小川洋子のレビュー一覧
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さすが小川洋子さん、と思わせる一冊です。
2025年から建て替えに入った帝国劇場をめぐる七つの物語と、最後にそれらをつなぐエピローグ的な一編からなる短編集です。
私は演劇そのものにあまり関心がなく、舞台を観たこともありません。それでも、帝国劇場に対する小川さんの強い思い入れは、作品の随所から伝わってきます。
小川さんの物語には、暗い水底で演じられる舞台を思わせる、独特の静寂感が漂うものが多いように思います。ところがこの短編集からは、静寂の中にほのかな熱気が感じられます。もちろん、そこは小川さんの作品ですから、熱気といっても決して激しいものではありません。どこか穏やかで、温かく、優しい熱気です。
各編の主人公は、劇場の裏方や、そこを訪れる一般の観客たちです。そうした、劇場の片隅にいる人々の思いを通して描かれるのは、建物としての帝国劇場ではありません。そこには、「人々に幸せを与える」という一つの意志を持った、生き物のような帝国劇場の姿があります。
見事な短編集です。 -
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人の清らかさに裏付けされた慈しみあう気持ちが詰まったおとぎの国みたいなステキな物語だった。
テーマパークにあるような立派なお屋敷で、そこには血のつながった家族だけではなく、邸宅で働く人、一年だけ居候した従姉妹、遠くリベリアからやってきたコビトカバ、老若男女動物までもが等しく愛おしく信頼し合いながら、日常に起こるアトラクションのような大小様々な出来事を共に過ごしていく。
そこには本当の悪魔はいないけど、病気や疎遠など深い悲しみはあって、バラバラになりかけていた家族を居候でやってきた朋子が、時には優しいウソをつき冒険もして、やさしく家族をつなぎとめる。それはミーナがマッチに火を灯す魔法のように、気持ちを取り戻す作業だった。
この本のキーワード的に「2」があるように思う。
ミーナと朋子、ローザ叔母さんと米田さん、コビトカバのポチ子と小林さん、伯母さんと伯父さん、202号室。
お互いに思いやる二人組の関係も特別で唯一無二な関係だった。
ミーナは星をかき集めたガラス瓶からそのカケラを放出するように、マッチで火を灯すように、次世代の子どもたちに絵本という形で魔法をかけてる。
すごくステキな本なのに、読み終わるとその清らかさで心が浄化されて泣けてくる。
どれだけ自分の心が荒んで薄汚れてたんだろうと思う。
実写版にするなら、とっくりさんか龍一さんは寛一郎さんでお願いしたい。
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小川洋子さんの作品は、私の好きな作品のひとつです。
有名な「博士の愛した数式」などがありますが、概ねどの作品においても、場所や時代、国などが明確に背景として描かれていない。小川作品につって、これらはさほど重要ではないのだと思います。
この「琥珀のまたたき」も、ママに6年8ヶ月家の中に閉じ込められた3人の子どもたちの心証をきめ細やかに描かれています。家の外には、魔犬がいるというママの言いつけを守り、家の中で子どもたちなりの楽しみを見つけていきます。
その一つが、自分たちの父親が出版した数々の図鑑を読んで行くことです。
この図鑑で彼らは横の中のことを知っていきます。
さらにその図鑑の中に、長男にあたる「琥珀」が、魔犬のせいで命を落としたとママに教えられた妹を琥珀色の左目で見つけ出します。
これがこの物語の主軸になって展開していきます。
一つ一つの事象の描写や説明がこれほどの形容が可能なのかと思わず感嘆するフレーズが随所にあります。
その一つは、ママがパパが出版する(キッチンについての)図鑑のモデルの採用のためカメラテストを受けたときの事です。テストをしたパパは、ママを合格させるのですが、その理由を「普通、人間はそこにいるだけで何かしら不必要な主張ををしてしまうものです。主役の事物を邪魔する、それを際立たせ、読者が図鑑を閉じた途端、事物の記憶だけを残して自らの気配は完全に消し去る。そんなふうにできる人は、滅多にいません。あなたには図鑑モデルとしての才能がある」と表現しています。こういった表現が随所に見られます。
登場人物は、せいぜい5人しかいませんが、まさに「小宇宙」的な小川洋子ワールド感が全開の長編小説です。
2026年27冊目。 -
