遠藤周作のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
故遠藤周作さんの遺稿。
今読んで、人の20年というものは大きいものだと思った。90代まで元気に人生を楽しんでいる人もいれば、遠藤さんのように70代で帰天される方もいる。もう70になったら、それほど楽しいこともないんではなかろうかとうっすら思っていた私だが、もし遠藤さんが90代までご存命であったら、もういくつの作品が世の中に残ったのだろうと考えると、そう思った。
本文は、手紙の書き方を通して、遠藤さんの文学に向かう姿勢が伺える。後書きにある様に、妻とまだ独り立ちしていない息子を残して入院中の作品であるという前提を踏まえて、入院する人への手紙などを綴る心境を書いてあると思うと、作家とはなんて大変な職業だろうと思う。結局回復をなされたのだけれど、遺されるかもしれない家族のため、少しでも残せるものを多くと病床で向かい合った作品と知ると、確かに胸に迫るものがある。
人の心理をなぜここまで理解できるのだろうかと、鈍感な私は思う。でも、それにしても、なぜ男性からの手紙はお誘いで、女性のための指南は断り指南なんだろう(笑)
「ようなゲーム」は参考になった。日常の光景を、①使い尽くされていない②ぴたりとくる形容詞を使って表現する練習をすること。
相手の気持ちをキャッチするために、
①抑制法
文章の第一原則。
自分の感情や気持ちを文章の始めから終わりまで訴えない。涙より、はんかちを握り締める手の方が印象的など。
「夏のまぶしさや暑さを描くなら光の方から書くな。影の方から書け」
夏の暑さを描写するのに、「太陽がぎらぎら」という表現は使い古されて、読む人は食傷気味。むしと、そういう場合には太陽の光には触れず、白い路に鮮やかにおちた影、などを書いた方が効果的。
②転移法
ある感情や観念を説明するのにそれをそのまま現す言葉を使わずに、別の言葉で表現する方法。
興味のない相手の心をキャッチするために、
①自分に興味をもたせる
②相手の美点をうまく褒める
・抽象的に褒めない
・相手だけが気付いて、あまり他人が気付かないところをほめる
③むだな不安や警戒を与えない
④ネチネチした物の言い方を避けよ -
Posted by ブクログ
『イエスの誕生』の続編です。イエスの死後のキリスト教団を率いたペテロやパウロたちの姿を描きます。
著者がとくにこだわっているのは、イエスが十字架にかけられて死んだ後も、ふたたび人間的な弱さに躓くことになる弟子たちの姿です。ステファノのラディカルな主張についていくことができず保身に走ったペテロが、やがてユダヤ人以外に信者を求めるパウロに対して、またしても同じ弱さを露呈することになる姿を描きます。
そのパウロについては、キリスト教がユダヤ民族の枠を超え出ていくきっかけを作った人物として評価されながらも、彼の説く復活信仰の普遍性が、その後ギリシアや日本のような汎神論的な信仰の根づいている地域において引き起こす問題が示唆されています。
もう一つ、著者が熱心に解き明かそうとしているのは、「沈黙の神」と呼ばれている問題です。パウロが悲惨な死を遂げることになり、イェルサレムがローマ人たちの侵攻になすすべなく敗退していったとき、キリスト教徒は「なぜ神は沈黙したままなのか」という問いに直面することになったといいます。そしてこの問題に向きあうことが、キリスト教の信仰にとって課せられた大きな問題だと、著者は述べています。
使徒たちの人間的なの弱さに迫っていく著者のまなざしに感銘を受けました。 -
Posted by ブクログ
遠藤周作さんの本をはじめて読みました。晩年を過ごすに当たってのエッセイ。
なかなか毒の効いている筆者の人生論を聞くのは面白く、「いいじじいの語る、これまで」といった感じ。
人生とは・・・
医者とは・・・
など老いても、こんなことを考えるんだな、という参考になる本。以下抜粋。
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我々は人生はなにか。知らないから人生について考えて生きて行くのである。
全く濡れていないタオルをしぼって水をひねり出すような苦しみも何度かあった。
与えられた状況や条件を最大限に利用して、それを享受し、あらゆる角度から満喫するのが、生きること。 -
Posted by ブクログ
病院独特の希望とは遠い場所にある暗い雰囲気が重たかったです。そこにいる人たちの日常なので陰鬱な感じではないですが、やっぱり異質ではあるかなと思います。
あたしも病院なんて歯医者くらいしか縁がないので、想像するだけで恐怖の場所です。医学のことはよく分からないですが今はきっと手術するのに骨を切ったりしないですよね……「海と毒薬」でも出てきたシーンですが、怖い以外のなんでもない。物語よりその医療的な部分の方が印象的でした。
どことなく中途半端な感じがしたのは、明石の長崎旅行のせいじゃないかと思います。
遠藤作品と長崎は切っても切れない関係ですが、この作品に限ってはなんだか唐突なような気がします。奥さんと行くかと思ったら明石一人だったし。
なんとなく尻すぼみな感じがしてしまいました。 -
Posted by ブクログ
時代背景、使うツールは違えど、基本は変わっていないなと実感。
人間の気持ちの扱い方なんて、そう変わらないのだなと。
手紙の書き方は相手の身になってするような、ゲーム。ブログにも応用ブログはラブレターを書くようなつもりで(笑)自分の言葉で自分なりの表現、慣用句、形容詞を作り出すことも大事。
オリジナルな言葉。
形式的な書き方をしない。
形式的にすると楽だけど、ないように変化がない。。。
時には、すんごい入り方をしても良い。
いろいろなスタイルで伝える。
下手でも自分の言葉、思いを書く事で次へのきっかけを見つけられる事を期待して
文は相手の身になって、受け取る側読み取る側の身になって、どう感じ取るか、どんな情報を欲しがっているか想像しながら、書き上げること。
これは一つの訓練。誰に対して書いているかイメージを繰り返す。
伝えたいことを何度も連ねない。
最後に強烈なインパクトを
この作品の時代背景がいつなのかと思いながら読み進めると、昭和35年頃、、、。女性の変わりよう(大胆に)はかれこれ50年以上続いているという事に、、、(笑)
※一寸(ちょっと)