半藤一利のレビュー一覧
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ネタバレ『昭和史』『日本のいちばん長い日』で知られる半藤一利氏とライフネット生命代表取締役兼会長の出口治明氏の対談本。ともに歴史に造詣が深い方かつ、流れや補足説明がきちんと盛り込まれているので読みやすい。
2020年の新学習指導要領「歴史総合」にもつながるような「世界史の中の日本史」が描かれている。グローバル化かナショナリズムかが問われる現代だからこそ、世界全体を見渡し、戦後から現代へのつながりを見つめ直す、契機となる一冊。
特に印象的だったのは以下の2点。
・自尊史観(日本は素晴らしいと語ること)は、自虐史観の裏返しで、元を辿れば同根である
・「経線思考」(本来は違うのにイエスと言い続けて現実との乖離がどんどん大きくなると、もはや後戻りができなくなること)によって、日本は戦争に負けた
例)日露戦争で息も絶え絶えになんとか勝利した戦況を、国民の戦意喪失を恐れて正確に伝えなかったために、日比谷焼き討ち事件が起こり、反米感情が生じてしまった
また、理解を深めるためのブックガイドつきでさらに深掘りしたくなる。全ては難しいが、幾つか読んでみたいと思う。 -
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<目次>
第1章 日本は特別な国という思い込みを捨てろ
第2章 なぜ戦争の歴史から目を背けるのか
第3章 日本が負けた真の理由
第4章 アメリカを通してしか世界を見ない危険性
第5章 世界のなかの日本を知るためのブックガイド
第6章 日本人はいつから教養を失ったのか
<内容>
『昭和史』の半藤一利さんと『全世界史』の出口治明さんの歴史をキーワードとする対談集。二人の意見は一致していて、”無教養”な日本人(それは、現在だけでなく、明治期はOKだが、戦前の指導者も無教養だったと著者たちは言う)が、日本を誤った道へと導きつつある中、世界史を踏まえた日本を学び(それは「本」を読むことに尽きるが)、殊に20世紀の歴史が大事だとする。そういう意味で、高校の歴史の教科書を通常の形でやると、1年間では到底20世紀には到達しない、私たちの教え方(もしくは教科書の配分)に問題があるのだろう。しかし、学校のせいにせず、自ら学ぶ姿勢がここでとても大事になるわけで、このテキストは多くの人に読んでほしい。 -
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あとがきにも本人が書いてらっしゃったけど、半藤さんが楽しそうに喋ってんなぁー、というのが印象的でした。戦時史に関する相当な知識や経験を持っているという自負があろう私が、まだ新たな気づきや学びが得られたという知的満足感からなのかなと思ってます。議論は同じレベルか、それ以上の人とやらないと自分を高められないですね。
ないようとしては、対談形式なので、互いがフォローしたり、質問しあったりと非常に読みやすかった。ロシア人の合理的な考え方からすると、今回のプーチン来日は成果がないだろうなと思えて仕方ない。
軍部の学ばなさをなぜ後世で学ばないのかが甚だ不満。過去を否定するには近すぎるのだろうけど、それできなかったら変われないよ。気づかれたらトランプ待望論が日本にも出てくるよ、きっと。 -
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対談を通じて、現在の日本がどうあるべきか、日本人としてどうあるべきか、それに対しての問題意識を共有することができる。
歴史のカバレッジという意味では、特に近代史、特に第二次世界大戦前後の世界、日本を取り巻く史実が中心。
両著者が対談の中で推奨する歴史書籍を紹介しているので、この情報は貴重、保存版。
対談集なのでどうしても歴史を学ぶ、という観点では不十分だと思うのだが、これらの書籍を興味に応じて読んでみるのが良いのだろう。
「世界史としての日本史」という表題の中には、第二次大戦時に日本は世界の潮流を見誤った、という反省と、「日本美化論」が華やかな昨今の日本の状況がそれに類似している、という注意喚起の意味を有している。
以下引用~
・終身雇用とか、系列取引とか、日本企業の伝統と思われているしくみの大半が、実は1940年体制から生まれたもののようですね。1940年体制は、満州での実験から学んだことを、本国でもやろうとしたもののようです。
・「メシ、風呂、寝る」でいい仕事ができると思いますか?
