あらすじ
その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
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Posted by ブクログ
恥ずかしながら、これまで小川洋子さんの作品を読んだことがなかった。
そして本作『密やかな結晶』が、25年も前に刊行された作品だということにも驚かされた。
これほど時代を超えて読み継がれている理由は、読み終えた今ならよくわかる。
物語の舞台となる島では、ある日を境に、人々の記憶から「もの」や「概念」が、ひとつずつ消えていく。
島の人々は戸惑いながらも、その消滅を受け入れ、忘れるべきものとして手放していく。
そこには秘密警察の存在があり、記憶を失わない者は連行されてしまうという恐怖が、常に影を落としている。
この構図は、読みながら何度も、
ナチス・ドイツ下で迫害を受けたユダヤ人の歴史を思い起こさせた。
暴力や強制だけでなく、
「従うことが安全だ」と思わされる空気そのものが、人を無抵抗にしていく怖さが描かれているように感じた。
読み進めている最中、正直に言えば、
意味がうまく掴めない場面も多かった。
なぜこの描写が必要なのか、なぜこんなにも静かに物語が進むのか、戸惑いながらページをめくっていた。
しかし、読み終えたあと、それまで点だった出来事や感情が、静かにつながっていく感覚があった。
理解は読書中ではなく、読後にゆっくり訪れる。
この作品は、そういう読み方を要求してくる物語なのだと思う。
この物語が突きつけてくる恐怖は、記憶が奪われることそのものではない。
奪われているのに、それを「仕方のないこと」として受け入れてしまう人間の姿にある。
大切なものは、ある日突然奪われるのではなく、静かに、穏やかに、もっともらしい理由とともに消えていく。
そして気づいたときには、失ったことに対する感覚そのものを失っている。
コロナ禍を経て、私たちは自由や日常、当たり前だと思っていたものを、驚くほど無抵抗に手放してきたのではないだろうか。
そのことに対して、強い違和感を抱かない自分自身の姿と、この物語の世界が重なって見えた。
それでも、物語の中には、静かに、しかし確かに抵抗し続ける人たちがいる。
声高に主張するわけでもなく、
劇的な勝利が描かれるわけでもない。
ただ「大切なものを大切だと思い続ける」ことを、やめない人がいる。
その結末が救いなのかどうかは、正直、わからない。読後に残るのは、希望よりも切なさに近い感情だった。
けれど、読み終えた今、この物語は過去の寓話ではなく、今も続いている現実の写し絵なのだと思わずにはいられない。
意味がわからなかったはずの物語が、あとから静かに深く染み込んでくる。
名作と呼ばれる理由は、その読後の余韻にあるのだと思う。
Posted by ブクログ
消滅を受け入れていく人々に、悔しさからくる怒りのような感情が湧いた私はR氏側なのだと思う。
でも、年老いていつか記憶というものが不確かになって、身体が自分のものではないように感じた時、すべてを静かに受け入れていくというのもまた1つの方法なのではないかとも思った。
そうなるまで、消滅のない私は、忘れてしまったことを時々思い出しながら、記憶を大切に日常を送ろうと思った。この先の人生で何かを失ったら、「密やかな結晶」は誰にも奪えないことを思い出したい。
ナチスやコロナ禍の社会を元に込められた壮大なメッセージはもう少しじっくり考えてみたいと思う。
Posted by ブクログ
すきな温度と湿度。
たいせつなものが消滅してしまうのは、いや。
わすれてしまうから、へいき?
