ヤマザキマリのレビュー一覧
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『パスタぎらい』
『テルマエ・ロマエ』でお馴染み
ヤマザキマリ 極上の食文化エッセイ♪
…って、表紙のインパクト強すぎでしょ♡
"ジャケ 買い♪" しちゃったよん (๑˃̵ᴗ˂̵)
ヤマザキマリ さんのこと全然知らなくって
『テルマエ・ロマエ』の人 ってことくらいしか知らなかったのね…恥ずかしいんだけど
読みやすかったなぁ✨
いくら海外暮らしが長くても、家族が外国人であっても、やはり私の味覚はなんだかんだで和製優位なのだろう。茹ですぎてぶちぶち切れてしまう、お弁当の付け合わせに入っているようなケチャップベトベトの冷めたスパゲッティを口にした瞬間、なんだか心底ホッとしてしまう。
…なんて描写堪らんでしょう?
(文章のここだけ切りとったとてなんだけど)
ケチャップベトベト が頭から離れなくって
ナポリタン作ってしまったわ♪
イタリアと日本の食文化の違いだったり、俳優の北村一輝さんと餃子を食べた話だったり、そのほかにも食にまつわるトリビアがたっぷりなもんだから読んでいると涎が出ちゃいます♡
スナック菓子バンザイ!のテーマのところは
いかに日本のスナック菓子が美味しいかを説明してくれているのだけれど…
かっぱえびせん、カール、餅米が原材料のトラディショナルな煎餅やあられ、柿の種。
それだけではない。エビやイカなど海鮮の風味を生かした薄焼き煎餅に豆菓子、魚介類の燻製やチーズ類。じゃがいもを原料にナチュラルな味覚を生かした絶妙な食感のポテト菓子、インスタントラーメンを砕いて味付けしたもの、子供でなくてもたまに頬張りたくなるうまい棒(特に明太子味)
あぁぁぁ…
うまい棒 の口になっちゃったよ ಠ_ಠ
終始、ヤマザキマリさんの日本LOVE❤️
が伝わってくるんだもん
堪んないでしょ♡
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Posted by ブクログ
ラテン語さんの前作を読んでラテン語に興味を持った。今作は格言集であるが、ヤマザキマリとの対談形式で各々の格言にコメントがされており、テルマエロマエ好きとしては嬉しい内容であった。
ラテン語は印欧言語のルーツ的な存在であるが、意外にも日本人的な感覚の格言が多いのが印象的だった。私はユダヤ教・キリスト教などの一神教的価値観には本能的な拒否反応を示すが、ラテン語時代まで遡ると、共通の何かにたどり着けそうな気がした。
好きな格言は in vino veritas(酒に真実あり)である。飲み会の時にこそ本音が出せるというのは如何にも日本的ではないか。現在でもローマの土産物店で、この格言のマグネットが売っているらしい。こういった価値観を基盤にして西洋人と付き合うと、結構深い関係を結べるかもしれない。 -
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二人の会話を読んでいるうちに、美術館に行きたくなる。
講義や細かい解説の形ではなく、この本で教養が深まるというよりは、自分であれこれ妄想を広げながら楽しみを見出すきっかけをくれる本だった。
作品自体についての妄想に留まらず、画家同士が実はこのタイミングで出会っていたかも、こんな話をして、影響をうけていたのかも?という妄想、自分が美術館をつくるなら、、? そうやって好奇心を次々と刺激されて新しい知識も増えていくんだろうなと思った。
メジャーな作品や巨匠にも、有名になるまでの物語があるし、日本ではあまり知られていないアーティストの中にも素晴らしい人がいる。知識があってもなくても、あなたの目で実際に見て自由に楽しんでみてというメッセージを感じた。
妄想の話だけではなく、実物のテクスチャー、飾り方や、他の展示とのバランス、飾ってある場所の雰囲気、美術館のある場所、など
実際に美術館に足を運ぶ醍醐味について語っているところにはとても共感できた。
絵を見るためにわざわざ遠くへ出掛けるのが理解できないという友人に、絵なんてネットとか画集でみれるよ、と言われ返答に困ったが、この本を渡したら少しは興味を持ってもらえるかもしれない。 -
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イタリアの家庭菜園でトマトがなりすぎ、食べても食べてもなくならない、と。トマトが大好きなのでうらやましくて…毎日おなかいっぱいのトマト食べたい。なのにヤマザキさんはトマトがあまりお好きでない、とのこと。
貧乏時代に食べたもの、というのがどれもおいしそう。豆とパスタを煮込んだもの、夏に食べる茹でた米のサラダ、そしてペペロンチーノ。
お母さんのブームが去るまで同じメニューを作り続ける、ロールパン、アップルパイなどそれほど手間のかかるものを忙しい中作っていた、その気持ちはまさに親の愛だなあ。暮しの手帖が教科書だった、というエピソードも。
『貧乏だからといって、まずいものしか食べられない、ということはない』確かにそうだ。
ヤマザキさんの周りには色々なかたちの愛が溢れている。
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原田マハさんの作品はいくつも読んでいるし、ヤマザキマリさんは講演を聴きに行ってほんとに面白かった記憶があり、大好きな2人の対談のため購入。