僕(出口氏)の言葉で言えば「人、本、旅」で、たくさんの人に会い、たくさんの本を読み、いろいんなところに行って見聞を広めて、勉強して初めて、「これは使える」「これを試してみよう」と気づくことができ、いい仕事ができるようになるのではないでしょうか。
戦後システムでは、体力の再生産だけで良かったが、これからは知的能力の再生産が必要になってくる。寝る間を惜しんで長時間働いていたら勉強する暇がない、バカンスがなければ勉強する暇がないのです。 -
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昭和史の大家である半藤氏と、国際通の佐藤氏の対談による近代昭和史についての本。タイトルは「戦争論」となっていますが、どちらかというと太平洋戦争の開戦から終戦までの近代史において、当時のソ連がいかに関わって来たのかという部分がクローズアップされてします。そこはさすがロシア通の佐藤氏ならではの分析と情報が満載です。
教科書に出てこない昭和史の重要な一面に触れることができます。かなりの情報量の本なので、近代史の知識があまりない私には難解な箇所も結構ありましたが、太平洋戦争開戦前の日本がいかにソ連の意図を把握できていなかったか、北海道がソ連領となるシナリオはかなりあり得た状況だった、ソ連がなぜ東欧のような衛星国家を設けたのか、などの解説は非常に興味深く読めました。
対談形式なので、中身が濃い割には読みやすい印象です。 -
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平成の時代となった今、昭和は既に歴史である。本当にそう考えて良いのであろうか。祖父母たちが生きた時代であるにも関わらず、小中学校で教わった太平洋戦争の時代が全くリンクせず、身近な証言者たちから何も聞かなかったことを後悔している。
小中学校で教わった昭和史は短く内容の薄いものであった。現代に繋がる昭和史は非常に重大なものであると思う。また現在、国家として抱えている問題の多くはこの時代に起因しているとも思う。従って歴史の勉強は是非とも現代から遡ることとし、内容も深くあって欲しい。天皇の戦争責任も結論は出ないかもしれないが、大いに議論し考えることが重要だと思う。 -
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ネタバレ半藤一利と加藤陽子による昭和の戦争に関連する人物の疑似裁判?というより裁判を模した対談。
まあ!兎に角、微に入り細に入った内容まで立ち入って対談しているのには正直驚いた。昭和の時代だから資料が豊富にあるので、ここまでやらなければダメなのかとも思うが、調べるのも大変だと腰が引けそうな感じがする。
俎上に乗るのは「広田弘毅」「近衛文麿」「松岡洋右」「木戸幸一」「昭和天皇」の5名。東条英機が何故入っていないのだろうと不思議に思う。対談の対象に入れても太平洋戦争の主犯だというのが、はっきりしていて「裁判」としては弁護の余地がないからだろうか?
特に最終章の「昭和天皇」の章については、驚きの内容でした。
P287~288
半藤:昭和16年は新聞が反米運動のお先棒かつぎでした。新聞が反米の世論を焚きつけたのですが、今度は逆に、世論に新聞も言論を縛られていくのです。
P302~303
加藤:(第二次上海事変-1937年に中華民国の上海共同租界で起きた日中戦争の発端となる日中両軍の戦闘の時)天皇は、参謀本部は渋っているけれど、やっぱり海軍が求めるように、上海にもっと陸軍の兵力を投入せざるを得ないと判断する。海軍側への信頼関係もあったせいで、かなり大胆な指導をなさったな、と思うのです。とりわけ昭和12年11月までの、上海作戦が終わるまではその印象を持ちます・・・(略)・・・平沼首相に向かって、「統帥権について、言葉を変えていえば陸軍について、何か難しいうるさいことが起こったならば、自分が裁いてやるから、何でも自分の所に持って来い」と言う。昭和15年までも含めて、日中戦争は天皇が、戦術戦略的なレベルまで降りていって指揮した戦争だったなあ、という印象があります。
半藤:昭和天皇の中国に対する最初のころの基本的な考え方は、残念ながら「中国一撃論」でした。
P323
