ヤマザキマリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ヤマザキマリと中野信子の対談形式の文章
コロナ禍で会話した内容を文字起こししたようになっている
発売されたのは2020年8月20日
確かにあの頃は真っ最中でもあり、徐々に何かが分かりかけてきた時期でもありましたねぇ
パンデミックが歴史的にどう影響を与えてきたのかという縦軸と、洋の東西を横軸に語られる影響
文化的な背景、国民性による対策の違いなど
こういう軸で語られる知識人の対談は面白いですよね
目次
第1章 コロナでわかった世界各国「パンツの色」
第2章 パンデミックが変えた人類の歴史
第3章 古代ローマの女性と日本の女性
第4章 「新しい日常」への高いハードル
第5章 私たちのルネッサンス計画
ヨーロッパはハンカチで鼻をかむ文化なので感染しやすかった?
マスクとは、病気に負けた証拠のイメージなので拒否反応を示す
各国の指導者の演説の違い
「平時には隠れていた世界各国の『本性』が明らかになった気がする。下世話な表現を使うと、コロナが『お前はどんなパンツをはいているのか、脱いで見せてみろ』とそれぞれの国に迫ったような感があった」
スペイン風邪のときにように、危機的状況に陥るとポピュリズムが蔓延し、独裁者がもてはやされてファシズムが台頭しやすくなる
民主主義のもつ脆弱性やセキュリティホールのようなもの
日本は普段から身体的な接触が少なく、ソーシャルディスタンスが取られている
疫病に対する文化的な比較
ヨーロッパは疫病を敵と考えて「戦い」「打ち勝つもの」
日本は耐えてやり過ごすもの
または下位の立場から交渉して共存するもの
観光に依存しているイタリアでロックダウンをしたら経済が死んでしまうという意見に対し
経済は生き延びている人間がいればなんとかなる
お金よりも人命が優先
日本の場合はリーマンショックでの自殺者増加した事実があるが
自殺を罪とするキリスト教圏では、貧困が原因で自殺するという事にリアリティが感じられない
必然、対策が同じにはならない
危機管理の優先順位が各国で異なるので、対策を比較する事は無意味
黒死病ではユダヤ人がスケープゴートにされた
貴賤貧富の関係なく襲ってくる恐怖
それを利用してキリスト教が広がる要因になった
疫病が流行れば、キリスト教会は疫病や凶作は不信心な者どものせいだというプロパガンダをくりひろげて信者を増やしてきた
メディチ家はパンデミック成金
魔女狩りの起源
現代日本でも同様の密告や私刑が横行してるなぁ
ヨーロッパ世界最悪のパンデミックであるペストがルネサンスや宗教改革をもたらした
今回のパンデミックはどのような世界の変容をもたらすのか?
共同体に貢献をせず、利益だけを得て「ただ乗り」するフリーライダー
フリーライダーが増えてしまうと、ルールは死文化し、共同体は成り立たなくなってしまう
そこで、フリーライダーを見つけて、その人を罰することに快感を覚える仕組みが備えつけられている
「正義中毒」という快感
「自粛警察」は不倫カップルのことも許せないのと同様の心理が働く
知識のある人達の変わった切り口からの意見や分析は面白く読める
ただ、対談を文字起こししたようなものなので、情報の出典や根拠となる文献があればもっとよかった
ま、中には参考資料が示されたとて怪しげな意見も述べられているけどね -
Posted by ブクログ
漫画家として身を立てるまで、イタリアで絵の修行をしたり、札幌でTVのレポーター含め何でも屋をしていたり、こんな波乱万丈の人生を送られていたとは。夢を追い続けたくても、生きるためにはお金が必要で、他の仕事をすると夢のための時間が奪われて…という芸術家として生きていくことの難しさ、ジレンマみたいなものを垣間見た気がする。作品に人気が出たら出たで、難しさはあって、私の好きなテルマエ・ロマエのヒットの裏にもたくさんの苦悩があったのだな…。
ヤマザキさんの様に、経済的な安定だけじゃなく、自分の人生で大切にしたいものを守って図太く生きていきたいと思った。 -
Posted by ブクログ
ヤマザキマリラジオを聞いた
凄まじい言語の応酬 いやぁ、びっくりしました
↓以下NHKより
ゲストは歴史学者の磯田道史、そしてヤマザキマリの夫で比較文学者・作家のベッピ・キュッパーニがイタリアから登場!▽イエズス会が書き残した資料を基に、日本の戦国時代を小説に書き上げたベッピ氏。日本人とは異なった視点で描かれた戦国時代に磯田先生も大興奮!
