小川洋子のレビュー一覧
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小川洋子と河合隼雄のキャッチボールが見事だ。河合隼雄のダジャレやわかりやすい例えが実に効果的だ。聞くことを専門にしている河合隼雄の手法が、ツッコミを入れて楽しんでいる。小川洋子は『博士の愛した数式』を読んで、なんとステキな文章と体温のある物語を書くのだろうと感心した。それ以降、あまり注目していなかったが、最近の小川洋子の言っていることが興味深いので、読み始めた。
「生きるとは自分の物語を作ること」という言葉がいい。
小説家は、いろいろと妄想を働かせることが仕事。河合隼雄は、「小説家と私の仕事で一番違うのは、現実の危険性を伴う。作品の中なら父親を殺すこともできるが、現実に患者さんが殺すと大変です」河合隼雄はいう『若きウエルテル』は、死ぬけれど、ゲーテは長生きする。一流の選手ほど選択肢をたくさん持っている。つまり、死ぬより生きていたほうがいいだろうときちんといえるかにある。
現実の中には、偶然があって、本当にいいことが起こったりする。小説以上の展開がある。問題は、そんな偶然を気がつかないことが多い。
小川洋子はいう。小説が全く何も書けない真っ白な状態というのが続くことがあります。一生懸命何か書こうとして考える。思いもしないところから、カミオカカンデにニュートリノが飛び込んでくるみたいに、パーっと何かが動き出して描けるようになる。
博士に対する人間的な交流がなんとも言えないものがあり、それがさらに人の痛みに共感することでより深い人間関係を日常の中で掘り起こしている。篠田節子のようにホラーに持っていかないで、日常感をあぶり出す。平凡な中に、きらりと光るものがあるのがステキだ。そこには、作者の確かな視座が必要だと思う。
第1章の魂のあるところは『博士の愛した数式』についての河合隼雄の意見が、作者である小川洋子の想定外のところに広がっていくのが、面白い。
河合隼雄は数学の教師もしたことがあり、数学の美しさについて理解する人であり、江夏の背番号28は阪神タイガース時代だけで、南海17、広島26、日ハム26、西武18だった。阪神の時だけ江夏は完全だったという。博士は阪神の江夏しか知らない。数字は数字だけでない意味を持っているものがある。それは、素数、完全数、友愛数などだ。8は、2の2の2倍で、倍倍倍だから、多いことを示す。八百屋、八百万となる。河合隼雄は、「男性と女性、大人と子供、それに障害のあるものとない者とか、みんな友情が成立する」と言っていたが、『博士の愛した数式』はその見本のような作品だという。
源氏物語は、最古の文学であり、女性が描いた。ほとんどが失恋と出家の物語。出家が身近にあった。つまり、それだけ死の世界が日常生活にものすごく近くて、一歩踏み出せば行けるという感覚だった。「人間はどうして死ぬのか」「死んだらどうなるんだろう」という恐怖が物語を生み出している。死が間近になっていた現在はいろいろな面白いことがあって、死が遠くにあるような錯覚に陥っている。
戦争で生き残ったり、震災で生き残ったり、身近な人が死んだりしたら、「自分が悪いのではないか」と生き残った自分を責めてしまう。
小川洋子はいう「人間が困難な現実を、自分の心に合うように組み立て直して受け入れる」。生き残った自分を責めるというのは、原罪とは違う。
この問題意識から、小川洋子は、アウシュビッツ収容所で生き残った人へのインタビューやアンネの日記に関わる人たちを拾い上げていく。自分に責任がないのに自分が悪いのではないかと自分を問い詰めてしまうあり方を、もっと深く取り下げて、生きていることがいいんだといえる小説を書こうとしている。
なるほど、この問題意識は、かなり重要なテーマでもある。
非言語的世界が、1万年前に長くあり、そして言語的物語が、神話、聖書、昔話となった。それは人間の悩み、死と向き合うことなどが題材となっている。人間の共通の課題が昔からあった。日本は、厳密さと曖昧さが入り混じった社会となっている。一神教ではないことが大きな要因。論理的に矛盾することがあったまま科学の進歩がある。科学は曖昧を容認しない。その矛盾を生きていることが日本人のありようがある。こういう矛盾を生きることが、個性ともなる。弱さがわかることと強くあること。強くあることが、難問をくぐり抜けることができる。
いろいろな苦しみや悲しみ、それを受け入れるために自分の物語を作るなのだ。なんか、いい対談に巡り会えた。 -