どんどん箱が小さくなって、透明。
消えても、消えないことが、
わたしたちの心をささえているのに。
Posted by ブクログ
ある小さな島では物が次第に消滅されてしまう。そして完全に記憶から消されていく。貴重な絆、思い出が容赦なく破壊される。しかし逆に忘れない人も存在している。決して従わない。秘密警察がどんなに怖くも、自分の尊厳を失わない。
つまり誰にも奪われはしないものはまさに密やかな結晶である。
Posted by ブクログ
記憶が少しずつ消滅していく島の話。
読み終わった後には何とも言えないような、心の深い空洞に身を包まれたような喪失感に浸ってしまう。「消滅」の物語によって「消滅できないもの」の物語を描く。人々の中にひっそりとある声に出せないおもいを掬いとる、私たちの中にあるそんなおもいを改めてこの物語はすくいとって肯定してくれるものだと思った。「消滅」という失う物語の静かでその確かなことばの数々に作者の筆の虜にならないはずがない。
Posted by ブクログ
あらゆるものが失われていく世界だからこそ、誰にも触れられない確かなものの重要性、美しさをまざまざと感じるお話だった。
「消滅」とは姿かたちがそのまま消えていくことだけではなくそれに付随した記憶や思い出まで消えてしまうこと。物質の消滅に伴い主人公たちも徐々に人間味を失っていく様子が印象的だった。
また、例え形がなくなっても記憶として覚えておけばそこに存在することだってできるのだと主張しているようにも思えた。
心の奥底の誰にも触れられないところに閉じ込めておく確かな思いが、消滅のしない"密やかな結晶"なのであろう。
Posted by ブクログ
久しぶりに純文学を読み、静謐な文章に癒された。
ラストはちょっと中途半端な印象。
小川洋子は綺麗な文章を書くんだなと思った。
また静かな気持ちになりたい時に読みたい。
Posted by ブクログ
自分にはスッと入ってきてとても好きな話でした
一つ一つ思い出が消えていく街の中で、主人公は抗うすべもなく運命に誘われていく
消えることは「死ぬ」事を一緒だと
時代と一緒に主人公は消えていく
そして忘れることのできない運命を持つR氏は、地下へ幽閉されそして最後には外を飛び立つ。
まるで死者を想うのと同じ気持ちだと思いました。
思い出大事にしようと改めて思った一冊です。
余談ですが、
「アンネフランクっぽいな」と思って読んでいたら著者の小川洋子さん自体が、その本やそれを取り巻く歴史的事情を意識して書かれていたと後書きでみて、ストンと胸の中に落ちました。
たしかに言論の自由や抑制そう言う要素を含めて見ようと思えば見れるなと思いました
Posted by ブクログ
記憶が少しずつ消滅していく島
何かがなくなって
それらを処分して
適応していく
秘密警察が記憶が消滅しない人々を
連行していく
次第に自由が奪われているはずなのに
なんの疑問も持たずに生きる人々
すべて
もう初めからなかったかのように
記憶がなくなっていくのだから
疑問をもつわけもない
何か独裁者が徐々に
自由を奪っていくような感じかもしれない
かつての戦時中の日本もこんな感じだろうか
今もどこかでこんな思いをしている人々が
いるのだろうか
と、思ってしまう
小説家である主人公が小説を奪われてからは
さらに衝撃的に状況が進んでいく
最後に書いた小説がまた
物語を彩っていく
せつない中にも
いくつもの希望が見え隠れする
そんな
透明感溢れ、儚いお話でした
Posted by ブクログ
もっと早く出会えたらと思った作品。名作と言われるのも納得。自分にとっての結晶は何か?考えさせられますね。おじいさん、好きです笑。小川先生の作品をもっと読まねば。
Posted by ブクログ
次々と何かが消失していく架空の島、という設定に小川先生の美しい文体が合わさってまさに大人ファンタジー。記憶を持った人々が秘密警察に迫害される様はアンネの日記のオマージュらしい。消失を描くことによりこの世に存在する物の美しさが際立つ画期的な小説。
Posted by ブクログ
あたりまえのようにあった身の回りのものが一つ一つなくなっていく、儚く寂しいお話だったけど読後感はそんなに悪くないのはなんでだろう。
