小川洋子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「芝居の幕が降りたあとも 拍手の波が引いても
ここには残っている ときめきの欠片が」 -劇団四季 ゴーストアンドレディより-
名古屋四季劇場がその10年の歴史に幕を下ろす時、それを取り上げていたニュース番組のアナウンサーが、「劇場に直接足を運ぶということは、キャストと観客とスタッフ,そこに集まった人が一体となる経験と不可分。場所というのはそれだけで大きな意味を持つ。」と話していて思わず頷いてしまったことがあった。
劇場に集まる人間が舞台作品に馳せる思いや観劇の思い出は、それらを上演する劇場にときめきの欠片として残っていて、星座のように光輝いている。それを拾い集めて物語にしてくれているような そんな作品。読んでいると、劇場への愛と好きな物に囲まれているときの心が温かさを思い出させてくれる。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ数字の世界の美しさ、世界の広がりを、愛情に満ちた文字で表した圧巻の物語だと感じました。
解説文(藤原正彦氏)も含めて、至上の作品です。
主人公の息子・ルートに向ける博士の限りない愛情に、この親子はどれだけ救われたのでしょうか……わずか十歳の少年が、博士に返そうとする真摯な愛にも、心打たれます。
ほんとうに賢い子ですが、その優しさと我慢強さゆえに、博士のように無償の愛を注いでくれる大人がいてくれなかったら、もしかしたら違った未来を辿ったかもしれないという危うさも感じられました。
主人公が博士に対して寄せる信頼にもすこしの危うさがあり、しかし、そのことは直接的には明示されません。
序盤の文章に息子が登場しないことも、またひどく危ういです。
だからといって、息子への愛情や心配がないわけではなく、寧ろその逆だということに気付かされるのは、そこそこ読み進めてからだったのですが……
書かれないことへの想像を、ごく自然に誘われていくような読み心地でした。
そうして考えていくと、書かれないことというのは虚数のようだなとも思います。
まさに博士の言っていた、「とても遠慮深い数字だからね、目につく所に姿を現さないけれど、ちゃんと我々の心の中にあって、その小さな両手で世界を支えているのだ」という言葉がしっくりきます。
実は、学生時代にもこの作品を読もうとしたことがあったのですが、そのときは読み進めることができませんでした。
今は、若いシングルマザーとして生きる主人公の困難が、そのほんのかけらでも想像することができるようになったからか、ページを繰る手が止まりませんでした。
つくづく、ある作品を読むのに最適な時期、あるいは読むことに困難の生じる期間というものがあるなぁと感じます。
今、出会うことができてよかったと、心から思える作品でした。 -
Posted by ブクログ
とある国。反政府ゲリラの襲撃により、人質となったツアー参加者七名と添乗員の計八名による朗読会の記録。そして、それを聞いていた特殊部隊員が語る物語。
『ささいなことなのだけれども、ずっと胸の片隅に引っかかって消えない記憶というものがある──。』
遺族に語り手のことを聞いても挙げられることのないような些細な出来事も、人生でほんの一瞬だけ交わった人たちも、彼らにとっては大きな支えになっていた。彼ら自身にしか語ることのできない物語だったと思う。
彼ら同様、彼らの語った物語の中に現れる人々にも語られるべき物語があるのだろうと感じた。
本を閉じた後、自分だったら何を語るだろうかと考えさせられた。 -
Posted by ブクログ
孤独を見つめる言葉の襞の宝庫
