角田光代のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
うーむ。
なるほど……。と言おうかなんと言おうか。
女性が生む性だからなのか、産む性で有ることを社会的に期待されているからなのか、母、祖母、とさかのぼり、もしかしたらミトコンドリア・イブにまでたどり着く呪詛を感じる。すげーわ。
社会や人情、世間の常識に照らし合わせて間違っているとしても、本人が辛いならば「辛い」って言うのは当たり前なんですよ、と言うことを切々と語っているなぁと。
そして何より、逆もありき、と言うのが新しかった。端から見てどんなに辛そうでも、本人が大丈夫ならばそれでいいい。
本人にとっては、本人が感じていることが真実なのだし、それを大切にしてほしいと思いました。 -
Posted by ブクログ
タイトルに惹かれて買った本。
ゆるやかな流れで専業主婦房子の日常が描かれていく、と思いきや、この夫婦の抱える空虚感が読んでいて怖い。空虚感、あるいはからっぽの箱、のイメージ。ふたりとも、そのことに気づいていないように見えることがさらに怖い。
良し悪しではなく、結婚したらマイホームを建てて、子供を産んで・・・という「目標」を持っている房子の親世代は、少なくともからっぽの箱に何か入れようとしているのだけれど、若い夫婦の現実味のなさは、彼らがまさに言うように「ゼロ」の状態で、いまどきこういう夫婦もいるよね、こんなスタイルもありだよね、と思う一方で、なにか背筋を寒いものがとおっていく感じ。
あぁ、こ -
Posted by ブクログ
母親を描いた短編集。
どれも面白かったけど、「初恋ツアー」「鳥を運ぶ」が面白かった。
この人は本当に女性を描くのがうまい。
当たり前のことかもしれないが、子どもは母親を見て育つ。意識していなくとも、母親のように生きてしまうものなのではないか。大人になるにつれ、その思いは強くなっていく。
気づかぬうちに、母と同じような生活を送ろうとしている自分がいる。
この本を読んで、改めて、母と娘とは同じ生き物のように感じた。あとがきには、母と娘の関係は、息子と娘の関係や、父と娘の関係とは全く異なるものだとあったのも興味深かった。
女ってやっぱり複雑でめんどくさい生き物だ。 -
Posted by ブクログ
わたしが誰かの名前を呼ぶとき、極力ファーストネームにしているのは、この本を読んだから。
この世に生まれて初めてもらう「名前」、
それはきっとあなたの誕生を心から
祝福する誰かがプレゼントしてくれた、
願いと愛情。
本作はプレゼントがテーマのアンソロジー。
収録の最初の作品がすばらしいために、本全体の印象が良いものとなっている。
もちろん全部、すてき。
あのひとに、プレゼントを選びたくなりました。
本作はプレゼントがテーマのアンソロジー。
収録の最初の作品がすばらしいために、本全体の印象が良いものとなっている。
もちろん全部、すてき。
あのひとに、プレゼントを選びたくなりました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ母にまつわる短編集。解説が「母は娘を支配する」の斎藤環で、そっちの本でも角田光代の「マザコン」は引用されていたし、解説も母娘関係に焦点を当てたものになっていたが、母と息子の物語も半分くらいある。息子の場合、大抵妻も出てくる。
「共感」みたいな気持ちになるのはやっぱり娘モノだが、息子モノも面白かった。どちらにせよ、苛立ち、息苦しさ、胸くそ悪さ、ヒタヒタと染み渡ってくるような狂気…みたいなものを現出させるのがうまいんだなあ、この人は。それでいてこっちまで嫌になっちゃうような不快感はない。それで小説として面白く読めてしまう。
特に好きなのは、「パセリと温泉」「ふたり暮らし」「クライ、ベイビイ、クライ -
Posted by ブクログ
におい。
仕事をくびになり「暇」になった「わたし」は、ここに住みたい、という友人・吉元のために、空き室のない「菊葉荘」に忍び込み、住人の動向を探る日々を送る。
「鍵を鍵穴に差し入れ、扉を開けると、よそよそしいにおいが染み出してきてわたしをつつんだ。~大きく息を吸いこみ、自分のものらしいにおいを嗅ぐ。これがいったいなんのにおいであるのかわたしにもわからない。」
菊葉荘の蓼科の部屋に入り浸っている「わたし」が、久しぶりに自分の家に戻ってきた時の描写である。
家=居場所=すみか=テリトリー=縄張り
私は臭いに敏感な方で、他人の家から戻った時に服や体に染みついた他人の家の臭いというのが、ひどく