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Posted by ブクログ
"移動する"物語六篇からなる短編集。職業、年齢、性別も様々な人々が登場する。かつては有名だったけれど落ちぶれてしまったハリウッド俳優とロイヤルスイートの客室係。元市民病院の案内係と孫娘。元迷子係と遠い親戚の少女。虫博物館で出会った男女。村で唯一の託児所の園長。バルカン半島の小国の作家とその希少言語の通訳者。世の中の人々に知れ渡るわけではなく、彼らだけが知っている密やかな約束、あるいは生きた証、尊厳という美しいものの数々を、まるで生まれたばかりのグッピーの赤ちゃんを岩や藻の隙間から網ですくいあげるように丁寧に的確にすくいとっている印象がしました。偉大な人と絶賛される人の人生だけが輝かしいのではない。寂れた裏庭に、ビルとビルの間の路地裏にいるそんな人の人生にも、輝く瞬間があったことをこの物語は教えてくれるのです。
小川洋子さんの小説はやはりいいなぁ…。
Posted by ブクログ
「約束された移動」「ダイアナとバーバラ」「元迷子係の黒目」「寄生」「黒子羊はどこへ」「巨人の接待」“移動する”物語、六篇。
ここに収められている作品に登場する老人たちの、穏やかな立ち居振る舞い、言葉づかい、仕事ぶり、そして、熱帯魚、子羊、小鳥、子供たちとのふれあい、そのどれもすべてが美しい。
それらは、人目につかず、ひっそりとした佇まいなのだけれど、普通と違ってどこかずれてしまっている、その哀しさがまた美しいと思える。
一旦この物語に足を踏み入れてしまうと、読み終わるのがもったいないとさえ思ってしまう。
濃密で不思議な魅力のある、独特な世界。
Posted by ブクログ
六遍が収録。どのお話にも
特別な才能がある人がでてくる。
前回、「完璧な病室」を呼んだばかりで、
重たい気分だったけど優しいお話が多くて良かった。
六遍とも、毒を持つ人より優しい人が多い気がした。
ちゃんと自分の幸せを自分のやり方で守れる人たち。
完璧な病室は逆に、
自分の幸せのために周りを巻き込んで
自滅する人たちが多かった感じがする。
最後のお話で、絶滅した鳥たちがデザインされた
メリーゴーランドに乗るシーンが素敵だと思った。
古びたメリーゴーランドとか、髪のレースとか、
自作のドレスとか。そういう些細なことで
幸せになれる人たちを見守る安心感。
約束された移動
ロイヤルスイートの客室清掃をする私は、
壁一面の本棚に小さな空洞を見つける。
抜き取られる本の共通点は
「移動してゆく」物語であるということ。
彼が抜き取った本と同じものを買い揃え、読み耽る。
私とBは同じ本をめくり、歩みを進めた者同士だ。
拾い集めたBの髪束を主任さんが
「まるでレース模様みたい、どんな絹糸にだって
描けない模様だよ」と言った場面は
『最果てアーケード』の、
遺髪レース職人さんを思い出した。そして主任さんの
物事の美点を挙げるところが、ほんとうに素敵。
Bが二度とホテルへ訪れなくなっても、
髪のレースと、お揃いの本と、
デビュー作の十八分四十秒のシーンがあれば、私は
いつまでもBの後ろを追いかけていくことができる。
————
ダイアナとバーバラ
迷い、困惑している人を、正しい場所へ導く。
少女のころからエスカレーターの補助員として
細やかな気遣いができたバーバラ。
病院の案内係としても「わかります、わかりますよ」
の一言で、相手の心の内を吐露させることができた。
ただ、自作のダイアナの服を着ている間は
誰も寄って来ず、孫娘にだけは自分自身について
とりわけ自分が補助の妖精であったころのことを、
心ゆくまでお喋りすることができた。
補助の妖精には、たった一人友達がいた。
