養老孟司のレビュー一覧
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「ヒトの見方」3
著者 養老孟司
出版 筑摩書房
p314より引用
“トゲナシトゲトゲはカヤのような植物の葉を喰い、珍しく、ト
ゲトゲのくせにトゲがないので、トゲナシトゲトゲという。”
解剖学者である著者による、あちらこちらに掲載した原稿をま
とめた一冊。
書評からエッセイ風のものまで、硬軟取り混ぜた理路整然とし
た文章で書かれています。
上記の引用は、虫について書かれた項での一文。
これだけ大きく矛盾した名前をつけるにあたって、発見命名者は
どのように思われたのでしょうか。
生物学や形態学について書かれている部分と、この項のような
気楽な部分との落差があり、飽きない作りとなっ -
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養老孟司の本はだいぶ読んだなぁ~
でも結局、同じことを繰り返し書いているだけのような気がするなぁ~
彼の言いたいことの大半は【唯脳論】で既に書かれているんじゃないだろうか。
だけれども、唯脳論は分かりやすい本ではなかった。
その後書かれた【バカの壁】がバカ売れした。
それは、彼の言葉をジャーナリストが代筆したからだ。
彼の言葉では一般人は理解できなかったのだ。
その後彼も勉強して、一般人に分かる言葉で書くコツを会得していった。
そしてこの本である。
また分かりにくい書き方に戻ってしまった。
彼自身もあとがきでこの本は売れないだろうと予想している。
でも、バカの壁以降乱発し -
Posted by ブクログ
ネタバレ解剖学者の養老孟司さんと音楽家の久石譲さんとの対談集です。
本書のタイトルや表紙、裏表紙そして帯に書かれている文章を読む限り、
これは音楽や聴覚についての対談の本だと思ってしまいがちですが、
読んでみるとそれだけではなく、
現代の社会の話や意識というものの話(これは聴覚もつながっている)
にも大分、時間を割いて(ページを割いて)話し合っておられる。
まず、序盤の養老さんの、クオリアの話からして目からうろこでした。
一つの言葉あって、それで表現したとたんにこぼれおちてしまうもの、質感、
それがクオリアだというのですが、
僕は20代の頃に音楽を作っていた時期がありますので、
その音楽の源泉とし -
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嫌いな人は嫌いらしい。それは知らなかった。さほど、問題のあることを言っているとも思えないが。
面白く読めるものの、全体としてはやや散漫な印象である。ネットのレビューで、難しい、との声がある程度見受けられるようだが、私が思うには、むしろ、この本があまりキチンと書かれていない、ということかと思う。スケッチとしては面白いが、練られた内容とまでは言えないのではないかと。
以下の点について印象に残った。
ゼロの思想。日本人が実際に無思想なのかどうかはおいておくとして、思想、哲学にゼロを用意しておくのは、良いのではないかと思う。「数」のように思想、哲学の範囲をマイナスや虚へ拡大していくのは良いのかも -
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第一章「現代人の日常には現実がない」には衝撃を受けました。
1930年半ばに生まれた人々は,戦中・戦後の食糧難を過ごし「昔ながらの家庭の食」を食べずに育ちました。そして,その子,1960年代に生まれた人々は,親から食を含めた「家」を受け継ぐことなく,新しい日本の家庭をつくりました。そういった環境で育った我々世代は,実際にできたかどうかというよりも,前向きな姿勢の方が重視され,評価されるようになりました。
このような結果,日常の家事は母親任せで,震災のボランティアには積極的な若者が生まれたということです。つまり若者は,日常の「現実」に対する関心が薄れ,非日常の「体験」のみを求めるようになって -
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ネタバレ(2、追記)
個性や自分らしさなんてものはない。
いや、もちろんあるんだけど、
それはどれほどのものだということだ。
自分探しの旅なんて聞くと
それこそへそで湯を沸かすほどおもしろくて仕方がない。
あなたと隣のひととの違いはどれほどあるんですかって話ですよ。
99%が同じじゃないですか。
言い過ぎか、それでも50%は同じじゃないですか、
少なくとも30%なんてことはない。
人間であること、3食食べること、寝ること、同じことだらけじゃないですか。
バレーボールやってて個性を出したいから、俺はスパイクを両手で打つねんなんてやつ居ないでしょ。
自分探しなんて言われるとそれを同じぐらいバカ -
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瀬戸内寂聴さんの無常ーどん底は続かないの中で、私たちはどんな不幸の中でも決して絶望してはならない。暗闇の空に希望の星を見出す力を人間は与えたれてこれまで生きてきた。被災者の皆様の御苦労と悲痛な体験を思うたび、いたたまれない。一年数ヶ月経ち、復興への思いやる気持ち、支援が薄くなっている状況に思われます。思いをこれからも被災地にもち続ける事が大切な一人一人の人生に繋がることだと思います。養老孟司さんの精神の復興需要の中では、生きていれば、さまざまな悪いことが起こる。悪いことがあると人は無理やりに色々なことを学べる。いいことというのは、その時点がピークで、そこから学ぶということはないと言っている。
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今の社会では、自然そのものには『価値がない』のです。お金にならないかぎり価値がない。
そういう社会で、子どもにまともに価値がおかれるはずがない。さんざんお金をかけてもドラ息子になるかもしれない。
現代社会では、そういう先が読めないものには、利口な人は投資しないのです。だから子どもがいなくなる。
今の子どもは早く大人になれと言われているようなもの。だから幼児期というものは『やむを得ないもの』必要悪になっている。
都市の中では『ああすれば、こうなる』という合理性が徹底的に要求される。子育てはそうはいかない。自然そのものであるから。
子育てはシミュレーションが効かない。コントロールできない。努力・辛 -
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東日本大震災から1年4ヶ月が経った。震災直後は、関東に住む人間も、東北の痛みを分かち合い、譲り合って生きているように見えた。しかし、いまその風潮はなくなり、震災前と同じような風潮になっているのではないか。そんな疑問からこの本を読んだ。
この本は震災から3ヶ月後に出版された。茂木健一郎、養老孟司など9人が、当時の気持ちと復興に必要な精神性を述べている。
共通しているのは、私たち日本人が今までの概念を変えなければならないと主張している点だ。今まで、私たちは利便性を求め、経済を最優先し、進んできた。その結果が福島原発の事故につながっている。
未曾有の大震災を粛々と受け止め、譲り合い、分かち合う日本人 -
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ネタバレ日本の建築士がサラリーマンで占められていることの問題点を指摘されていたが、現代日本人の志向が全般的にそういう方向にあるということの結果が就業の形式をサラリーマンにしているのではないかと思っている。サラリーマンという形式によって面白みが無くなる傾向は否めないが、決して皆が自己を殺して表現しているということもなかろうし、面白みよりも「安く」かつ高い品質を求める需要先を考えれば、資材等の集中購買化等も避けて通れない選択なのだと思う。また、何よりサラリーマン建築士でも個性的な良い建物の設計を追究していることは間違いなく、成果があげられたときにはそういった建築物にも正当な評価を与えて欲しいと願っている。