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平松洋子さんと小川洋子さん、2人の洋子さんが、各章のテーマに沿った心に残っている本を挙げて対談する対話集。本の紹介のようにもなっていて、読みたい本リストがまた増えました。
特に心に残っているのは、「人生のあめ玉」の章。親と子どもとの関係で、子どものかわいらしさの記憶、そう言うものが5つでもあれば、記憶のあめ玉のように何百回とむいてなめる、というくだり。小川さんは、「叶姉妹よりママの方がかわいいよ」と言ってくれた息子さん。平松さんは、娘さんのおやつに置いておいたパンを、おいしいからお母さんにも食べてもらいたくて、ほんの少しパンを残して覚えたてのひらがなで「たべてね」と書いてくれた娘さん。そのエピソードだけでもちょっとウルウルしてしまう。
私も子が中高生になり、悪態をつかれることもあるけど、確かにこういうあめ玉みたいな記憶はあって、その記憶に支えられているところがあると感じます。子どもが小さい時は本当に大変だったけど、こんなふうにいつまでも私の記憶に彩りを与えてくれるものなんだ、と言うことを文章で表現してもらった気持ちです。 -
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"移動する"物語六篇からなる短編集。職業、年齢、性別も様々な人々が登場する。かつては有名だったけれど落ちぶれてしまったハリウッド俳優とロイヤルスイートの客室係。元市民病院の案内係と孫娘。元迷子係と遠い親戚の少女。虫博物館で出会った男女。村で唯一の託児所の園長。バルカン半島の小国の作家とその希少言語の通訳者。世の中の人々に知れ渡るわけではなく、彼らだけが知っている密やかな約束、あるいは生きた証、尊厳という美しいものの数々を、まるで生まれたばかりのグッピーの赤ちゃんを岩や藻の隙間から網ですくいあげるように丁寧に的確にすくいとっている印象がしました。偉大な人と絶賛される人の人生だけが輝かしいのではない。寂れた裏庭に、ビルとビルの間の路地裏にいるそんな人の人生にも、輝く瞬間があったことをこの物語は教えてくれるのです。
小川洋子さんの小説はやはりいいなぁ…。 -
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ネタバレ6ページの文章と1枚の写真から成る16編のエッセイで、それぞれが完全に独立しているので好きな所から読める。
文章は短いけれど視点が鋭くて無駄がなく、エッセンスがギューッと濃縮された感じだ。
最初は「外野手の肩」…外野手とはイチローのこと。
外野からホームベースへの返球を見て、これだけの表現ができるのかと驚いてしまう。
2番目に読んだのが、最後の「赤ん坊の握りこぶし」。
ネタバレになるが、一部分を少し要約して紹介する。
生後二、三カ月の赤ん坊が、片手を上げ、自分の握りこぶしを真剣に見つめている。
(どうやら、この赤ん坊は小川洋子さんご本人のようだ。ここから話が始まる。)
赤ん坊は生まれた時、自分の身体について何も知らない。
ある日、枝分かれした棒状の五本が、折れ曲がりながらいろいろな形を生み出している、手、というものの存在に気づく。
それが自在に動き、姿を変える過程と、自らの意志との間にどうもつながりがあるようだと感じるのも、不思議な体験に違いない。
こんな感じで、全16編で「何と、そこを見ているのか!」という新鮮な発見に巡り合える。
同じものを見ていても物理的な形や姿だけでなく、小川洋子さんにはその内面にある本質まで見えていることが伝わってくる。
小川洋子さん、情報の input 能力も凄いが、それを既知の知識と融合し、的確に分析し伝える output 能力にも長けている。
有名なアスリートや芸術家を取り上げたものが多いのだが、一般人の営みを題材にした「レース編みをする人の指先」も良かった。 -
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ある村の大きなお屋敷に住む、ちょっと気難しい風変わりな老婆に雇われた、若い博物館技師の物語です。
屋敷には老婆と一緒に暮らしている少女と、離れには庭師と、その妻である家政婦が住んでいます。
故郷を離れ、この村にたった一人で訪れた技師は、亡くなった村人たちの形見を集め、それらを展示、保存する博物館を作ってほしいと老婆に頼まれます。
閉鎖的な世界で起こる奇妙な出来事が、小川洋子さんの手にかかると、なぜこんなにも美しく魅力的になるのだろう。
名前のない登場人物たち。次々に起こる殺人事件の犯人は? 博物館技師の行く末は?
