生】

    リヨンのマコン地区で、独への抵抗をするマキのメンバーの話。新たに若いジャンというリヨン大学の学生が加わった。ブロウたちは、苦労知らずの若造に何ができると冷たい目をしていた。手は白くて細い。

    独の食糧を積んだ列車を脱線させる計画の指示が来た。ブロウとリュル爺さんが実行役で、ジャンはその列車が本物かどうかを自転車で偵察に行き、電話で報告させる役割だったが、結局、時間になっても電話がなく、計画は失敗した。なぜ連絡をしなかったか理由を聞くと、貨物だけではなく客車が1両入っていたので、それを脱線させることに抵抗があったという。

    ところが、該当する列車に客車はなかったとブロウは思っている。しかも、その貨物列車には武器も積まれていたことが分かった。失敗は痛手であり、ジャンと爺さんは責任を取らされた。以後、メンバーはジャンのことを「白い手」と呼ぶようになった。

    仲間の一人がゲシュタポに捕まった。赤毛のモーリスだった。ジャンが密告したのだろうとみんな思った。ジャンは彼を少し恨んでいたのだった。ところが、彼ではなく、薬屋のジョゼフ・プラが密告したのだった。プラを殺すべくジャンを行かせた。しかし、ジャンはプラのところを張り込んでいたゲシュタポに捕まってしまう。プラは逃がされ、モーリスはころされて郊外に捨てられていた。

    3ヶ月後、ジャンが戻ってきた。拷問で白い手は色が変わり、形も変わっていた。爪の間に焼いた銅線を入れられたという。彼はピストルを手にプラを追っていく。やがて独は敗れ、全てが空しくなる。

    *******

    ブロウ:主人公、俺、マキ活動家、マコン2区連絡員
    リュル爺さん:活動家
    ジャン:マコン2区の連絡員を一緒にやることになった、リヨン大学に通う
    ヴィユヴィユ:2区の仲間
    赤毛のモーリス:同上、プジョーの職工、イボンヌ(太った妻)と幼子4人がいる
    ジョゼフ・プラ:仲間、薬屋、裏切ってゲシュタポに赤毛のことを密告した

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    2026年01月30日
  • 生き上手 死に上手

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    全てではないけど、深く刺さる内容が数箇所ありました。絶対こうじゃないといけないと、いう感じでもなく入ってきやすい感じが良い。

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    2026年01月12日
  • 深い河 新装版

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    叙情的ではっきりとした意味はわからないのに、なんか心の奥の方にズシンとくる。
    巻末の著者の年譜を見ると大変な人生経験っぽいから、そういう、実際にリヨンに住んでたとか病気で手術したとかの経験が重みとなって文字に乗っかってるのかもしれない。
    そして100年前に生まれた人、普通にすげえと思った(笑)
    大津の、神様…いや玉ねぎ(笑)への考え方は、無宗教でイベント事は全部祝っちゃう日本人にとってはそんなに珍しいものじゃないような気がして、多分そこがメインの盛り上がりどころなのに、いまいちピンと来ず。
    他の作品に同名人物が登場するみたいなので、それらも読んでたらまた受け取り方変わったのかもなあ。
    とにかくインドに行ってみたくなった!

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    2026年01月09日
  • イエスの生涯

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    自分は宗教を持たない。宗教、特に一神教は世界を複雑にするばかり。なので、なぜそんなことになったのか宗教の成り立ちを知って疑問を晴らしたいと思っていた。キリスト教については、この著書によって、基礎的な知識と宗教の片りんを見た気がする。最後まで素直に読めたのがよかった。著者の文体はもともと好きなので。

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    2026年01月07日
  • 悪霊の午後(下)

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    ネタバレ

    上巻を読んでいるときから感じていたけど、下巻になって『オーメン』が強くなってきた。悪女に負けていく男性たち…。分かりやすく堕ちていくな~。面白く読めたけど、結末がイマイチすっきりしないのが残念でした。遠藤周作のこう言う作品を読めたのは良かった。

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    2025年12月04日
  • 悪霊の午後(上)

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    ネタバレ

    遠藤周作がこう言う感じの作品を書いているのは意外。物語としては面白くて読みやすいけど、やっぱり『沈黙』『イエスの生涯』『キリストの誕生』のような好きな作品とは違いちょっと薄い感じがしてしまう。悪女が自分の正体をさらした場面はちょっと怖かった。遠藤周作と言うのがなければ単純に面白かったと思う。

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    2025年12月04日
  • ひとりを愛し続ける本

