小川洋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ静かに、穏やかに、琴線に響く物語だった。
「私」とルートと博士との間に流れる時間と情景が読書中の私自身を癒してくれました。
ルートをおんぶしての帰り道の場面で、
幼いころ、お祭りの夜店で大はしゃぎしすぎて疲れて眠くなった私をおんぶしてくれた亡き父を思い出した。
父におんぶされた記憶は後にも先にもあの時だけ。嬉しくて、ずっとこのままでいたくて起きていたけど寝たふりをしていた私。
あったかくて大きな父の背中。
博士が父と重なって泣いてしまった。
博士が走らせる鉛筆の音、ルートがチラシの裏を使おうとめくる音、夕飯の支度の音、かすかに流れるラジオの音声、優しく長く差し込む夕陽。幸せってこういう事な -
Posted by ブクログ
すごい。すごすぎる。こんなに美しい文章に出会ったことはないんじゃないかな。
途中から、完全に作者の虜になってしまった。
理不尽に消滅していく世界、受け入れる主人公と拒むR氏。
受け入れちゃいけない、と頭では分かっていても、心が追いつかない。
主人公の心がゆっくり消滅していくのと同時に、読んでいる私も理不尽を受け入れているように感じた。
消滅の前に書き上げたタイプライターの小説。途中までは分からない事もあったけれど、最後が見事だった。消滅してゆく著者が、消滅を受け入れる小説を書き残したこと、悲しかったな。
おじいさん……。優しくて大好き。 -
Posted by ブクログ
小川洋子さんの記憶の消滅に関する小説。
『博士の愛した数式』でも80分しか記憶を持たない数学者がおり、今回の小説と「記憶」というテーマで共通するところがある。
儚く自然と涙がこぼれるような物語。
モノが人々の記憶から消滅していくということは、モノに宿る人々の想いさえも無くしてしまうことなのかもしれないと感じた。
私自身も数々の記憶を忘れてしまっているのだろう。
ただ、今回小説を読んだことで、その時の想いや感情などできる限り日記に留めておきたいと感じた。
それが記憶、その時の感情・情景を思い出すことに繋がると思うから。
解説で、記憶しているがゆえに、迫害され、粛清される。そこで、ユダヤ人差 -
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毎日、夕方の5時になると町役場からの放送で「家路」が流れる。
あまりにも自然に溶け込んだ歌声のため、人々は熱心に聴きいる事もなく、1日の区切りとして耳にしているだけで、誰が歌っているのかなどの関心を抱く者は誰もいなかった。
この地域に、ちょっと変わった人々が暮らす集団が存在していた。
彼らは極端な内気の性格のため、言葉を交わす人との関わりを避け、沈黙を優先した生活を営んでいた。
その地域に、おばあさんと孫娘リリカの二人が雑用係として加わることになる。
おばあさんはリリカを育てるために、この変わった人々が暮らす地域に職を得て、外部の人々との接触を担当する雑用係として働くことになる。
リリカの -
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動物がモチーフの短編集。
登場人物たちは何かしら大事なものを失っているし、そしてどこか狂っている。
現実と非現実の境目が曖昧で、気づけばどこか別の世界に自分も連れて行かれている。
短編集なので一作一作は短くて、しかも言葉が美しいので軽く見えるのだけど、とても重たくて。
まるで海の中に潜って水底の神秘的な世界を見ているよう。ときどき顔を出して息継ぎするみたいに、合間に明るい外国作品などを読まないと、その圧倒的な力に押し潰されそうになりました。
安心できる場所をちゃんと確保して、静かな夜に、一話ずつ。そーっとのぞき込むように。
そんな読み方がおすすめの作品です。 -
Posted by ブクログ
交通事故の後遺症により記憶を80分しか保持できない数学者の「博士」と、彼の家政婦である「私」、その息子「ルート」の交流を通じて、人間関係の温かさと数学の美しさを静かに描いた物語。
博士がルートを、また私とルートが博士を思いやる姿を通じ、たとえ記憶が失われてもなお積み重なっていく関係性や、人が他者を信頼していくプロセスの尊さが丁寧に表現されている。また博士が語る数学は単なる知識に留まらず、数学の公式と美しい情緒を結びつけた表現がとても印象的だった。
物語全体を通して、効用よりも「美しさ」を大切にする姿勢が強調される。博士にとって数学は生きる軸であり、その真摯さが周囲の人にも静かに影響を与えていく -
Posted by ブクログ
人間は失っていく生き物だと日々感じていた頃に手にとった。
育児をしている自分。自分と向き合う時間がない中で、必死に子供の命を守ろうとしている自分。日々ささやかな幸せを噛み締めながらも、自分の描く自分がガタガタと崩れていく感覚があった。
情景描写がものすごく緻密で、こんなにも情景描写に優れた作品は初めてだった。
消滅の物語だが、消滅しないものについて考えている自分がいた。
最近喉元が詰まる感覚があった。産後だからか、頭の回転も遅くて、うまく言葉がでてこないことも多かったからだ。でもこの物語を読んで、身体が消滅しても残るものはあると知って、自分の中の蜜やかな結晶はなんだろう、と思えるようになっ