小川洋子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ〈備忘録・ネタバレあり〉
小学生の頃にアンネフランク物語を読んだことがあったが、アンネの日記は未読。
アンネの日記がこれほど引き込まれる理由や、日記がアンネにとってどのような存在であったかの考察が書かれており、興味深かった。そして書く、という行為の尊さも改めて感じた。
▼引用
日記は本来、自分以外の読者を必要としません。しかしアンネは自分自身の感情をノートにただぶつけるのではなく、苦しい事柄でも楽しい出来事でも、そこからあえて距離をとって言葉を紡ぎ出し、読者たるキティーに手渡すという構図をとりました。客観的な視点を確立したことで、この日記は文学にまで昇華したのです。 そして、キティーの存在を用いたことによる、もうひとつの効果がありました。それは、毎回必ず最後に「アンネより」、あるいは「アンネ・M・フランクより」と署名したことです。毎回名前を刻むことは、「私はここに生きているのだ」と確認する作業となったはずです。世界にたったひとりしかいない自分、個人としての独立した自分の存在を、アンネは日記に繰り返し刻みつけることになったのです。 「キティーはいつも辛抱づよいので、このなかでなら、わたしの言い分を最後まで聞いてもらえる」と、アンネは記しています。反論も否定もせず、ただ黙って話に耳を傾けてくれる友人。そう考えるとキティーはアンネにとって、カウンセラーのような存在だったのかもしれません。
…
この本からアンネの年相応の可愛らしさや、いかに利発で言語化や観察力に秀でていたかがよくわかった。姉のマルゴーなんて、別人になりすまして受けていた通信教育の会社から、辞めないでくれと言われたくらいの才女だった。才能あふれる少女少年たちの未来を残酷に閉ざしたことが悔やまれてならない。
恐ろしい時代の中隠れて生活しながらも、アンネたちは小さな楽しみを生み、探し続け、ユーモアは逞しく生きる力を育むなと感じる。
ユダヤ人の家族それぞれにこういったストーリーがあるはずだが、彼らは人間としての尊厳を奪われ、まるでモノのように扱われ、虐殺された。亡くなられた人たちの無念を思うとやるせなく胸が痛む。
また、アンネたちの協力者たちのように、命懸けで守った方たちもたくさんいたのだろう。
アンネの日記、絶対読もう。 -
Posted by ブクログ
善意という名の支配。
薄気味悪い、不気味な、気持ち悪さが残る小説でした。
不穏な空気感に、途中、挫折しそうになりましたが、終盤にかけて小川洋子さんらしい展開があり、最後まで読めてよかったです。
主人公の「小説家の女性」と、その小説家が執筆する作中小説の「声を失ったタイピスト」が、リンクしましたね。
愛情、束縛、監禁、依存、支配がテーマでしょうか。
その後、R氏は、どこへ向かったのでしょう。
『夜と霧』を彷彿させてしまいます。
私も日々、いろいろなことを失いながら老いています。
消滅は、異常なことでしょうか。
そのうち、カレンダーを失う未来もあり得ると思うのです。
左足も失うし、声も失う自信しかありません。
今の記憶ですら、危ういと思っています。
ただ、R氏の言葉を引用すると、消えていった記憶のかけらくらいは、まだ心のどこかにある気がします。
「記憶はただ増えるだけじゃなくて、時間をかけながら移り変わってゆくからね。時には消えてゆくものだってある。でもそれは、君たちの身に降りかかってくる消滅とは、根本的に違う種類のものだけど」
「僕の記憶は根こそぎ引き抜かれるということはない。姿を消したように見えても、どこかに余韻が残っているんだ。小さな種のようなものだ。何かの拍子にそこへ雨が吹き込むと、また双葉が出てくる。それにたとえ記憶がなくなっても、心が何かをとどめている場合もある。震えや痛みや喜びや涙をね」 -
Posted by ブクログ
小父さんが切ない。
自分の目が、
庭に差し込む光になるのか、井戸を覗き込む人間の目になるか、
読み終えて悩まされました。
鳥籠を抱え亡くなった小父さんの生涯を見る物語。
鳥の言葉を理解し鳥の言葉しか話さない兄と、
二人で暮らし続ける小父さんもまた
鳥の言葉を理解し、鳥の言葉で話し始める。
この手の物語を読むと、大抵いたたまれない気持ちになる。
人を羨やむことが、
自分を落ちこぼれと認識させる。
そんな自己嫌悪に入るぐらいなら、
手に入るものを有難いと感謝する。
そういうもんかなと思いつつも
自分は、そんな上手いこと変わらないというか
なんというか。
大抵、不貞腐れながら、なんとか生きてる。
年輪を重ねたけれどそんなに達観しないもんだ。
もし彼が生まれていなければ、
何か変わっていたろうか。
大切な物は、急に現れたり離れたりするから
守れないことがあるのは仕方ないけれど
メジロの歌声が
ことりから小鳥に変わるまで
小父さんは大切にする物を見つけて、
生きた。
人となりとして、慎ましさや遠慮深さは
人との繋がりの内側でしか美徳にならないのだろうという考えが
