小川洋子のレビュー一覧
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小説家・小川洋子さんと、臨床心理学者・河合隼雄さんとの対談集です。
小説家は、例えば、生きていくうえで辛い出来事や厳しい現実に直面して苦しむ人間の姿を、言葉というものを紡いで、「物語」として表現することを仕事としていて、
臨床心理士は、それぞれの人生の物語のを見失った人に対して、新たな物語を発見して自分の物語を生きていけるよう手助けすること(いわゆるカウンセリングと言われるもの)を仕事としていることから、
小説家が小説を書けなくなったときに、どうしたら書けるのかと悶え苦しむのと、人が「どうやって生きていったらいいのかわからない」と言って苦しむのとは、どこか共通するところがあるのではないか、すなわち、人々の物語作りの手助けをする専門家として、人間と向き合っている臨床心理士と、意識的に人間の物語を創っている小説家とは、どこか通じ合うものがあるのではないか、ということで実現した対談です。
この対談の中で私が最も印象に残った言葉は、「厳密さと曖昧さの共存」というタイトルの中で、河合隼雄さんがお話しされた「人間は矛盾しているから生きている」という言葉でしたが、奇しくも、この文庫本に巻かれた帯(裏面)に書かれていた言葉でもありました。(読み終えてから気づきました)
最後に、「少し長すぎるあとがき」として、河合隼雄さんへの小川洋子さんの想いが綴られています。2007年に河合隼雄さんが亡くなられてから書かれたものですが、河合隼雄さんへの心からの敬意とそして慕情に溢れた内容でした。 -
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小川洋子さんの小説はどれも落ち着いた不思議さがあって大好き。その不思議さにも2種類あると思っていて、教科書に載っている作品のような、奇跡みたいな不思議さと、不気味とも奇妙とも言い難い不思議さ。この本にあるお話はどちらも後者に近いような気がする。私はそういうお話がとてもとても好きなので、しみじみ楽しめました。
どちらの短編も、何かに執着してしまう女性の話だった。でもその執着が悪いものではなくて、スルスル絡みついて離れない仕方のないものみたいな印象を受けて……それがすごく好きだった。
「薬指の標本」はよりゾクゾクする美しさで、読んだあとの余韻がすごく心地よかった。糸を引く不気味さ。でもすごく綺麗。素敵な物語と巡り会えて嬉しい。 -
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ネタバレ地方住みゆえ、帝国劇場には行ったことがないまま休館になってしまったのですが、宝塚やミュージカルは大好きなので、随所にその要素が散りばめられていて宝探しをしながら読んでいっている感覚でした(^^)
場所にまつわるストーリーといえば、私の中では辻村深月さんの「東京會舘とわたし」がまずうかぶのですが、本作の雰囲気もとっても素敵。
劇場って、思い浮かべるだけでわくわくするし、すべてが一期一会で2度と同じ体験はできないですよね。
だからこそ、そこで生まれるストーリーは一人一人の宝物であり、時間がどれだけ経とうとも色褪せないものだと思います。
映画だとエンドロールに名前が載るかどうかわからない1人1人にまでスポットが当てられている短編小説集です。あたたかい気持ちになれます(^^) -
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\\『 アンネの日記』のイメージが変わった //
ホロコースト文学。
けれどそこにいたのは一人の等身大の13歳になった少女。
『アンネの日記』は思春期の少女のリアルな声が描かれている文学作品でもあったんだ!
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【タイトル】NHK 100分 de 名著ブックス言葉はどのようにして人を救うのかアンネの日記
【 著者 】小川洋子
【 出版社 】NHK出版
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私はまだ『アンネの日記』を読んだことがありません。有名であらすじも聞いたことがある。
アンネがナチス・ドイツから逃れるために屋根裏で隠れ住んだ、とても悲惨で陰鬱な日々を描いた日記、そういうイメージをしていました。
けれども100分de名著ブックスを読んでイメージが変わりました。
ホロコースト文学。
けれど、そこにいたのは一人の13歳になった思春期真っ只中のひとりの少女でした。
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『アンネの日記』はユネスコによって『世界で最も読まれた10冊のうちの1冊』にあげられ、2009年には『世界記憶遺産』にも認定されています。
ナチス占領下のオランダで何が起きたかを証言する貴重な財産であり、
ホロコーストの犠牲者の代表者、反戦や差別撤廃を訴えるシンボルでもあります。
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アンネの日記は1942年6月12日から始まります。
この日13歳の誕生日を迎えたアンネフランクは誕生日プレゼントとして格子柄の日記をもらったことがきっかけです。
そして日記が途切れるのは1944年8月1日。
アンネは3日後の8月4日ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)に連行されてしまいます。
隠れ家時代の中心とした2年余りの期間を彼女が綴った心の記録。それが『アンネの日記』なのです。
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アンネは『キティー』というこの世に存在しない人物に当てて手紙を書くという形を取り、
