遠藤周作のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
得体の知れない幽霊モノというか、そういう作品集かと思って読んだのだが、違っていて、ちょっと残念(?)だった(笑)。
幽霊モノというより、日常にある人が起こす「人間ってこわい・・・」と思う作品たちだった。ちょっとした復讐の怖さもあれば、怖いというより、奇妙な話もあったり、人間の心理を上手く表現した話もあった。
一番気に入った話はドラキュラの話だった。
恐怖バー(店員がお化けの恰好をして、客を怖がらせるお化け屋敷とバーが合体した店)でバイトをした青年が、そこで女性客が次々と気分が悪くなるという奇妙な事件に遭遇する。青年は、バイト仲間がドラキュラで、女性の血を吸ったため、彼女たちは気分が悪くなったのではないかと思い、事件の真相を確かめようとするが・・・。
かなり意外な結末だったが、こういうオチは好きですね(笑)。
-
Posted by ブクログ
結核に冒された男がおくる闘病生活を淡々と描き出した作品だが、入院している人々の様子や、病院の窓から見える数々の情景、そして三回に及ぶ手術に望む男の意思の動きといったシーンは、決して平坦ではなく、ドラマティックですらある。
男の内面は期待と絶望の間を行き来し、一旦は無気力に陥ったりする。その動きは決して他者と共有することは出来ない。一人きりで屋上から眺める風景や、真夜中に思う絶望はあくまで個人のものであり、悲しみを分け合うことは出来ない。
しかし、男の妻は男のために様々な努力をしてくれる。絶望の種類は違ったとしても、悲しい出来事によって絶望するのは、本人だけではないのだ。悲しみを見守る視点は常に周囲から優しく注がれている。注ぐ対象は、まるきりの他人であるとしても。
内面や感情や絶望はあくまで個人のものであるが、人は見つめること、手を繋ぐことで、その一端を分け合うことが出来る。
辛いテーマだけれど、根底に流れる優しさに、酷くせつなくなった。
ちなみに、突然、長崎やキリスト教といったモチーフが出てきたのには少々驚いたが、遠藤周作の作品であることを考えると、それも納得。
いつも思うのだが、遠藤周作の作品は、視点が透徹で温かいように思う。
どの作品を読んでも、どんな人にも、隣を歩いてくれる人がいるということを、改めて教えて貰える気がする。
読み終わった後、この作者がもうお亡くなりになっていることを考えると、時々、なんだか侘びしい感じがする。けっこう作品はたくさんあるけれど、もっと書いて欲しかった。新作を楽しみに待ってみたかった。 -
Posted by ブクログ
没後30周年の遠藤周作のこの作品と目が合った。
遠藤周作といえば、遥か昔に「海と毒薬」を読んだ(?)ぐらいだった。
私は生まれてこのかた聖書というものを読んだことがないが、他の国の本や映画に触れる時、必ず宗教感が出てくる。
全く知らないよりは、少しでもかじっておいたほうが良いだろうと思い、購入した。
聖書の中に出てくる女性たちのことを、キリストを通して独自の価値観で、紹介しているため、キリスト教の根幹みたいなものが理解できた気がする。
信じる力は、人間を強くさせる。
この力の強さを理解したうえで、宗教感に近づかなければならないことがわかった気がする。 -
Posted by ブクログ
タイトルの通り主人公とその男を思い続けた女の話。戦後すぐの混沌とした日本で苦学生として惨めな生活をしている吉岡努は古雑誌を拾う。そこには有名人に向けてメッセージを送ってる人々が乗っているがその中の一人、森田ミツに吉岡は手紙を出し出会うことに。ゼニコがほしいなぁ、オナゴと遊びたいなぁと嘆くような大学生であり吉岡も森田と一夜限りの関係目的で会い、実際に体の関係にも。しかし吉岡は見た目が冴えないミツとはその後連絡を取らなくなる、一方ミツは貧乏で小児麻痺を患っていた吉岡に愛を持ち常に吉岡を考えるようになる。吉岡はその後会社で出会った女性と関係を持ち結婚まで行くがその合間合間に森田ミツを思い出し自身の行為を正当化していく。森田ミツは手のあざからハンセン病を疑われ御殿場の療養所へ向かう、検査結果から陰性ではあったがハンセン病患者と接することで彼らに愛を注ぐようになり療養所で働くが事故で死亡してしまう。最後まで吉岡のことを思い続けるミツの愛、聖女の一面が際立った内容。読んで苦しくなる男性は多くいるんじゃないかな。作者がキリスト教徒であることも関係してその世界観もよかった。
-
Posted by ブクログ
ネタバレラストが衝撃で、悲しかった。
読んでいて考えたのは、報いとは何なのか、運命とは何なのかということだった。悪いことをした人間が不幸になり、善良な人間が救われるわけではない。ミツの死も、何か大きな意味があるというより、理屈のつかない死がこの世界にはありふれているのだと思えて仕方がなかった。
だからこそ、ミツには何か決定的な出来事と出会わせてもよかったのではないかとも思う。たとえばたえ子の死のようなものを通して、ミツ自身が何かを受け取り、そこから生き方を選んでいく。その過程がもう少しあれば、ミツが作者の思想を背負っている人物には見えにくかったかもしれない。
書こうとしている人間の弱さのようなものは分かる。ただ、冷めてしまった。
ミツの死が特別な悲劇というより、どこにでもありうる死に思えたこと。その理不尽さが、良くも悪くもずっと残っている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今でこそ、ハンセン病は不治の病ではないし、簡単に感染する恐ろしい病気ではないと理解されているが、ひと昔前までは親や友人、社会と隔離されまるで罪人かばい菌のような扱いを受けていた。弱い者やマイノリティを見つけると、人は差別したがる。表立って差別しなくても、今ならSNSで攻撃したりする。人間の持つ悲しい一面だ。
貧しく愚鈍でブスな森田ミツ。ハンセン病と診断され一度は隔離病院に入るが、誤診とわかり退院することになった。が、社会に戻っても居場所はない。結局病院に戻り修道女の手伝いをする。差別のない心優しい修道女は言う。「この病気は病気だから不幸じゃないのよ。今まで自分を愛してくれた家族や恋人にも見捨てられ孤独になるから不幸なの。でも不幸な人の間にはお互いが不幸という結びつきができるわ。たがいの苦しさと悲しみを分けあってるの。そんな交わりは普通の世間では見つけられないわ。考えようによってはここで別の幸福が見つけられるのよ。」一般社会で生きづらいミツは、ハンセン病院に自分の居場所を見つけたのではないでしょうか。
自分の性処理のためにミツと交わった学生吉岡の話が並行して語られている。ミツを小馬鹿にしながらも心の中のどこかで気にかけている。入社した会社の社長の姪っ子を嫁にするという計算高さも持ち合わせながら、遊びで一度だけ付き合った愚鈍な女に年賀状を書き、死んでしまったことを知って寂しさも感じている。吉岡もまた孤独な人間なのかもしれない。