小川洋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ瑠璃子の嫉妬が生み出した物語。
新田は薫を大事で愛していて、薫も新田を大事で愛しているとしても。
2人に恋愛的な描写はなく、それは、精神的な繋がりや師弟愛のようなものと私は感じたけれど、瑠璃子の目を通すとものすごくドロドロとした嫉妬の感情が乗っかってくる。
仕事なのに、犬を脅しに使って、新田に薫と一緒に行かないでって怖い。
瑠璃子、マジ怖いよ。
あんな行動されたら、冷める。
それまでは、新田も「瑠璃子ってステキ」だったと思うよ。
なのにねー。
残念だ。
夫と揉め事が絶えなかったというのは、はじめは夫の不倫が原因だと思っていたけれど、度重なる揉め事が不倫に至らせた可能性あるね。暴力ふるって、最悪な夫には違いないけど。
そういえば、はじめのオムレツのところに、瑠璃子の妄想的な性質がしっかりと描かれていたじゃないか。
思考は物語。
霊媒師のおばあさんの自叙伝はなかなか破天荒だったけれど、それもおばあさんの思考から作り上げられたストーリーなんだろうな。
事実と答え合わせすると、全然違ってんだろうね。
薫の目を通した物語も読んでみたい。
実は薫も嫉妬に狂った物語だったら面白い。
グラスホッパーの奥さんがいい人で癒される。
私にもグラスホッパーの奥さんがいて欲しい。
小川洋子さんの物語らしく、最後は何ともいえない喪失感で終わっててよかった。
瑠璃子は、これから仕事頑張れ。 -
Posted by ブクログ
小川洋子さんが新聞に月一連載していたエッセイを一冊にまとめた本
表紙にもいるラブラドールのラブとのお話が印象的な一冊です
・本の模様替え
一度読んだ本でも中身をきちんと覚えていないことはもちろん、何なら内容を改変して覚えてしまっていることもあるよね、というお話
『走れメロス』のストーリーを180度反対に覚えていたお話がおもしろかった。
・キャベツ共有の和
家庭菜園を始めた小川さんが作物につく虫やナメクジを観察して気づいたことを書かれたお話
自分のことを思い返すと子供の頃は虫が平気だったのに、大きくなるにつれて苦手になり、最近また平気になりつつある。じっくりと虫たちの動きを観察する余裕が自分の中にできたのかも。そうしてしゃがみこんで自分の足元で繰り広げられている攻防を見るのが楽しい思った体験を思い出した。
・ブヒ
小川洋子さんがハダカデバネズミの研究室がある理科学研究室を訪れたお話
ここに出てくる岡ノ谷一夫先生の本を読んだばかりだったので「タイムリー!」と思った。本を読んでいると、全然関係ないと思っていたものが急に結びつく瞬間があって楽しい。
・自らの気配を消す
校閲者や翻訳者についての考察
「役目を終えれば、何の痕跡も残さないまま静かに立ち去る」けれど、確かにそこに存在している仕事、だなと感じました。同じようなことを宮田ナノさんの「すてきな退屈日和」でも読んだので余計にジーンときました。
・早くお家に帰りたい
「帰る」ということに関してのあれこれ
「明日は一日、どこへも出掛けなくていいな、と思いつつ寝床へ入れる夜は、心が安らかですっきりしている」という一文にものすごーく共感。これが行き過ぎて、私は外で働くことが困難になったため在宅で仕事をしている。たまに出かける用事があるとワクワクする気持ちと「早く帰りたい」という気持ちが出発前からせめぎあっている。私は坂口安吾の「帰宅感」にはあまり共感できないよう。 -
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「物語」は今年少し強めに関心を持ってみようかなと考えているテーマの一つ。まずは導入ということでこちらの本から。何の気なしに手に取りましたが河合隼雄さんの最後の対談本で、しかも途中で終わってしまっていたものだったのですね。『ブラフマンの埋葬』を題材にした会話はぜひ読んでみたかったので残念ですね。
物語というものが持つポジティブなパワーについては既に学んでいたり実感している部分もあるのでそういう意味では心理師としての河合さんのいう物語の効用についてはまぁそうだよね、という感じで、むしろ小川さんの物語ることに対しての使命感のような感覚や創作についての感覚が面白かった。今後探っていきたいのはむしろ物語の力が持つ負の効能や影響面について。それがあったとして物語の効能を使わないということはそもそものホモサピエンスとしての認知の構造としても無理だと思うが、考えどころや工夫のしどころについて色々な観点から考えてみたい。 -
Posted by ブクログ
沈黙を愛する人たちとともに育ったリリカは、やがて歌で多くの人や動物たちとのつながりを増やしていく。けれどその歌声は持ち主を問われない、聞く人や生き物たちの内側に積もっていく、かたちのないもの。むしろかたちがないからこそ、説得力を持ち、心に残りつづける。
そんな歌をうたえる彼女はとても清らかだけれども、まるで音にあふれた現世とそれを受け入れられないものたちとの橋渡し役かのようでもあり、ずっと寂しい存在のようにも感じました。奉仕するような愛に満ちた彼女そのものが、作者の描く世界を体現する美しさのみで構成されていて、ひとのかたちとしての集大成かのようにも思えました。
絡みあったふたつがひとつになった骨、ポーズを決めたままの人形、回転するテーブルで疎通する意志、語られない物語の断片たち。いろんな要素の、少しずつのさびしさと硬質さ、そして毅然とした汚されない美しさそれぞれが、静かに沁みていく物語でした。