謎が深まり、非現実的な世界にどんどん引き込まれていきます。
“人々から忘れられた世界の縁にひっそりと建っている” 沈黙博物館というタイトルがとてもいいです。
物語の終わりには、悲しい現実を知るとともに、こんな隔離された場所にいることが居心地が良いとさえ思ってしまいます。 -
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終始、肉体も心もともに、グロテスクで、生々しくて、不穏で、でも静謐で、美しくて。
筋肉、指先、感情。
何かの始まりさえ、生々しい感情のさざなみに溶け込ませてしまう。
なんだかんだ優しく、時に残酷に、主人公たちの、何かが欠如してしまって、死を、喪失を、心にぽっかり空いた穴を埋めていく。
あとがきまで、これら四つの短編と同じくらい生々しくて不穏ででも最後には光がさして。
静謐が身体を、読者である私の身体を貫いて、一塊が胸の中に残り、一塊は風になって消えていくような。そんな読後感でした。
なんだろう、この満足感は。それでいて、もっと小川さんの小説に浸っていたいと抱きしめたくなる感情は。
表題作の「完璧な病室」と最後の「ダイヴィング・プール」に既視感があった。なんだか語っていることは似ているようで似てないようで、既視感があると言いつつラストの描写は相反していて。
何年かあけてまた読み返したくなる。
新装版が出るほど愛されるのが納得だ。 -
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デビュー作の「揚羽蝶が壊れる時」を含む、初期の四作品を収録。
「揚羽蝶が壊れる時」の中で、「正常と異常、真実と幻想の境界線なんてあやふやで、誰にも決定できないもの」という文章に、小川作品の原点を見たような気がします。
ものすごく優しい視点で描かれた、グロテスクさと美しさの混じり合った独特な世界を堪能することができました。
四編とも死や喪失感を思わせるような作品なのですが、表題作の「完璧な病室」が特に良かったです。
21歳で亡くなった弟の記憶、安らかな病室、張り詰めた空気。
「完璧」という言葉がとてつもなく哀しく聞こえます。
銀杏の黄色から雪の白へと移ろいゆく季節の中で、息もつけないくらいに静かな美しい世界に身をゆだねることができました。
あとがきもとても素晴らしかったです。 -
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調香師の卵であった恋人の弘之が、“記憶の泉”と名付けられた香水を残して突然亡くなる。
一緒に暮らしていたフリーライターの涼子は、どうしても彼の自殺の理由が知りたくて、幻影を追い求めるように彼の過去を辿っていく。
淡々として美しく、上品な雰囲気で、外国の映画を観ているようだった。
スケート、数学、物事を分類する能力など、静かな物語の中に隠された彼の秘密を知るたびにどきどきしてしまう。
プラハでの不思議な体験はまるでファンタジーのようで、街の風景が頭の中で映像のように映し出され、いつまでも浸っていたくなった。
優しいため息をついてしまいたくなるような、みごとな結末だった。 -
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どこにでもあるふと立ち止まることのない人たちの瞼の裏にしかないような強烈な景色が、日常や普遍的な平凡さとミルフィーユみたいに重なって、なんともいえない感動を覚える。
「リンデンバウム通りの双子」は静けさで溢れていて、強い言葉も表現もないのに、まぶたの裏に焼きつきそうな衝撃と強さがあった。