途中からアンネの日記を重ねながら読んでました(作家の原点となったアンネ・フランクの『アンネの日記』へのオマージュとのこと)
島から突然あるものが"消滅"するのだけど、それを処分することで忘れる者とR氏のように消滅することができない者(記憶がなくならない者)が交わり合えないところがどちらの立場も悲しくて切なかった。
Posted by ブクログ
『密やかな結晶』の世界では、社会から一つひとつ、何かが静かに消滅していく。その中で「密やかな結晶」とは何なのだろうか、と読みながらずっと考えていた。
小川洋子作品を通底するテーマに、「記憶の継承」「存在が滅びても、その記憶は残り続ける」というものがある。本作もまた、その系譜の上にある物語だと感じた。
この世界におけるささやかな救いは、消滅に囚われた人々の中で、なおも消えたものたちの記憶を抱き続ける編集者の存在だ。
彼は、すべてが消滅したあとの世界で、「わたし」が書き残した小説=物語の記憶をその身に宿したまま、歩き出していく。物語はその場面で終わるが、彼の中に残ったそれらの記憶は、なおも続いていく物語の余白を感じさせる。
外圧によって記録も歴史も存在も、すべてを葬り去ろうとしても、人々のなかに宿る記憶までは奪いきれない。
そして、物語が持つ力は、どんな消滅や忘却よりも強く、人の心の内側で生き残り続ける。本作はそのことを、ひどくおだやかな絶望と、かすかな希望のあいだで描き出しているように思う。
作中で「わたし」は文字を失い、物語を書くことができなくなってしまう。しかし、物語を読んで何かを感じる心までは失っていない。
物語とは、本来文字を超えたものなのかもしれない。思考のレベルをも超えて、人の心を直接動かしうるものなのだということを、この作品は証明している。
また、小川洋子は自身の「書くこと」の原点にアンネ・フランクの存在を挙げている。本書が書かれ、出版された時期と、小川がアンネの記憶を辿る旅に出ていた時期が重なっていることを思うと、その影響は本作のストーリーの奥深くにまで染み込んでいるのではないかと感じる。
ホロコーストは、物理的な人間の存在を徹底的に排除しようとした出来事だった。しかし、人々が確かに生きていたという証、そしてその記憶までは、完全に消し去ることはできない。
アンネの日記がそうであったように、記憶は物語というかたちで受け継がれ、遠く離れた時代と場所にいる私たちの心にまで届く。
『密やかな結晶』は、そのことを別の世界・別の出来事を通して語り直している作品のように思う。
たとえ世界がどれほど失われていっても、物語によって記憶はつながれていく。物語の力そのものが、希望のかたちなのだと、強く信じたくなる一冊だった。
Posted by ブクログ
小川洋子さんで記憶の消滅といえば『博士の愛した数式』が有名だが、本書は個人的な消失にとどまらない。島の人々の記憶から森羅万象が徐々になくなっていく、というとんでもない話である。
何かを失うということは人間にとってどういうことなのか。人を人として成立させているものは何だろうか、ということを考えさせられる。
Posted by ブクログ
ファンタジーのような、それでいて物凄くリアリスティックな、その交差にある小説だった。個人的に主人公が書いている小説の内容と、主人公目線の物語とが並行し、そして最後には交わる点が興味深い。もともと一繋がりの話だったのではと感じる程。
物語の中には大きく2種類の生物が存在する:消滅の影響を受ける生物(恐らく秘密警察もこちら側?)と受けない生物。前者は薔薇や鳥等の消滅を感じたとしても、2〜3日もすればその世界に順応し、不自由を不自由とは感じなくなる。一方後者は消滅の影響を受けないので、その様を見て、簡単には手放してほしくはないと願う。面白いなと感じたのは、自分たちはその中間に位置付けられるのではないかということ。つまり、何かを簡単に忘れることもできるし、ふとしたきっかけで自分が何を忘れていたのかを思い出し、心が動かされることもある。ある意味、両極端な2種類の生物という強い仮定を置くことにより、読者の位置付けが曖昧になり、すっきりはしないがどちらにも共感できるような内容になっていると感じた。
どちらかに極端に振れるのは危険、ということなのだろうか...
