糖尿病で目が悪くなった母が、私の持っている本に目を留めて言った。
「鬼平犯科帳読んでるの?」
アパートが狭いので、時折、読み終わった本を持って実家に行く。その時のことだ。
数年前。第一巻を読み終え、実家の本棚に並べようと持ち帰ったのだ。
読みたいという母に「鬼平」を渡して帰ったが、その後数ヶ月経っても第二巻を要求されない。視力が落ちて、新聞を読むのも億劫になってきた母に聞けば、老眼鏡をかけた上に虫眼鏡を持ちながら読んでいるとの事。時間がかかるに違いない。
「休み休み、ゆっくり読んでるよ」
読書好きだった母。その影響で私も本が好きになったのかも、と今更ながら思える。ミステリが好きになったのもそうなのだろう。次第に好みがずれて来ても、時折お互いに本を貸しあったことも思い出す。
自分も目が悪くなったら、楽しみが大分減るのだろうな。
思い返せば、子供の頃から我が家のテレビはよく時代劇を映し出していた。そういう時代だったのもあるだろうし、家族が好きだったのも事実だろう。
「水戸黄門」「大岡越前」「銭形平次」「木枯らし紋次郎」「子連れ狼」
好きかどうかは別として、子供だった私も付き合って、その小さな脳に刷り込んでいた気もする。「鬼平」をドラマで見たことはないのだが、母にとってはそれも好きな時代劇ドラマのひとつだったのだろう。
鬼平のキャラクター。組織内の人間関係。盗賊を初め、密偵たち。現代の視点で見るとその俗っぽさや、違和感もあるのだが、一昔前のテレビ的な輝きなのかもしれない。
私が本棚に読み終えた本を納めに帰るのは、一月に何度かの時もあるし、数ヶ月に一度になることもある。その度に「鬼平」の部分の抜けているところを確認する。
最初は一冊進むのに何ヶ月もかかっていたのが、このところぐっとスピードが上がってきた。体調が良いのか、どうなのか。少しだけほっとする。
読み終えてしまったシリーズ。あの終わり方が逆に、登場人物たちを生き生きとさせたままにしている気さえする。
次は、どんな本を母のために並べればよいのか。