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ネタバレとてもよかったです。
”アカシアの野辺”で育ったリリカの物語。静かではあるけれど、とても揺さぶられる物語だった。
老介護人との会話が読んでてほっこりだった。幼いリリカが覚えたての指言葉で子守唄をねだる様子や老介護人の不完全で完全な「ありがとう」。
老介護人の最期、喉の窪みに左手の小指をあてがって「家路」を歌うリリカ。
その様子を想像して目が熱くなった。歌を意味するこの指言葉はおまじないとなって、ずっとリリカを支え続けたのだ。
ポピーちゃん人形、アシカショー、『すみれ』、ジュウシマツの実験、仮歌、歌の祭典。。。
どれもおもしろいエピソードだった。小川さんの文章、文体、描写がとても素敵でなんていうか、この世界に浸れた気がした。
料金係さんが印象的だった。沈黙とは対極の人で、この物語にとっては不穏な存在だと感じた。
徐々に見えてくる2人の世界の合わなさ加減は、リリカのものでしかなく、削られていくのはリリカだけであって、それが痛々しかった。
最後までリリカの質問に答えてくれない料金係さん。「一緒に町で暮らそう」という言葉にリリカはさぞかしびっくりしただろうと思った。
そもそもリリカは彼に何を期待したのだろうかとも思った。
料金係さんが去ったあと、人形の輪の中で『すみれ』を歌う場面がとても悲しくて辛かった。
「思い出されるのはただ、黙っている時の彼の姿だけだった」
人形たちの描写がよかった。季節が何度も巡る中で自然に朽ちていく人形たち。
懸命にそれを、その表情、不完全さを小川さんの描写を手掛かりに想像しながら読んだ。
それは少しおかしくて、少し悲しくて、それでも楽しい作業だった。
「不完全さが際立てば際立つほど、彼らは優しさを深めていった」
物語の最後、女性が流れてきた『家路』に声を上げ、若者と一緒に聴き入るところが
とても味わい深くて、余韻たっぷりの最終場面だった。
そのほかにも印象的な場面が多く、とても良い読書体験になった。
またいつか読もうと思います。 -
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アンネ・フランクに関する本を初めて読んだ。
彼女については、世界史で習った程度で、
未だに読めてないなと思い、小川洋子経由で読むことにした。
隠れ家についてや、協力者がいたことはし知っていたものの、
隠れ家の間取り図、構成人数やどういう人がいたかについて詳細を知らなかったので、よりアンネ・フランクがどういう環境で生きてきたのかがをしれてよかった。
また、この本の内容は基本アンネ・フランクの文を引用し、小川洋子が彼女の思いを解説していく、といったものであったが、
いかに彼女が立派な作家であったかを小川洋子は力説していた。
まず、とんでもなくストレスのつよい環境下で2年間、空をまともに見ず過ごしてい多のにも関わらず、
彼女は客観的な視点で、苦悩を出さず、冷静に、淡々と、かつ楽しんで日記を綴っていた。
日常でどんなことをしたか、また同居人についての深い分析がなされていて、それが面白く軽い口調で書かれているのが非常に印象的だった。読んでて全く、暗くはならないし飽きず分自体に魅力が詰まっていた。
小川洋子自身も彼女のその日記に対する姿勢に感嘆していたし、私もその冷静さに驚いたが、
彼女視点で考えてみると、
日記として、客観的に落とし込まなければ正気を保つことができないような環境だった、だからそうしたんではないか、と思う。
自分も悲しいことがあると、客観的に、ユーモアに語らないと、どこかに向けて発散しないと、ストレスで気が狂ってしまう。私なんて愚かアンネは命の危機が常にある環境だし、ストレス発散環境がないなかで、唯一の発散先が日記で、それが彼女にとって一番楽しめるものであったことが、本当に良かった、 -
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交通事故に遭い頭を打ったため
記憶の蓄積は1975年までで終わっており
それ以降の新たな記憶を積み重ねようとしても
80分しかもたない
数論専門の元大学教だった博士。
博士の家に家政婦として働き始めた女性。
頭の形がルート記号のように平らなことから
博士から「√(ルート)」と呼ばれるようになった家政婦の息子。
孤独な心達が寄り添い合う。
博士は不幸で孤独な人生を送ったのではない。
この3人は言葉を超えた愛情で
結ばれていたのだから。
そして博士からの温かく深い愛情と