特に印象に残った内容は以下
・「いいや、そんな心配はないよ。心には輪郭もないし、行き止まりもない。だから、どんな形のものだって受け入れることができるし、どこまでも深く降りてゆくことができるんだ。記憶だって同じさ」(p.127)
・「これまでだってずっと、あらゆる種類の消滅を受け入れてきたわ。とても重要で、思い出深くて、かけがえのないものをなくした時でさえ、ひどく混乱したり苦しんだりはしなかった。わたしたちはどんな空洞でも迎え入れることができるのよ」(p.382)
Posted by ブクログ
この小説は夜寝る前によく読んでいて、穏やかでありながら、それでいて読み進めたいと思える面白さは十分で、寝る前に読むのがぴったりだなあと思っていた。しかし話が進むにつれ、島から何かが消えるにつれ、静かな焦燥感に駆られ、それはどんどん大きくなっていき、気づけば読み切っていた。
解説で、ナチスや、アンネの日記との関連について書いてあり、なるほどと思った。
こんなふうに日々何かを失いながら生活したことはないけれど、もしそんなことがあったらこんな感じなのかな。誰か1人がみんなを助けるために立ち上がったり、大騒ぎしたりすることは実際はなくて、それぞれがそれぞれで小さく何かを抱えながら、少しずつ何かをなくしていって、結局それを受け入れながら、どんどん小さくなっていくだけなのかもしれない。それにあの島で主人公は恵まれていた方ではないかと思う。突然1人で子供を支えていかなくてはならなくなったR氏の奥さんはどんな気持ちだっただろう。そう思っていたから、あの状況で仕方ないとはわかっていても主人公とR氏の触れ合いは見ていて苦しかった。
面白い、という感想になる本ではないけど、読んで良かったと思える本だった。
Posted by ブクログ
心の中のものを一つずつ失くしていく話
その島では鳥、バラの花、写真、
消滅が少しずつ進む
止めることはできず、島の人たちは受け入れていく
消滅すると記憶からも消え、心の空洞が増えていく
秘密警察が記憶狩りをし、記憶を持ち続ける人を連行していく
記憶を持ち続けるR氏をかくまう小説を書くわたし、やがて小説も消え、体も心も消滅していく
物が消え記憶さえもなくせばそれに順応していってしまう
やがて実体のある体の消滅にまで危機が及んでるのに疑問もなく受け入れてしまうのが怖い
希望という記憶を持つであろうR氏、希望がなんなのかさえわからないわたし、ふたりの道が二手に分かれることになるのが悲しい
記憶というもので人は生きていける
物に愛着し、思い出したり愛でたり、人と交流して楽しかったり
だけど
人生は喜びだけでない
憂いや、痛みや、苦しみが心をかき乱す
そんなものでも心に留めて記憶しているほうがいい
暗闇を失くしてしまったら光がわからない
それがあるからこそ光や希望を目指して生きていけるんじゃないかと思った
消えてほしいと思ったものでも消滅して記憶がなくなるのは困る
一つ消えればそれはやがて私の存在さえも薄らいでいくものになる
この夏の、心の1ページに刻まれる物語だった
Posted by ブクログ
島の物が消えていく段階はなぜか普通に受け入れることができた。体が消え始めた段階でぞくっとした。
その不自由さが恐ろしかった。でもわたしや島の人はすぐにその状況に慣れてしまう。いずれおさまるべきところにおさまると言って。
R氏は何度もわたしの記憶のカケラに明かりを灯そうとするが、わたしは消滅を受け入れていく。なぜ危機感を抱かないのか抵抗しないのかどんどん不安になった。
何かが消滅したところで結局生きていられるという部分が、安心感と静かな恐ろしさを与えていく。
現代人もそうかもしれない。私たちはどんどん暗い未来に足を踏み入れているにも関わらず、見て見ぬ振りをして受け入れている。何か大変なことが起こっても次の日には全てを忘れていつもの生活を送る。
みんな目の前の生活を守ることで精一杯で、抵抗するなんて面倒なことをしなくなっている。
R氏の抵抗は無駄なことだと言って消滅を受け入れているわたしは、現代の私たちそのものかもしれない。それでいいのだろうか。それでは駄目だとR氏は言っているのかもしれない。
