小川洋子のレビュー一覧
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ネタバレとても静かな最後になって、この作品にふさわしい終わり方をしたなと思う
まだ悲しさと静けさが漂っているかのような不思議な感覚が無くならない
結局ルーキーがなぜ自殺したのか、履歴書に嘘を書いたのか、関わった全ての人に異なった情報を与え続けたのか、答えは分からなかった。
ただ目の前に彼が息をして言葉を操って確かに存在していたことだけが事実、死んでしまった人の事で新しくわかることなんてそうそうないし真実は分からないことの具現化みたいな小説だったな
今現実に起こっていること、目に見えているもの、それだけがリアルでそれだけが思い出になる
死んでしまって過ぎた過去の中で生きていた人間はもう「記憶」の中にしか存在しないものになってしまう、それ以上でもそれ以下でもない
ただ、今までが嘘みたいに " そうであった、そうだったと思う、きっとそうだった " に変わってゆくだけなんだろうなと思った
記憶は書き換えられていくし人によって濃度も記憶する種類も異なる、一度過去になってしまったら最後 突然薄っぺらい写真のように紙のように平面になるだけ、それが記憶
人は死んだら最後、なにも残らず更新されずその瞬間で全ての時が止まるのだと改めて実感した
周りの人間しかり、死んだ人間しかり
ただそこにはちゃんと一人の人生があって思いがあって記憶がある、生活があった環境があった好きなことがあった
その全てが文字通り「凍りついた」ものになるの興味深かったな いつか私もそうなるんだし
人間、人生、不条理、冷淡、事実、って感じだった
私はこれから、これを超える作品に出会えるかな -
Posted by ブクログ
「イチロー選手が打球をつかみとり、ふりかえり、すぐさまホームに向かって投げる。見方のミットに吸い込まれていく。その肩をとおし、人々は記憶に刻まれた太古の肉体の美と再会する。」と、いうふうに表現する小川洋子さんの文章がすごくいい。
他には、ミュージカル俳優の声、棋士の中指、ゴリラの背中、バレリーナの爪先、卓球選手の視線、フィギュアスケーターの首、ハダカデバネズミの皮膚、力士のふくらはぎ、シロナガスクジラの骨、文楽人形遣いの腕、ボート選手の太もも、ハードル選手の足の裏、レース編みをする人の指先、カタツムリの殼、赤ん坊の握りこぶし。
改めて考えてみると共感することばかり。一瞬のからだの美しさをとらえた随筆。楽しく読めた。 -
Posted by ブクログ
琥珀の現在も過去を織り交ぜて描かれるストーリー構成。
琥珀たち子ども三兄弟目線で話が進むので、おかしなこと(犯罪)が起こっていることに当人たちは気づかない。それが当たり前かのように起こる。
ただ読者の私はこれが犯罪であることがわかるのでなんかやばい…とずっと違和感を覚える。
母親の思考が結局ずっと謎だった。いくら末娘にトラウマを抱えていても監禁をするのはよくわからない。
でもだからこそずっと不気味で、穏やかな時間が流れているはずなのに緊張感が走っていてとても面白かった。
一番ママに従順だったオパールが最後ママに批判的なことを琥珀に言うのはきっと外の世界の住民であるジョーから色々話を聞いたんだろうな。
小川洋子流、ミステリー。 -
Posted by ブクログ
『博士の愛した数式』に関連したエッセイが最初に10本も続く。
「数の不思議」の世界をもう一度感じることができた。
次のテーマは「書く」ということへの想いやこだわり、ワープロや机といった書くために必要な物の話題などが語られる。
そしてごく自然に「書く」行為を問い直すためのアンネ・フランクの足跡をたどる旅の話に繋がる。
小川洋子さんのアンネ・フランクへの想いが伝わってきた。
後半はこんな暮らしをして来たんだよ、という雑多な日常の出来事の思い出話になる。
犬(ラブラドールの子犬のラブちゃん)と野球(阪神タイガース)が重要な生活の一部になっている様子が微笑ましい。
「犬のしっぽを撫でながら」というタイトルなのに、犬の話はあまり多くないですが、犬を飼おうと思った理由が書かれていた。
阪神タイガースが好きになった理由も。
最後の章は、子供の頃を中心とした家族や近所のこと。
本にまつわる話もちょくちょく出てくる。