半藤:昭和天皇はどうやら日中戦争開戦そのものはやむを得ないと思っていた。けれど、対ソ戦開戦の恐れがあるから早く収拾せよと、それを一所懸命言っていたのです。
P324
半藤:天皇のみならず軍部や政府の指導者たちには、南進でも北進でも同じ結果を招くとはわかっていなかったのです。いずれもアメリカの対日硬化という結果を招くということが。
P343
加藤:元老の西園寺公望が元気な頃、そして牧野伸顕が内大臣の頃までは、とにかく天皇は御前会議を開いては駄目だと。政治的な判断をしてはならない時代でした。でも、湯浅倉平が内大臣になると、湯浅は例によって内務官僚の真面目な人ですから、天皇の統帥権的発言を許すわけです・・・(略)・・・昭和天皇は美濃部達吉の天皇機関説事件が起きたときには、天皇機関説を支持していたにも関わらず、湯浅内大臣になると天皇機関説を逸脱した形で戦争に関与しました。天皇機関説が保障してくれていた君主無答責が、昭和10年(1935)の機関説排撃事件で葬られてしまいますので、終戦のときは、ある意味、天皇の「無答責」を保証する国法学的な解釈がなくなってしまっている。天皇は、太平洋戦争のそれぞれの作戦指導で、御下問というかたちで、統帥部の判断を変更することがありましたので、天皇「無答責」というのは、太平洋戦争中の国務と統帥については、無理があると思っています。軍はそれがわかっているから、無条件降伏できなかったと思います。
P373
半藤:それにつけても、最後にもう一言、昭和天皇のまわりには不忠の臣ばかりがいましたなあ。
私としては、これまで天皇の戦争責任という問題について、余り考えたことが無かった・・・というより考えることを拒否していた。ましてや昭和史に関しては、読むのも嫌だったが、最近思う処があって、これまでの食わず嫌いな分野まで、やっと手を伸ばし始めました。
その最初の本にしては、衝撃が大き過ぎた感があります。 -
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ネタバレ「愛国談義」とタイトルにあるが、中身は夏目漱石の話から始まり、新作の「風立ちぬ」の話、そこから発展して関東大震災や太平洋戦争へと続いてゆくが、話はこれらのテーマを行きつ戻りつして、取り止めがない。あちらこちらに面白い話がちりばめられている。どれか興味がある話があれば、「なるほど、なるほど」と思って読めば良い、そういう気楽さのある本だけれども、中身は濃い。
半藤さんはあとがきでこのように書いている。
「いまの日本の政治は期末利益優先の株式会社の論理で国家を運営している。わたくしにはそうとしか見えません。とにかく目先の利益が大事であって、組織そのものの永続は目的ではない。自然環境や医療や教育や自活の方策など、国民再生産の重要課題などは後回しで、その日暮しで、国民の眼くらましとなる利益のあがる政策最優先です。」
本当にそうだと思う。今の日本は行先が定かではない、その不安を誤魔化すように毎日毎日景気動向の話で盛り上がっている。でも肝心の行き先は誰にもわからない、そのことを正視するがこわくて、『一億総活躍社会』なんて言葉が出てくるのだろう。
第2部の終わりの方に”「持たざる国」の将来のこと”という章で、宮崎さんが「健康で働く気があれば大丈夫。それしかないだろう」「不安がるのが流行っているけれど、流行に乗っても愚かなる大衆になるだけだからやめなさい」「不安なときは楽天的になって、みんなが楽天的なときは不安になれ」と言っているのが面白い。「「この生き方が正しい」なんて、そんなこと決めないで、いろいろでいい。困るときは、みんなで困るしかないんです。オタオタするなら、みんなで一緒にオタオタするしかない。」とにかく生きろ!と言われているようで、なんだかよくわからないけれど、ふっと笑ってしまう。そしてふっと肩の力が抜けたところで、さぁもう少し頑張ってみるか、と思える言葉だ。
ただ「今日本で着るものも食うものも自分ではつくっていませんね。そのことは、あんまり大丈夫じゃないなぁ」「しかもいまの日本人には、この国には資源がないという発想がない」ともいっている。「持たざる国」であるという発想がない。それではどうすればいいのか・・・?この後宮崎さん半藤さんなりの意見がもちろん書かれているが、それこそ「この生き方が正しい」なんて決めないで、それぞれがオタオタと生きればいい、そういうことなのだろう。