ヤマザキマリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ自分の人生を計画したい人があまりにも多すぎると。そうではなく、人生はひとりでに「なる」のだということ。
自己とははじめからあるものではなく、生きて行くうちにひとりでにできていくものなのだ。それをやる前からそれをすれば何を得られるのか、それは自分のためには必要かなど考えてしまうのは、現代病の一種だなと思う。
自分の知りたいことだけを知りたい、ジャンルに括りたがって、自分のなかで簡潔に完結させたがる。予定調和な人生を望む・・。私含め現代人に当てはまることが多くて、どきっとさせられた。仕事だけでなく生活でも効率化を求めるあまり、人生も効率で考えるようになってしまっているのかな・・。
自分の人生も思考 -
Posted by ブクログ
ネタバレヤマザキさんの本を読んでいると、知的好奇心・探求心が刺激されて、世界についてもっと知りたい、知らなければという思いにさせてくれる。狭い自分の安心できるテリトリーで安穏と生活していないで、もっと広い世界に目を向けなさいと叱咤激励されているような。
楽しいことばかりではなく、辛いこと苦しいこともあるのが人生で、それが生きるということなのよと言われているような。
考えてみれば、現代は便利になりすぎて、ついどれだけ楽をするかということがゴールになってしまっていないか。思考をやめてしまっては、他者の都合の良いように利用されてしまう。
自分で調べて、考えて、行動しなければ。
また失敗を恐れすぎると、結果的 -
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Posted by ブクログ
よく聴いているラジオに著者がゲストで出ていて、話の内容も話し方も面白かったので、読んでみた。
自分の人生を綴りながら、お金や仕事について書いている。
一見、破天荒な人生である。14歳で1ヶ月も海外1人旅とか、17歳で絵画を学びに渡伊とかは、普通の親の元に生まれていたらできなかったことだろう。そこで多様な価値観を受け入れる人生観ができて、語学が身について人生の幅が広がって現在に至るのだから、良くも悪くも親ガチャはある。
組織に雇われて働いたことしかない者からしたら、働き方の考え方についてはそのまま同意できる訳でもないが、広い視野を持つことは必要である。 -
Posted by ブクログ
ヤマザキマリ氏による、お金と仕事にまつわるエッセイ。
ヴィオラ奏者である母のこと、貧しかったこども時代、イタリア留学、恋人の借金返済地獄、鬱、妊娠と出産、別れと再婚、タレント的な活動、漫画家デビュー、テルマエロマエの大ヒット、映画化原作料と炎上、過労による休止、最新作プリニウスのこと、夫と息子のこと、などなど。
もともとパンクが好きだったという著者。人と同じが嫌だという考えもあり、とにかく波瀾万丈の生き方である。それだけで、まずおもしろく読める。
また、どん底を経験したからこそ言える力強い励ましと、俯瞰的で楽観的な見方。恥ずかしい思いや惨めな思いをしなければ人は学ばないという話も、実感がこもっ -
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読んで、おだやかな気分になれる本だった。死とか老いとか、わりとネガティブに遠ざけたくなることがらについて、たんたんと受け入れるというかなぁ。正直、最初のうちはなんとなく読みづらかったんだよ。なにか、読み進めるのに抵抗があるというか。ひっかかる気分について、自分のなかでためつすがめつしてみると、内容に対して表現が直球で向かってくる気がして、鼻白んでいたのだろう。読みながら、もう少し迂回した言い回しって、できないものか、なんて自分の中で思った後で、あぁ俺はこういう話はもっと遠回しに行ってほしい、って思っていたことに気づいたんだね。でも、内容自体がべつに迫ってくるような激しさがあったわけじゃない。む
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ネタバレ「ゲゲゲの謎」という映画が流行っている昨今、水木さん入門書として良い、というトゥートを見かけたので購入。
水木さんの漫画・人生に自分の語りたいことをおっかぶせている様子も、後半ちょっと散見されるが、水木さん本人のおおきさが上回って語りきれない感じなので、たしかにかえって入門書としてはよかったと思う。わたしの手元にはいま「総員玉砕せよ!」があって、このあともしかしたら「のんのんばあとオレ」を買うかもしれない。
嫌いだというのに人間中心主義(ヒューマニズム)の夢を見てしまいがちだったのだが、そこに、人間もひとしく生きて死ぬだけという価値観をぽんっと放り込んでもらったので、ちょっと読み返しながら自分 -
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読んでいて穏やかな気持ちになった。
マリさんも母リョウコさんも、エネルギーに溢れた生き方をされているのに、それを読むと明日への活力をもらえるというより、老化も死も避けられないものなのだから、抗わずにそのまま生きてよいのだと安心感をもらえる。
自分の存在価値など求めずに、ただ生を全うするだけでよいと言ってもらえ、肩の力が少し抜ける。とは言え、家の外に出るとまた力が入ってしまうのだろうけど。
小学生の頃、母や妹相手に、身近な親戚のお葬式を振り返ったり、死について話すと縁起でもないと嫌がられたことを思い出した。
人間はいつかは死ぬもの、どうやって死ぬかはどのように生きるかと同義だと思っていたし、