2人とも美術マニアなんだけど、着眼点が違うというか、「そういうモノの見方をするのか」というのが面白かった。
例えばヤマザキマリさんのウッチェロの話で、「遠近法や理系で物を考えすぎて幾何学模様を絵に入れてしまう」みたいな彼の人となりから美術に反映される考察とか、原田マハさんの風神雷神図屏風で「作者の俵屋宗達はルネサンスを見たに違いない!」という仮説の妄想から歴史を調べて小説ストーリーを作るみたいなのは自分にはできない思考。
作品だけを見るのではなく、その背景を読み取ったり、アーティストのことを思い浮かべる発想力が素晴らしかった。
見てみたい作品が増えた。
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面白そうな話をしそうな人が実際に面白い話をしている。
それを喫茶店なり飲み屋なりで、ごく近い席で聞き耳立て楽しませてもらってる。
対談集を手に取ると、いつも大体そんな感じ。そして紹介される著書が興味深いのでエア積読が増える。
昆虫好きな二人が、昆虫について、昆虫から広がる話について、しばらく話し続けます。虫があまり得意でないなら少し辛抱が要るかも。でも中盤からはほとんど虫は出てきません。
他の動物について、人間の歴史、文化、知性、民族性、死生観、政治経済、環境問題について。それはもう多岐に渡って話してます。
どのトピックも、うんうん、なるほどと頷けるところだらけ。とりわけ、
『だって自分は死んだって本当に困らないから。そうでしょう?若い人は自分が死ぬと、意外に困ると思ってるんですよ。年寄りでも言うでしょう、私が死んだらみんなが困る、いまはまだ死ねない、と。でもいちばん困らないのは自分ですよ。だって次の日から自分はもういないんだから。逆に言うと、それをひっくり返すと簡単なことで、人間の人生って、ひょっとすると世のため人のためなんですよ。自分のためじゃない。だから人の死は自分に関係あるけど自分の死は自分に関係ない、死は「一人称(私)」でなくて「二人称(あなた)」なんです。』(p.139)
が最近の私にとってのパワーセンテンスでした。
昨日までそこにいた人がいなくなったら、物理的、機能的に困ることはある。もちろん感情的にも。それだけではなく、いなくなったその人の生き様、死に様を知り考え、自分の人生観、死生観が更新される。それは、とても重い呼びかけとなる。 -
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17歳のとき単身でイタリア留学。ピラニアがいるかも知れない川で泳ぐなど、破天荒な行動で、人生を謳歌しているヤマザキさん。彼女を題材にして、余裕で一冊の小説が書けるような、波瀾万丈の生き方をしています。私にはとても真似できません(笑)。しかし、旅には出たいなとは思いました。
【心に刺さった言葉】
・私はよく「それって、もし宇宙人が見たら、どう思うか」って考えることがあるのですが、そうすると私たちって、みんな「地球人」だし、生物学的に見たら、誰もが「人間」という生き物になる。「それって地球人として、どうなのよ」という感覚は、どこかに持っていたいと思うのです。
・人間に愛されることも大事だけれど、この探検記のデルスみたいに、何よりも地球に愛される人になりなさい。地球が、お前には生きていてほしいと思うような人間、そういう生き物にならなけゃいけない。そうすれば、きっと自然がお前を守ってくれるよ。たとえ台風に遭っても、どんなに孤独でも、自然がきっとお前を生かしてくれる。
・たまには自分よりもうんと大きくて手ごわい自然を体いっぱいに感じて、人間は、なんてちっぽけなんだとあらためて思い知った方がいい。そうすることで、何か諦めがつくというか、振り出しに戻ったかのような気持ちになれるんじゃないか。
・「ああ、月がきれいだ」っていうだけで生きる喜びを感じられる自分と「もう死んだ方がいい」というくらいの不条理な闇を見つめている自分と。一方があるからこそ、もう一方も深く味わえるのだと思います。
・ガンガン傷ついて、落ち込んで、転んでは立ち上がってというのを繰り返しているうちに、かさぶたはどんどん厚くなっていきます。かさぶたがいっぱいできれば、皮膚も分厚く、たくましくなるんだから、かさぶた上等。どこどこつくっちゃえばいい。そうやって失敗を繰り返していくうちに、やがて分厚くなったかさぶたがはがれる時が来る。「ああ、自分はカッコつけてたな」とか、「人からどう見られているか、体裁ばっかり気にしてたな」、とか、薄皮が一枚一枚はがれるみたいに余分なものがとれていった時に「ああ、失敗は、どれもこれもいい経験だったな」と思える時がきっとくる。そのためには、経験と時間が要る。 -
Posted by ブクログ
序盤、お2人のハイソサエティな経歴や、紹介されるのが海外の美術館ばかりなのに、世界が違うかも…と少し引きそうになってしまったが、アーティストや作品紹介が始まったら楽しめた。
ヤマザキマリさんが大好きだという『書斎の聖ヒエロニムス』、示唆的で詩的で、色も美しく、シュールレアリズムのような雰囲気もあり、わたしもすごく惹かれた!この絵1枚から、いろいろな物語が生まれそう。
そしてこれまた知らなかった画家、ウッチェロ。『聖母子像』の幼児キリストの顔、これは思わず笑ってしまう。人物よりもボタンを描くことに執着しているのも面白い。この人の絵をもっと見てみたい。
ルソーの『幸福な四重奏』も愛おしい。ルソー作品も美術館で見てみたいなあ。