毎回必ず最後に『アンネより』あるいは『アンネ ・M・フランクより』と署名した。
毎回名前を刻むことは、『私はここに生きているのだ』と確認する作業にもなったはずだといいます。
この形式をとることによってより物語化を感じさせられるものになったのだとも。
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みずみずしい青春の息吹。
大人への不満。とりわけ母親に対する反抗心や理由のない苛立ち、性へのあこがれ、将来の夢。
大人が思春期を回想して書いた文章とは違う、思春期の少女のリアルな声がここにはある。
それを読んだ時に、『アンネの日記』の中には、今と変わらないたったひとりのアンネという人間。
思春期を生きるひとりの少女の息吹を感じました。
そう。時代も環境も違うけれど、
変わらない『ひとつの命』が生きていることを知りました。
その事を感じ取ったとき、『アンネの日記』のイメージも変わり、アンネという人を知りたい。その時代にしっかりと目を向けたい。と思うようになりました。
1947年オランダで後ろの家を意味するヘト・アハテルハイスと題して日記が出版されました
紙は人間よりも辛抱づよい
ジャクリーヌさんにアンネが急にいなくなって寂しかったでしょうと尋ねた時、いやむしろ喜んだとの意外な答えが返ってきました。
前触れもなく友達がいなくなることなど日常茶飯事だった。当時姿を消したということは連行されたのではなく、どこかで無事に生きていることを意味していた
父であるオットーは自分の欠点を直せとは言わず、人間は皆欠点を持っているから許し合おうと解きます。そしてお前は決して退屈せず、いつもさわやかな風を運んできてくれると、アンネの良さを認めて肯定する
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小川洋子さんの作品。ファンタジックでノスタルジー的な感じ。最近、わかんないなぁと思うものが多かったけど、これは読めた。
第1話 紗和子の父が亡くなって施設の私物を引き取りに行った中に、紗和子の結婚の年の半券とパンフレットがあった。屋根の上のバイオリン弾きのものだった。目が見えなくなってからの時期なのにと思う。
第2話 劇場のステンドグラスの裏で寝起きしている少年の話。
第3話 ビンゴゲームで当たったチケットを譲られた。モーツァルト!のチケット。
第4話 帝国劇場には幕内係が5人いて、さまざまな雑用をこなしている。
第5話 帝劇のロビーには幸運の椅子がある。
レ・ミゼラブルのパンフレットに元息子の名前を見つける。
第6話 サークルうてなには3人のメンバーがいる。ガクさんは楽屋係。つき美さんは付き人。やっ子さんは通訳。
第7話 3/7はローマの休日が上演されていた。臨月の母は見に行った。陣痛が始まった。
第8話 税理士さんは劇場の前を通りかかる。 -
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出会えて良かった一冊でした
悲劇の少女、ではなく、感受性豊かでどんな困難な状況下でも希望やユーモア、人を愛する悦びを捨てなかった一人の少女という切り口からアンネを描いた一冊だった
第2次世界大戦時において、すでに時代を先にいく価値観を持っていたアンネ
ペーターとの恋が静かにすすんでいく様子が良き
素敵!理想のひと!ととびつく恋ではなく、言葉を交わしながら少しずつ相手を知り、思慕をつのらせていった。
わずか14歳で、なんて大人で素敵な恋だったのだろうと脱帽した。
様々な彼女の一面を知ることができた
フランク一家連行時、床に散らばったもののなかに見つけたアンネの日記をこっそり回収保存したミープ氏に感謝
彼女のとっさの行動がなければ、世界中で読まれているアンネの日記は世に出ることはなかった
夏休みの感想文にもオススメの一冊 -
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初めての小川洋子さんの作品。大昔、博士の愛した数式は映画だけ見たことがあったのだけど、小説は読んだことがなくて、今回初めて読みました。
全体を通して、とにかく無駄な言葉がなくきゅっと密度の高い、それでいて透明感のある文章が本当に素敵。物語全体が常に不穏な空気を纏っているはずなのに、それが不思議と和らぐ感じ。それでいて温度感を感じさせないから、描かれる空気を自由に解釈できるような。
妊娠カレンダーは、日常に潜む隠れた狂気の描かれ方がとても印象的だった。姉もそうだけど、姉の旦那もかなり私とは波長が合わない。つわりで気分が悪いという姉につられてしまう旦那も、めかしこんで受診に行く姉も、とにかく全てがちょっとずつずれている。積み重なる不和に、こちらの気も滅入りそうになった。この2人とリアルに生活していて、グレープフルーツのジャムだけで済んでいるの、ある意味すごいかも。
ドミトリイはかなり印象的だった。私は、天井裏にあったのは本当に蜜蜂の巣だと思っていて、先生のことをつい殺人犯かと疑ってしまった自分の気持ちが愚かしいとすら感じたのですが、それは幻覚で実は…という意見も多数あったのが面白かった。それにしても、先生のことを何処か聖人のように感じていそうな主人公にも終始違和感があった。私はもしかして、その違和感にすっかり取り込まれてしまったのかもしれません。
夕暮れの給食室と雨の日のプール。こんなに全てを投げられた、委ねられたと感じたのは初めてだった。色鮮やかな風景が浮かぶ中で、問題の親子だけはどうしてもセピアでしか想像できなくて、常にうっすら気持ち悪い世界でした。なぜそれを話したの?それで終わりなの?と思わせる父の語り草に、ある種健常ではないような、ほんの少し何かがずれている奇妙さを感じました。
小川洋子さんの文章がとにかく好きだと感じたので、また別の作品も読もうと思います。薬指の標本が気になる。
2026/7/20