空港の乗り継ぎをしている男の子だ。少年が滞りなく
仕事を終えると、私は心の中で褒め称える。
二人は、人々の記憶に残らない仕事をする者同士、
お互いを励まし合うのだ。
最後、バーバラの黒いタフタドレスを撫でて、
まるでお姫さまみたいだ、という少年に
孫娘が「わかります、わかりますよ」と答える。
手作りの自由奔放に広がる服を上手く操る孫娘は、
補助員としての才能を
バーバラから受け継いだんだろうな。
————
元迷子係の黒目
裏の平屋に住むのは「ママの大叔父さんのお嫁さんの
弟が養子に行った先の末の娘」。
彼女の二個の黒目は、素早く泳ぐ魚の動きに合わせ
自在に回転し、水槽の隅々までとらえられる。
ゴールデンネオンテトラの骨も、グッピーの
鮮やかな尾びれも、黒目の中では平等に美しい。
警備課迷子係が、彼女に最も相応しい仕事だった。
広々して入り組んだデパートで、
迷子の合図を発する可愛そうな子どもを
彼女の二個の黒目は絶対に見逃さない。
グッピーのお産の時も、糸くずのような赤ちゃんを
小さな黒目を目印に、的確にすくい上げたのだった。
末の娘は、
熱帯魚たちを全滅させて落ち込むわたしを
デパートへ連れて行き、迷子ごっこをしてくれた。
迷子のわたしを、帰るべき場所へ帰してくれた。
二つの黒目は、どんな可愛そうな子も見逃さない。
————
寄生
見知らぬおばあちゃんが右腕に寄生した。
最早つなぎ目は無くなり、ジャケットも毛糸も皮膚も
脂肪も骨も、一続きになり静けさを守っていた。
虫博物館で出会った彼女の言葉が浮かぶ。
「自分の目がそんなふうに役立つなら、差し出しても
構わない。卵のゆりかごとして」
なんだか自分の右腕も、こんなに求めてもらえるなら
老女に差し出してもいいような気分になっていた。
待ち合わせに遅れて行くと、
彼女は全て理解しているふうだった。
寄生後の空洞が、彼女には誇らしく見えている。
————
黒子羊はどこへ
村はずれの寡婦の女が、
海岸に打ち上げられた二頭の羊を引き取った。
庭で過ごす羊たちを眺めて過ごすうち、
世界中で自分ほどこの二頭の羊について詳しい人間は
いないと自負するまでになった。
赤ん坊が生まれた、何から何まで黒色だった。
成長するにつれ黒色はますます艶と深みを増していく。
女には子どもを引き寄せる才能があった。
黒子羊に興味津々で集まる村の子どもたちを招き入れ、
遊ばせたり、アップルパイを振る舞ったり。
そうして、子どもがいなかった彼女は思いがけず
託児所の園長になったのだった。村人たちはそこを
「子羊の園」と呼んだ。
子どもたちが一番好きなお話は、黒子羊の死に方。
争いごとが苦手な羊は、得意の逃げ足で野犬から
逃げ出したが、ぶつかった柵に挟まった羊はそのまま
息絶える。芸術品のような骨や羊毛が見つかっても
死体と気付く人はおらず、今もどこかの美術館に
展示されているらしい。
————
巨人の接待
巨人の地域の言葉の通訳係を任されたわたし。
囁くような声に苦戦しながら、それらしい言葉に訳す。
巨人の双子の弟は、お腹にいる間に天に召された。
いつも、足りない一人に向かってお話を語った。
彼の声が小さいのは、死者に向かって
語りかけているからだ。死者はとても耳がいいから
小さな声で充分なのだ。
食事の際はいよいよ無言になる。ひたすら料理に
神経を集中させる。「適当に答えておいてくれたまえ」
巨人の本を原書で読むため地域語まで学んだ私にとって
彼の返答の捏造は難しくない。
絶滅した鳥たちが廻るメリーゴーランド。
小さな声でドードーに語りかけ、笑う巨人は
足りない誰かに再会できて、とても幸せそう。
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