あらすじ
その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
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Posted by ブクログ
消滅を受け入れていく人々に、悔しさからくる怒りのような感情が湧いた私はR氏側なのだと思う。
でも、年老いていつか記憶というものが不確かになって、身体が自分のものではないように感じた時、すべてを静かに受け入れていくというのもまた1つの方法なのではないかとも思った。
そうなるまで、消滅のない私は、忘れてしまったことを時々思い出しながら、記憶を大切に日常を送ろうと思った。この先の人生で何かを失ったら、「密やかな結晶」は誰にも奪えないことを思い出したい。
ナチスやコロナ禍の社会を元に込められた壮大なメッセージはもう少しじっくり考えてみたいと思う。
Posted by ブクログ
久しぶりに純文学を読み、静謐な文章に癒された。
ラストはちょっと中途半端な印象。
小川洋子は綺麗な文章を書くんだなと思った。
また静かな気持ちになりたい時に読みたい。
Posted by ブクログ
自分にはスッと入ってきてとても好きな話でした
一つ一つ思い出が消えていく街の中で、主人公は抗うすべもなく運命に誘われていく
消えることは「死ぬ」事を一緒だと
時代と一緒に主人公は消えていく
そして忘れることのできない運命を持つR氏は、地下へ幽閉されそして最後には外を飛び立つ。
まるで死者を想うのと同じ気持ちだと思いました。
思い出大事にしようと改めて思った一冊です。
余談ですが、
「アンネフランクっぽいな」と思って読んでいたら著者の小川洋子さん自体が、その本やそれを取り巻く歴史的事情を意識して書かれていたと後書きでみて、ストンと胸の中に落ちました。
たしかに言論の自由や抑制そう言う要素を含めて見ようと思えば見れるなと思いました
Posted by ブクログ
『密やかな結晶』の世界では、社会から一つひとつ、何かが静かに消滅していく。その中で「密やかな結晶」とは何なのだろうか、と読みながらずっと考えていた。
小川洋子作品を通底するテーマに、「記憶の継承」「存在が滅びても、その記憶は残り続ける」というものがある。本作もまた、その系譜の上にある物語だと感じた。
この世界におけるささやかな救いは、消滅に囚われた人々の中で、なおも消えたものたちの記憶を抱き続ける編集者の存在だ。
彼は、すべてが消滅したあとの世界で、「わたし」が書き残した小説=物語の記憶をその身に宿したまま、歩き出していく。物語はその場面で終わるが、彼の中に残ったそれらの記憶は、なおも続いていく物語の余白を感じさせる。
外圧によって記録も歴史も存在も、すべてを葬り去ろうとしても、人々のなかに宿る記憶までは奪いきれない。
そして、物語が持つ力は、どんな消滅や忘却よりも強く、人の心の内側で生き残り続ける。本作はそのことを、ひどくおだやかな絶望と、かすかな希望のあいだで描き出しているように思う。
作中で「わたし」は文字を失い、物語を書くことができなくなってしまう。しかし、物語を読んで何かを感じる心までは失っていない。
物語とは、本来文字を超えたものなのかもしれない。思考のレベルをも超えて、人の心を直接動かしうるものなのだということを、この作品は証明している。
また、小川洋子は自身の「書くこと」の原点にアンネ・フランクの存在を挙げている。本書が書かれ、出版された時期と、小川がアンネの記憶を辿る旅に出ていた時期が重なっていることを思うと、その影響は本作のストーリーの奥深くにまで染み込んでいるのではないかと感じる。
ホロコーストは、物理的な人間の存在を徹底的に排除しようとした出来事だった。しかし、人々が確かに生きていたという証、そしてその記憶までは、完全に消し去ることはできない。
アンネの日記がそうであったように、記憶は物語というかたちで受け継がれ、遠く離れた時代と場所にいる私たちの心にまで届く。
『密やかな結晶』は、そのことを別の世界・別の出来事を通して語り直している作品のように思う。
たとえ世界がどれほど失われていっても、物語によって記憶はつながれていく。物語の力そのものが、希望のかたちなのだと、強く信じたくなる一冊だった。
Posted by ブクログ