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    ネタバレ

    本物と偽の違いは緊張感。確かに。
    また印象的だったのは、小説家は物語の登場人物を創り出す親、母になるということ。作家は、執筆中、主人公たちが、生きている。という手ごたえを感じるのだという。現実世界の人よりも身近にも感じられるのだと。
    その感覚は非常に興味深かった。
    遠藤周作は物語も面白いけど、エッセイも面白い。けっこうひょうきんな人だな、と思う。
    エッセイのタイトルと内容がちょっとズレてるとこは、気になった。

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    2025年11月16日
  • 新装版 わたしが・棄てた・女

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    昭和23年大学生の主人公吉岡努が素朴な女性森田ミツをもて遊び棄てる
    吉岡の人生とミツの歩む人生の話

    主人公がゲス過ぎて不愉快
    自分はミツをいいように利用して弄んどいて「聖女だと思っている」って、お前が言うなよ

    ⋯とは思ったが、
    読んだ後に落ち着いて考えると作者はわざとこう書いてるんだろうと思った

    自分本位でゲスな男の主人公と、対する素朴で純粋な女の森田ミツが対照になされていて、それによってミツの「無私の愛」がより強調される形となる

    森田ミツという一人の女性の悲哀の物語ともとれるし、キリスト教精神の「愛の実践」をテーマとしたものと捉えることもできる

    ミツという人柄は、相手を存在そのものとして見ていて、その存在自体を尊重する愛情を持っている
    それはハンセン病患者に対しても同様だった

    自分が当時のハンセン病患者に何事もなく接することが出来るのかわからない
    誰に対しても同様に接することが出来るかどうかはわからない
    知らず知らず無意識に何かしら分類しているのかもしれないし、それを差別というのかもしれない

    なので、ハンセン病患者や、誰に対しても困っている人に対しても、手を差し伸べ、寄り添うという愛情をもつミツという人は素晴らしいと思う

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    2025年10月30日
  • 何でもない話

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    人生の意味も無く過ぎ去って行く瞬間を切り取ったような短編集。

    ああこの感じわかるって思える。同じ経験をしている訳でもないのに、同じような感情や感覚は心に湧いたことがある。強い感情ではなく、ぼーっとしながらすり抜けていくような何気ない気持ちを描写している。

    遠藤さんのホラー怪奇小説がけっこう面白いことを発見。

    また他の作品でも登場してる(?)キャラクターが出てくるのもファンとしては嬉しくなってしまう。(「尺八の音」)

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    2025年10月22日
  • イエスの生涯

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    遠藤周作が実際に中東へ赴き、イエスの生涯について自身の考察を記載した内容。著者本人がカトリックなのでキリスト教の理解も解像度が高く、調査内容も詳細がしっかりしているので新たに知られることが多かった。

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    2025年09月30日
  • 新装版 海と毒薬

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    キーワードは、良心とはなにか。
    良心を持たないと、組織や時代によって一線を超えてしまうようなことをしてしまうって話
    信仰を持たない日本人は、どう良心をもつのか。
    ビジネス本に書かれている、自分はどうありたいかを持ちましょうと通ずるものを感じた。

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    2025年09月30日
  • 海と毒薬

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    ドキュメントとして読むべきか、創作として読むべきか。結局のところ時代背景なのかなとも思う。結局みんな死ぬから命が軽い。命を奪うことに罪の意識がない。ましてや米兵。なのに、病院内の権力争いには固執していたり、男女のいろんな執着心も持っている。どうせみんな死ぬと思うのに、執着だけはあるんだ。自分はこの先も生きていくんだとも思っているあたり、よくわからないけど人間って感じ。

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    2025年09月22日
  • 【新装版】ほんとうの私を求めて

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     書かれた時代によって今の感覚では「古い」と思ってしまいそうな記述もそれなりにあるが、それはその当時でも著者本人が自覚している部分もあり、穏やかな語り口で案内される内面世界に不快感は一切無かった。これには、不必要な自虐が無い(自嘲的なユーモアが程良い表現に加工されて面白く示されている)ことも影響していそう。
     男女の違いについては昨今のジェンダー観にはそぐわない箇所があるものの、押しつけがましさが無い上に、著者は男女どちらをも尊敬できる友人として見ていることが伝わる。違っていても、それで良いのだと思えた。
     仏教の視点や数々の文化人との交流を踏まえ、著者の深い教養の一端を覗くことができる楽しさもある。
    流石だな……と思わされる筆致だった。

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    2025年09月15日