半藤一利のレビュー一覧
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かげろふにねても動くや虎の耳
其角の句である。其角は俳聖芭蕉の高弟である。というよりむしろ「異色の」弟子として知られている。
この『其角俳句と江戸の春』は、何ヶ月か前BSNHK週刊ブックレビューで取り上げられた時に購入し、すぐ読んだ。今朝の放送でもまた別の書評ゲストに絶賛されていた。2度同じ本が紹介されるのは、本屋大賞を受賞した『博士の愛した数式』(小川洋子)のときもそうだったが、本を読む人にとり相当に興味深い本である証拠だ。
今日は、冒頭の「かげろふに・・・」の一句についてだけ書いておきたくて以下続きの文を記す。
其角がこの句を創った時、わが国には虎は居ない。同じ頃狩野 -
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私がその歴史観をかなり信頼してる二人による、対談形式の名将論。軍事は、人類の歴史で最も重要な技術であり続けました。ここ暫く平和だからって、忘れていい類のものではありません。昭和の代表的軍人22人を俎上に載せて、リーダーシップとは何かを検討していきます。
名将篇と愚将篇に分かれています。名将篇で登場するのは、栗林忠道、石原莞爾と永田鉄山、米内光政と山口多門、山下奉文と武藤章、伊藤整一と小沢治三郎、宮崎繁三郎と小野寺信、今村均と山本五十六。愚将篇では、服部卓四郎と辻政信、牟田口廉也と瀬島龍三、石川信吾と岡敬純、大西瀧治郎・冨永恭次・菅原道大 (特攻隊の責任者)。
名将必ずしも国家の行く先を過た -
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以前読んだ「日本のいちばん長い日」が面白かったので2冊目
この本も「日本の一番長い日」同様に太平洋戦争終戦時の歴史書。
今回は終戦直前にソ連が連合国軍に参戦し満州に侵攻する様子、終戦(敗戦)に向けた日本政府(軍部)の動き、連合国の思惑等々を時系列的に書かれています。
日本政府(軍部)の読みの甘さ、外交ベタとは対照的に、スターリンの野心的(狡猾)な外交術が目立つ。
我々は後の歴史的結果を知りながら読んでいるので、当時の当事者の感覚がどうであったのか想像するしかないが、日本の外交ベタは”腹が立つ”を通り越して胸が悪くなる。
正直”ヘタ”では済まされない事象が次々と。。。
まあ、それまで日本軍は敗戦 -
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日本政府は、愚かにもソビエト、スターリンの仲介により、戦争の終結を図ろうとする。当時、妄想の国、日本ではソビエトは救世主であったのである。満洲での仮想敵国は、ソ連であった。そのために関東軍を作ったのである。その仮想敵国が、救世主となったのである。その救世主が45年、8/9に日ソ中立条約を破棄し、日本に宣戦布告する。この出来事に一部の人たちを除き、新聞マスコミなど、多くの日本人は失望と落胆を抱いたのである。その動揺の姿が、今から思えば異様でさえもある。特に政府、日本軍部はソビエト軍部の実像とかけ離れた、ありもしない願望であるソビエトが仲介してくれるという妄想に酔っていたのである。以下引用。
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反薩長派として幕末史について展開されており、反薩長観点としての幕末のなぜを感じることができた一冊である。
学生のときは薩長による倒幕論による学習が中心であり、王政復古の大号令や、戊辰戦争、その後の西南戦争など、なぜそのような歴史になったのか違和感を感じていたものの、この本を読んで個人的には辻褄が合ったように感じた。(歴史は、勝者の論理によって書き換えられることは昔も今も変わらないんだろうな)
特にこの本が面白かったところとして、
・反薩長観点としての幕末におきた出来ことをユニークな視点で展開していること。武士の中でも階級が低い身分たちによるクーデター。
・外圧や財政難が同時に発生した際には、 -
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昭和天皇物語 18巻
昭和19年。敗戦が色濃くなり、特攻を是とせざるを得ない昭和天皇の苦悩が重い。何もかも自由に決められる立場ではないが、現実を理解しているからこその苦しさが伝わってくる。
一方で、牟田口廉也は『アルキメデスの大戦』でもひどく描かれていたが、本作は史実を下敷きにしているだけに、「本当にこんな人物だったのか」と考えさせられた。
もちろん漫画としての演出はあるのだろうが、旧日本軍がなぜ敗戦へ向かったのかを象徴する存在として描かれているように感じる。
太平洋戦争は、戦国や幕末と違い、父母、祖父母の世代に直接つながる時代で歴史上の出来事というより、自分たちのすぐ手前にあった現実と -
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興味深く思った点を幾つか列挙。
・実録執筆者の中に“エース”(昭和史の核心を担う執筆者)を想定し、“エース”が昭和天皇の「天皇像」を明確にし、天皇に「プラスに働く材料」(p.128)がない箇所は、記述が少なくなったりするという保阪正康の指摘。
・「軍部にとって天皇とは、最高指揮官などではなく、神殿の壁のようなもの」(p.81)で、それは幕末の長州藩の藩主が“そうせい様”(報告さえすれば、「そうせい」としか言わず、自由に行動させてくれる)で、この長州藩が後の明治政府の担い手となったことで、この「神殿の壁」構造が引き継がれていったのだ、という磯田道史の指摘。
・戦中戦後を通じて、短波放送が昭和天皇 -
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長かった……前編の方が気になって予約してたのに後編の方が先に来てしまい、しょうがなく読んだが、またオイルショックが起きそうな今読むにはこちらの方が良かった気がした。著者の実体験が結構出てくるので、歴史研究家の人の本ほど信用していいのかなみたいな感じもしたが、まあ面白かった。
まあ長過ぎて最終的に頭に何も残っていないような感じもするけど、自民党はやっぱりずっと前から軍隊を持とうとしたり改憲しようとしたりしてるんだなあという感じ。まあ独立国で軍隊を持っていないという状態の方が本来はイレギュラーなんだろうなと思う。でも持たずに済むなら持たない方がいいだろう。戦えるようにしたって第二次世界大戦と同じ轍 -
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元文藝春秋の編集者によるエッセイ。中学時代は太平洋戦争の世代、まさに昭和の語り部。やはり戦争前後の体験や、ほかに個人的に興味深かったのは1950〜60年代ころの社会人の働き方。社屋も移転し、週刊誌を始めるなど変革期にあたって社長が朝早くから全員出社するようにと激励する。その時間が10:00・・普段は何時に出社してるのか、徹夜が当たり前だったのかと驚く。終戦後、鬼畜米英から民主主義へ、大人たちの掌返しが青年の目にどう映ったのかを読むと、いろいろ考えさせられる。
銀座を台座にした話も多かったが、さすがにヤクザやザペッティなどは出てこなかった