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その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
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Posted by ブクログ
この島に起きる「消滅」という現象は、喪失ではなく、奪われていくということなんだけど、人々はそれを受け入れている。
抵抗はできない。勇気がないからではなく、抗いようがない圧倒的な力によるものだから。地震のように突然襲ってくるものとして「消滅」はやってくる。
R氏や母親のような人はたまたまそういう体質だっただけで、他の人より高い思考力を持っているとか何か強い信念があるからなどではない。
独裁者による迫害に似てるけど、消滅そのものはそれとも少し違うかもしれない。必ず訪れる死に近いのかもしれない。
だけど奪われ失われても、どこかに何かわずかでも残るものはあるはず。かすかな記憶のように。主人公が残した物語の様に。それが「密やかな結晶」なんだな。
それにしてもまあ本当に小川洋子さんの文章の美しさよ…。架空世界の深さよ…。
久しぶりに読んで、やっぱり好きだ〜〜〜てなった。
ストーリーに緊張感もあり、場面の描写にみずみずしさもあり。
一体どういう生活してたら「夏に採れた玉ねぎの皮が、こんなふうにきれいな飴色で、蝶の羽みたいに薄く乾燥する年は、雪が降るんです」なんてセリフを、さりげなく登場人物に言わせられるのか。
キャラクターもR氏も別に男前的な描写は全然ないのに、仕草だけで色気があるんだよな…それでいてしつこくない…(?)
おじいさんはもう何もかも最高で、好きにならずにはいられない…
あと小川洋子さんの小説に出てくる小物類はいつも良い。食べ物も良い。野鳥観測所でおやつに食べさせてもらうのがビスケットとココアとか、知り合いの農家に分けてもらったカラス麦でクッキー焼くとか、差し入れにロールパンを焼いて持っていくとか。ほんとにサラッと出てくるだけなのにそういうので世界に奥行きが出る。
てか細かいことだけど、おやつに食べる「りんごのケーキ」のときはひらがなで、「頭に林檎を載せた子熊のアップリケ」のときは漢字、特技として出す時は「リンゴケーキ」とカタカナで書いてるあたりも、表記揺れじゃなくてあえての使い分けなんだよなー。丁寧だよなー。
かなり容赦のない結末を迎える物語だけど、だからこそ、この「島」での営みは愛おしくなるのようなものでなくてはならない。
荒廃したディストピアではなく、普通の人々がささやかな楽しみや幸福を見つけながら暮らしている世界だからこそ、失われることの意味が迫ってくる。
いややっぱりすごいわ、小川洋子さん…
Posted by ブクログ
小川洋子先生、素晴らしいですね。
救いのない残酷な話といえばそうなんですけど、なぜか綺麗なんですよね。澄んでいる。
物語を大袈裟にしたり、大事件にしたりせず、淡々といろんなものが消滅していく島を描写する。
猫を抱いて象と泳ぐ、みたいな分かりやすさ、感動はないんですけどね。淡々と。ただ、淡々と。美しいんですね。猫象の方が、分かりやすいし、感動しやすい。その点、密やかな結晶は、良い作品なんだけど、何が良かった?と聞かれると非常に説明しづらい。ドラマがあるかというと微妙だし、スリリングかと言われるとそうでもない。作中小説もいまいち意味が掴みにくい。でも、淡々と世界が深まっていく。素晴らしい小説だと思いました。
Posted by ブクログ
その島で起こる「消滅」とは人々から物の記憶が消えること。消滅が起こると人々は消えたモノを粛々と処分し、それについての記憶をなくしていきます。
中には記憶を持ったままの人もいますが、そういう人たちは記憶狩りの対象に。秘密警察に見つかったら彼らは連れ去られてしまうのです。
カレンダーが消えて春が来なくなり雪が降り続く。多くの島民と同じように、消滅を受け入れながら暮らす小説家の「わたし」は、古くからの付き合いのおじいさんと共に、記憶が消えない男をかくまっています。
