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その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。 鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。 有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
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Posted by ブクログ
小川洋子の作品はあまり読んだことがなかったが、本屋で装丁とあらすじに惹かれて購入。 最高傑作。読むことをお勧めしたい。 舞台はとある島(架空の島だが、描写的にかなり日本的だと思った)。この島では、鳥、香水、春(季節)、左足など記憶が少しずつ消滅していく(記憶の消滅というのが少しややこしく、概念自...続きを読む体が消失するわけではなく、それ自体を思い出せなくなり、またそれを見たとしても、それに関する思い出を想起したり、使用用途・目的、どのような物だったかを具体的に把握することができなくなるし、興味も湧かなくなるというのが近いかな、、、ちなみになぜ記憶が消滅するのかは描かれない。それは超常現象・災害にも近い、不可避の現象として島民に受け入れられている)。そして島民の中には記憶が消滅しない者がおり、彼らを秘密警察が取り締まっている(秘密警察は記憶が消滅した物を物理的に完全に抹消しようとも努めている)。小説家である主人公のわたしは、ある日担当編集者のR氏が記憶が消えない者の1人であることを知って、彼を自宅の一室に匿うことになる。これ以後はネタバレになるので控えます(まあ純文学だから結末まで書いてしまってもいいんだけど一応) 全体を通して非常に静謐で、島に永遠の冬が訪れてからはなんとも言えないほど重く灰色な、でもどこかほんのり温かみのある印象をうける特異な文章(小川洋子の文体の特徴なのかなぁ?)。 この本では、主人公が書いた「小説」が随所に挟まれる。この「小説」は現実の島の状況を予見させるものである。加えて「小説」内の男女2人の関係性が、わたしのR氏に対する屈折した感情を投影したものであるとも読めて、この物語に奥行きをもたらしている。 読み方としては色々な解釈があると思うが、ただのファンタジーでないことだけは確かである。R氏を匿う(それも自室の隠し部屋に)こと、秘密警察の存在、春が消えて島はずっと冬であること、私が小説家であることから、否応なくナチスによるユダヤ人迫害、そして「アンネの日記」が思い出される。記憶の消失・秘密警察による取り締まりを徐々に日常の当たり前として受け入れていく多数の島民が、弾圧される者たちの状況を際立たせる。何も考えずにマジョリティ・支配者側に迎合することへの警鐘とも取れる。「記憶」はいつだって体制側にとって不都合である。一つの記憶で全てがひっくり返ることもある。だから体制側は「記憶」を恐れ、「記憶」の弾圧を続けようとする。小説が島から消えた時、島民は広場で本を焼くのだがその際に“書物を焼く人間は、やがて人間を焼くようになる”というハイネの有名な一節が引用される(ハイネの本も現実にナチスによって広場で焼かれているのである)。 わたしの母(記憶が消えない人だった!)は彫刻の中に「島で人々の記憶から消失した物」を隠した。タイトルの「密やかな結晶」は、わたしが再発見したときにそれらを形容する表現として用いられる。記憶の弾圧を受けても奪いきれない、人間の心の奥底にある誰にも見られることのない大切で美しい物のメタファーとして機能している。小説を広場で焼く場面、ある女性が秘密警察に連行されながら(彼女も記憶が消えない者なのだが)「物語の記憶は、誰にも消せないわ」と叫ぶ。作者の矜持を感じさせる一節である。何をされようとも「物語」があれば世界に対峙して、想像力をもってして希望と一緒に生きていくことができる。「物語」が人間の砦であり最後まで人間を救い続けるものである、と僕自身は思っている。この小説が僕自身の「密やかな結晶」を形成する一部になるに違いない、と思える一冊だった。 少し「記憶の消失」の定義がわかりにくいのが難点だがそんなことはどうでもいいと思えるぐらいの傑作。読んでみてね!