小川洋子さんは子供の頃のピュアな感性を大人になっても持ち続けている。
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阪神タイガース、38年ぶりの二度目の日本一。《 オ・メ・デ・ト・ウ 》 -
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小川洋子と河合隼雄のキャッチボールが見事だ。河合隼雄のダジャレやわかりやすい例えが実に効果的だ。聞くことを専門にしている河合隼雄の手法が、ツッコミを入れて楽しんでいる。小川洋子は『博士の愛した数式』を読んで、なんとステキな文章と体温のある物語を書くのだろうと感心した。それ以降、あまり注目していなかったが、最近の小川洋子の言っていることが興味深いので、読み始めた。
「生きるとは自分の物語を作ること」という言葉がいい。
小説家は、いろいろと妄想を働かせることが仕事。河合隼雄は、「小説家と私の仕事で一番違うのは、現実の危険性を伴う。作品の中なら父親を殺すこともできるが、現実に患者さんが殺すと大変です」河合隼雄はいう『若きウエルテル』は、死ぬけれど、ゲーテは長生きする。一流の選手ほど選択肢をたくさん持っている。つまり、死ぬより生きていたほうがいいだろうときちんといえるかにある。
現実の中には、偶然があって、本当にいいことが起こったりする。小説以上の展開がある。問題は、そんな偶然を気がつかないことが多い。
小川洋子はいう。小説が全く何も書けない真っ白な状態というのが続くことがあります。一生懸命何か書こうとして考える。思いもしないところから、カミオカカンデにニュートリノが飛び込んでくるみたいに、パーっと何かが動き出して描けるようになる。
博士に対する人間的な交流がなんとも言えないものがあり、それがさらに人の痛みに共感することでより深い人間関係を日常の中で掘り起こしている。篠田節子のようにホラーに持っていかないで、日常感をあぶり出す。平凡な中に、きらりと光るものがあるのがステキだ。そこには、作者の確かな視座が必要だと思う。
第1章の魂のあるところは『博士の愛した数式』についての河合隼雄の意見が、作者である小川洋子の想定外のところに広がっていくのが、面白い。
河合隼雄は数学の教師もしたことがあり、数学の美しさについて理解する人であり、江夏の背番号28は阪神タイガース時代だけで、南海17、広島26、日ハム26、西武18だった。阪神の時だけ江夏は完全だったという。博士は阪神の江夏しか知らない。数字は数字だけでない意味を持っているものがある。それは、素数、完全数、友愛数などだ。8は、2の2の2倍で、倍倍倍だから、多いことを示す。八百屋、八百万となる。河合隼雄は、「男性と女性、大人と子供、それに障害のあるものとない者とか、みんな友情が成立する」と言っていたが、『博士の愛した数式』はその見本のような作品だという。
源氏物語は、最古の文学であり、女性が描いた。ほとんどが失恋と出家の物語。出家が身近にあった。つまり、それだけ死の世界が日常生活にものすごく近くて、一歩踏み出せば行けるという感覚だった。「人間はどうして死ぬのか」「死んだらどうなるんだろう」という恐怖が物語を生み出している。死が間近になっていた現在はいろいろな面白いことがあって、死が遠くにあるような錯覚に陥っている。
戦争で生き残ったり、震災で生き残ったり、身近な人が死んだりしたら、「自分が悪いのではないか」と生き残った自分を責めてしまう。
小川洋子はいう「人間が困難な現実を、自分の心に合うように組み立て直して受け入れる」。生き残った自分を責めるというのは、原罪とは違う。
この問題意識から、小川洋子は、アウシュビッツ収容所で生き残った人へのインタビューやアンネの日記に関わる人たちを拾い上げていく。自分に責任がないのに自分が悪いのではないかと自分を問い詰めてしまうあり方を、もっと深く取り下げて、生きていることがいいんだといえる小説を書こうとしている。
なるほど、この問題意識は、かなり重要なテーマでもある。
非言語的世界が、1万年前に長くあり、そして言語的物語が、神話、聖書、昔話となった。それは人間の悩み、死と向き合うことなどが題材となっている。人間の共通の課題が昔からあった。日本は、厳密さと曖昧さが入り混じった社会となっている。一神教ではないことが大きな要因。論理的に矛盾することがあったまま科学の進歩がある。科学は曖昧を容認しない。その矛盾を生きていることが日本人のありようがある。こういう矛盾を生きることが、個性ともなる。弱さがわかることと強くあること。強くあることが、難問をくぐり抜けることができる。
