半藤一利のレビュー一覧
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どこまで信用できるか
このシリーズを楽しみにしています。
少し気になったことがあります。
パリ地下鉄・・・ロンドン地下鉄とされている文献を目にしたことがあります。
大正天皇について・・・諸説あり、いずれも病弱であったことは共通することと思われます。
今作に描かれている手を遠眼鏡に病床から庭を眺めるシーンが果たして大正天皇の実像に近いものだったのか・・・ -
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勉強にはなる
第二巻では東宮御学問所時代が舞台となっており、前半は各地への行啓やさまざまな課題を巡るエピソード、後半は皇太子の婚礼に向けた準備の様子が描かれています。登場人物とのやりとりやエピソードの仔細などの情景描写は作者の想いえがく「創作」の部分と読むべきでしょう。
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あまねく人を愛する思想とか、古代中国にあって非戦を解き、非戦をつらぬくためにむちゃくちゃ戦争に強かったとか、虚実あるのかもしれないけれど、関心をもって読んでみた。うーん。半藤氏のくだけ方がちょっと昭和風できつく、ちょっと肩透かしを食った気分。面白くはあったと思うんだけど、あの人も墨子の系譜、あの人も墨子を読んでたんじゃないか、なんて展開させるやり方は、読みやすくはあったものの、ちょっと軽かったかな。軽さについては、あとがきで著者からの説明があったけどね。まぁ、墨攻とか、読んでみたいとは思ったかな。
中村哲氏についても書いてあったし、対談もあったんだけど、思ったよりは短かった。中村氏については、やっぱり単著を読むべきだろうな。 -
Posted by ブクログ
この手の過去の引用本は一冊の書として流れよく纏まりよく読めないので余り手を出さないのだが、自身の好きな半藤一利氏の亡くなられた後に編纂されたという事で、追悼の意に加え改めて半藤歴史観を振り返るために読んでみた。
結論としては心に残る言葉の連続に改めて戦争と平和について考える良いきっかけになったと思う。
中でも印象に残ったことばとしては、戦争に突き進む日本をよく表すだけでなく、日常の平和が如何に脆いものかを思い知らされる「思想が後からついていく、熱狂が先にある」という言葉にはマスメディアに加えインターネット動画に溢れる嘘や狂気に改めて恐怖を感じる。その上で「テロの恐怖をテコに策士が画策し、良識や理性が沈黙させられてしまう、これがいつの時代も一番危険な状態」。この状態で自身の考えを世に声高に叫べる人材が今の世に居るだろうか。政治家含め誰もが周りへの同調圧力に溢れている。
そして、歴史を学ぶ上で必ず遭遇する誇張や歴史を捻じ曲げる力。「人間は面白い。小沢治三郎、宮崎繁三郎、栗田健男は無言を通したが、その逆に沢山喋って嘘を並べた人もいた」。これだけは一つの書物から得られる知識に凝り固まってしまう危険性を表している。歴史はあくまで後世の人間が作って行く。其処に隠したい事実も入らなければ、正確な歴史感覚は得られない。だから沢山の書を読むべきであるが、最近はショート動画やまとめサイト、時短といったキーワードに代表される様に、歴史も学ぶから与えられる一方だ。
その様な歴史にも偶然の積み重なりや、各方面の思惑が渦巻いた結果であり、「鈴木貫太郎が海軍の不平等人事に腹を立てて辞めようとしたのを、父が出世するために入ったのか、と叱責して残った事が後の日本の命運を左右した。」からは、あり得ないifとその先の展開をどうしても考えてしまう自分がいる。
そもそも太平洋戦争に突入した背景には各国の思惑・狙い・行動の必然性を考える必要がある。日本が真珠湾を攻撃して始まった太平洋戦争。昭和天皇実録からは「一度始めた戦争を止める難しさを昭和天皇は感じていた」事が伝わってくる。始める前に終わらせ方をしっかり考えておかなければならないが、各国の思惑を正しく理解していなければ終わらせ方は見えてこない。