前回は聞いてないんだな→山下達郎ゲスト
どっかに記録残ってないかしらん?
さて本題のこの本です
番組の中で紹介されていた凄まじいイタリア家族
この本が劇画イメージのヤマザキマリ作とは気がつかなかったです
「テルマエ・ロマエ」前の作品なんですねー
オドロキでした -
Posted by ブクログ
人は誰でも必ず老い、死に至る。平凡な人生なんて一つもない。だから誰の人生でも、数奇な人生なのである。
著者のマンガ作品は読んでいるが、エッセイを読むのは初めて。
これだけ特徴的な人生を送っている著者ならではの死生観が表れている。
人は人生の経験が深みとなって、言葉に重みを加えていくのだと改めて感じた。
著者の若い頃の体験も記載があったが、なかなか普通の人生ではない。
今となればマンガで成功した大先生と言えるが、経歴からすれば遅咲き。
決して若いとは言えない年齢での成功だった。
つまり、この成功を掴むまでは、相当な苦労をしたのだと思う。
こういう人生を送っていること、そのものを運命と言ってしまってよいものか。
基本的にお母様の死について記した本書であるが、まさにこの母にしてこの子あり。
子は、親の影響からは逃れられないものだと改めて思う。
お母様の子育ての影響が、著者の人生を形作っているのは間違いない。
全員が全員そうではないかもしれないが、お母様の著者への愛、そして著者のお母様への愛が溢れていて、読んでいてすごく心地が良かった。
「この親の子どもに生まれてよかった」
そう思える人生を送りたいし、自分の子どもにも少なからずそんな風に思ってもらえると幸せだろうと思う。
人は必ず老いて、そしていつか死ぬ。
人間とはそういうものなのだから、拒絶感を持つことは間違っている。
若者は老人を敬えばいいし、老人も節度を持って、人生を送ればいい。
なぜ日本人は老人を老害として扱うのかという記述があった。
これは単純に日本では老人の人口が増え過ぎているという問題もある。
誰だって好き好んで他人に迷惑をかけたい訳じゃない。
しかしながら、人は一人では生きていけないのが本来なのだ。
野生動物には老いがないのに、人間にはある。
野生動物は、死期を悟ると群れから離れ、一人静かに死ぬという。
人間と言うのは、そういう意味では、動物の中でも特に不便な生き物であると言える。
だからこそ、自分も50代になって感じるのだが、「善く生きる」という意識が大切なのだろうと思うのだ。
日々を一生懸命生きればいい。
楽しく、朗らかに。
そして、清く、正しく、美しくか。
「夕焼けは雲があるほど美しい」
夕焼け空を見ただけで、感動したり、生きていることを実感したり、そういう人生を送れれば良いのだと思う。
何歳になっても、今この瞬間を一生懸命に生きることが大切なのだ。
(2023/8/12土) -
Posted by ブクログ
ヤマザキマリさんの著書は4冊目。
「働くこと」「働き方」について読みながら改めて考えました。
著者の生き方や考え方に気づきや刺激をもらえたし、共感することも多かった。
かなりハードな働き方をしてきた実体験をもとに語られる文章が響いてくる。
「テルマエ・ロマエ」が生まれた裏話、作品が大ヒットしてマリさんに何が起こっていたか…。
自身のこと、家族のこと、その苦悩や異常な状況についても綴られています。
いつものことだけどマリさんの本を読むと付箋だらけになってしまう。
本作でもいっぱい刺激をもらいました。
『もっと俯瞰して、考えよう。人生にはこういう時代もある。そしてそれはきっと無駄にならない』
『人生なんて本当にあっという間ですから、やるべきことを優先して、どんどんやっていかないと、やりたいと思った時には、時間切れになってしまいます』