小川洋子さんが小説書きとして洗練してきた感性で投げかけ、東畑開人先生が心理学で培った複眼的な視点で応答するやりとりの中にとても孤独についての襞が見つかる素晴らしい対談だった。良い悪いの二元論的なものではなく、少しずつ少しずつ別の言葉、手触り、繋げ方で孤独を触っていく。その中で交わされる言葉が、例えるなら指間水かきのような、ずっと泳いでいてやっとできるちょっとカッパみたいにのびる手のひれみたいに、小説家、心理士を通してお二方が泳ぎ続けてきた長い時間が故に掬い出された言葉のようで、何度も頷き、発見があった。
鏡リュウジ先生との『昼間のスターゲイザー』でも思ったけど、東畑先生は対話だとより活き活きしているというか、紡ぎ出された言葉、再記述的なちからがより対談者に共鳴するように凄く広がるような印象を受けた。もっと色んな方との対話本を読みたいな。
とにかく素晴らしい対談でした。 -
Posted by ブクログ
この島に起きる「消滅」という現象は、喪失ではなく、奪われていくということなんだけど、人々はそれを受け入れている。
抵抗はできない。勇気がないからではなく、抗いようがない圧倒的な力によるものだから。地震のように突然襲ってくるものとして「消滅」はやってくる。
R氏や母親のような人はたまたまそういう体質だっただけで、他の人より高い思考力を持っているとか何か強い信念があるからなどではない。
独裁者による迫害に似てるけど、消滅そのものはそれとも少し違うかもしれない。必ず訪れる死に近いのかもしれない。
だけど奪われ失われても、どこかに何かわずかでも残るものはあるはず。かすかな記憶のように。主人公が残した物語の様に。それが「密やかな結晶」なんだな。
それにしてもまあ本当に小川洋子さんの文章の美しさよ…。架空世界の深さよ…。
久しぶりに読んで、やっぱり好きだ〜〜〜てなった。
ストーリーに緊張感もあり、場面の描写にみずみずしさもあり。
一体どういう生活してたら「夏に採れた玉ねぎの皮が、こんなふうにきれいな飴色で、蝶の羽みたいに薄く乾燥する年は、雪が降るんです」なんてセリフを、さりげなく登場人物に言わせられるのか。
キャラクターもR氏も別に男前的な描写は全然ないのに、仕草だけで色気があるんだよな…それでいてしつこくない…(?)
おじいさんはもう何もかも最高で、好きにならずにはいられない…
あと小川洋子さんの小説に出てくる小物類はいつも良い。食べ物も良い。野鳥観測所でおやつに食べさせてもらうのがビスケットとココアとか、知り合いの農家に分けてもらったカラス麦でクッキー焼くとか、差し入れにロールパンを焼いて持っていくとか。ほんとにサラッと出てくるだけなのにそういうので世界に奥行きが出る。
てか細かいことだけど、おやつに食べる「りんごのケーキ」のときはひらがなで、「頭に林檎を載せた子熊のアップリケ」のときは漢字、特技として出す時は「リンゴケーキ」とカタカナで書いてるあたりも、表記揺れじゃなくてあえての使い分けなんだよなー。丁寧だよなー。
かなり容赦のない結末を迎える物語だけど、だからこそ、この「島」での営みは愛おしくなるのようなものでなくてはならない。
荒廃したディストピアではなく、普通の人々がささやかな楽しみや幸福を見つけながら暮らしている世界だからこそ、失われることの意味が迫ってくる。
いややっぱりすごいわ、小川洋子さん…
-
Posted by ブクログ
小川洋子先生、素晴らしいですね。
救いのない残酷な話といえばそうなんですけど、なぜか綺麗なんですよね。澄んでいる。
物語を大袈裟にしたり、大事件にしたりせず、淡々といろんなものが消滅していく島を描写する。
猫を抱いて象と泳ぐ、みたいな分かりやすさ、感動はないんですけどね。淡々と。ただ、淡々と。美しいんですね。猫象の方が、分かりやすいし、感動しやすい。その点、密やかな結晶は、良い作品なんだけど、何が良かった?と聞かれると非常に説明しづらい。ドラマがあるかというと微妙だし、スリリングかと言われるとそうでもない。作中小説もいまいち意味が掴みにくい。でも、淡々と世界が深まっていく。素晴らしい小説だと思いました。