そうして始まった戦争に対しても、何が正しく何がいけないか、新聞社ですら国家の飼い犬にしかならず国民の思考を停止させる。新聞の態度に対して作家が憤りを感じて日記に記した「国民にいささかの謝罪もなく、詫びるいっぺんの記事も掲げない。手の裏を返す様な記事をのせて、訓戒的に上から目線なあたり、度し難き厚顔無恥。」からは今の私の新聞嫌いと同じである。押し付けは要らない。
日本人の本質をついている「黒塗りの教科書を見て、自国の歴史を尊重しない国民ができた」からは、都合の悪いことは隠して変えて仕舞えばいいという国民性に繋がっており、現代の政治家の態度もほとんど変わらない。これが日本人の国民性だと鋭く突いてくる。
そして敗戦に向かう日本。日本が唯一の被爆国としての責任を果たせているか原発再稼働も近そうな現在において非常に怪しいところではあるが、「ゴジラが東京に上陸した昭和29年8月の少し前、ビキニ環礁の水爆実験で被爆した第五福竜丸が焼津に寄港したのが3月。ゴジラは広島長崎に続いて水爆の脅威に晒されたことに対する日本の静かな抗議だった」という記述にはまだ救いがある様にも思える。然し乍ら、いよいよ食糧事情も苦しく、学生は勉強どころでもなくなり、焼け落ちた東京を見ながら筆者が感じた、「絶対に正義は勝つ、絶対に神風が吹く、絶対に日本は負けない、絶対と信じていたものが全て崩れゆく中、焼け跡で誓った「絶対」はなく、生き延びたのも「偶然」と考えた」中学時代の想いは迫力があり、正に歴史の証人として生きてきた筆者の戦争から学んだ教訓を表す文面だった。
筆者は晩年いよいよ、現代日本人へ強く問いかける。「日本人よ、自身の過去を見る目に厳しくあれ」は戦前・戦中・戦後の日本における選択的行動の結果であり美化せずに厳しい目で見よ、という将来の日本を憂う言葉だ。GHQにより骨抜きにされた国民が、正視してこなかった過去を今一度見つめ直し、将来の判断に活かせなければ、また歴史は繰り返すという警鐘に他ならない。本書を読みつくづく「歴史を学ぶ」大切さを感じると共に、その後に続く「歴史に学ぶ」に辿り着ければならないと思う。
最後に山本五十六の越後人気質からくる黙して語らずの性格が、リーダーに必要な説明責任を果たせていない(わからない奴に話しても意味がない)という点について、今の自分を振り返り大いに反省して書を閉じた。 -
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プロレタリア哀史
二・二六事件の制圧~軍人主導の歴史へと進んでいく時代が描かれる。
①:「正義のための暴力は是」を真正面から擁護せずとも、同情・共感を覚える人が少なからずいることが浮き彫りになっているご時世。この話を読んでどう感じ、考えるか。
②:石原莞爾のイメージ相変わらず。彼の著書や遺書を読むと、軍事の天才・慧眼アッパレなのに。獅子王アレクサンドロスや織田信長は稀代稀なるヒーローで石原莞爾は…な不思議。
③:数年前に出たアメリカの文書『ヴェノナ』に続く『ミトロヒン文書』によって、ソ連共産党の世界を巻き込んだ工作活動が暴かれている。これは”陰謀論”でなく歴史の事実。そのあたりを描きこんでいくかどうか。
上手くまとめられず、箇条書きになってしまった。 -
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ネタバレ軽いエッセイで、テーマは多岐に富んでいて、読みやすい。
その分、いつもの鋭い歴史的な切り込みは少ないが、そんな中にも半藤氏ならではの視点は潜んでいる。
ベルリンの大通りにある「金色のプレート」、いわゆる「躓きの石」に関しての記述などがそれだ。ナチス時代に連れ去られて帰って来なかったユダヤ人の名前を彫ったプレートだが、そんなドイツ人にとっての負の遺産を、なぜ、作っているのか、という考察がある。
『歴史的事実とは捨てきれるものではない。われらの行為はわれらを追う、という言葉がある。未来永劫、ドイツ人がやったことはドイツ人にくっついてくる。しかし、日々<努力して>思いだし語り継いでいかないと、掌からそれはこぼれてしまうと、ドイツ人はわかっているのであろう。金色のプレートはそのことを語っていると、勝手にわたくしはそう思った。』
