小川洋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「人質たちが暇つぶしに、
何か一つ思い出を文に書き出して朗読し合おうとする。
今必要なのは、
じっと考えることと耳を澄ませることだ。」
冒頭のこの文を読んで、
小川洋子さんが「物語の役割」で、
辛い現実を乗り切るための手段として物語がある、
と語られていたのを思い出した。
杖
子供の頃足を怪我した太った下っぱ工員さんに、
のこぎりで切った枝を渡して助けてあげた。十数年後、
交通事故で意識を失っていたわたしの頭の中に、
工員さんがバーナーと立派なお面を持って現れて、
足を治してくれた。
目覚めたら、切断寸前だったらしい足は、
どうにか持ち堪えてくれていた。バーナーとお面は、
世界を壊すのではなく創り出すものだったと気付いた。
やまびこビスケット
味より型の種類が重要なビスケット。
嫌われ者の大家さんにとって、
家賃は決して横取りされてはならない獲物であり、
整理整頓は理屈抜きの生存本能であった。工場でたまに
貰える不良品を、大家さんと食べるようになった私。
厄介者扱いされる不良品は、大家さんと私の仲間だ。
大家さんが亡くなった部屋の丸テーブルには
『整理整頓』のアルファベットのビスケットが
綺麗に並んでいた。
私はそれを布に入れ、お守りとして大事にした。
B談話室
そこでは様々な集会が開かれる。どんな種類の会にも
僕はすんなり入り込める才能があるようだ。
不思議なことに必ず片隅に空いた席があるのだ。
ここでの色んな経験が、
僕が作家になったきっかけだった。
世界中のひっそりとした場所にB談話室はある。
ささやかな繋がりを持つ者たちが、
真に笑ったり泣いたり感嘆したりできる場所。
冬眠中のヤマネ
僕は子供の頃、いろんな事柄について「分かる」と
感じる場面が多かった。受験に受かることも、
茶店の店主が死ぬ日も。
でも「分かる」と思っていたことは全部、
外から発信されたものばかり。
老人を背負って石段を登っているとき、
二人はつなぎ目なく一つにつながり合っている、
と感じた。生涯で初めて、本当に何かを「分かった」
瞬間だった。片目の濁った老人が静かに泣きながら、
片目しかない冬眠中のヤマネをくれた。
それを僕はずっと側において過ごした、
自分の身体の一部のように。
コンソメスープ名人
僕は八歳、留守番中。隣の家の娘さんが、
母(車椅子で庭にじっと動かずに居るから、
ミイラになろうとしているんだと僕は信じている)
にコンソメスープを作らなければならないから
台所を貸して欲しい、とやってきた。
どんよりした雰囲気は、台所に立った瞬間、一変した。
テキパキと働き、眼差しは真剣だった。
温度計を刺すという使命を与えられた僕は
誇らしい気持ちで、これを飲んでミイラになれるなら
幸福なことだと思った。
娘の母は三日後に亡くなったそうだ。
槍投げの青年
槍を投擲する、ただそれだけの練習だった。
眼前で繰り広げられているのは、肉体を使う運動である
と同時に、孤独な思索でもあった。
何かに打ち込んでいるとき、
真に自分との対話ができるんだろうと思う。
描写が細かくて、槍と青年の一体感を表現しているのが
印象的だった。
亡くなった夫の代わりに、頭の片隅に住み着いた青年が
心の支えになってくれた。素敵な終わり方だった。
死んだおばあさん
「死んだおばあさんに似ている」。子や孫の世話に
一生を尽くした祖母の、うつむき祈りを捧げる顔。
偏屈なおばあさんが晩年、妄想の中でヴァイオリンを
弾く顔。
実にさまざまな、自分と似ているらしいおばあさんが
登場する。「でも私自身は子供を持つことができず、
死んだおばあさんには永遠になれないのです。」
終わり方が衝撃だった。
世にも奇妙な物語のような雰囲気だった。
花束
バイトの最終日、唯一の僕の担当であった
葬儀典礼会館の課長さんに立派な花束を貰った。
死者があの世で着替えるためのスーツを、
よく買いに来る人だった。僕は昔、腹違いの妹が
大事にしていた人形をこっそり持ち出し、
社宅の階段の踊り場から投げ落としたことがある。
その後、同じ場所で投身自殺が起き怖くなった。
帰り道の交差点にお供えされた枯れた花に気づき、
綺麗に掃除して貰った花束を生けた。そして、
課長さん、妹の人形、ここで亡くなった誰か、
身を投げた主婦へ祈りを捧げた。
ハキリアリ
ハキリアリの行進のことを
「一つ一つの切れ端は皆形が違うのに、見事に統制が
取れて、切れ目のない一続きになっている。
ジャングルを静かに流れる、緑の小川だ。」
と言った例えが素敵だと思った。
緑の小川は、苦心する素振りも見せず流れてゆく。
自分が背負うべき供物を、定められた一点へと運ぶ。
そのようにして人質は自分たちの物語を朗読した。
物語が一つ語り終わるたびに、そうだ、
この人たちはもう居ないんだと、寂しくなった。
話の終わりに現在の職業が記載されているのも
楽しみにしながら読んでいた。 -