たとえ全てが消滅してひとりになる未来が待っていようとも、記憶のカケラしか残らずとも、人間の心の奥底には失ってはならないものがあるとR氏はずっと強く訴えていた。
少しずつでも思い出すことが大事なのだと。その言葉がわたしに届く日がいつか来るかもしれない。
Posted by ブクログ
なんとなく薬指の標本に似てるなあと思いながら読み進めた。
とにかく全ての描写が美しく、きれいな文書を読むのが好きな自分はうっとりしっぱなしだった。
ストーリーはとしては、私とR氏の関係性がよく分からなかったりで、モヤモヤするところもあるけれど、どれも理解して欲しいわけじゃないんだろうなと思った。
小川洋子さんの書く男性(今回で言うとタイプの先生やR氏)は白シャツ細身男子を頭にイメージして読んでいます笑
Posted by ブクログ
鳥と島 学生時代は猛勉強したら、追いつけない人などいないと思っていました。でも、だんだんと世界の広さを知り、才能を持っている人がいることに気づき、努力や練習では辿り着けない場所があることが分かったのです。それなのにそのことを肯定できない時間が続き、藻掻き苦しみました。その結果、こんなポンコツな人間が出来上がったのだと思います。
世界が認めるこの小説を身体に浸み込むように読めたらなと思いながら読みました。
ある島から色々なものの記憶が消えていくというお話です。その中で「島」で「鳥」が消えるくだりが出てきます。漢字が似ていて「島」を「鳥」と読んだり、「鳥」を「島」と読んだりしてしまいました。これは老いなのでしょうか、脳の疾患なのでしょうか、誰でもなのでしょうか、悲しいです。
頭に浮かんだ舞台はドイツ、ユダヤ人の隠し部屋でした。なので、通貨の単位が「円」でしっくりこず、日本を舞台としてイメージして読み進めることはできませんでした。最後まで、西洋人のキャラクターを思い受かべながら読みました。それでも、どこの国でも出来そうな書き方だと思いました。世界に翻訳して売り出すことを念頭においた作品だったのかもしれません。映画化されるようですが、その際はアメリカ人が主演のようです。文章で読むよりも映像で見る方が心に響く作品になるかもしれないと思いました。
小説にはミステリーや純文学などカテゴリーが存在しますが、私が好きな小説のカテゴリーは何でしょうか。純文学は難しいので大衆文学になると思います。でも、「純」と言われてしまうと、「大衆」のほうが見劣りしてしまうので、「純」も好んで読めるようになりたいですね。この小説は純文学なのでしょう、私には難しかったようです。
Posted by ブクログ
密かな結晶を読んで
まず結論から言うと正直私にはハマらなかった。なのでなぜハマらなかったのかを考察していきたいと思う。
これは私の悪い癖なのだが、ミステリーを読むことが多いので’伏線のようなもの’を探してしまうきらいがある。
特に伏線レーダーに引っかかった点は、左足が消滅しても普通に歩ける秘密警察(→秘密警察は消滅の影響を受けない側の人間という伏線では?)、遺伝子で記憶を失わない人間を判断できるという内容(→みんなで記憶を失わない方向に行くのか?母が記憶保持者だった主人公はなんらかして記憶を取り戻すのか?)、なぜR氏はR氏という呼び名なのか(名前消失したの?)など、、、
何が評価されているのかとレビューを読んだが、消失という概念を受け入れ、抵抗せずに諦めている主人公たちの恐ろしさを社会風刺として描いている点のようだった。
私は全くそうは思えなかった。
もし、誰かの命令で明日から何かしらの概念がなくなり、無理やり記憶から捨てろと言われているならこのレビューは理解できる。
でも今回の世界では自然現象的に消失が起きる。
記憶がなくならない側が何らかの抵抗をして記憶を保持し続けているならこのレビューの意味もわかるが、記憶なくならない特性は生まれ持ってのものという設定だった。
本当に抵抗すべきは記憶がなくなる側の人間ではなく、記憶を保持してる側の人間なのでは?
