遠藤周作のレビュー一覧
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ネタバレ「清吉さんのためうちにできたことは……少しのお金ば作ってやったことだけ。ばってん、そんなお金のために……体ばよごさんばいかんやった」
高校2年、修学旅行の事前学習として学校からだされた課題本のひとつ。
もともと遠藤周作の作品はほかのキリスト関連の文学作品よりも抵抗なく読める。視点が偏っていないからだ。遠藤周作氏も洗礼をうけたキリシタンだけれど、彼の視点は第三者であり、読者に考えさせる余地を作ってくれる。なぜキクは身を売るほど清吉を愛していたか、それを踏みにじった伊藤。伊藤の二面性にみえるのは人間の本質だ。キクが一途に清吉を想う過程は、決して清らかなものではなかった。胸張り裂けんばかりの衝撃 -
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背が低くて愚鈍な野呂。野呂が愛情を持っていた京子は親友の戸田が奪っていった。しかし戸田は妊娠中の婚約者京子を置いて事故死してしまう。京子の「杖」になりたい、時がいつかは解決してくれるのではないかと野呂は京子と結婚する。しかし、結婚生活でも野呂に対して愛情を抱けず、彼の不器用な優しさに苦痛だけを感じる京子は、戸田と死産だった子供の後を追う。
なんとも重い話。お互いが「いつかは・・」と思い続けても、結局どうにもならなかった運命。運命って言うのかな、その言葉だと重過ぎるかな、どうしようもないことってある。生理的嫌悪を感じながらも「便利」だから野呂を使う。理解できるだけに、哀しい女性の残酷さ。 -
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ネタバレキリスト教徒である筆者が、”死”について思うところを述べている。だからといって一つの宗教にとらわれるのではなく、語っている。その語り口は圧倒的にやさしい。
2022年8月再読。
ホスピスや延命治療等の内容を聞いていると少し時代を感じる。著者本人も最後に言っているようキリスト教談義となってしまわないようにしたとのことで、別の宗教の観点等も所々でてくる。
P.33
私小説家たちは一種の自己鍛錬というか、自己修行というか、そういうものを無意識に積んでいったんでしょうね。そういうものを一つ一つ積んでいって、円熟というところへ到達したんでしょうね。そうでないほうの、うまく年をとれない作家たちは、老い -
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カトリック作家の遠藤は、『死』をテーマにした本を書いてくれ、という出版社の以来を再三断っていたと言う。その理由として、キリスト教談義になるのを恐れたから、とあとがきで述べているのを読んで、なるほどと思ったのは、自分がこれを読みながら持った思いが、「何でわざわざこんな宗教くさいもんをいまさら書くのか」というものだったからだ。誰もが迎える『死』というものを、誰もが理解できる平準化した視点でその「心づもり」することの大切さを、語っている。
死についてなぞ、わざわざあつらえて述べなくても時が来れば理解する、というのが私の宗教家としての立場だが、実に表面的に捉えれば、そこいらの人とも変わんない持論だと -
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遠藤周作の本は「沈黙」「反逆」「海と毒薬」などの純文学系と青春話などを扱った軽小説系に大きく別れてて、この本は後者に属してるみたいだから軽い気持ちで手にしてみたら、予想外衝撃を受けました、はい。
主人公は高校時代から大学時代の青春期に共に夢と希望を描いた友人達を時代の流れに奪われていくというあらすじ。
二度と戻ってはこない素晴らしい青春期に思い描いた夢を、ある人は過激派に求め、ある人は愛人への破滅的な献身に求める…そんな中、主人公は自分の信じた道を突き進み、憧れのスチュワーデスになることができる。しかし彼女には想像もできない形で散っていった友の描いた夢を作っては消えていく砂の城と例えて、こ