博士の数式に対しての崇高で厳かな気持ちは母とその息子ルートくんに受け継がれている。
オイラーの数式のeはルートくんの母親
πは息子のルートくん
恥ずかしがりやのiは博士なのではないだろうか。
寂しさや暗闇を持つ3人は身を寄せ合い
温かな心を通わせることによって
一つになり無償の愛を与えあい
生きることができたのだから。
読み進めるにつれ
博士は記憶は80分だけしか保つことが
できなかったが
たとえ記憶は消えてしまっても
博士の心に宿った温かい愛情や優しい気持ち
幸せは消えなかったのではないかと私は感じた。 -
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ネタバレ小川洋子先生の不思議な世界観に取り込まれたくて読んだ。
物語2つとも好きだったが、解説が良かった。
身体感覚が薄れていくからこそ、身体感覚を使い切りたいと思った。
『薬指の標本』
千早茜先生の「透明な夜の香り」が好きだったので、調香師→標本制作になったこと以外は似ている部分も多かった。
雇われる女性はもはや「支配」されたくて、だからこそ生まれる「独占欲」。
千早先生は香るくらい徐々にだが、小川洋子先生は澱むくらい。途中目を覚まして!と思っている自分がいつつも、彼女が望んでいることならいいのかと考えていた。
とくに浴槽の底で寝そべるシーンが印象的。
『六角形の小部屋』
元彼との別れの苛立ってしまう部分がリアル。
小部屋で話せたら私はどんな気持ちになれるんだろう。
痛みをはじめとして、ぞわっとするくらい感覚の表現が豊か。
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いや〜不穏、不穏。不気味でパンチ効いてる。
『妊娠カレンダー』『ドミトリィ』『夕暮れの給食室と雨のプール』の三つが入った短編集。『妊娠カレンダー』は芥川賞受賞作。
あらすじと感想
『妊娠カレンダー』
王道の日記文学。主人公の「わたし」は、同居する姉の妊娠発覚から出産までの240日間を、カレンダー(日記)に記録し始める。姉は激しいつわりで日常のあらゆる匂いを拒絶し、のたうち回るが、つわりが明けた途端、取り憑かれたように異常な食欲を見せ始める。 特に、妹が作るグレープフルーツジャムが大好物なのだが、米国産のグレープフルーツには防カビ剤が使われており、胎児には良くないんじゃないかと思い始める。しかし……。
いや〜、だいぶ衝撃だった。妊娠といえば出産、新しい命、未来のようなポジティブな未来を想像させるが、全く違う。妹はあくまで観察者として、苦しんだり楽になったり、お腹が大きくなったりする姉を、生き物を見るように描写する。そこに愛情があるのかどうか、あまりに伝わってこない。そして姉も姉で、一種の冷徹さを持って生活している。普通なら「お腹に赤ちゃんがいるの!」と怒りそうなところを「私は妊娠してるの、ニ・ン・シ・ン」と声を張り上げるシーンはおぞましかった。グレープフルーツのくだりは、悪意とも好奇心とも読み取れず、なんでそんなことをするのかわからない、でも、なんかわかるという気持ち悪さがある。
まさに芥川賞の系譜。社会が求めるお約束、つまり妊娠はおめでたい、家族は素晴らしい、食べ物は美味しい、青春はアツいなどといった価値観に疑問を投げかけ、全く新しい感覚を世に提示したから評価されたんだと思う。『太陽の季節』(石原慎太郎)、『限りなく透明に近いブルー』(村上龍)『コンビニ人間』(村田沙耶香)のように。発売当時は、社会の倫理を覆す「新しい世代の新しい感覚」を書いた文学、みたいな。
あと文章が本当に美しいし、五感と結びついているから、共感ゼロなのに読めてしまうのも良かった。
『ドミトリィ』
個人的には、こっちの作品の方が衝撃が強かった。妊娠カレンダーの「不穏さ」が感覚的なものとすれば、こっちはも少し俗っぽい。だからこそリアリティがある。
あらすじ。
主人公・私は、夫が長期の海外出張に出ており、一人暮らし中。そんなある日、大学へ進学するために上京してくるいとこから、十五年ぶりに連絡がある。「かつて住んでいたドミトリイ(下宿)を紹介して欲しい」と。主人公は快諾して、久々に訪れるも、かつての活気を失い、間もなく廃寮になることが決まっていた。管理人と再会し、いとこは下宿を決め、暮らし始める。しかし大学入学後、いつ訪れても部活の合宿などで会うことができない。ドミトリイは昔、失踪した学生もいて……。
ラストは完全に騙されてしまった。それと、管理人の秘密が途中で明かされてからの展開がなんともいえない切実さ。