いろいろな苦しみや悲しみ、それを受け入れるために自分の物語を作るなのだ。なんか、いい対談に巡り会えた。 -
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平松洋子さんと小川洋子さん、2人の洋子さんが、各章のテーマに沿った心に残っている本を挙げて対談する対話集。本の紹介のようにもなっていて、読みたい本リストがまた増えました。
特に心に残っているのは、「人生のあめ玉」の章。親と子どもとの関係で、子どものかわいらしさの記憶、そう言うものが5つでもあれば、記憶のあめ玉のように何百回とむいてなめる、というくだり。小川さんは、「叶姉妹よりママの方がかわいいよ」と言ってくれた息子さん。平松さんは、娘さんのおやつに置いておいたパンを、おいしいからお母さんにも食べてもらいたくて、ほんの少しパンを残して覚えたてのひらがなで「たべてね」と書いてくれた娘さん。そのエピソードだけでもちょっとウルウルしてしまう。
私も子が中高生になり、悪態をつかれることもあるけど、確かにこういうあめ玉みたいな記憶はあって、その記憶に支えられているところがあると感じます。子どもが小さい時は本当に大変だったけど、こんなふうにいつまでも私の記憶に彩りを与えてくれるものなんだ、と言うことを文章で表現してもらった気持ちです。 -
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"移動する"物語六篇からなる短編集。職業、年齢、性別も様々な人々が登場する。かつては有名だったけれど落ちぶれてしまったハリウッド俳優とロイヤルスイートの客室係。元市民病院の案内係と孫娘。元迷子係と遠い親戚の少女。虫博物館で出会った男女。村で唯一の託児所の園長。バルカン半島の小国の作家とその希少言語の通訳者。世の中の人々に知れ渡るわけではなく、彼らだけが知っている密やかな約束、あるいは生きた証、尊厳という美しいものの数々を、まるで生まれたばかりのグッピーの赤ちゃんを岩や藻の隙間から網ですくいあげるように丁寧に的確にすくいとっている印象がしました。偉大な人と絶賛される人の人生だけが輝かしいのではない。寂れた裏庭に、ビルとビルの間の路地裏にいるそんな人の人生にも、輝く瞬間があったことをこの物語は教えてくれるのです。
小川洋子さんの小説はやはりいいなぁ…。 -
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ネタバレ6ページの文章と1枚の写真から成る16編のエッセイで、それぞれが完全に独立しているので好きな所から読める。
文章は短いけれど視点が鋭くて無駄がなく、エッセンスがギューッと濃縮された感じだ。
最初は「外野手の肩」…外野手とはイチローのこと。
外野からホームベースへの返球を見て、これだけの表現ができるのかと驚いてしまう。
2番目に読んだのが、最後の「赤ん坊の握りこぶし」。
ネタバレになるが、一部分を少し要約して紹介する。
生後二、三カ月の赤ん坊が、片手を上げ、自分の握りこぶしを真剣に見つめている。
(どうやら、この赤ん坊は小川洋子さんご本人のようだ。ここから話が始まる。)
赤ん坊は生まれた時、自分の身体について何も知らない。
ある日、枝分かれした棒状の五本が、折れ曲がりながらいろいろな形を生み出している、手、というものの存在に気づく。
それが自在に動き、姿を変える過程と、自らの意志との間にどうもつながりがあるようだと感じるのも、不思議な体験に違いない。
こんな感じで、全16編で「何と、そこを見ているのか!」という新鮮な発見に巡り合える。
同じものを見ていても物理的な形や姿だけでなく、小川洋子さんにはその内面にある本質まで見えていることが伝わってくる。
小川洋子さん、情報の input 能力も凄いが、それを既知の知識と融合し、的確に分析し伝える output 能力にも長けている。
有名なアスリートや芸術家を取り上げたものが多いのだが、一般人の営みを題材にした「レース編みをする人の指先」も良かった。