同感だ。人は忘れてしまう生き物だ。だから、常に思い出すよう、忘れてしまうことへの抵抗を試みている、その象徴であるのだと思う。
その後が、また半藤氏らしい。
『東西分断のつらい、長い間の体験があったればこそ、彼らはそのことを知った、なんていったら、ドイツ人に叱られるであろうか。』
逆に言うと、そういった体験がなく、努力もしないから、今の日本があるのだろう。
もう一つ。最近のウクライナ侵攻を機に、ロシア(ソ連)の第二次世界大戦の頃からの歴史を振り返ったりする中で、わかってきたことについて、気になるデータが載っていた。各国の戦死者数の比較だ。
『ソ連:2000万人、志那:1000万人、ポーランド:602万8000人、ドイツ:600万人、日本:260万人、ユーゴ:170万6000人、フランス:65万3000人、アメリカ:40万7000人』
日本において、国土は燃やし尽くされ、国内外で大量の戦死者が出たと思っていたが、こうして比較してみると、ソ連のほうが10倍の戦死者を出していることになる(そのほとんどがドイツ戦とのこと)。人口の違いはあるが、まさしく桁が違う。
今、ロシアが戦争を仕掛けているが、果たして、どれくらいの犠牲が出るのか。
この戦死者数から、何を学ぶのかが問われているように思えてならない。 -
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ネタバレこのところ、ずっと近代史(主に戦争について)の本やドキュメンタリーを読んだり見たりして勉強してきたが、この本には詳細かつ複雑な情報が山盛りで、読み通すのに時間と根性が必要だった。
この時代の戦争への道を見る時、情けないのは、誰も本気で戦争をする気がなかったにも関わらず、だれも戦争を止められなかったのではないか、と思えるところだ。希望的予測と甘い判断で、戦争に突入してしまった。
また、戦争を後押ししたものとして国民感情があるが、それを形作られるのにメディア(新聞)が大きな役割を果たしていたことだ。大衆は煽られやすく、一方向に傾きやすい。判断は情報に左右される。今のマスコミも腰抜けで、政府への批判はないに等しい。よほど目と耳を澄ましていないと、グローバルな視野で判断することはできないだろう。
『「昭和史の転回点」はどこにあったのか』は、この本のサブタイトルだが、これを、ずっと考えている。これを、この先の未来に生かすことが、筆者の願いであったはずだ。
こうして読んでいて、暗澹とした思いになるのは、筆者が書いているように、結局、戦争が国力の争いであるということ。一度、始まってしまうと、国を亡ぼすまで終わりが見えてこない、ということ。
ここから今のウクライナ侵攻について考えると、ロシアが強大な国力を持つ国だけに、経済制裁をしても効いてはこないし、戦争の終わりまでには、まだまだ長い時間がかかるのではないかと思えることだ。一方、ウクライナは小国だが、欧米を中心に世界が結束して支援をしているため、簡単に国力の底が尽きることは考えにくい。
戦争など、起こしてはいけない。それが、どうして学べないのだろうか。
「『そうです。日本はこれらの条約をことごとく破りました。日本は公然たる戦争をやりました。満州の自衛とか自己決定とかいう議論はでたらめです。しかし日本は満州を必要とし、話は要するにそれにつきるのです』。しかし、このような人々は少数派に属する。日本人の大多数は本当に彼ら自身をだますことについて、驚くべき能力を持っている(駐日大使グルーの分析)」 -
Posted by ブクログ
今の平和な日本が存在するのは、あの戦争で命を懸けて戦った人たちがいたお陰だ。それは間違いない事実だ。
私自身は戦争を全く知らない世代。
しかし私の父親は1936年生まれのため、辛うじて戦争を実体験として経験している。
語り継ぐべき物語は多数あるだろう。
我々が学ぶべきは戦争の歴史だけに限らない。
起こった事実を知ることは最低限必要であるが、大切なのは「なぜ戦争が起きたのか?」「なぜ止められなかったのか?」などの、「なぜ」の部分なのではないだろうか。