実は記憶を無くしてる側は何も失っていない。失ったことさえ思い出せないのだから。
記憶を保持してる側の人間だけ、同じ記憶を持つ人間を失い続けている。
この小説を読んで、私ならR氏を主人公にするなと思った。
R氏を主人公にするだけで、読者は簡単に感情移入できるだろう。なぜなら読者の性質はこの世界で言う記憶を保持する側だから。
逆に主人公を主人公にしてしまったばっかりになぜ抵抗しないのかというイライラさえ生まれる可能性がある。違う、主人公および小説の中の多数派は抵抗という概念がそもそもない側の人間なのだ。何も考えていないのではなくそもそも考える余白がない。抵抗する余白がない。
R氏の少数派での立場、記憶を保持する仲間が消えていく怖さ、抵抗できない権力、妻子がいるのにも関わらず自分に好意を向けてくる人間の家に住みつくあざとさ、記憶を無くしていく人々と記憶がなくならない自分への対比、そんな絶望と人間としての生々しさをR氏を主人公にすればもっと出せると思うのに。
主人公が主人公なせいで、日々なくなっていく記憶に対して諦めることしかできず、好きな男が記憶保持者だからプレッシャーに感じて無理矢理思い出そうとしてるくらいしか描写できてないのは勿体無い。
最後のオチとして、実は秘密警察は記憶保持者で、多数派がパニックに陥らないように記憶狩りをしていた。
すでに遺伝子的な観点から記憶がなくならない方法は見つかっているが、自分たちの過去に行った行為を正当化するために引っ込みがつかなくなってしまっていた。
最後にR氏が隠し部屋を出てそのことに気づき、R氏が抵抗していれば大して好きでもない主人公の家に閉じ込められることもなく、自分の子どもの誕生を見届けることができ、最愛の妻と子どもを救えたかもしれない
というエンドであれば、この本で評価されている点に初めて納得ができると思った。
外の世界を知らずに生きてきた人間は、内側の世界の常識しか語れないことに気づけない。外に出なよと言われても外という概念がないのだから出ていく場所がない。
外も内もわかっている人間が連れ出すしか方法はない。
そのことにもっとフォーカスしてくれればこの小説を好きになれていたと思う。
Posted by ブクログ
上質な文章、世界観を存分に味わった。国語の教科書とか試験に載ってそう。少し前なら退屈したかもだけど、歳を重ねた?今ならしみじみと堪能できた、という感じ。架空の世界のお話だけど、どこか現実世界と繋がる怖さもあって惹き込まれました。
Posted by ブクログ
ずっとR氏が秘密警察に捕まらないかとハラハラしていたけど、そんな単純な話ではなかった。私たちは奪われ、それを忘れ、慣れていく。そうする方が簡単だからだ。頑なに忘れずにいることは、辛いし難しいが、結局はそれが自分を守ることにもなるのかな。そんなことを考えた
Posted by ブクログ
おもしろかった。次から次へと世界が広がって行って、すこしずつまとまっていく感覚が気持ちよくて読む手がとまらなかった。
現実では起こり得ないのに生々しくて、でも結局すべてはどうなったの?の確信には辿り着けないまま静かにお話が終わってしまった!そういうものだとは思うけど、R氏視点も、その後の世界も気になる。
でもきっと、物語はここまでであとはそれぞれの心の中にあるのが一番良いんだろうな。
秘密警察の設定はモモを思い出して、モモが読みたくなった。
Posted by ブクログ
過去に読んできた小説の中にも類を見ない、ショッキングな物語だった。急激に事件が起きるでもなく、少しずつ良くない方に傾いていって、最後には何も無くなるような。救いのない終わり方だと感じた。
隠し部屋の生活から『アンネの日記』や『ある奴隷少女に起こった出来事』が想起されたが、それらは隠し部屋で生活する当事者であることに対し、本作は匿う側の目線であるという違いが楽しめた。
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その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
Posted by ブクログ
小川洋子さんの温かい言葉と人柄が溢れている作品。
最後まで「言葉」が残る世界と最初に「言葉」を失う小説の世界、対比する2つの世界が同時並行に進む。記憶が少しずつ消滅するという不思議な設定だが、主人公の心境の変化や潜在的な不安には、主人公が書く小説の世界線から触れられる。
私は消化不良のまま読み終えたけど、小川洋子さんの作品に込める想いは、解説で少し理解できた気がします。『工芸作品のような小説』というフレーズに共感!
Posted by ブクログ
いや難しい…!400頁超の長編。本編1頁目を読んだだけで引き込まれて、続きが気になってどんどん読み進めた。小川洋子さんの作品は独特の世界観があるけれどこれもかなり異質。"消滅"の概念に頭を悩まされた。なかなかすっと受け入れるのは難しい。『アンネの日記』がこの作品を書くきっかけだったと解説で知り、なるほどと思った。記憶狩り=迫害のようなものか?
にしても最後の消滅をどう捉えたら良いのだろう。理解はできるんだけど納得がいかないというか、どう解釈していいのかわからない。余韻というのかモヤなのかわからないけど消化不良感はやや残る。