Posted by ブクログ
すごい。すごすぎる。こんなに美しい文章に出会ったことはないんじゃないかな。
途中から、完全に作者の虜になってしまった。
理不尽に消滅していく世界、受け入れる主人公と拒むR氏。
受け入れちゃいけない、と頭では分かっていても、心が追いつかない。
主人公の心がゆっくり消滅していくのと同時に、読んでいる私も理不尽を受け入れているように感じた。
消滅の前に書き上げたタイプライターの小説。途中までは分からない事もあったけれど、最後が見事だった。消滅してゆく著者が、消滅を受け入れる小説を書き残したこと、悲しかったな。
おじいさん……。優しくて大好き。 -
Posted by ブクログ
小川洋子さんの記憶の消滅に関する小説。
『博士の愛した数式』でも80分しか記憶を持たない数学者がおり、今回の小説と「記憶」というテーマで共通するところがある。
儚く自然と涙がこぼれるような物語。
モノが人々の記憶から消滅していくということは、モノに宿る人々の想いさえも無くしてしまうことなのかもしれないと感じた。
私自身も数々の記憶を忘れてしまっているのだろう。
ただ、今回小説を読んだことで、その時の想いや感情などできる限り日記に留めておきたいと感じた。
それが記憶、その時の感情・情景を思い出すことに繋がると思うから。
解説で、記憶しているがゆえに、迫害され、粛清される。そこで、ユダヤ人差別やホロコーストの影を見てしまうという記述があった。
私自身、その歴史について深く知らない部分があるので勉強しよう。
個人的にこの小説には宇多田ヒカルの曲がとても合うなと感じた。 -
Posted by ブクログ
毎日、夕方の5時になると町役場からの放送で「家路」が流れる。
あまりにも自然に溶け込んだ歌声のため、人々は熱心に聴きいる事もなく、1日の区切りとして耳にしているだけで、誰が歌っているのかなどの関心を抱く者は誰もいなかった。
この地域に、ちょっと変わった人々が暮らす集団が存在していた。
彼らは極端な内気の性格のため、言葉を交わす人との関わりを避け、沈黙を優先した生活を営んでいた。
その地域に、おばあさんと孫娘リリカの二人が雑用係として加わることになる。
おばあさんはリリカを育てるために、この変わった人々が暮らす地域に職を得て、外部の人々との接触を担当する雑用係として働くことになる。
リリカの成長とともに、物語は小川さん独特の不思議な世界を醸し出す。
一人の少年が「アカシアの野辺」周辺で行方不明になり、大捜索にもかかわらず見つけ出すことはできなかった。
おばあさんは少年を孤独にさせないようにと、廃材などを使って人形を数多く作り、森の池の湖畔に立て飾った。
そしてリリカは湖畔で行方不明の少年や森の動植物たちに向かって歌い続けるのだった。
人と接することの少ないリリカも、成長した証として恋に巡り合うが、リリカは恋というそのものを理解していない。
純真な青年はリリカの生い立ちを理解して、踏み入った行動は慎む心優しい人だった。
二人は人が殆ど立ち入ることのない「アカシアの野辺」の森を散策しながら会話をし、僅かながらも外界の世界をリリカは知ることになるのだが、やはり生きる世界は沈黙の「アカシアの野辺」だと強く認識する。
そして孤独感を自ら意識することもなく、高貴とも云えるリリカの人生が綴られていた。 -
Posted by ブクログ
動物がモチーフの短編集。
登場人物たちは何かしら大事なものを失っているし、そしてどこか狂っている。
現実と非現実の境目が曖昧で、気づけばどこか別の世界に自分も連れて行かれている。
短編集なので一作一作は短くて、しかも言葉が美しいので軽く見えるのだけど、とても重たくて。
まるで海の中に潜って水底の神秘的な世界を見ているよう。ときどき顔を出して息継ぎするみたいに、合間に明るい外国作品などを読まないと、その圧倒的な力に押し潰されそうになりました。
安心できる場所をちゃんと確保して、静かな夜に、一話ずつ。そーっとのぞき込むように。
そんな読み方がおすすめの作品です。 -
Posted by ブクログ
人間は失っていく生き物だと日々感じていた頃に手にとった。
育児をしている自分。自分と向き合う時間がない中で、必死に子供の命を守ろうとしている自分。日々ささやかな幸せを噛み締めながらも、自分の描く自分がガタガタと崩れていく感覚があった。
情景描写がものすごく緻密で、こんなにも情景描写に優れた作品は初めてだった。
消滅の物語だが、消滅しないものについて考えている自分がいた。
最近喉元が詰まる感覚があった。産後だからか、頭の回転も遅くて、うまく言葉がでてこないことも多かったからだ。でもこの物語を読んで、身体が消滅しても残るものはあると知って、自分の中の蜜やかな結晶はなんだろう、と思えるようになった。
表面的なガタはやはり産後できていると感じるが、確かなものは自分の中にあって、崩れていないのだと信じたいと思った。
なんとも読後感は不思議な物語だが、また読みたい。