日本人の戦争の歴史を振り返ると、日清戦争まで遡るかもしれない。
国家レベルでの思考回路まで分析するつもりはないが、人間が集団になるとどういう意思決定をするのかは、非常に興味がある。
それは今でも組織の意思決定が、日々繰り返されているからだ。
会社の重要事項の決定がそれに類するが、相変わらず常に正しい判断をしているようには思えない。(もちろん会社による)
今でも企業の不正は起きているし、社長含めた役員の謝罪会見も見慣れた風景となっている。
つまり今でも意思決定というのは、何らか欠陥があるのではないだろうか、とさえ考えてしまう。
これは自分でも経験があることだが、明らかに全体の雰囲気が悪い方向に向かっているのに、それに意義を唱えることができなかったことがある。
会社の取締役会を見ていても、声の大きな、影響力の大きな人の発言は、現実的に一票以上の重みを持ってしまっているとも言える。
そういう中でどのように組織として正しい判断を行い、全体を正しい方向に導けばよいのか。
これは本当に難しいことなのだと改めて感じてしまうのだ。
本書に書かれる一行一行が本当に心に沁みる。
結局我々はあの戦争から何を学んだのだろうか。
今現在の日本が平和なのは素晴らしいことであるが、もしも過去から何も学んでいないとすれば、それではいけない。
おそらく近い将来、日本近隣での緊張は一気に高まるであろう。
もしかすると、本当に戦争が起こるかもしれない。
その時に我々はどういう行動をとるのだろうか。どういう判断を行うのだろうか。
本当に戦争に参加するのだろうか。
敵国から責められても、戦争を回避するために何も抵抗しないのだろうか。
実際には起きてみないと分からないことだらけだ。
だからこそ普段から考えて、過去先人たちはどういう風に考えたのかを学ぶ必要がある。
個人的には戦争は絶対に回避すべきだとは思っている。
しかしこちらの思いだけで成り立たないのが、戦争の不条理さだ。
もし戦争が起きたらどうするのか。
特に巻き込まれた場合に、我々はどういう行動をとるべきか。
常に心に留めておくことが重要なのだと思う。
(2023/3/12) -
Posted by ブクログ
対談形式で読みやすい。
出身地など個人のアイデンティティや戦争に関係ないエピソードの話も多く、居酒屋で話す会社の人事裏話のような話も多い。
昭和の戦争の是非や負けた戦争に名将も愚将もあるのか?と言うことは置いておいて、現代にも通じるリーダー論として読んでみた。
優れたリーダーの資質は色々あるが、愚かなリーダーの定義は非常にシンプル。
名将:
①理知的、兵士から畏敬念で見られる人、論理的にものを考える、陸大の恩賜の軍刀組(腰巾着)以外、駐在武官経験者、幼年陸軍学校よりも一般中学出身
②自分で決断、目的を明確に伝える、情報を自ら掴む、過去の成功体験に囚われない、焦点の場所に身を置く、部下に最大限の任務遂行を求める
愚将:
責任ある立場で最も無責任だった将軍
戦争に至った背景:
明治以降の軍人が海外で戦争して賠償金や権益を獲得する構造が不幸。
政党政治の不況や恐慌に対する無策。
満州事変以降の国民世論、新聞やラジオが煽る。
官僚による国体民微運動や過度な西洋文化排斥。
玉砕、特攻は本来の日本の文化ではない。 -
Posted by ブクログ
昭和史で有名な半藤一利氏であるが、幕末に関しても造詣が深いのは知らなかった。しかし、昭和を知るには、明治・大正時代に遡る必要がある。さらに、明治・大正時代を知るには江戸時代に遡る必要がある。そう考えれば、半藤氏が幕末に詳しいのも当然かもしれない。
司馬遼太郎の歴史小説の影響だろうか。幕末の志士は英雄視される節がある。特に薩摩・長州の志士は明治維新を成し遂げた英雄だ。しかし見方を変えれば、明治維新とは幕府転覆の革命であり、徳川慶喜を引きずり下ろして切腹までさせようとした反乱である。しかも、国家転覆後の青写真を誰も持っていなかったとなれば、「明治維新は単なるクーデターであった」とも言えるのだ。
真実は一つではない。見方が変われば真実も変わる。本書は幕末史の見方を増やしてくれる良書である。