著書を翻訳してくれている人であるにせよ、それだけだった人。でもその双子には、瞼を閉じるたびにきっと浮かぶ苦しみや地獄があって、平坦で本当はきっと1日1日が長い日々があって、戻らない幼い日々があって。
美味しいスープの香り、病院に差し込むあたたかい日、可愛い妹とのいたずら、父が大事にした顕微鏡。。。
まばたきするたびに、美しい風景が、悍ましい風景が、人からしたら大したことのない風景が、カメラのシャッターのように見え隠れする。
人生は一回しかなく、その日、その一瞬を、一本の道のように生きてるはずなのに、その人は1人しかいなくて、誰でもどこにでもいるはずなのに、その中には、そのまぶたの中に、さまざまな景色が、時間が、風景が重なって時は進み、苦しさと優しさと、暴力とあたたかさが、荒廃と永遠が、ぱちりぱちり、と層を重ねていて。
そういうミルフィーユの時の中で、複雑な時空の中で、私たちは生きている。
あの人もこの人も、わたしも、大したことがなくて、つまらないものに見えるけれど、本当はもつと複雑でやさしくて物語と心のミルフィーユがあって。
その人たちの生き方にも日々にも誰にも文句も手出しもできる筋合いなんてなくて。
どうして小川洋子さんは、どんな物語にもとりあげられないような片隅にいる人をこんなふうにそっと掬って、なぞることができるんだろう。
そこに愛が感じられるのはどうしてなんだろう。
どうしたら、こんなことができるんだろう?
そんなことを感じました。
小川洋子さん、大好きだなぁ。
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小川洋子さんの小説を読むのは、「薬指の標本」「猫を抱いて象と泳ぐ」「妊娠カレンダー」に引き続き、四作目です。
見栄えのするスイーツを食べたことがあるでしょうか。全く違った要素を組み合わせてみたり、バーナーで表面を焙ってキャラメリゼしてみたり。中には、綿菓子を盛った上にソースをかけて溶かすようなものも、世の中にはあるそうです。
本作『琥珀のまたたき』では、そんな全く違った側面を組み合わせた、“一味違う物語”が楽しめます。シリアスとファンタジー、ポップとダーク、光と影が織りなす、「美しくてキラキラしているのに、ちょっと油断をしたら怪我をするオモチャ」のような味わい。
夫と別れたママ。彼女は元夫の残した別荘地に子どもたち3人を連れて引っ越します。お話の時系列としては、ここが始まり。
3人の子供たちはそこで新しい名を与えられて、それぞれ、オパール、琥珀、瑪瑙の名を図鑑から選び取ります。元の名を忘れ、外に漏れない小さな声で生活することを強いられるきょうだいたち。それは、母からの言いつけであり、今は亡き末の四女の命を奪った「魔犬」の呪いから逃れるためでした。
ファンタジックに紡がれるきょうだいたちの穏やかな日常ですが、裏旋律として流れているのは薄暗い母親の思惑です。これだけ書いてもネタバレに含まないとしてレビューしているのは、本作の魅力が筋書きに留まらず、小川さんのキラキラ味溢れる文体や筆致に拡大しているからと言えます。あっとおどろく仕掛けはないけれど、魅せる文章と感じる雰囲気で楽しむ系統の物語です。
母は何故、きょうだいを匿うことになったのか?
琥珀の左目は一体なんだったのか?
オパールはその後、どうしているのか?
などなど、明らかにされていないことが多いのも本作の特徴ですが、これは殺人事件でもなければ、七不思議でもないので、あとはご想像にお任せします……ということなのかなと思いました。
解説を除いて323頁なのですが、その内容の濃密なことといったら。チョコレートケーキをチョココーティングしたよりも甘く、喉を通る時には軽い抵抗を感じるほどです。
小川洋子ワールドがお好きな方は是非。
ある意味、「一見さんお断り」な世界観がここには詰まっていると感じました。