引き込まれてどんどん読んでしまう、怖い童話のような物語。でも、不思議とすべてが美しく、静かで、怖ろしくない。いや、あたたかささえ感じる。
失う事が怖い人は間違いなくしんどくなる。 でも、普段から私たちは常に何かを失っていることに気付く。 だけどそれでも次の日が来る。
個人的に、小川洋子先生を読むならこの本を読んでくれ、と言いたくなる作品。 世界観がしっかりと描かれており、すぐに没入することが出来る。大人向けのおとぎ話のようで、ひっそりと静かに、それでいて美しい文章に惚れ惚れしてしまう。 世の中のあるものが消滅していく人と、消滅していかない人。それぞれの想いがきち...続きを読むんと描写されていて、胸が苦しくなる。苦しくなるのにどこか心地よい読後感がたまらない。
すごい。すごすぎる。こんなに美しい文章に出会ったことはないんじゃないかな。 途中から、完全に作者の虜になってしまった。 理不尽に消滅していく世界、受け入れる主人公と拒むR氏。 受け入れちゃいけない、と頭では分かっていても、心が追いつかない。 主人公の心がゆっくり消滅していくのと同時に、読んでいる私...続きを読むも理不尽を受け入れているように感じた。 消滅の前に書き上げたタイプライターの小説。途中までは分からない事もあったけれど、最後が見事だった。消滅してゆく著者が、消滅を受け入れる小説を書き残したこと、悲しかったな。 おじいさん……。優しくて大好き。
美しくも悲しくて怖い話であり、明らかに設定は虚構なのに「今ほんとにリアルに起きてること」でもある。なくなっていく現実に鈍感になっていくのも怖いけど、最後までなくなっていく現実に抗えないラスト1人になるのも怖いな。 川上弘美さんと同じくで昔からあれこれ読んできた作家さんだけれど、小川洋子さんの話の多...続きを読むくには救われない人やネガティブな現実から脱するのを【諦めた人】がよく出てくる気がする(私の印象)。元気なときに読んで悲しみと美しさに浸るのは珠玉の幸せだけど、元気がないときに読むとけっこうキツい。
小川洋子さんの記憶の消滅に関する小説。 『博士の愛した数式』でも80分しか記憶を持たない数学者がおり、今回の小説と「記憶」というテーマで共通するところがある。 儚く自然と涙がこぼれるような物語。 モノが人々の記憶から消滅していくということは、モノに宿る人々の想いさえも無くしてしまうことなのかもしれ...続きを読むないと感じた。 私自身も数々の記憶を忘れてしまっているのだろう。 ただ、今回小説を読んだことで、その時の想いや感情などできる限り日記に留めておきたいと感じた。 それが記憶、その時の感情・情景を思い出すことに繋がると思うから。 解説で、記憶しているがゆえに、迫害され、粛清される。そこで、ユダヤ人差別やホロコーストの影を見てしまうという記述があった。 私自身、その歴史について深く知らない部分があるので勉強しよう。 個人的にこの小説には宇多田ヒカルの曲がとても合うなと感じた。
人間は失っていく生き物だと日々感じていた頃に手にとった。 育児をしている自分。自分と向き合う時間がない中で、必死に子供の命を守ろうとしている自分。日々ささやかな幸せを噛み締めながらも、自分の描く自分がガタガタと崩れていく感覚があった。 情景描写がものすごく緻密で、こんなにも情景描写に優れた作品は初...続きを読むめてだった。 消滅の物語だが、消滅しないものについて考えている自分がいた。 最近喉元が詰まる感覚があった。産後だからか、頭の回転も遅くて、うまく言葉がでてこないことも多かったからだ。でもこの物語を読んで、身体が消滅しても残るものはあると知って、自分の中の蜜やかな結晶はなんだろう、と思えるようになった。 表面的なガタはやはり産後できていると感じるが、確かなものは自分の中にあって、崩れていないのだと信じたいと思った。 なんとも読後感は不思議な物語だが、また読みたい。
