小川洋子のレビュー一覧
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限りなく現実でありながらも、ダークなおとぎ話みたい。
不思議な夢をみて、しばしぼんやりとしてしまうような読後感だった。
乾いた浴場に差し込む光や、ビー玉のつまみがついた引き出しが延々と並ぶ標本室。
迷い込む暗い林、六角柱の部屋のつやめく木の質感。
映画のように頭に情景が流れる。
官能的なシーンも印象的。
例えば、背中の感触。
抱き合うのはベッドではない。
一話目では、ひんやりと硬い浴槽の底。
二話目では、陶芸工房の砂でざらついた床。
どこかサディスティックな男のからだの重みを受け入れながら、背中は硬質な床に押し付けられている。
逃れようとはせず、身を任せるのだ。
美しい文章に導かれ、恍惚感すら覚える。
ところで、二話目のミドリさんの赤い毛糸のポンポンをつけた白い水泳帽が可愛すぎる。
あんなに可愛いおばあちゃんがいたら、私も注目してしまうだろうな。 -
Posted by ブクログ
小川洋子さんを友達にお薦めしたら早速読んでくれて、それに続いて借りた本。その日に一気読み
これを読んで確信したんだけど、簡単に一言で面白いよ、というには覚悟が必要かな。。
どんでん返しのないつねに漂う不穏な雰囲気は、すごく内向的で独特。特に身体の描写が多く、それは緻密でいやでも想像をさせられてしまうし、そして多くの場面でふつうの人にとっては当たり前でないか意識したことのない感覚であって、不気味さを感じる。
妊娠カレンダーは題名の通り生理的な現状がテーマだし、ドミトリイで出てくる「先生」には両手と片足がない。
『まぶた』の中の短編に出てくる左腕が上がったまま動かなくなった弟。『猫を抱いて像と泳ぐ』では、少年は唇を閉じて生まれ、口を開く手術で脛の皮を移植したせいで唇に産毛が生える。そして壁に挟まれてミイラになった少女や、太りすぎてバスから出られなくなったマスター。
わたしはこの唯一無二の小川さんワールドに本当に引き込まれるし大好き。
でもこの本の「身籠った姉のために、毒薬の入ったジャムを、今日も私は作りつづける」という帯は、サイコパスさをとっかかりに大衆に押し付けてる感じがして違和感があった。妹がとくだん狂気じみているということではなく(実際に姉の方が精神疾患を抱えている)、日常に溶け込む不気味さをすごく研ぎ澄ませて丁寧に描いているということだと思うんだけどな。実質的には毒薬のジャム、なんだろうけどね。 -
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ネタバレ妊娠カレンダー。姉と義兄と一緒に暮らす私。
妊娠した姉の要求に、文句も言わずに答えている。
いつも料理に文句をつけられたり、つわりが酷くて
キッチンで料理ができないからと、庭に調理器具を
持ち出して地面にござを敷いて食べる。
(庭でご飯というのはとても楽しそうだけど)
つわり後、食欲が増した姉にグレープフルーツジャムを
毎日作るようになった。店員にわざわざアメリカ産かどうか確認して、防カビ剤が塗布されたものを買ってくる。
発がん性があり、染色体を破壊する、という話を知りつつ皮を刻んでジャムにする。姉が食べたいというから?