途中に挟み込まれる、主人公の書いた小説も、だんだん趣きが変わってきてゾクッとします。
周りのモノが一つずつ消えていき…終盤には消えっぷりが加速!もう脱力のラスト。
やっぱり小川洋子さんの雰囲気ですね、静かで綺麗で、ものすごく不穏。
Posted by ブクログ
小川洋子の作品はあまり読んだことがなかったが、本屋で装丁とあらすじに惹かれて購入。
最高傑作。読むことをお勧めしたい。
舞台はとある島(架空の島だが、描写的にかなり日本的だと思った)。この島では、鳥、香水、春(季節)、左足など記憶が少しずつ消滅していく(記憶の消滅というのが少しややこしく、概念自体が消失するわけではなく、それ自体を思い出せなくなり、またそれを見たとしても、それに関する思い出を想起したり、使用用途・目的、どのような物だったかを具体的に把握することができなくなるし、興味も湧かなくなるというのが近いかな、、、ちなみになぜ記憶が消滅するのかは描かれない。それは超常現象・災害にも近い、不可避の現象として島民に受け入れられている)。そして島民の中には記憶が消滅しない者がおり、彼らを秘密警察が取り締まっている(秘密警察は記憶が消滅した物を物理的に完全に抹消しようとも努めている)。小説家である主人公のわたしは、ある日担当編集者のR氏が記憶が消えない者の1人であることを知って、彼を自宅の一室に匿うことになる。これ以後はネタバレになるので控えます(まあ純文学だから結末まで書いてしまってもいいんだけど一応)
全体を通して非常に静謐で、島に永遠の冬が訪れてからはなんとも言えないほど重く灰色な、でもどこかほんのり温かみのある印象をうける特異な文章(小川洋子の文体の特徴なのかなぁ?)。
この本では、主人公が書いた「小説」が随所に挟まれる。この「小説」は現実の島の状況を予見させるものである。加えて「小説」内の男女2人の関係性が、わたしのR氏に対する屈折した感情を投影したものであるとも読めて、この物語に奥行きをもたらしている。
読み方としては色々な解釈があると思うが、ただのファンタジーでないことだけは確かである。R氏を匿う(それも自室の隠し部屋に)こと、秘密警察の存在、春が消えて島はずっと冬であること、私が小説家であることから、否応なくナチスによるユダヤ人迫害、そして「アンネの日記」が思い出される。記憶の消失・秘密警察による取り締まりを徐々に日常の当たり前として受け入れていく多数の島民が、弾圧される者たちの状況を際立たせる。何も考えずにマジョリティ・支配者側に迎合することへの警鐘とも取れる。「記憶」はいつだって体制側にとって不都合である。一つの記憶で全てがひっくり返ることもある。だから体制側は「記憶」を恐れ、「記憶」の弾圧を続けようとする。小説が島から消えた時、島民は広場で本を焼くのだがその際に“書物を焼く人間は、やがて人間を焼くようになる”というハイネの有名な一節が引用される(ハイネの本も現実にナチスによって広場で焼かれているのである)。
わたしの母(記憶が消えない人だった!)は彫刻の中に「島で人々の記憶から消失した物」を隠した。タイトルの「密やかな結晶」は、わたしが再発見したときにそれらを形容する表現として用いられる。記憶の弾圧を受けても奪いきれない、人間の心の奥底にある誰にも見られることのない大切で美しい物のメタファーとして機能している。小説を広場で焼く場面、ある女性が秘密警察に連行されながら(彼女も記憶が消えない者なのだが)「物語の記憶は、誰にも消せないわ」と叫ぶ。作者の矜持を感じさせる一節である。何をされようとも「物語」があれば世界に対峙して、想像力をもってして希望と一緒に生きていくことができる。「物語」が人間の砦であり最後まで人間を救い続けるものである、と僕自身は思っている。この小説が僕自身の「密やかな結晶」を形成する一部になるに違いない、と思える一冊だった。
少し「記憶の消失」の定義がわかりにくいのが難点だがそんなことはどうでもいいと思えるぐらいの傑作。読んでみてね!
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