ファンタジーのような、それでいて物凄くリアリスティックな、その交差にある小説だった。個人的に主人公が書いている小説の内容と、主人公目線の物語とが並行し、そして最後には交わる点が興味深い。もともと一繋がりの話だったのではと感じる程。
物語の中には大きく2種類の生物が存在する:消滅の影響を受ける生物(恐らく秘密警察もこちら側?)と受けない生物。前者は薔薇や鳥等の消滅を感じたとしても、2〜3日もすればその世界に順応し、不自由を不自由とは感じなくなる。一方後者は消滅の影響を受けないので、その様を見て、簡単には手放してほしくはないと願う。面白いなと感じたのは、自分たちはその中間に位置付けられるのではないかということ。つまり、何かを簡単に忘れることもできるし、ふとしたきっかけで自分が何を忘れていたのかを思い出し、心が動かされることもある。ある意味、両極端な2種類の生物という強い仮定を置くことにより、読者の位置付けが曖昧になり、すっきりはしないがどちらにも共感できるような内容になっていると感じた。
どちらかに極端に振れるのは危険、ということなのだろうか...
特に印象に残った内容は以下
・「いいや、そんな心配はないよ。心には輪郭もないし、行き止まりもない。だから、どんな形のものだって受け入れることができるし、どこまでも深く降りてゆくことができるんだ。記憶だって同じさ」(p.127)
・「これまでだってずっと、あらゆる種類の消滅を受け入れてきたわ。とても重要で、思い出深くて、かけがえのないものをなくした時でさえ、ひどく混乱したり苦しんだりはしなかった。わたしたちはどんな空洞でも迎え入れることができるのよ」(p.382)
Posted by ブクログ
この小説は夜寝る前によく読んでいて、穏やかでありながら、それでいて読み進めたいと思える面白さは十分で、寝る前に読むのがぴったりだなあと思っていた。しかし話が進むにつれ、島から何かが消えるにつれ、静かな焦燥感に駆られ、それはどんどん大きくなっていき、気づけば読み切っていた。
解説で、ナチスや、アンネの日記との関連について書いてあり、なるほどと思った。
こんなふうに日々何かを失いながら生活したことはないけれど、もしそんなことがあったらこんな感じなのかな。誰か1人がみんなを助けるために立ち上がったり、大騒ぎしたりすることは実際はなくて、それぞれがそれぞれで小さく何かを抱えながら、少しずつ何かをなくしていって、結局それを受け入れながら、どんどん小さくなっていくだけなのかもしれない。それにあの島で主人公は恵まれていた方ではないかと思う。突然1人で子供を支えていかなくてはならなくなったR氏の奥さんはどんな気持ちだっただろう。そう思っていたから、あの状況で仕方ないとはわかっていても主人公とR氏の触れ合いは見ていて苦しかった。
面白い、という感想になる本ではないけど、読んで良かったと思える本だった。
Posted by ブクログ
島の物が消えていく段階はなぜか普通に受け入れることができた。体が消え始めた段階でぞくっとした。
その不自由さが恐ろしかった。でもわたしや島の人はすぐにその状況に慣れてしまう。いずれおさまるべきところにおさまると言って。
R氏は何度もわたしの記憶のカケラに明かりを灯そうとするが、わたしは消滅を受け入れていく。なぜ危機感を抱かないのか抵抗しないのかどんどん不安になった。
何かが消滅したところで結局生きていられるという部分が、安心感と静かな恐ろしさを与えていく。
現代人もそうかもしれない。私たちはどんどん暗い未来に足を踏み入れているにも関わらず、見て見ぬ振りをして受け入れている。何か大変なことが起こっても次の日には全てを忘れていつもの生活を送る。
みんな目の前の生活を守ることで精一杯で、抵抗するなんて面倒なことをしなくなっている。
R氏の抵抗は無駄なことだと言って消滅を受け入れているわたしは、現代の私たちそのものかもしれない。それでいいのだろうか。それでは駄目だとR氏は言っているのかもしれない。
たとえ全てが消滅してひとりになる未来が待っていようとも、記憶のカケラしか残らずとも、人間の心の奥底には失ってはならないものがあるとR氏はずっと強く訴えていた。
少しずつでも思い出すことが大事なのだと。その言葉がわたしに届く日がいつか来るかもしれない。
Posted by ブクログ
形や意味が人々の記憶から失われていく世界で残るものは?