自分の中にあるのかな。
外側にいる間は、それは臆病で何もできないことりと
同じだ。ということかな。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ「あの子」の「死」から子どもたちを守り生きていくため、逃げるために壁の内側に閉じ込め、「生」の息付く童話の世界かのように仕立てたはずなのに、家の中と庭には「死」の香りが満ちていた。子どもたちは父親の作った図鑑という時の止まった本の中にのみ存在し、庭には様々なものを「埋葬」する。オパールの王冠と死体、茸、ママのツルハシ、ジョーからの手紙…ただの儀式であったはずだが、気付けば過去のものや見たくないものを葬り去るためのものとなった。
オパールは行方知れず、瑪瑙は里子へ行き生き別れ。ママは死の香りから逃れられず、あるいはこちらの世界に戻れず。琥珀は左眼の中に当時と「あの子」を閉じ込めて愛している。
美しい童話のような過去の描写と、崩壊が垣間見える様子(王冠の埋葬、ボロボロの鬣と尻尾、小さすぎる洋服、壁の外の住人の来訪、ボイラーの死、鳴らなくなったオルガン、その他たくさん)の対比が美しくも怖かった。 -
Posted by ブクログ
小川洋子の書く文章がやっぱり好きだ、の再認識
涼子がルーキーに初めて会った時に感じた、彼がいる世界といない世界の落差をもし前から伝えていれば彼は生きてくれたんじゃないだろうか
正解不正確を求め続けられてきた彼が、そんなもの関係なく存在してくれていることを伝えられていたら
涼子の視点なのだから多少なりとも彼女に都合の良い脚色があるのだろうと考えても彼はしっかり彼女を愛していたと思うし、だからこそ身体だけでなく言葉もかけて欲しかったのだと考える
終盤で涼子があの頃のルーキーと会話を交わす場面がとても心苦しい
涼子がいつかまたあの香水瓶の蓋を開けられる日が来て欲しいと願ってしまう -
Posted by ブクログ
遠い異国の地にて反政府ゲリラにより人質となった人々が、捕らえられている間に退屈な時間を潰すため、それぞれの過去にあった印象的な話を語り合う。犯人の動きを探るために仕掛けていた盗聴器に、その録音テープが残されており、数年後ラジオにて放送されることとなった。
その八人の人質と、実際に盗聴を行っていた特殊部隊の兵士による9編のお話。
異国の地で捕らえられ、いつ日本に帰れるか分からない環境の彼らが語るお話なので、さぞや悲しいものかと思いきや、日常にどこかしらでありそうなエピソードが語られる。
子どものころに怪我をしたおじさんに会った話、若いころに住んでいた大家さんとの交流、公民館の談話室の話、謎のぬいぐるみを売るおじいさんの話、コンソメスープを作る隣人の話、槍を持って電車に乗り込んだ青年の話、死んだおばあちゃんに似ていると言われる話、バイト最終日に花束をもらう話。いずれも絶妙なエピソードで、解説の佐藤さんが書かれていたように、自分だったらどんな話を披露するだろうと真剣に考えてしまった。
彼らがこの世にもういないと分かっていて、読み進めないといけないので、どのエピソードも日常に沿ったものであることがより切なくなるし、彼らの過去の日々に、より愛しさを感じる。とても良い作品。 -
Posted by ブクログ
日本に亡命したロシア人の女性が、突然に先立った夫の遺した膨大な剥製のコレクションと広大な洋館での暮らしを、姪となる「私」が語り継ぐ物語だ。
「私」の伯父とロシア婦人ユーリの二人は、伯父が51歳、ユーリが69歳の時に結婚した。
相思相愛だった二人だが、伯父は突然亡くなってしまう。
一人残されたユーリ伯母さんは、膨大な数の剥製に囲まれながら、その一つ一つに「A」の刺繍をして暮らす日々だった。
何故に「A」なのか、「私」を含めて誰もその理由を知らない。
「私」の父も突然亡くなり、大学生だった私は伯母と同居して身の回りの世話をする代わりに、伯父の遺産から学費を出してもらうことにした。
暮らしている洋館を訪ねる人も殆どなく、ユーリ伯母さんと「私」の二人の暮らしが綴られている。
館を常に訪れるのは私のボーイフレンドのニコで、彼は強迫性障害を患っていたのだが、ユーリ伯母さんとは気が合うようで、お互いが思いやる良い関係を築いていた。
穏やかな関係を保っている3人の間に、剥製売買のブローカーを裏家業とする胡散臭いオハラと名乗る男が現れる。
オハラとユーリ伯母さんの話の中で、自分はロマノフ王朝最後の皇女アナスタシアである事を仄めかす。
もしや刺繍の「A」は自らのイニシャルだったのか⋯。
この話に興味を抱いたオハラは、ユーリが本当にロマノフ王朝最後の皇女なのかどうか、テレビ局にユーリの存在を売り込み、テレビ番組の制作に漕ぎ着ける。
そしてユーリ伯母さんは、これまで語ることのなかった過去を想い出すことになる。
まさにユーリ伯母さん自身が、「私」とニコ、そして胡散臭かったオハラの愛に囲まれて、徐々に皇女らしさが蘇生して行く過程が綴られる。
果たしてユーリ伯母さんはロマノフ王朝最後の皇女なのか⋯