悪意とも親切とも取れる行動だけど、やっぱり悪意が
勝っていると思う。最後の「破壊された姉の赤ん坊に会うために」という一文がぞっとした。
姉や義兄には一生明かされない悪意が、
すぐ近くにあるという怖さ。
ドミトリイ。私が6年前まで住んでいたドミトリイ(学生寮)のお話。15年ぶりに年下のいとこから連絡があり、
その学生寮を紹介した。管理人さんの男性(先生)は両手と左足が無く、顎と鎖骨、右足を使って日常生活を送っている。長年の不自然な身体の使い方で、肋骨が変形し続け、肺と心臓を圧迫している。肋骨の変形と、先生の部屋の天井のしみと、学生寮の空気の変性が、重なり合っているなあと思った。全てがじわじわ変わっていって、もう止められない。そして何故かいつ行っても、いとこに出会えない。以前起きた1人の寮生が突然消えるという事件、天井のしみから血のように垂れてきた何か。(屋根裏を見たら蜂の巣だったけど!)本当に、いとこは無事なんだよね?とドキッとする終わり方だった。
夕暮れの給食室と雨のプール
雨の降る夜、三歳の男の子と父親らしい男が尋ねてきた。「難儀に苦しんでいらっしゃいませんか?」何かの勧誘員だったらしい。その後わたしはジュジュのお散歩中、小学校の裏門で二人に再会すると、給食室を熱心に眺めている。「まるで給食室評論家みたい」とわたしが言うくらい、給食室の仕組みについてとても詳しく知っていた。そして男の小学生時代の話がはじまった。プールの授業で、泳げない印である赤いキャップを被るのが辛かったこと。給食室を覗いたときに発していた嫌なにおいと、錆びついたシャベルで掻き回されるシチュー、おばさんのゴム長靴の底でマッシュされて、模様がついたじゃがいも。それから給食が食べられなくなったこと。学校をサボった日、祖父と出くわして廃れたチョコレート工場に連れていってもらったこと。
知らぬが仏というのは、日常にたくさん潜んでいるんだろうな。
電報でフィアンセからオヤスミとだけ届いたちょうどその時、眠ろうとしていたところだったわたしが感動するシーンが素敵。電話がないから不便だとは思いつつも、思いがけない幸福がやってきてくれた、という感じが優しい気持ちになれた。
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第104回芥川賞受賞作、ということで。
受賞作と、他2篇。
91年に受賞、この文庫が94年に1刷ということで、35年の時を経ているというのは不思議に思えた。所々にその時代性は少しだけ顔を出すものの、全く古びていない。
3篇の短編集の共通して根底にあるものは、何とも言いがたい淡々とした不穏、不気味さと、観察者としての「わたし」、そして高く一貫した描写力だと思った。
個人的には「ドミトリイ」と、著者の文庫版あとがきの中の、新鮮な玉ねぎと猫の死体の話が一番面白かった。
「ドミトリイ」は特に途中からミステリーのような急展開になり、真の小説が生まれるのはそういうところにあるものかと、短いあとがきですごく分かるような、謎のような気分を味わった。
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小川洋子さんのかく文章は本当に読んでて心地良いです。静かだけどその静かかさの中には深淵が広がっているような。とてもいろんな色の絵の具を幾重にも重ねて描いた絵画のようです。パッと見は青に見える。でも近寄って覗き込むようによーく見るとその中には黄色も緑も灰色も茶色もあらゆる色が隠れていてびっくりする、そんな感じです。(←我ながらわかりにくい 笑)
全体的に感じる空気感はファンタジーのような神秘的な夢物語のような印象を受けますが、実は窮屈な生きにくさを描いたダークファンタジーでした。リトル・アリョーヒンにとってチェス盤の下以外の世界は何と生きにくかったことか。リトル・アリョーヒンが悪いわけじゃない。支えてくれる人がいなくて独りだったわけじゃない。愛することも愛されることもリトル・アリョーヒンは知っていました。
でも何故か最後までリトル・アリョーヒンは孤独でしたよね。なんでですかね。
チェスを全く理解しない私でも面白く読めましたが、チェスを嗜む人が読んだらどんな感想になるんだろうなぁ。私とは違う世界が見えるのかもしれません。
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ネタバレ人と人の思わぬ交流を描いた短編集。
最初の「曲芸と野球」は無茶な練習を繰り返す曲芸師のお姉さんとヒットの打てない少年が他の人なら気にしないような合図でお互いを励まし合うという話だった。心温まる人生の妙味を味わえるような個人的には好きな短編で、この短編集はこういう方向性の物語が多いのかなって思っていたが、以降「パラソルチョコレート」を除き、全てがファンタジーの作品であったため拍子抜けした(「ラ・ヴェール嬢の秘密」はどちらかと言えばファンタジーではないが)。
「曲芸と野球」以外では「パラソルチョコレート」が好きだった。シッターに預けられた二人の姉弟が毎週カフェに連れて行かれるのだが、シッターさんはそこで一人でチェスを打っていた。姉がひょんなことから一人でいる時に家で空き巣と遭遇するも、空き巣から自分は裏側の人間だと言われ子ども騙しに踊らされてしまう。けれど、その子ども騙しで世界を理解しようとする様子が微笑ましかった。過程は全くの間違いではあるが、最後には子どもらしい正解に辿り着き、続きが知りたくなる物語だった。3.8。