目覚めるとこの世界から「なにか」が消えている。痛みもなく不安もなく、ただ消失する。鳥や切符やリボンや香水や左足が消えていく。
喪失を経験しない人間もいて、そんな人間を取り締まる秘密警察がいる。Aがいればその対極にいるBは立ち現れる。
不思議な世界と秩序を、慈しみと優しさを備えて表現することを得意とする小川洋子先生の一本技。終着点が読めるテーマだからこそどのようにして辿り着くのかが気になってページをめくった。
秘密警察という存在が小説世界に不穏と緊張を強いていて、隠し部屋にいる「R」氏とのミニチュアハウスのような柔らかな生活との対比が心忙しい。
Posted by ブクログ
小川洋子さんの温かい言葉と人柄が溢れている作品。
最後まで「言葉」が残る世界と最初に「言葉」を失う小説の世界、対比する2つの世界が同時並行に進む。記憶が少しずつ消滅するという不思議な設定だが、主人公の心境の変化や潜在的な不安には、主人公が書く小説の世界線から触れられる。
私は消化不良のまま読み終えたけど、小川洋子さんの作品に込める想いは、解説で少し理解できた気がします。『工芸作品のような小説』というフレーズに共感!
Posted by ブクログ
小川さんの美しい文章で綴られる静かな消失の物語。
架空の何処かの島では、島の外に脱出することは出来ず、日々少しずつ日常の何かが人生から完全に消失して行く。
誰が何の目的で消失をさせているのかは不明だけど、
中には記憶を失わずに留めて置ける普通の人も居て、そう言う人は『記憶狩り警察』と言う特殊組織に狩られてどこかへ連れていかれてしまう。
最終的には、何かを消失して行くことをただ静かに受け入れてこの物語もそっと静かに幕を閉じるのだけど、この記憶を消失させて行くのを決めてるのは誰なのかとか、記憶狩りをなんの為に行ってるのかとか、そこら辺の深い所を想像するのもちょっと楽しいかも。
Posted by ブクログ
小川洋子ぶし炸裂のとても不思議な物語でした。
様々なものが消滅していく島で島民はモノの消滅が訪れるとそのものが何だったのかどんどん記憶からなくなり、それを捨てなくてはならない。
持っていると警備隊につからまりとんでもない目にあわされる。そんな中、記憶が消えない人達もいて警備隊にバレないようにかくまってもらったりしながら生きている。
この物語は消滅とは別に人の死や忘却も並行で描かれており、様々な形で消えていく。
消えるとは、忘れるとは、どういうことなのかをリアルに感じさせてくれる本でした。
最後は自分の手や足、体が消えていってしまい何もかも残らない。
アルツハイマーの人はこういう感覚なのかななど想像させられる。
また、この本は主人公が小説家ということもあり、作中作が描かれている。
作中作の小説では消滅はないが男の人に自由を奪われた主人公が男の人がいないと生きていけなくなり、最後は自分の存在がなくなるという話だ。
人に依存しすぎて自分をなくした人を表現した話に感じた。
作中作も作品も両方消滅のことを書いているがそれぞれ別の消滅のことを描いている。
1つの作品のなかで2つの視点で消滅について書いているとても面白い作品でした。