「わたし」が暮らしている島では、ある日突然に物事が消滅する現象が起こっていた。 玩具、貴金属、本などの物的な物だけではなく、言葉、記憶、そして人体までもが消滅の可能性がある社会なのだ。 「わたし」は父親を早く亡くし、母親と二人で暮らしていたのだが、母親は消滅現象が起こっても記憶を消失しない能力があ...続きを読むったために秘密警察に連行されてしまう。 それ以降、「わたし」は小説を書いて一人で暮らしている。 「わたし」には二人の大切な人がいる。 一人は「わたし」の両親のもとで色々と働いてくれていたお爺さんで、常に「わたし」の側に立って助けてくれていた。 もう一人の大切な人は編集者のR氏で、「わたし」の小説を常にサポートしてくれている。 R氏は「わたし」の母親同様に、記憶を消失しない能力を擁していたため、秘密警察に連行されてしまう可能性があった。 そこで「わたし」はお爺さんと相談して、「わたし」の自宅に秘密の部屋を作り、そこにR氏を匿うことにした。 それ以来、R氏は狭い隠し部屋が人生の全ての時間を過ごす場所となる。 この物語を読み進むにつれ、私はアンネ・フランクの境遇を思い浮かべた。 自分の意思とは裏腹に、社会が見えない何者かによって左右される人生だ。 読みながら、自分が抱いている理想の社会と現実とのギャップを考えざるを得なかった。 そんな考えに至ったのは、今回の不和雷同とも云える衆議院選挙後だったことも影響したのだろう。 記憶に関しても、幼少の頃の出来事を鮮明に覚えているにもかかわらず、ついさっきの事を安易に記憶から削除してしまうことも多いことから、脳の中身は自分の意思とは異なり、もっと有機的な働きがあるのではとも思う。 自分の意思、想い出は、意識して結晶の如く大切にしまっておかなくてはならないものだと、小川洋子さんの『 密やかな結晶 』で教えてもらった気がする。
恥ずかしながら、これまで小川洋子さんの作品を読んだことがなかった。 そして本作『密やかな結晶』が、25年も前に刊行された作品だということにも驚かされた。 これほど時代を超えて読み継がれている理由は、読み終えた今ならよくわかる。 物語の舞台となる島では、ある日を境に、人々の記憶から「もの」や「概念...続きを読む」が、ひとつずつ消えていく。 島の人々は戸惑いながらも、その消滅を受け入れ、忘れるべきものとして手放していく。 そこには秘密警察の存在があり、記憶を失わない者は連行されてしまうという恐怖が、常に影を落としている。 この構図は、読みながら何度も、 ナチス・ドイツ下で迫害を受けたユダヤ人の歴史を思い起こさせた。 暴力や強制だけでなく、 「従うことが安全だ」と思わされる空気そのものが、人を無抵抗にしていく怖さが描かれているように感じた。 読み進めている最中、正直に言えば、 意味がうまく掴めない場面も多かった。 なぜこの描写が必要なのか、なぜこんなにも静かに物語が進むのか、戸惑いながらページをめくっていた。 しかし、読み終えたあと、それまで点だった出来事や感情が、静かにつながっていく感覚があった。 理解は読書中ではなく、読後にゆっくり訪れる。 この作品は、そういう読み方を要求してくる物語なのだと思う。 この物語が突きつけてくる恐怖は、記憶が奪われることそのものではない。 奪われているのに、それを「仕方のないこと」として受け入れてしまう人間の姿にある。 大切なものは、ある日突然奪われるのではなく、静かに、穏やかに、もっともらしい理由とともに消えていく。 そして気づいたときには、失ったことに対する感覚そのものを失っている。 コロナ禍を経て、私たちは自由や日常、当たり前だと思っていたものを、驚くほど無抵抗に手放してきたのではないだろうか。 そのことに対して、強い違和感を抱かない自分自身の姿と、この物語の世界が重なって見えた。 それでも、物語の中には、静かに、しかし確かに抵抗し続ける人たちがいる。 声高に主張するわけでもなく、 劇的な勝利が描かれるわけでもない。 ただ「大切なものを大切だと思い続ける」ことを、やめない人がいる。 その結末が救いなのかどうかは、正直、わからない。読後に残るのは、希望よりも切なさに近い感情だった。 けれど、読み終えた今、この物語は過去の寓話ではなく、今も続いている現実の写し絵なのだと思わずにはいられない。 意味がわからなかったはずの物語が、あとから静かに深く染み込んでくる。 名作と呼ばれる理由は、その読後の余韻にあるのだと思う。
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小川洋子
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