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苦難の日々を支えたのは、自らが紡いだ「言葉」だった。
ドイツからオランダに一家で移り住んだアンネ・フランクは、第二次世界大戦下の一九四二年、十三歳の誕生日に父親から贈られた日記帳に、思春期の揺れる心情と「隠れ家」での困窮生活の実情を彩り豊かに綴った。そこに記された「文学」と呼ぶにふさわしい表現と言葉は、コロナ禍に見舞われ、戦争を目の当たりにした私たちに静かな勇気と確かな希望を与えてくれる。
【以下「はじめに」より】
本書では、『アンネの日記』が本来持っている文学的な豊かさについて、真正面から考えてみたいと思います。思春期の少女が、なにを考え、なにを感じ、それをどのように表現したのか。ここにはみずみずしい青春の息吹がみなぎっています。(略)これほどリアルな少女の声が胸に響いてくる文学を、わたしは他に知りません。
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Posted by ブクログ
アンネ・フランクに関する本を初めて読んだ。
彼女については、世界史で習った程度で、
未だに読めてないなと思い、小川洋子経由で読むことにした。
隠れ家についてや、協力者がいたことはし知っていたものの、
隠れ家の間取り図、構成人数やどういう人がいたかについて詳細を知らなかったので、よりアンネ・フランクがどういう環境で生きてきたのかがをしれてよかった。
また、この本の内容は基本アンネ・フランクの文を引用し、小川洋子が彼女の思いを解説していく、といったものであったが、
いかに彼女が立派な作家であったかを小川洋子は力説していた。
まず、とんでもなくストレスのつよい環境下で2年間、空をまともに見ず過ごしてい多のにも関わらず、
彼女は客観的な視点で、苦悩を出さず、冷静に、淡々と、かつ楽しんで日記を綴っていた。
日常でどんなことをしたか、また同居人についての深い分析がなされていて、それが面白く軽い口調で書かれているのが非常に印象的だった。読んでて全く、暗くはならないし飽きず分自体に魅力が詰まっていた。
小川洋子自身も彼女のその日記に対する姿勢に感嘆していたし、私もその冷静さに驚いたが、
彼女視点で考えてみると、
日記として、客観的に落とし込まなければ正気を保つことができないような環境だった、だからそうしたんではないか、と思う。
自分も悲しいことがあると、客観的に、ユーモアに語らないと、どこかに向けて発散しないと、ストレスで気が狂ってしまう。私なんて愚かアンネは命の危機が常にある環境だし、ストレス発散環境がないなかで、唯一の発散先が日記で、それが彼女にとって一番楽しめるものであったことが、本当に良かった、
Posted by ブクログ
\\『 アンネの日記』のイメージが変わった //
ホロコースト文学。
けれどそこにいたのは一人の等身大の13歳になった少女。
『アンネの日記』は思春期の少女のリアルな声が描かれている文学作品でもあったんだ!
◇◇◇◇◇◇
【タイトル】NHK 100分 de 名著ブックス言葉はどのようにして人を救うのかアンネの日記
【 著者 】小川洋子
【 出版社 】NHK出版
◇◇◇◇◇◇
私はまだ『アンネの日記』を読んだことがありません。有名であらすじも聞いたことがある。
アンネがナチス・ドイツから逃れるために屋根裏で隠れ住んだ、とても悲惨で陰鬱な日々を描いた日記、そういうイメージをしていました。
けれども100分de名著ブックスを読んでイメージが変わりました。
ホロコースト文学。
けれど、そこにいたのは一人の13歳になった思春期真っ只中のひとりの少女でした。
◇◇◇◇◇◇
『アンネの日記』はユネスコによって『世界で最も読まれた10冊のうちの1冊』にあげられ、2009年には『世界記憶遺産』にも認定されています。
ナチス占領下のオランダで何が起きたかを証言する貴重な財産であり、
ホロコーストの犠牲者の代表者、反戦や差別撤廃を訴えるシンボルでもあります。
◇◇◇◇◇◇
アンネの日記は1942年6月12日から始まります。
この日13歳の誕生日を迎えたアンネフランクは誕生日プレゼントとして格子柄の日記をもらったことがきっかけです。
そして日記が途切れるのは1944年8月1日。
アンネは3日後の8月4日ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)に連行されてしまいます。
隠れ家時代の中心とした2年余りの期間を彼女が綴った心の記録。それが『アンネの日記』なのです。
◇◇◇◇◇◇
アンネは『キティー』というこの世に存在しない人物に当てて手紙を書くという形を取り、
毎回必ず最後に『アンネより』あるいは『アンネ ・M・フランクより』と署名した。
毎回名前を刻むことは、『私はここに生きているのだ』と確認する作業にもなったはずだといいます。
この形式をとることによってより物語化を感じさせられるものになったのだとも。
◇◇◇◇◇◇
みずみずしい青春の息吹。
大人への不満。とりわけ母親に対する反抗心や理由のない苛立ち、性へのあこがれ、将来の夢。
大人が思春期を回想して書いた文章とは違う、思春期の少女のリアルな声がここにはある。
それを読んだ時に、『アンネの日記』の中には、今と変わらないたったひとりのアンネという人間。
思春期を生きるひとりの少女の息吹を感じました。
そう。時代も環境も違うけれど、
変わらない『ひとつの命』が生きていることを知りました。
その事を感じ取ったとき、『アンネの日記』のイメージも変わり、アンネという人を知りたい。その時代にしっかりと目を向けたい。と思うようになりました。
1947年オランダで後ろの家を意味するヘト・アハテルハイスと題して日記が出版されました
紙は人間よりも辛抱づよい
ジャクリーヌさんにアンネが急にいなくなって寂しかったでしょうと尋ねた時、いやむしろ喜んだとの意外な答えが返ってきました。
前触れもなく友達がいなくなることなど日常茶飯事だった。当時姿を消したということは連行されたのではなく、どこかで無事に生きていることを意味していた
父であるオットーは自分の欠点を直せとは言わず、人間は皆欠点を持っているから許し合おうと解きます。そしてお前は決して退屈せず、いつもさわやかな風を運んできてくれると、アンネの良さを認めて肯定する
Posted by ブクログ
言葉は、人の心を救い、生きる支えになるもの
そのことを強く感じた
アンネにとって隠れ家での生活は、不安と恐怖に満ちた毎日だった
その中で日記は、誰にも言えない本音を打ち明けられる大切な存在であり、アンネの心を救っていたのだと思う
ユーモアを忘れず、時には厳しい言葉で感情をあらわすアンネの姿から、彼女が必死に生きていたことが伝わってきた
また、反抗期の影響で母親とうまくいかなかったことなど、人間らしい一面を知ることができた
私はアンネの話は知っていたが、実際に日記をきちんと読んだことがあったのだろうかと考えさせられた
アンネが日記を書き残したからこそ、私たちは彼女の気持ちを知ることができる
しかし、姉のマルゴーや、隠れ家で共に生活していたペーターが日記を書いていなかったため、彼らの思いは分からない。そのことから、言葉として残すことの大切さを感じた
アンネは「わたしの望みは、死んでからもなお生きつづけること」と書いている
この言葉を読んだとき、私はアンネが自分の未来を予言していたのではないかと不思議に思った
収容所では日記を書くこともできず、どれほど苦しかったのだろうか
しかし、アンネの日記は今も世界中で読まれ、彼女の言葉は生き続けている
アンネの日記は、言葉が人を救い、そして人を死後も生かし続ける力を持っていることを教えてくれた
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